大晦


 白龍たちを見送った後、大晦日の鎌倉の町をのんびりと歩く。
 譲はクラブの友人と約束があると、先に行ってしまった。
「あいつはあいつなりに気をつかったのかもしれねぇな」
「どうして?」
 望美は幼なじみなのに、今更気を遣うなんてと、不思議な顔で将臣を見た。
「どうしてって、お前…俺達のこの手を見たら、誰だって遠慮するだろ?」
 苦笑しながら将臣が自分たちのしっかりと結ばれた手を見た。
「へんかな…? 将臣くんとはたまに手を繋いでいるし、譲くんとはもっとまれだけれど手を繋いでいるよ。普通だと思うんだけれど…」
 無自覚な神子姫ほど始末におえないものはないと、将臣は改めて思った。
「以前よりはかなりしっかりと手を繋いでいると思うぜ。見送っている間も、ずっと手を繋いでいたしな」
 将臣は、元の時空に帰った八葉たちの表情を思い出す。みんな、じっとふたりの結ばれた手を複雑な表情で見ていたのだから。
「だって離したくなかったんだもん」
「まあな」
 望美は今も離れたくはないとばかりに、更に強く手を握り締めてくる。
 まだ幼なじみの枠から完全に出てしまったわけではなく、恋人の領域に爪先が入った程度。
 こんなに望美がくっついてくるのだから、恋のレースで一歩出た自負はあるが、望美の気持ちを優先すると、  一気に入り込むとはいかなかった。
「将臣くん、久しぶりに小町通の甘味屋さんに付き合ってよ。帰りにお正月の和菓子も買いたいし」
「しょうがねぇな」
「後ね、一緒に年越蕎麦を食べて、その後に初詣に行こうよ」
「解った。その代わりに、一緒に格闘技を見てくれよ」
「解ってるって」
 ふたりは手を繋ぎながら、穏やかな年末の空気に包まれた、鶴岡八幡宮を後にする。初詣の準備もしっかりと整い、厳粛な雰囲気に包まれていた。
 ふたりは、いくら、通りすがりのひとや看板などが邪魔になろうとも、旨くやり過ごして、ずっと手を握り続けた。
 行きつけの甘味屋に入っても、望美は落ち着かないのか、手を離したがらなかった。
 善哉を頼み、ふたりでほっこりとした時間を過ごす。
「譲くんはおせち料理を少しだけ作っていたよね! 食べるのが楽しみだなあ」
「俺達だけだからな正月は。母さんたちは海外で年越し。ったく暢気なもんだぜ」
「そのお陰で、不審がられずに済んだし」
「まあ、な」
 望美は片手で善哉を食べながら、上目使いで将臣を見つめてくる。
「何だよ」
「うん、何だか新鮮だなあって。将臣くんとこうして善哉を食べるの。だってね、年上の将臣くんに馴れていたから、久し振りの同い年は照れちゃうよ」
 望美は俯きながら、善哉に浮かぶ栗の甘露煮に箸を突き刺した。
「年上のが良かったか?」
「ううん! 私にとっては将臣くんは将臣くんだよ! 年齢とか関係ないよ、うん。だけどね、元に戻っても、ま、将 臣くんは、す、素敵だなあって…思うよ」
 まるで針飛びするCDのように話す望美に、思わず目を細めてしまう。
「サンキュな」
「う、うん」
 照れる望美はこんなに可愛いかっただろうか。
 時空や鎌倉で起こった一連の騒ぎで、望美を愛していることを自覚した将臣だが、それが作用しているのか、今日の望美は可愛いくてしょうがなかった。
 このまま抱きしめて、強引に連れて帰りたいと思った。
 自分だけの目に曝すようにして。
 目許を紅で染め上げ、顔を柄でもなく逸らしていると、望美が不思議そうにこちらを見つめてくる。
「どうしたの? 将臣くん」
「何でもねぇよ」
「そう?」
 望美が可愛い過ぎて照れてしまったなどとは、言えない将臣だった。
 誰かが楽しそうな声を上げながら、甘味屋に入ってきた。
 聞き覚えのある明るい響きに、将臣はちらりと入り口を見る。すると望美と仲が良いクラスメイトがふたり、甘味屋に入って来るのが見えた。
「あら、望美! 有川くん!」
 ふたりが一緒にいることはごくごく日常ではあるから、別段気には止めなかったが、問題はふたりが繋いだままの手だった。
 食べているにも関わらず、まるで恋人達のように手はしっかりと繋がれている。
 クラスメイトは含み笑いをすると、パパラッチのような興味深い視線を投げ掛けてきた。本当に楽しそうで、噂を楽しむおばさんみたいだ。
「やっぱりふたりは付き合ってたんだ!」
 芸能人の恋愛スクープをした芸能ジャーナリストのように言うものだから、将臣は頭が痛くなった。
 望美はと言えば、反論するどころか耳まで真っ赤にしている。
「え、え、あ、あのね、わ、私は将臣くんと、そ、その」
 壊れたジュークボックスみたいにしどろもどろと喋る望美に、クラスメイトたちは余計に確信したようだった。
 ふたりは付き合っていると。
「隠す必要なんかないでしょ? あなたたちは今更じゃない」
 祝福しているというよりは、大スクープを喜んでいるように見える。
 頭は痛いが、今更、否定するのも面倒だ。それに否定は、将臣の本意ではない。
「…ああ。付き合ってるぜ。俺達は」
 将臣は恥ずかしがることもなく、堂々と言い、望美を大胆にも抱き寄せた。
 まだ言わないつもりだったが、こうなれば仕方がない。
 言わないと思っていたのは、ただ望美の気持ちを考えたのと、否定されるのが恐かったからだ。
「…ま…」
 頬を赤らめる望美が可愛い。
 誰にも取られないように、将臣は堂々と宣言したのだ。
「そうか、じゃあお邪魔しないように向こうに行くね。バイバイ、望美、有川くん」
「ああ。またな」
 将臣は手を上げてクラスメイトを見送った後、望美を見た。
「良かったの? あんなことを言って」
 望美はまるで子供がするような上目使いをして、将臣にお伺いを立てるように言った。
「ああ。俺は構わない。お前は?」
 内心ドキドキしながら、望美の答えをきく。望美との恋だけは、どこか意気地なくなる。
「…本気にしていい?」
 可愛い声が震えて、このまま強く抱きしめそうになった。
「ああ。本気にしていい」
「有り難う…」
 はにかむ望美は本当に可愛くて、将臣はこのまま押し倒したくなるぐらいの欲望を感じた。
「俺こそサンキュな」
 将臣はしっかりと望美の手を包み込むと、照れたように善哉を食べる。
「今夜、年越蕎麦を付き合ってくれよ?」
「勿論!」
 笑顔で望美は答えると、美味しそうに善哉を頬張る。手を重ね合わせて、ふたりで温もりを共有する。今までで、一番美味しい善哉だった。

 譲は少しだけ帰って来たが、年越しはクラブの友人と過ごすと言って、行ってしまった。
 将臣と望美はいつものようにエキサイトしながら、格闘技番組を見た。
 年越蕎麦は望美が作る。
 作るといっても、用意されただしに蕎麦や具材を入れるだけの簡単なものだ。
 クラシカルな鐘の音を聞きながら、ふたりで蕎麦を啜る。
「そろそろ新年だな」
「そうだね」
 将臣は望美を引き寄せると、甘く唇を重ねる。その瞬間、新年を示す時報が鳴る。
「あけましておめでとう」
 新たなふたりの関係が、今、始まる。
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迷宮の後のお話です。



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