*新しい年に*


 大晦日はいつも通り。
 おせち作りを手伝って(殆ど味見)、大掃除をしたりして、今年も暮れていく。
 今年の最後の瞬間と、新しい年の最初の瞬間は、やはり大好きなひとと過ごしたい。
 時間が過ぎる度に、望美は将臣がいつ迎えに来てくれるのか、そわそわしていた。
 紅白歌合戦が始まる頃になると、流石に望美もそわそわとしてしまう。
「望美、どうしたの。初詣はまだでしょ? 行くっていっても、どうせ、あなたも将臣くんも近くの極楽寺しか行かないんでしょ?」
 母親はのんびりと言いながら、こたつの上にある蜜柑をむしゃむしゃと食べている。
「良いじゃない」
 からかうような母親の口調が悔しくて、望美はコタツの蜜柑に手を伸ばして、大きな口でぱくりと食べた。
 何度も携帯電話を見ては溜め息を吐く。
 将臣は大晦日もアルバイト。
 何時終わるか解らないと言っていたせいか、気にあってドキドキとしてしまう。
「何度溜め息を吐いても、大好きな将臣くんから連絡は来ないわねえ」
「うるさいよ、おかあさん」
 母親が楽しそうに言う者だから、望美は思わずむくれた。
 望美の母親と、将臣の母親はとても仲が良くて、将臣と望美の仲を応援してくれている。バックアップが嬉しく思う反面、もう少しそっとして欲しいと思うこともある。
 例えば、こうしてからかわれているときなどは。
「どんと構えて待ってなさい」
「解ってるけれど…」
 恋をすると、大好きな人に逢えると思うだけでいつもドキドキそわそわする。
 望美は甘い落ち着きのなさに、また溜め息を零した。
 不意に、玄関先のチャイムが鳴り、望美は誰よりも俊敏に立ち上がって、玄関先へと向かう。
「はい!」
 玄関ドアを開けると、将臣が苦笑しながら立っていた。
「早かったな」
「…だって、会いたかったから」
 目をスッと細めて微笑んだ将臣の表情がとても魅惑的で、思わず抱きついてしまう。
「おいっ」
 将臣が視線で玄関先を指しているのを見て、望美は嫌な予感をしながらそっと振り返った。
「…お母さん…」
 やっぱりと思いながら、望美は大きな溜め息を吐いた。
「良かったわね、望美。支度して、行ってらっしゃい」
「う、うん」
 母親の笑顔に引きつりながら、望美はゆっくりと将臣から腕を離す。
 将臣もまた複雑な笑顔を浮かべながら、望美に頷いた。
 直ぐに部屋に戻ってコートだけを取り、望美は将臣の待つ玄関先へと向かう。
 去年までは、紅白歌合戦を見てから、近くの極楽寺に初詣をするのが定番だった。
 だが今年は、少しでも長く将臣とふたりだけの時間を共有したい。
 だから、大晦日の楽しみで定番過ぎる行事なんて、どうでも良かった。
コートを着込んで玄関にでると、将臣が手を差し伸べてくれる。
「行こうぜ」
「うん」
 将臣に手を差し伸べられたなら、スニーカーでもまるでシンデレラの靴のように思えてしまう。
 望美がその手を取ると、将臣はしっかりと結んで恋人繋ぎをしてくれた。
「今年は温かいらしいぜ」
「温かいけれど冬だから、温めてね?」
 望美が上目遣いで甘えるようにつぶやくと、将臣は受け取るように微笑んでくれた。
 ふたりで手を繋いで外に出ると、流石に息は白くて、冬であることを思い知らされる。
「まだ早いよね、初詣には」
「だから今のうち」
「今のうち?」
「ああ、江ノ電に乗って、行こうぜ」
 将臣は望美の手を繋ぐと、いつもは自転車で下りる坂道をゆっくりと歩いて下りていく。
「歩くのも新鮮だよね」
「そうだな」
 手を繋いで、極楽寺の駅まで来ると、ふたりは駅舎に入って、電車を待つ。
 初日の出や初詣には今はまだ早いせいか、ひとはまばらだ。
「後数時間で凄いひとになるんだよね。鶴岡八幡宮、長谷寺、江島神社、片瀬海岸…」
「ひとゴミより、お前とこうしてゆっくりするほうが俺は良いけれどな」
「私も。人混みが良いなって思ったのは去年まで。もう卒業しちゃったな」
「そうだな」
 江ノ電がゆっくりとホームに滑り込み、ふたりは乗り込む。
 闇に浮かぶ江ノ電はおもちゃ箱のようだ。
 いつものように鎌倉高校まで降り、手を繋いで七里ヶ浜に降りる。
「気をつけろよ、暗いから」
「うん」
 手を繋いでゆっくり気遣うように降りてくれるのが嬉しい。
 将臣の優し性「染み込んできて、今にも泣きそうなほどに幸せな気分になった。
 結ばれた手の強さは、もう遠い昔の幼なじみの少年ではない。堂々としたひとりの男だ。
 ふたりで海岸を降りて、暫く砂浜を笑いながら歩く。
 総ての思いを優しく見守ってくれた海岸と駅。
 この年の終わりに過ごすにはぴったなばしょだと思う。
「有り難う」
「何が?」
「ここに連れてきてくれて」
 将臣はそんなことかとばかりに微笑むと、望美の瞳を深く覗き込むように見つめる。
「いつものお礼」
 将臣はふと立ち止まると、駅の方向を見上げた。
「おい、見ろよ、あれ」
 将臣の指さした方向に視線を向けると、鎌倉高校前の駅が、厳かにライトアップされていた。
「綺麗だね…」
「そうだな」
 将臣は視線をフッと艶やかに臥せると、望美の頬を大きな手で包む。
 寒風で冷え切った手が、望美の頬によって温まった。
「来年も、再来年もずっと宜しくな。少し早いけれど、ここで、言いたかった」
「こちらこそ、来年も再来年もずっとずっとずっと宜しくしてね。もう、その手を離さないんだから」
「覚悟してる」
 お互いの唇がしっとりと重なる。
 あんなに冷たかった唇が、お互いの体温に寄って温まっていく。
 しっとりとした優しい暖かさに、望美はこころも躰も温まって来るのを感じる。
 嬉しくて堪らないのに、どうして涙が零れるのだろうか。
 本当に嬉しい涙だ。
 唇が離れると、思わず鼻を鳴らして笑った。
「…これからもずっと宜しくな」
「うん」
 ふたりで微笑み合った後、何度も笑いながら抱きしめ合った。
「極楽寺までだらだらと歩くか」
「そうだね〜」
 新しい年が間もなく始まる。
 優しい甘い闇がふたりを見守り、包み込む。
 新しい年が、素晴らしい年でありますように。





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