何処で未来が狂ってしまったのだろうか。 何もこんな日に結婚をしなくたって良いじゃない。だけどこれがあなたらしい。 四月バカなんて言われる日に、私以外の女性と結婚するなんて、何かの冗談だと思っていた。 将臣くんはいつも私以外の手を取る。 あの時空にいた時も、私たちの手は結ばれることなんてなかったのだから。 だから今日はお葬式。 過去の自分への。 どうしても想いを伝えることが出来なかった私への。 セピア色に輝くハリウッド映画みたいに、ドアを叩いて“あなたが欲しい”だなんて言う勇気なんてなくて。ましてや他人の幸せを奪う気力も勇気もない。 綺麗ごとかもしれないが、誰かが傷付いて得る幸せなんて私は欲しくなかったから。 将臣くんが幸せであれば私も幸せ。なんてスタンスが私には似合っている。 結婚式は華やいだ儀式。私のこころのお葬式にはピッタリだ。 華やいだ白に近いほんのりと空色のワンピースに身を包んで、一ヵ所だけ私は喪に服す。 場違いな黒いサッシュベルト。これが私の喪服だから。相応しいよね。きっと…。 私は幼馴染みということで、ほんの少しだけ早く教会へとやってきた。 近くには鶴岡八幡宮。鎌倉の桜色に染まる場所。 花嫁はとうの昔にお化粧を終えていると聴く。 私はただ自分の葬式の時間を静かに待っていた。 「…おい」 艶やかによく通る声が背後に響く。私の愛したひとの声。本当はそんな過去形は相応しくない。 私が愛しているひと。これからもずっとそれは変わらない。 幾らもチャンスがあったはずなのに、花嫁になるあの美しい女性よりもずっと近い場所にいたのに、結局、私は何もしなかった。ただ指を咥えて見ているだけだった。 何も出来なかったんじゃなくて、しなかっただけ。 過去に戻りたいと思っても、どうすることも出来ない。 私には逆鱗なんてもうない。 最初からあったことをなかったことにするなんて、出来やしないのだ。 私は覚悟を決めると、ゆっくりと将臣くんに向き直った。 桜を背にしたあなたはとても素敵だ。花婿の姿がとてもよく似合っている。 あの時もそうだったね。 私はあなたを桜の精と見間違えたんだよ。 鈍色の柔らかな春の陽射しがとても似合うね。 こんな季節に結婚をするなんて、本当にあなたらしい。 綺麗で精悍で素敵だよ。 今日はあなたの人生でも最も輝かしい日だから。 そうそうモーニング姿も本当によく似合っているよ。 花嫁さんも誰よりも綺麗でしょう。 私は目を細めると、あなたに最後の愛が籠った視線を向けた。 あなたをこんなまなざしで見つめることが出来るのは恐らく最後だろうから。 「似合っているよ、花婿姿。今日は本当におめでとう」 私はこころからの祝辞を述べる。するとあなたは私を嬉しそうに見つめてくれた。 「有り難うな」 「うん。とっても素敵だよ、将臣くん。花嫁さんは鼻高々だよ」 「だろうなって言っておくことにする」 「しょってるね」 くすくすとわざと笑い声を上げて笑う。 そうしなければ私は泣いてしまいそうだった。 やっぱりこんな素晴らしく素敵な将臣くんを見せつけられてしまったら、棄てるはずの私の恋心はおかしくなってしまいそう。 だけど…。 もうどうしようもない。 悔やんでもしょうがない。 だから私はあなたをこころから祝福する。 あなたにとって素晴らしき時間でありますように。 あなたにとってこれからの人生が、より輝かしいものでありますように。 私にはもう祈ってあげられることしか出来ないけれど…。 将臣くんと彼の生涯のパートナーが、ずっと幸せでいられますように。 私はその想いを込めて笑った。 じっと私を見つめる将臣くん。 そんなに私だけを見ないで。 あなたはもう他のひとのものなんだよ。 だからお願い、私だけは見つめないで。あなたのパートナーだけを見つめて。 なのに将臣くんの情熱が宿る深いまなざしは、私を捕らえて離さないように見つめている。 こころがおかしくなりそう。 このまま呼吸を忘れて、死んでしまいそうになるよ。 だからお願い。 私をそんなまなざしで見つめないで。 勘違い大魔王になっちゃうよ。 あなたがいつものように笑って、「この結婚は冗談」だなんて言うような気がするから。 だって今日はエイプリルフールじゃない。 だから変に期待してしまうんだよ。 変な日に結婚なんてしないでよ。お願い。 だけどそれは幻想なんだよね。 「…望美、ちょっと来いよ。話があるんだ」 なんて切なそうな顔をするの? あなたが私のことを本当は愛してくれていると、勘違いしてしまうよ。 