特別な記念日なんて特にない。 だって生まれた時からずっと一緒だったのだから。 出会った時も曖昧で、付き合い始めたのも曖昧。 その曖昧さこそが自分達にピッタリではないかと、望美は思っている。 「…なあ、今日は久々に湘南鎌倉探索をしねぇか? 何だかご無沙汰しているしな」 将臣からの突然の提案に、望美はそういえば改めて鎌倉や湘南でデートすることがなくなっていたと、改めて思った。 最近は、買い物に行くなら横浜だし、デートをしようといえば都内を歩くことが多くなっている。 「そうだね。久しぶりに行くのも良いかもしれないね。プチ里帰りな気分でさ」 「だろ? 今日は秋晴れだし、行こうぜ」 「うん!」 将臣の車で、ふるさとに向かう。今回はパーク&ライドを利用して、江ノ電沿線を探索する予定だ。 将臣は車を運転するためにサングラスをかけているが、何処か楽しそうなのが解る。 幼馴染みでずっと一緒で、これからもずっと一緒にいたい男性。 望美にとっては、ドキドキする相手であるのと同時に、とても安心することが出来る相手でもある。 家族のようであるのと同時に、最高にときめかせてくれる相手でもある。 「七里ヶ浜に降りたら、先ずは海を見に行くか?」 「それよりもさ、久しぶりにカレーを食べたいんだけれど。それとさ、やっぱり昔ながらのホットケーキもね」 「そうだな」 最近、七里ヶ浜界隈もかなり変わってきていて、おしゃれなお店も幾つかある。 新しいスポットになりつつある。 だが今回は、お互いに古き良き鎌倉や湘南を見つけにいくのだ。 だからそんな場所はいらない。 「将臣くん、車は実家に置いたら良かったじゃない?」 「実家はちょっと拙い」 「どうして?」 「どうしても」 将臣は言葉を誤魔化すように言うと、それ以上はその話題には触れなかった。 「やっぱりこっちは良いよな。大学の都合で都内にいるけど、住むんならやっぱ鎌倉だな」 「でしょう? やっぱり鎌倉は最高だよ」 「お前が言うなら、最高なんだろうな」 将臣は一瞬フッと笑みを零す。 それは幸せに満ちているのと同時に、何処か緊張も含まれているような気がする。 どうしてこのような複雑な魅力あるまなざしをするのだろうか。 将臣をじっと見つめているだけで、息が上がってしまう。 将臣は七里ヶ浜の駐車場に車を停めて、颯爽と降り立つ。 小さな頃にここで遊んでいた姿と重なった。 本当に逞しくなった。 見惚れてしまうほどに綺麗に筋肉がつき、男の色気を醸し出している。 いつの間にか素敵になっていた。 小さな頃から知っているからか、どんどん素敵にかっこよくなってくる将臣を、少し悔しい想いで見ていたこともある。 今は、素敵になった将臣を密かに自慢に思ってしまうほどだ。 手を繋いで江ノ電の駅へと向かう。 繋ぐ手もしっかりしていて男らしくなっている。温かく望美を包んでくれる手だ。その感覚が嬉しくてしょうがなかった。 「今日は乗り放題のチケットを持っているから、色々行こうぜ。先ずは江ノ島に行くか?」 「弁天様に嫉妬されてしまうかもよ」 「大丈夫だって。俺たちは散々弁天様の前で手を繋いでいるだろうが。小さい頃から別れたことは、源平時代に飛ばされた時以外はなかっただろうが」 「…確かにそうだね」 「だから大丈夫だ」 「うん」 将臣が言うと大丈夫のような気になる。神様が嫉妬をしたとしても、決して離れることはないのだから。 こうしてずっと一緒にいると、固く誓いあったのだから。 ふたりで江ノ電に乗り込み、ゆっくりと景色を楽しむことにする。 高校生の頃は、通学で見慣れた風景だった。だが今は違う。 何だか新鮮に映った。 「あ、鎌倉高校前だよ」 「今日の最後はここだな」 「実家には寄らなくて良いの? 将臣くん」 「まあな」 将臣はまた何処か緊張しているようなまなざしになったが、直ぐにいつもの表情に戻った。 