*短冊に恋心を込めて*


 年に一度しか逢えないなんて、そんなことは切なくて耐えられない。
 隣りに住んでいるくせに、一日でも逢えないのが辛いのに、遠く離れて手を伸ばしても届かないなんて哀し過ぎる。

 鎌倉には古式ゆかしい“七夕”がよく似合う。
 笹の葉を買い、ほおづきを買うのがとても夏らしくて望美は大好きだ。
 笹の葉とほおづきを持って歩いていると、ばったりと将臣に出会った。
 ダイビング帰りのようで、海の艶やかさを纏っている。
「望美、笹なんか買ったのかよ」
「もうすぐ七夕さまだからねー」
「相変わらずイベント好きだな」
 将臣は苦笑いを浮かべると、笹の葉を一筋手に取った。
「パンダが好きそうな笹だな」
「どういう基準なのよ。それは」
 望美が少し怒った風に言うと、将臣は豪快に笑う。
「笹の葉っぱに短冊をつけて願う…か。昔ならそれで何でもかんでも願いが叶うって思っていたもんな」
「そうだね。だけどロマンティックなおまじないと思えば素敵じゃない?」
「まあな。ま、お前のようなガキだったら、ぴったりのイベントだよな」
「何よっ! 短冊に願いを書かせてあげないんだからねっ!」
「七夕だったら笹の葉っぱなんかより、天体観測だろっ! ロマンティックならな」
 頭を軽くはたかれて、望美は将臣を睨み付ける。
「天体観測して、笹の葉っぱに短冊吊るすのが七夕なの。どれかひとつでも欠けたら七夕さまじゃないよっ!」
 望美が頭から湯気を出しながら怒ると、将臣は笹の葉を取り上げてしまった。
「七夕やるか。俺も一緒にお祝いをしてやるよ」
「うん」
 ふたりで肩を並べて、ゆっくりと坂を上がって行く。
「だけど織り姫と彦星ってね、年にいちどしか逢えないなんて、何だか切ないよね」
「まあ、仕事をサボってその場の快楽を求めてたんだから、仕方がないと言えば仕方がねぇんだろうけれどな」
 将臣はあいも変わらず現実的だ。
「そう言うと、実も蓋もないよ」
「ロマンスの足りない男だからな」
 将臣は鼻で笑うように言うと、軽く笹を振り回す。
「将臣くんにロマンスを求める私が悪かったよ」
「ま、そういうことだな。残念でした」
 将臣はいつものように豪快に笑う。真夏の太陽が似合う笑顔だ。
「だけど、自業自得かもしれないけれど、やっぱり一年に一度しか逢えないのは可哀相だよね。私なんか毎日逢っているくせに、もっと逢いたいと思うんだもん」
「誰と?」
 将臣は解っているにも関わらず笑みを含めた声で言うと、望美の手をギュッと握り締めてきた。
「こうやって毎日一緒にいてやるから。もう、長く逢えないのは勘弁だもんな」
「そうだね…。あの時、私なんか、一年のうち何度も将臣くんに逢えないだけで、胸が押し潰されそうになっていたんだもん…」
「…三年以上もお前に逢えないのは、俺も勘弁して貰いたいところだな」
 望美は、源平の時空で離れ離れになっていた時期の長さを思うだけで、呼吸困難になる。
 将臣はそれを耐えていたのだ。かなりの長い時間を。
 それを思うと、泣きそうになった。
「家に着いたら短冊作るよ。将臣くんも手伝ってよ」
「しょうがねぇな。お姫様の願いには応えてやらないとな」
 将臣は苦笑いを浮かべると、望美が持っている子供向けの七夕セットを手に取る。
「いろんな飾りが入ってるな。ぶきっちょなお前にはぴったりじゃねぇの」
「もうっ! 将臣くんなんか知らないっ!」
 ふたりはまるで仲の良い子猫のように戯れあいながら、家のなかに入っていった。

