桜Memories


 古都に桜がよく似合う。
 特に鎌倉は開放感があり、美しい桜を見た後で、海も愉しめ、のんびりとした時間を過ごすことが出来る。
 桜は気まぐれだから、いつ咲くなんて教えてはくれない。だから思い立ったらそれが吉日で、お花見を敢行しなければならない。
 窓越しに見える隣の桜が満開だったから、望美は花見がしたくなった。
 ラジオを聴けば、今日の湘南地域は晴天、降水確率0%、湿度は40%、心地良い海よりの風が2米。
 ご機嫌ではないかと思う。
 こんな日は、外でおにぎりを食べたい。しかもバクダンおにぎりで、お茶と一緒に。
 後は三色団子でもあれば、最高だ。
 望美は思い立ち、キッチンへと向かった。
 すぐにお米を研いで、暫く時間をおいてから古びたガスお釜のスイッチオン。
 まだまだ料理のレパートリーは少ないし、美味しく出来るものはたかが知れている。
 料理修行を始めたのは、年が明けてからだからしょうがないが。
 ひそかに、大学に入ったら同棲をしようと将臣と約束をしているために、料理の腕は死活問題だ。
 だから今日は、望美の腕で出来る範囲内で、おにぎりを作ろうと決めた。
 バクダンおにぎりならば、望美にも出来る範疇だからだ。
 御飯が炊ける間、おにぎりの準備や、冷蔵庫にある漬け物をタッパーに入れたり、タケノコの味噌汁などを作ってみた。 冷めないジャーに入れれば簡単だ。
 レジャーシートではなく、古風な茣蓙の準備が終わったところで、ご飯が炊き上がった。
 おかかやこぶを使った大きなおにぎりを作り、完成。
 望美は、まだ眠っているだろう将臣を呼びに、隣へと向かった。
 お花見グッズを携えて、将臣の部屋に入ると、野放図窮まりない姿で眠りこけている。
「ねぇ、将臣くん! 今日はとっても良いお天気だからさ、お花見をしようよ! お弁当も作ってきたし」
「ああん?」
 将臣は間抜けな声を出しながら、ぴったりとくっついた瞼を開けた。
「お花見しよ! 桜は満開だし、お弁当も作ってきたし!」
「花見はともかく、お前の弁当がなあ…」
 寝ぼけていながらも、しっかりと失礼なことを言うのは将臣らしい。望美は唇を尖らせ、眉を上げると、ピシリと将臣に言い放った。
「良い若者が何をしているのよっ! さっさと顔を洗って準備をなさいっ!」
「あー」
「こうなったら、実力行使だからね! えいっ!」
 将臣が抱きしめる蒲団を強引に剥がすと、望美は乱暴にもベッドからたたき出す。
 ごろんとどんぐりころりんのごとくベッドから転がった将臣は、床に尻餅をついた。
「ってぇ! 何しやがるんだよ、凶暴女!」
「いつまでも寝ているから悪いんでしょ! ほら起きてよ! 将臣くん!」
「ったく…」
 将臣は仕方ないように立ち上がったかと思うと、いきなり望美の肩に腕を伸ばして引き寄せてきた。
「な、何よ」
「寝ぎたない俺は、おはようのキスがねぇと、目が覚めねぇんだよ」
 将臣はまるで朝陽みたいな爽やかなキスを望美の唇に軽く落とす。
 寝起きの将臣は、うっすらとヒゲが生えていて、チクチクした。
 痛いのに気持ちが良いときめきに、望美は未だ慣れない。
 頬を赤らめて俯くと、将臣は笑った。
「いいかげんに慣れろよ。来年の春からは毎日だぜ」
「解ってるよ」
 拗ねるように言うと、将臣にまた捕まえられてキスされる。
 いつもはあまりべたべたしない将臣だが、ふたりきりの時に、突然とろけてしまいそうな行動に出るものだから、始末に負えなかった。これでは心臓がいくらあっても足りないことをしてくるのだ。
 将臣が準備をしている間、望美はリビングで待つ。