江ノ島駅に着いて、ぶらぶらだらだらと江ノ島に向かって歩く。 「江ノ島って何だかレトロで良いよね」 「まあたまに来るのは良いだろうけれどな。展望台にでも昇るか」 「そうだね」 「あ! 富士山だよ!」 「ここから見る富士山は最高だよな」 「そうだよね」 弁天橋を渡りきったところで見えた富士山が本当に美しくて、望美は立ち止まってうっとりと見つめた。 まだまだノスタルジーなふたりの旅は続く。 江島神社の通りを抜けて猫と戯れ、展望台に向かう。 弁天様にお参りをするかと思っていたのに、将臣はしなかった。 「お参りはしないの?」 「これでも、少しはげんを担いでいるんだよ」 「やっぱり気にしているんじゃない」 望美が笑いながらからかうと、将臣はほんの少しだけ頬を赤らめた。 展望台に昇り、ふたりは横浜や東京方面や、静岡方面に目を向ける。 こうしてパノラマのような風景を見ていると、癒される。 将臣と一緒だからか、ついはしゃいでしまう。 「あっちが横浜で、あっちが渋谷だって」 「こう見たら、俺たちは随分どごちゃごちゃしているところに、住んでいるんだな」 「そうだね」 「だからこそ鎌倉のこうしたのんびりとしたところが良いと思うんだよな」 「そうだね。本当にそう思うよ」 望美もしみじみと思う。 やはり将来的には鎌倉に住みたいと思う。 ここで将臣と暮らして、将臣の子どもを産みたいと思う。 そこまで考えたところで、望美はハッとなる。 余りにもくすぐったい想像で、真っ赤にならずにはいられなかった。 「どうしたんだよ」 「…何でもない…」 こんな想像をしてしまう自分が恥ずかしくてしょうがなかった。 ふたりは再び江ノ電に乗り込み鎌倉で降りる。 目当ては大盛りカレー。 流石に望美はもう完食出来ないが、将臣はぺろりと平らげてしまった。 その後は散歩がてらに鎌倉を散策する。 とても癒される時間だ。 小町通りで様々な店を冷やかした後で、ふたりはホットケーキで有名な喫茶店に入った。 焼くのにはかなり時間がかかるからか、ちょうど良い時間になると思う。 その間に他愛ない話をした後で、ふわふわで厚いホットケーキを食べた。 「色々なところのホットケーキを食べたけれど、やっぱりここが一番だって思うんだよね」 「そうだよね」 別腹とばかりにたらふくホットケーキを平らげた後、ふたりは再び江ノ電の駅に向かう。 「…鎌倉高校前で降りようぜ」 「そうだね。あのベンチから海を眺めたいね」 車窓を見ると、そろそろ空は茜色に染まっている。 その美しさに、望美は胸がきゅんと締め付けられる気分になる。 空が紫色に染まる頃、ふたりは鎌倉高校前駅に降り立った。 電車が行ってしまってから、ふたりはベンチに座って海を眺める。高校生に戻ったように。 「綺麗だね」 「ああ」 不意に将臣にじっと見つめられているのに気が付き、望美は顔を赤らめる。 「やるよ」 「え…?」 将臣がぶっきらぼうに差し出したのは、ルビー色のジュエリーボックスだった。 「左手出せよ」 「う、うん」 将臣は望美の左手を手に取ると、ジュエリーボックスからダイヤモンドの指輪を取り出して、薬指にはめる。 「結婚しねぇか?」 将臣はぶっきらぼうに言うと、望美の瞳を見つめた。 まさかプロポーズをされるなんて、思ってもみないことだった。 息が止まるほどにびっくりしてしまう。 「返事は今でなくても構わないから」 返事なんて考えなくても直ぐに答えられる。 答えはただひとつだ。 「…うん、結婚しよう…」 望美は少し照れながらも、ゆっくりとしたリズムで呟く。 将臣は照れたような笑みを浮かべると、望美を抱き締めてくれた。 「有り難う。幸せにする」 「私も幸せにするよ」 望美も将臣の躰をしっかりと抱き締めながら囁く。 そう、これが私たちのアニバーサリー。 |