雪の降る日に


 クリスマスに大寒波がやってくると聴き、望美は大騒ぎをしていた。
 ホワイトクリスマスだなんて、最高にロマンティックだ。
 つい調子の外れた歌を歌っていると、譲がほほえましい表情をしていた。
「先輩は、余程、クリスマスが楽しみみたいですね」
「だってホワイトクリスマスだよ! こんなことは滅多にないんだから!」
「そうですね。確かに珍しいです」
 譲と愉しく会話をしていると、お疲れ気味の欠伸をする音が聞こえた。
「何だ譲、寒波が来たら野菜が高騰して困るって言ってたじゃねえか」
 ごろ寝をしていた将臣は起き上がると、大きな欠伸をしながら、革のブルゾンを着る。
「兄さん!」
窘めるように譲が名前を呼んでも、将臣はどこ吹く風だ。何時ものように飄々としている。
「雪降るとバイトの帰りが困るんだよな、俺は。バイクだからな」
「ったく兄さんは、先輩や俺を困らせることばかり言って!」
 譲がいくら言っても、もちろん将臣には効かない。望美は兄弟の会話を聴きながら、ニコニコ笑っていた。
「じゃあな望美。バイトに行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
 望美と将臣を交互に見つめながら、譲は呆れ返るような表情をした。ふたりが解らないとばかりに。
「先輩! いいんですか!? 今日は折角のイヴなのに!」
「いいんだよ。別に私たちはイベントにこだわるタイプじゃないし、一緒にいられたらそれでいいから。それにイヴはかきいれ時だから、仕方がないよ」
 望美は何時もの調子でのんびり言い、将臣を送り出す。
 ふたりを見ていると、まるで年期が入った夫婦みたいだ。まあ十八年も一緒なのだから、ごくごく自然なことであるが。
 お互いに信頼しあっているのがどこを見ても解るようなふたりの雰囲気に、譲は完敗と感じる。
 あの時空から戻ってきて一年。ふたりの絆は更に深まりを見せているからだ。
 譲は切ない想いを抱きながら、複雑な気分でふたりを眺めていた。

 何時ものように、有川家春日家の合同ファミリークリスマス。
 去年、望美は将臣とふたりで過ごしたが、今年はみんなでのんびりとする。
 パーティーの片付けが終わった頃、バイクの音がして将臣が帰ってきた。
「望美、来いよ。海に行こうぜ」
 将臣は帰ってくるなり、望美に手を差し延べてくれた。
 勿論、その手を掴んで離すつもりなんてない。
 望美はダウンコートをしっかりと着込むと、直ぐに将臣に飛び込んでいく。
「おばさん、望美をお借りします」
「どうぞ」
 ふたりの奏でる甘い雰囲気に、譲が切なそうに見ている。
 だが望美は振り返らずに、将臣だけを真っ直ぐに見つめ、着いていく。
「何だか、望美を将臣くんにお嫁さんに上げたみたいねえ。昔からあのふたりはそんな感じだったけれど」
 望美の母親は、一抹の寂しさを滲ませながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

「乗れよ」
「うん!」
 将臣にヘルメットを渡され、望美はそれを被ってタンデムシートに跨がる。
 まだ雪は降っていないが、震えるぐらいに寒かった。
「上手くホワイトクリスマスとはいかないみたいだね」
「まだクリスマスは始まったばかりだろ?」
「そうね」
 望美は将臣にしっかりと抱き着くと、その温もりを確かめるかのように顔を埋める。
 切ないぐらいに温かくて、甘い気分にさせてくれる将臣の香り。
 それらを総て吸い込んで、望美は抱き着いていた。
「どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」
 将臣は勿体振ったように言うと、バイクを走らせた。
 闇のなかの鎌倉。
 何時もに増してロマンティックなのは、クリスマスイヴだからか、それとも将臣が傍にいるからだろうか。
 望美は景色などは一切見ずに、将臣の温かな背中だけを見ていた。
 バイクが停まったのは予想通りに、鎌倉高校前の海岸。
 ふたりにとっては思い出の場所だ。
 将臣は革手袋を外し、手を差し延べてくれる。望美はしっかりとそれを握りしめた。
「あったかい」
「お前のために発電した」
「もう! 嘘ばっかり!」
 望美が白い息を弾ませながら言うと、将臣は微笑んだ。
「ふたりでいると、凄く温かいね。信じられないぐらいに」
「そうだな」
 ふたりで、何時もの定位置に行くと、腰を下ろす。
 寄り添い、将臣に甘えるような仕種をすると、強く抱き寄せてくれた。
 ふと闇を見上げれば、白いものが降りてくる。天からのプレゼントだ。
「見て! 将臣くん! 雪だよ!」
 まるで犬みたいに望美は興奮すると、立ち上がってダンスを始めた。
「ったく、しょうがねぇな」
 将臣もまた立ち上がると、望美を見守るように傍に来る。
「望美」
「なあに?」
「…高校卒業したら、一緒に住もう」
 今まであんなにはしゃいでいたのに、望美はピタリと動きを止める。
 将臣を見れば、どこか照れているのが解った。
「おい、返事は?」
 将臣が手を広げてこちらを見ている。
 解りきっているのか、余裕のある表情を浮かべている。
「どうする!?」
 考える時間が必要ないことぐらい、望美にも解っていた。
 とても素敵なクリスマスプレゼントだ。
 これ以上贅沢を言えないぐらいに。
「はい!」
 大きな声ではっきりと答えを言うと、望美は将臣に飛び込んでいった。
 将臣は望美を受け止めると、頬を両手で包み込み、唇を深く重ねる。
 舌を絡ませあって、唇を吸い合うと、氷のように冷たかったものが熱くなった。
 二人でお互いを深く抱きあった。
「一緒に暮らそう!」
「ああ。ふたりで頑張って行こうぜ」
 ふたりは額がつくぐらいに近づいて、お互いに微笑みあう。
 白い雪がふたりに降り注ぐ。このままだと本当に積もってしまうだろう。
 ホワイトクリスマスが神様のプレゼントみたいに実現するに違いない。
「綺麗なもんだな。雪がお前に花冠を作っているみてえだな」
 将臣は、望美の頭に降り積もる雪を、そっとはらってくれる。
「…いつか、本物の白い花で作ってやるからな。花冠」
「うん」
 将臣らしい遠回しのプロポーズ。
 いつか本当にそうなればいい。きっとこれは必然だろうと思う。
「クリスマスイヴの夜に恋人たちが何をするかは、お前も解っているはずだろ?」
 将臣は望美の手を引っ張ると、バイクを停めてある場所まで連れていってくれる。
「今夜ぐれえは思いきり、ふたりで過ごしてえからな」
「うん…」
 将臣はバイクを走らせ、海が見えるほど近いホテルに連れていってくれる。
 今夜は特別な夜だから、ふたりだけの思い出を紡ぎたい。
 望美は総てを将臣に預けると、誰よりも幸福を感じた。

 かなりの積雪を記録し、早朝、将臣は苦笑した。
「これじゃあバイクはダメだな」
 腕の中には滑らかな温もりと幸せを与えてくれる望美がいる。
 そして、、窓の外には白い世界。
 こんなに寒い日に、望美を抱きしめ、得ることが出来る幸福が、サンタがくれた素敵なプレゼントだと思った。




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