テレビを見ながら、将臣が眉を寄せた。 「台風が接近しているみてぇだな。関東直撃だってな。こりゃ、停電とかになったら仕事にならねぇな」 将臣はまるで人事のように言うと、ゆっくりと立ち上がった。 「今日は早目に帰って来いよ。電車がなくなっちまうかもしれねぇからな」 「将臣くんも早く帰るんだよ。だって危ないじゃない」 「まあ、ヤローだったら、究極、どこでも寝れるからな」 将臣は台風なんか全く気にしないとばかりに悠然と言うと、先に玄関に出る。 「待ってよ」 望美はテレビの電源を切ると、慌てて玄関へと向かった。 社会人になって直ぐに、ふたりは同居を始めた。結婚も決まっていて、そのまま今のマンションに住むつもりでいる。 こうして朝からゆっくりと将臣に逢えるというのは、望美にとっては嬉しいことに違いなかった。 社会人になり、お互いに違う会社に就職をしてしまったから、逢う時間が少なくなる。だから、こうして同居することにした。 こうすれば気兼ねなく何時でも逢えるから。 出会った時のことなんてお互いに覚えていない程の昔から、ずっと一緒だった。 なのに今でもこうして逢いたくて、そばにいたくてしょうがなくなる。 恋をしたばかりのような情熱はないかもしれないが、だが、何時でも好きでしょうがなくて、呼吸をするかのようにじんわりと常に好きでいられる。 とても大きな好きだと、望美は思う。 駅まではまるで小さな子供が幼稚園に行く時のように、しっかりと手を繋いで行く。 駅までのちょっとしたお楽しみだ。 友人たちにはこんなにも付き合いが長い相手と、どうして何時までも仲良くいられるのか不思議だと、指摘されたことがある。 だがそんなことは気にならないぐらいに、ずっとずっと好きでいられる自信はある。 魂の片方を見つけた。大袈裟ではなくそんな気分なのだ。 駅でいつものように別れて、それぞれの会社へと向かう。 こうしてふたりで有り触れた人生を歩んで行くことが、今は幸せでしょうがない。 源平の時空にいた頃は、とてもではないが考えられないことであったから。 望美はホームから空を見上げて溜め息を吐いた。 これでは仕事は早目に切り上げられることになるだろう。 「余り酷い嵐にならなかったら良いな…」 望美はひとりごちると、電車に乗り込んだ。 やはり今日は仕事が早く切り上げられ、三時には会社を出ていた。 スーパーで買い物をした後は、家で引籠もりとなる。 窓の外を見つめながら、将臣がちゃんと帰って来られるか心配になった。 テレビをつけると、ワイドショーでは台風情報ばかりをやっている。 望美はそれをぼんやりと見つめながら、こんな日には将臣に側にいて欲しいと思わずにはいられなかった。 夕食を作り終える頃、携帯が鳴り響く。着信音で将臣であることが解った。 「もしもし」 「ああ。無事に帰れた?」 「うん。女子社員は電車がなくなるからって早目に。男性社員もうちは定時に帰るらしいよ」 「そうか。こっちも停電するかもしれねぇから、パソコンとかを閉じて今から帰るとこ。いつもよりもかなり早く帰れると思える」 「そうだね。待ってるよ。それと電話有り難うね。嬉しいよ」 望美は微笑みを声に乗せる。すると受話器の向こうで将臣が微笑んだのが解った。 「将臣くん、気をつけて帰ってきてね」 「ああ。お前も戸締まりをちゃんとして待っていろよ。後、形態ラジオと懐中電灯も出しておけよ」 「うん、解った。有り難う」 「ああ。じゃあ電話切るな」 将臣が電話を切った後、望美は切ない気分になり溜め息を吐いた。 外の嵐は益々ひどくなり、望美は心細くなる。 早く将臣が帰って来ますように。そう祈らずにはいられなかった。 