青空が透明に麗しくなる頃、体育祭のシーズンになる。 どの競技に出るかをクラスで話し合っている間も、相変わらず将臣は居眠りを決め込んでいる。 「将臣くん、起きなよ。何に出るのか、体育委員が訊いているよ?」 「俺? んなの、面倒じゃねぇのに決まってるじゃねぇかよ。そうだな、定番の借り物競走にでも出るか」 「やる気ないなあ」 望美は溜め息を吐くと、将臣を軽く諫める。 「だったらお前は何に出るんだよ」 「私? 私はムカデ競走っ!」 「余計にやる気ねぇじゃねぇかよ」 逆に将臣にツッコミを入れられてしまい、望美は唇を尖らせてしまった。 「有川君は何に出るんですか?」 体育委員が溜め息を吐きながら半ばイライラするように言うものだから、将臣はわざと小学生のように手を上げた。 「先生、俺は借り物競走が希望です」 将臣は言いたいことを言うと、また居眠りの体勢に入る。 「有川君は借り物競走と、後は100×4リレーと」 体育委員が勝手に黒板に名前を書くものだから、将臣は飛び起きる。 「おいっ! 俺は借り物競走に出るって言っているだろうがっ!」 将臣が噛み付いても、体育委員はあくまで冷静でクールなままだ。 「ですから、有川君にはどちらにも出て貰いますから。借り物競走とリレー。リレーは、春日さんや様々なひとからの推薦がありましたからね。アンカーですよ。その早い足を活かして下さい」 体育委員は全く取り付く島などなくて、どこか専制君主のような横暴さを発揮している。 将臣は溜め息を吐きながら、横に座る望美を睨み付けて来た。 「折角、足が早いんだから、将臣くん勿体ないよ。私も将臣くんの走るところを見たいしね。それにこれは勝負だからね、やっぱり、走りに強いひとに走って貰いたいじゃない?」 望美はニコニコと笑いながら、将臣を期待を込めて見つめた。 「ったく…、体育委員よりもお前が暴君だよ」 「私、暴君じゃないもんっ」 微苦笑する将臣に、望美は唇を尖らせて怒るが、相手は目を細めて受け止めてくれる。 大きなこころを持った、大好きな幼馴染みなのだ。 「将臣くんなら、きっとうちのクラスは勝てると思うんだよね。将臣くん以外も陸部が揃っているから、うちが最強かも」 望美は勝つことを当たり前に想像するだけで嬉しくて、にんまりと笑ってしまう。 「しょうがねぇな」 将臣は望美にだけは笑みを浮かべた後、体育委員に向かって手を挙げる。 「じゃあそのふたつだけエントリーする。それ以上の競技は絶対に参加しねぇからな」 「はい、有川君、有り難うございます」 体育委員は上機嫌になると、リレーのところに決定と書いた。 体育祭の当日、将臣はダラダラといつも通りに過ごしている。 望美と隣同士で座り、その綺麗でスラリとした脚を眺めつつも、他の男には見せたくはないといいジレンマにさいなまれていた。 「望美、競技が終わったらジャージを履いたほうが良いんじゃねぇ? 寒くなるだろうしな」 「そうだね。言われてみれば確かにそうなんだよ。脚って冷えると浮腫んだりしたあんまりよく無いんだよね。有り難う、そうするよ」 「ああ」 まさか望美の綺麗な脚を他の男に見せたくはないだなんて、そんなことを知ったら、望美はどう思うだろうか。 独占欲の大きな幼馴染みに引いてしまうだろうか。 だが、もう誰にも触れさせたくない、誰にも見せたくはないぐらいに、望美を想っているのだから。 「借り物競走のひとはスタンバイして下さいね!」 実行委員が呼びに来てくれて、将臣は重い腰を上げる。 「応援してくれよ」 「もちろんだよ! 誰よりも派手に応援するからねー」 「ほどほどにな」 将臣は、望美以外の応援なんて本当はいらないと思いながら、スタンバイ場へと向かった。 「将臣くんはモテるから、沢山の女の子がいっぱい応援するんだよね…」 望美は溜め息を吐きながら、将臣の広く鍛えられた背中を見つめる。 精悍で整った顔立ち、申し分ない男らしいスタイル。どれを取っても、将臣はそのへんのモデルよりも素敵で、ファンの女の子もかなり多い。 大好きなひとが素敵なのは良いことではあるけれども、望美は複雑な気持ちを抱いていた。 将臣がスタートラインに立つと、女の子は一斉に立ち上がって、誰もが携帯電話のカメラを構える。 筋肉が綺麗についている脚は、無駄なものなんて一切ない。 本当に美しい。 将臣の人気に、望美は何処か胸が痛くなるのを感じながら、じっと見守っていた。 立ち上がって見ていると、多くの女子が特等席を取ろうとして押し寄せてくる。 「凄いっ! やっぱり有川君はカッコいいよねー! 頑張れーっ!」 スタートのピストルが鳴り響き、将臣は走り出す。 予想通りにトップ通過を果たすと、借り物のメニューを拾いあげた。 将臣は一瞬、驚いたような顔をする。 「きゃっ!」 その瞬間、望美は背後から押されて躓いてしまった。 将臣は借り物を見て愕然とする。何か冗談かよと悪態を吐かずにはいられない。 好きなひと。 これは体育祭実行委員の悪ふざけなのだろう。 全く始末に負えないと、将臣は溜め息を吐くしかなかった。 そのタイミングで、望美が誰かに後ろから押されて躓く様子が目に入る。 将臣は直ぐに望美に向かって駆け出すと、風のように抱き上げた。 「ま、将臣くんっ!?」 「俺の借り物、お前が必要なんだよ。一緒に来いっ」 将臣は望美を軽々と抱き上げたままで、物凄い勢いで走っていく。 「あ、あのっ! 将臣くんっ! わ、私、走れるからっ!」 焦る望美が可愛いと思いながら、将臣は平然と走る。 「俺がお前を抱いて走ったほうが、早いのに決まっているだろ?」 周りからは冷やかしたり、或いはブーイングが響き渡る。 望美を好きな男達にしっかりと見せつけてやり、手を出す気を起こさせないようにする。 それが将臣の一番の目的なのだ。 将臣は望美を抱き上げているにも関わらず、圧倒的な強さで、一位のテープを切ってしまった。 これには誰もが拍手喝采している。 一位の旗を持った係員のところに行き、将臣は堂々と借り物が書かれた用紙を見せた。 委員は内容を確認すると、ちらりと将臣を見上げる。 「“好きなひと”。春日さんで間違いないに…決まってますね」 係員はにっこりと笑うと、大きなお世話なように「お幸せに」と付け加えた。 見ていた望美が、耳まで真っ赤にさせて望美を見ている。 「…あ、あの、そ、それホント?」 声が震えて甘く緊張している望美に、将臣も緊張を隠しながら頷いた。 途端に望美は将臣に抱き付いてくると、わんわん泣き出してしまう。 「…将臣くん、私も大好きだよーっ!」 望美の可愛い告白に、将臣は人目も憚らずに、しっかりと抱きよせる。 「俺もお前のことが好きだから…」 「うん、うん」 誰もがふたりの姿に注目しているが、そんなことは構わない。 時は秋。 空は高くて明るく澄んでいる。 幼馴染みのふたりの恋は、秋空にふさわしく、何処までも明るく澄み渡っていた。 ふたりのハートは今日の一等賞。 |