 テーブルの上に、短冊、折り紙といった色とりどりなものと、ハサミやのりといった定番の道具を広げて、飾りを作り始める。
「どうしてスイカの切れたヤツだの、なすびだのを飾るのかなあ」
「さあな。織り姫がお前みたく食いしん坊だからじゃないのか?」
 将臣が意地悪な笑みを浮かべるものだから、望美はその脛を思い切り蹴っ飛ばしてやった。
「…てっ…!」
「将臣くんがいらないことを言うからだよ」
 舌を出してやると、将臣は軽く睨んで、短冊を書き出した。
「おら、お前の願いを書いてやったぜ」
「私の願いって何よ?」
 将臣が鋭い角度で出してきた短冊を見るなり、望美は絶句する。
 “今年こそ、暴力を振わない優しい女の子になれますように。望美”
「っ…! ちょっと! どういうことよっ、将臣くんっ!」
 望美が長い髪を逆立つほど怒りに任せていると、将臣は平然と笑う。
「本当のことじゃねぇか」
「本当のことって言ってもねっ! もうっ! 仕返しをしてやるからっ!」
 望美も短冊を一枚手に取ると、なぐり書きをする。
 本当になんて失礼な男なのだろうと思う。だが、将臣が“失礼な態度”をするのは望美に対してだけだというのは、充分に解っている。
「はいっ! 将臣くんの願いをしっかりと書いてあげたからねっ!」
 望美は将臣の視界の前に堂々と短冊を掲げる。
 “ロマンスとデリカシーのある男になりたい。将臣”
「ったく! お前っ!」
 将臣がかかってこようとしたので、望美はひらりと受け流した。
「短冊書くよ。3枚ずつね。しょうもないものは書かないでよ」
 望美は数枚の短冊を将臣に押し付ける。
「お前じゃあるまいし」
「どうだか」
 ふたりは顔を見合わせてお互いを牽制した後、こそこそと短冊を書き始めた。
 願いを書いている間も、何度もお互いに探るように視線を送りあう。
「書けた!」
「俺も」
 ふたりは短冊をまるでカードのように持ち、トランプゲームをしているように互いの様子を伺っていた。
「いっせいに見せあいをしない?」
「ああ、いいぜ」
 短冊をお互いに見せあった途端、吹き出してしまった。
「何だよっ! “家内安全”“健康第一”って!」
「将臣くんこそ、“火の用心”“一日一善”って!」
 まるで示し合わせたかのような願いの数々に、ふたりは瞳に笑顔を滲ませた。
「一枚足りねぇよな」
「一枚足りないよね」
 お互いに背中に隠して様子を見ている。
「見せてみろよ」
「将臣くんこそ」
 ふたりは睨み合いに近いかたちで視線を送りあい、お互いの出方を待った。
 だが一向に動こうとはしない。
「お前から見せろよ」
「将臣くんからどうぞ」
 将臣は埒があかないとばかりに溜め息を吐くと、笹を持って来た。
「飾り付けをしちまおうぜ。短冊を見せあうのはそれからで良いだろ?」
「そうだね」
 望美は同意をしながらもこっそりと短冊を隠し、最後につけようとした。
「可愛いよね。お飾り。お星様とか、好きだなあ」
「これを飾ったら、夏って感じはするけれどな」
「そうだねー」
 ふたりで小さな笹を飾ったあと、いよいよこっそりと短冊を飾り付ける。
 望美は、“永遠に将臣くんと一緒にいられますように”と書いた短冊を、甘酸っぱい想いと一緒に飾り付ける。
 ちらりと将臣の様子を見ると、何やら真剣に短冊を結び付けていた。
「じゃあこの笹を飾るか」
「うん。やっぱり将臣くん家の庭が良いかなあ」
「じゃあそうするか」
 将臣が笹の葉を持ってくれ、有川家離れの縁側へと向かう。
「こんな感じだな」
 将臣が笹を飾り付けてくれ、望美はその様子をうっとりと見つめていた。
「こうしていると風情があるよねー」
「そうだな」
「近くで見ようかな」
 望美は、将臣が短冊に何を書いたのか、目で一生懸命探す。
「あっ…!」
 キラリと光るものを見つけて、望美は思わず声をあげる。
 将臣が書いた短冊の上にキラリと光り輝いているものは、リングだった。可愛いデザインのリングにあしらわれているのは、ムーンストーンだ。
「…これ…」
 短冊を見ると、“これに気付いた望美と、いつまでも共に歩いていけますように”。
「将臣くん…」
 ロマンティック過ぎて泣きそうになる。嬉しいのにどうしてこんなにも甘くて切ないのだろうか。
「気付いたか?」
「うん」
「指輪してやるよ。手を出してみろ」
 将臣に言われた通りに望美は左手を出すと、薬指にリングをはめてくれる。
「織り姫と彦星には悪いが、ずっと一緒にいような」
「うん」
 夕闇を帯びた広い空に浮かび上がる天の河。
 きっと数々の願いを叶えてくれる。
 ずっと一緒にいられるようにと、ふたりは祈りを捧げた。





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