夕食を作り終わった後、望美は落ち着けなくて、何の用事もないのにウロウロとしてしまう。 窓の外から聞こえる嵐の音や、テレビに映し出される駅周辺の様子を見つめていると、将臣が心配でしかたがなくなる。 何もありませんように。 それだけを祈りながらも、望美は不安から逃れられずにいた。 不意に見ていたテレビがブチリと音を立てて消え、電気が一斉に落ちる。 「て、停電っ!?」 暗い場所は余り好きじゃない。その上、激しい水音が聞こえてきて、望美の恐怖は大きくなっていく。 本当に恐ろしくてしょうがない。 家にはひとりしかいないし、誰にも頼ることが出来ない。 望美は不安で苦しくなりながら、何度も落ち着かせようと深呼吸をしたが全く効果はなかった。 望美は大きく溜め息を吐きながら、どうして良いかが解らなかった。 先ほどまで働いていた思考回路も全く働かなくなる。 何かをしようとしても何をして良いかすらも解らなかった。 「…将臣くん、早く帰ってきてよ」 望美は半泣きになりながら命綱である携帯電話を握り締めると、将臣に短いメールを打った。 “早く帰ってきて。望美” 切実な想いをメールにして将臣に送ると、望美はまた溜め息を吐いた。 「…将臣くん…」 望美は部屋の片隅で何故か体育座りをしながら、小さくなる。 龍神の神子だなんて名乗っていたこともあったが、本当はとても怖がりだ。 友人たちにも“しっかりしている”と思われているが、本当はどうしようもないほどの甘えん坊だ。いつも影では将臣にばかり甘えていたから。 だが、ちゃんと頑張らなければ、将臣は甘えさせてはくれないから、傍から見れば頑張っているように見えた。それだけなのだ。 望美が怖がりで、甘えたであることを知っているのは将臣だけだ。 望美もまた将臣にしか甘えなかった。親にすら素直に甘えられないこともあるのに、将臣ならそれが出来た。 誰よりも将臣は望美のことを解ってくれている。 だが時々、自分は将臣が解ってくれているほど、将臣のことを解ってあげていないのではないかと、不安になることもある。 将臣のことは誰よりも解ってあげたかったから。 何だか暗い場所にいると、色々と考え込んでしまう。 望美は益々切ない気分になってしまい、涙ぐんでしまった。 ふとドアの鍵が開けられる音が響き渡り、望美は躰を強張らせる。 きちんと戸締まりをした筈だが、ぬかりがあったのかもしれない。 望美は不安になり、かといって怖くて動けなくて、おろおろしているとドアが開く音がした。 飛び上がるほど驚き、震えながら膝を抱えていると、慌てて誰かが家に入ってくる。 「望美! 大丈夫か!?」 誰よりも安心出来る声に、涙が滲んでくる。 望美が顔を上げると、将臣が目の前に立っていた。 「…将臣くん…」 名前を呼んだ瞬間、将臣は望美を強く抱き締めてくれる。 ギュッと抱き締められると、不安が一気に消え去っていく。 将臣の温もりを感じれば、本当に心配してくれていたことが解った。 「…平気だよ。将臣くんが帰って来って特効薬を飲んだから」 「ったく…」 将臣は困ったような切ないような笑みを浮かべると、望美を深く抱き締めてくれる。 そうなのだ。 将臣が一番苦しく思っているのは、望美が哀しい顔をしたり、泣いたりすることなのだ。 だから将臣は、望美が嫌なことを一番理解してくれているのだ。 また止めどないほどの愛がこころに溢れてきた。 台風は嫌だが、こうして将臣の気持ちを気付かせてくれたのは良かったかもしれない。 望美がくすりと笑うと、将臣は不思議そうに見る。 「どうしたんだよ?」 「たまには台風も良いものだと思ったんだよ」 望美はそう言うと、将臣を強く抱き締めた。 台風の魔法はとても素敵なのかもしれない。 |