*ふたりだけの記念日*


 記念日なんて気にしたことなんてない。

 ふたりの間には、明確な記念日なんてないから。

 産まれた時からずっと一緒。

 離れていたのは、源平の時空に巻き込まれた時だけだ。

 それ以外には、片時も離れずにきた。

 いつから好きなのかは分からない。

 異性として意識をしたのも、明確にいつからかは分からない。

 ただ、祭の日に、望美の浴衣姿に見惚れて、弟と喧嘩をしてしまった時には、既に女として意識をしていたと思っている。

 記念日は色々とある。

 だが、大きな人生のイベントは、まだ迎えてはいないから、これといったものもない。

 よく、恋人同士が、“付き合い始めた日”を記念日にしているが、そんなものは明確にはない。

 いつの間にか付き合っていたのだから。

 これが幼馴染みなのかもしれない。

 ただ、望美への愛を自覚した時期はしっかりと覚えている。

 源平の時空で離ればなれになってしまった時だ。

 傍に望美がいなくなって、初めて、愛していることに気づいたのだ。

 それだけが、将臣の中で時期が解るものだ。

 

 お互いにもう長い付き合いになった。

 今年社会人になり、学生時代とは違った厳しさを感じている。

 休日に、散歩がてらに望美とぶらぶらすることが、今は一番幸せなデートだ。

 秋も深まってきたので、将臣は望美を誘って、湘南の海をぶらぶらと散歩していた。

 秋とはいえ、暑さすら感じる。

 今年も二ヶ月足らずで終わってしまうというのに、全く信じられないぐらいに暑い。

「四季はどこにいっちまったんだろうな。全く、こんなに暑いなんて信じられねぇよな」

「そうだよね。だって、昼間はまだ半袖でも大丈夫だし、何よりも富士山の頂きに、雪が見えないよ、雪が!」

 望美は富士山を指差しながら、少し拗ねたように呟いた。

 望美の格好は、長袖ではあるが薄手のカットソーに、マキシスカート。羽織ものなんてない状態なのだ。

 長い艶やかな髪を下ろして、海風にさらしている。

 化粧は殆どしていないのに、本当に綺麗だ。

 ついじっと見つめてしまう。

 いつの間にか大人の美しさを滲ませるようになっていた。

 本当に綺麗で、ついじっくりと見つめてしまう。

 今日は決めたのだ。

 初めて明確に記念日にすると。

 その先のもっと素晴らしい記念日を決めたのだ。

 しっかりと手を繋ぎながら、望美は子どもの頃と同じような無邪気な笑顔を向けている。

 それがとても綺麗で、可愛い。

「ね、将臣くん、波打ち際まで行ってみようよ! 波と追いかけっこをするというのも楽しいでしょ?」

「お前はガキかよ!?」

 将臣がわざと呆れたように呟くと、望美は頬を軽く膨らませた。

 どのような表情をしても、本当に可愛くて、素敵だ。

 望美の百面相は、ずっと見つめていても飽きない。

「ったく、そんな顔をするからガキだって言うんだよ。頬にジャムをつけて食っちまうぞ?」

 将臣が望美の頬をぷにぷにと触ると、余計に拗ねたような顔になった。

 それがまた可愛い。

「じゃあひとりで遊ぶよ」

「お前な、忘れたか?俺たちが手を繋いでいることを。こうしているから、俺はお前から離れられないの。だから、どうしても俺はお前に付き従わないといけない。天の青龍再びだな」

「……そ、だね」

 しっかりと結びあった手を、望美は見つめながら、恥ずかしそうに俯いた。

 ほんのりと紅くなった頬が、とても可愛くて将臣は思わず笑顔になった。

 望美はしっかりしているが、将臣と二人きりの時だけは、子どもの頃と同じような振る舞いをする。

 それがとても愛しいのだ。

 まさかしっかりもので、人前ではチャキチャキしている望美に、子どものような面があることは、誰も知らないだろう。

 自分だけの特権であると、将臣は思っている。

「じゃあ一緒に行こうね」

「しょうがねぇな。付き合ってやるよ」

「何だか偉そうだなあ」

「そ、俺はお前から偉いの」

 将臣がまたいつものように軽口を叩くと、望美はわざと唇を尖らせた。

 それがまたとても可愛い。

 何処まで可愛いと思ってしまうのだろうかと思うぐらいに、望美が愛しい。

 望美以外には、そもそも、愛しいだとか思わないのだ。

 望美は、将臣にとっては、天使だとか女神だとか、神子だとか、お姫様だとか、そんな言葉では表現することが出来ないぐらいに大切な存在だった。

 表現出来ないぐらいに愛しくて大切。

 将臣は一生離せない、いや、一生どころか、死んでも、二生も、三生も離せない存在だと感じていた。

 望美は相変わらず無邪気に、波と追いかけっこをしている。

 本当に童だ。

 愛しい。

 将臣と手をしっかりと繋いでいるのにもかかわらず、望美ははしゃぎ過ぎて、躓いてしまう。

 将臣は直ぐに腕を差し出して、望美を抱き寄せた。

「大丈夫かよ!?」

 将臣が呆れるようにわざと言いながら、しっかりと柔らかな身体を抱きすくめる。

 こうしてずっと抱き締めていたいと思うぐらいに、望美が愛しくてしょうがなかった。

 息が出来ないぐらいに抱きすくめる。

 ずっとこの腕に閉じ込める。

 二度と離れることがないように。

「……将臣くん、ちょっとだけ苦しいよ……」

「すまねぇ」

 将臣は少しだけ抱擁を解いた。

「……これぐらいがちょうど良いよ……」

 望美がくすりと笑って、甘えるように将臣の胸に顔を埋める。

 子どものような甘えではなくて、あくまで大人の女性がするそれだ。

 とても色気がある上に、可愛かった。

 ずっと抱き締めていたい。

 だから、こうして抱き締めている今がチャンスだ。

 記念日にするための。

 二人だけのかけがえのない。

「……望美」

 将臣は真摯な声で語りかける。

「何、将臣くん?」

 望美は将臣に輝かしい笑顔を向けてくれた。

「なあ、そろそろ結婚するか」

 望美にとっては、思ってもみなかったことのようで、瞳を一瞬、見開く。

 だが、直ぐに花のような笑顔になり、将臣を見つめる。

「はい。一緒になりたいよ」

 望美は魂の内側から柔らかな笑みを浮かべると、将臣にしっかりと抱きついてきた。

 今までで一番暖かくて、柔らかい望美を、将臣もギュッと抱き締めた。

「有り難うな、望美……」

 将臣は愛しい幸せに、ついフッと微笑む。

「……私こそ、有り難う、将臣くん」

 望美は将臣を、笑顔で真っ直ぐ見上げる。

 二人はそのまま顔を近づけ、唇を重ねる。

 素晴らしい記念日の始まり。





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