 リビングの掃き出し窓からも、薄紅色が見事な風景が見られる。どんな絵の具でも表せられない。ひょっとすると最近のデジカメではもっとなのかもしれない。
「待たせたな」
「大丈夫だよ」
 将臣はラフな長Tシャツと、スタイルの良さを際立てるビィンテージもののジーンズを穿いている。
 何気ないスタイルなのに、こちらの頬が紅潮するぐらいにフェロモンが滲み出ていた。
 恥ずかしくて見つめられないのに、じっと見つめていたい複雑な気分になる。
「花見ってどこに行くんだよ」
「そこだよ」
 庭を指差すと、将臣は苦笑いを浮かべた。
「何だ、うちの庭かよ」
「そうだよ。将臣くんちの庭。一番綺麗な桜が見られるもんね」
「ったく、おままごとの延長かよ」
「そう、そう! 行こう!」
 望美は将臣の手を取ると、庭へと連れ出す。
 茣蓙を敷いて、昼食の荷物を並べれば、準備完了だ。
「将臣くん、こうしてここでお花見をすると、気持ちが良いねえ、ホントに!」
「そうだな。ままごと思い出すけれど」
「そうだね。私がお母さんで将臣くんが強引にお父さんで、譲くんが子供なの」
 くすぐったい想い出に望美は思わず微笑んでしまう。いつか”ままごと”ではなく、将臣とそうなれればと思わずにはいられなかった。
「ちょうどご飯の時間だよね。食べよう将臣くんっ!」
「タイミング良く起きたみてぇだな。俺は」
「そうだね」
 望美は将臣の分のばくだんおにぎりを手渡し、目を丸くされる。
「弁当って、これかよ」
「お漬物もあるし、味噌汁もあるよ。タケノコとワカメなんだよ。後は、頂き物の玉露もいれてきたし」
「だが、おにぎりとはな…。今時、こんなにまんまるに握るのも、ある意味才能だよな」
 将臣は呆れるのを通りこし、じっとおにぎりを見ている。
「だってお弁当は、まだそれしか出来ないんだからしょうがないじゃない。来年の春までには、うんとうんと上手になるからね」
 望美は開き直ると、ここはしっかりと宣言をしてみた。
「うんとうんとうんと上手くなれよ。俺の胃袋の死活問題なんだからな。この年で、胃は患いたくねぇし」
「もうっ! そんなにひどくないよっ!」
 望美は将臣にムッとし、肘鉄を喰らわせる。ふたりだからこそ出来る、楽しいやり取りだ。
「ったく、いてぇな! この怪力っ!」
「怪力じゃないわよっ!」
 望美はぷいっとそっぽを向くと、おにぎりにばくりと噛り付いた。
「おにぎりはやっぱり美味しいよね。将臣くんにはこの美味しさは解らないだろうけど」
「ん? 中々美味いんじゃねぇか。なんか具がいっぱい入っているのも良いしな」
「ホント?」
 望美がちらりと将臣を見ると、美味しそうに食べてくれている。味噌汁もすすってくれていた。
「味噌汁とおにぎりはあうな」
 将臣に言われて試してみると、本当に美味しかった。
「美味しい!」
「だろ」
 ふたりで穏やかな春の陽射しを浴びながら、こうしておにぎりを頬張るのはなんて幸せなのだろうかと思う。
 食べ終わり、後片付けをしていると、将臣がごろんと転がり、望美の膝を枕にした。
「ま、将臣くん…っ!?」
「寝足りねぇんだよ。寝かせろよ、お前の膝で」
 安心したように目を閉じる将臣を眺めながら、望美は髪を撫でる。
「いつか…あのままごとがそのまま現実になったらいいな…。子供を挟んで、みんなで桜を見るんだよ。今みたいに…」
「そうだね…。いつか叶うといいね」
 ふたりで明るく幸せな未来を思い描く。それはきっと叶う。
 近いうちの春に…。

お花見です。
わしはベランダ花見






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