「花嫁さんを待たせたらダメだから手短にね」 私が泣きそうになりながら言ったのに、あなたは突然、私の手をしっかりと取り、強く握り締めた。 痛いよ。切ないよ。将臣くん。こんなに強く手を握られたら、私は勘違いをしてしまうよ。 私の心臓は、苦しみに喘ぐように激しく痛みすら伴う鼓動を刻んでいる。 「話があるから来いよ」 「だけど…」 「良いから来い」 将臣くんは今までで一番、強い調子で言うと、私の手を思い切り強く引いて何処かへ連れて行く。 私と手を繋いでいるところを見られてしまったら、きっと変な誤解を受けてしまうよ。 「…将臣くん、誰かに見られたら」 私が窘めるように言ったのに、将臣くんは黙ったままで、更に強く手を握り締めてくる。 ねえ、どうしてそんなことをするの? 泣けて来るよ。あなたが私のものにならないことを解っているから。 将臣くんは黙ったまま、私を教会の控室へと連れて行く。 「話なら外でも出来るよ…」 私が困惑ぎみに呟くと、将臣くんは黙らせるように睨み付けた。 「ここに座れ」 私はドレッサーの前に無理矢理座らされる。すると将臣くんは、誰かに合図をしたようだった。 「お願いします」 「はい、かしこまりました」 綺麗な女性が来たかと思うと、私の髪をほどき始めた。 その上メイクまで落とされる。 「ど、どういうことっ!?」 「黙ってろ…」 将臣くんは珍しく緊張した鋭い視線を浮かべて、鏡越しにじっと私を見ていた。 私のメイクやヘアスタイルが花嫁さんの綺麗さを損なうと思って、怒っているのだろうか。 涙が込み上げてくるのを堪えながら、私はただされるがままにしていた。 すると女性は、かなり念入りな本格的なメイクを私に施し始めた。 生涯で一番手間がかけられている。 綺麗に肌を整えられたあと、眉をカットされ、ウォータープルーフのジェルライナーでアイラインを描かれる。 どうしてこんなに念入りに化粧をされるのか分らなくて、私が鏡越しに将臣くんを見つめると、熱くて艶やかなまなざしで見つめられるだけだった。 つけまつげまでつけられてしまい、私は正直言って驚いた。 最後に鮮やかな緋色のルージュを塗られて、メイクは完成。 鏡に映る私は、まるで洗練された女性のようだ。いつものよりもずっと艶やかに見える。 その上、髪を綺麗にアップされ、白い花で飾られる。 これではまるで花嫁さん。 「…これじゃあ、将臣くんの大事なひとより目立っちゃうよ…」 泣き笑いな気分で呟くと、将臣くんは静かに首を振る。 「お前が一番綺麗で目立って貰わねぇと困るんだよ」 どういうことか分らなくて、私は将臣くんに答えを請うように見つめた。 「さあ、ドレスを着て下さい」 「え、あ、ドレスって!?」 ドレスなんて話は聞いていない。私は困惑ぎみに将臣くんを振り返ってみたが、「行け」と言うばかりだ。 しょうがなく、連れられて扉の向こうに行くと、そこには純白のドレスが。 それは花嫁が着るはずのウェディングドレス。 私は胸が痛くなってたまらなくなり、声にならない呻き声を上げた。 「…逃げられたの? 花嫁さんに…」 声が震える。 ウェディングドレスなんて誰かの代わりに着たくなんかない。将臣くん、訳がわかんないよ。 「…一世一代代のエイプリルフールって…言ったら?」 将臣くんは私にゆっくりと近付いてくると、誰も構わないとばかりに、背後から抱き締めてきた。 「ま、将臣くんっ!?」 「…他の女と結婚するってのはエイプリルフールだって言ったら?」 将臣くんは艶めいた掠れ声で囁いて来る。 私はドキドキが酷くて、吐きそうになっていた。 耳の下もこめかみも何もかもが痛い。 「…結婚しねぇか。イエスだったらウェディングドレスを着てくれ…。ノーだったら着なくて良いから…」 将臣くんの声は切迫詰まって、余裕なく響いている 「これも…エイプリルフール?」 「他の女と結婚するのはエイプリルフール、プロポーズは…本気だ…」 「将臣くん…っ!」 今まで、こんなに苦しくて、こんなに嬉しい嘘なんかなくて、私は泣きそうになりながら頷いた。 「…ようやく素直になってくれたな…」 将臣くんはホッとしたように躰から緊張を抜くと、眩しい微笑みをくれる。 「…ほら拭けよ。折角綺麗にしてもらったんだから…」 「うん…」 私の涙を綺麗なハンカチで拭ってくれると、私に眩しいぐらいの微笑みをけれた。 「ウェディングドレスを着てくれ」 「うん」 私は扉の向こうに向かうと、この世でただ一枚の、愛しているひとが選んでくれたウェディングドレスに袖を通した。 嘘が許される日。 私は偽りのない気持ちで、大好きなひとのものになる。 |