折角の休みだからと、起こしにいく方々、望美は将臣の家に向かった。 最近はアルバイト三昧だ。 自分のことはなるべくすると決めているのだから、しょうがないといえばしょうがないのだが。 そのせいでかなり疲れている様子だ。 将臣が一人暮らしを始めてから、望美は合鍵を貰ってちょくちょく遊びに行っている。 居心地の良い空間だ。 一人暮らしだから1Kの狭い空間だが、不思議ととても心地が好かった。 今夜は地元では花火大会で、特別観覧席のチケットを貰ったから、どうしても将臣と行きたかった。 夏の花火をロマンティックに見られるなんて最高だ。 ただし、将臣は些か“ロマンス”は足りないが。 少しばかり長く寝かせてあげようと、望美はあえて1時間ほど起こさずにしておいた。 だが、一向に目覚める気配はない。 「将臣くん、いつまで寝てるの? 今夜は鎌倉に戻って、花火大会に行くって言ってたよね?」 優しい口調で言いながら、望美は取り敢えず起こしてみることにした。 「…ん…」 将臣は返事をするだけで一向に起きようとはしなかった。 「このままだと、花火大会に間に合わなくなっちゃうよ?」 望美が躰を軽く揺すると、いきなり腕を掴まれた。 「ちょっ、将臣くんっ!」 将臣は、望美を抱き締めたまま、また眠ろうとする。 将臣に抱き締められるのはとても気持ちが良いが、ドキドキし過ぎて少し焦ってしまった。 「…キスしてくれたら起きてやる」 将臣は寝ぼけた声で呟いている。 これはわざとやっている。 それ以外に考えられない。 望美はムッとしながら、将臣を見つめた。 「…キスしてくれたら…花火大会でも何処でも連れていってやるよ…」 将臣が甘えるように抱き付いてくる。 こうされると逆らえなくなるではないか。 望美は素直に将臣にキスをした。 甘い甘いキス。 恥ずかしいから最初は触れるだけのキスをした。 するりと将臣に主導権を握られたかと思うと、そのまま深い官能的なキスを受けた。 キスに夢中になってしまい、花火大会のことを望美は一瞬忘れてしまう。 頭がぼんやりとするほどの甘いキスを受けた後、望美は抱き締められた。 「ご褒美に…、花火大会に連れていってやるよ」 「…うん。有り難う。うちに寄ってね? 浴衣を着るんだから」 「はい、はい」 将臣は、望美を抱き締めたままで起き上がると、ベッドから下りた。 「顔を洗って着替えるから待っていろ」 「うん。待っているよ。有り難う」 望美は将臣をじっと見る。 寝起きの髪は少しクシャクシャになっていて見事なまでに立っている。 このあたりは小さな頃から全く変わってはいないのだ。 望美はついくすりと笑ってしまう。 これは幼馴染みの特権だと思った。 「何だよ、笑って」 将臣は歯ブラシを口に入れながら怪訝そうに呟いた。 「子供の頃からちっとも変わらないなあって思っただけだよ。その寝癖」 望美がくすくすと笑いながら寝癖に手を伸ばすと、将臣は何処かバツが悪そうな表情になった。 照れ臭いのだろう。 そこがまた可愛いと思ってしまう。 「とっとと着替えたら行くぞ。車が渋滞すっからな。うちに車を置いていかねぇとな」 「これが地元の強みだねー」 望美はにんまりて笑いながら、将臣を見た。 ドライブデートも兼ねて、車で鎌倉に向かう。 将臣は都内に一人暮らしをしているから、ちょっとしたドライブになる。 いつもはベイブリッジなんて通らないが、今日はわざと通ってくれる。 デートらしいルートで、望美は嬉しかった。 「デートの醍醐味だね」 「たまにはサービスしねぇとな」 「そうそう」 望美が歌うように言うと、将臣は意地の悪い笑みを浮かべた。 「今夜はたっぷりサービスしてもらうから」 「もうっ! 将臣くんのえっち!」 望美はイケナイことを想像してしまい、運転中の将臣を小突いた。 「何勘違いしてるんだよ。俺は花火大会でサービスして貰いたいって言っているだけだぜ」 将臣はからかうように意地悪な笑みを浮かべている。 望美はむくれるふりをした。 不意に運転中の将臣を見つめる。 サングラスを掛けた横顔は、悔しいことにかなり似合っている。 本当にうっとりと見つめてしまいたくなるほどだ。 いつの間にか“素敵な男の子”から、“魅力的な男性”へと変わってしまった。 それは幼馴染みとしては自慢出来ることであるのと同時に、少し切ない。 恋人としても自慢が出来るがこちらもまた複雑な気分だった。 「どうしたんだよ、俺をじっと見て」 「何でもないよっ」 気付かれたのが恥ずかしくて、望美はぷいっと横を向いた。 将臣はそれをおかしそうに笑っていた。 車は横浜を通り過ぎて、いよいよ鎌倉へと向かう。 「湘南の海が見えて来たら安心するんだよな。鎌倉に帰ってきた感じがする」 「そうなんだよね」 将臣が楽しそうにホッとしたように笑うものだから、望美も嬉しかった。 やはり故郷は良い。 都内から近いから、そんなには離れてはいないけれど、だが鎌倉に帰ってくるとノスタルジックな気分になる。 「こうしていると幸せだよね」 「ああ。やっぱり鎌倉はホッとする」 「そうだね」 車はお馴染み極楽寺の駅を横切り、少し山手方面へと向かう。 もうすぐ我が家。 懐かしいお隣りさんだ。将臣は車を実家の車庫に入れて、大きな息を吐いた。 「着いた」 「うん。有り難う」 「お前が浴衣に着替えている間、うちでゴロゴロするわ」 「ったくしょうがないなあ。じゃあ待っていてよ」 「はい、はい」 望美は将臣を置いて、家へと戻り、浴衣に着替えて化粧を直す。髪も手早くアップにした。 将臣と浴衣を着て花火観賞。 こんなにも楽しいことはないと思った。 家に帰るなりゴロゴロしていると、母親に難癖をつけられた。 他にやることがないのだからしょうがない。 将臣はひたすら望美を待つ。 口には出さないが、毎年望美の浴衣姿がとても楽しみなのだ。 「こんにちは」 華やかな望美の声が聞こえて、将臣は慌てて飛び起きる。 だらだらと玄関先に向かうと、白地に紫の美しい花々が描かれた浴衣を着た望美が現れた。 髪は愛らしく三つ編みアレンジをしている。 本当に可愛い。 三つ編みといえば、思い出すことがある。 昔、望美が母親に三つ編みを編んで貰っていた時、将臣はいつも「やらせて」と言っていた。 自分のほうが、もっと上手にもっと可愛く望美をすることが出来るのに。 望美が自分のものになれば良いのに。 そんなことをいつも思っていた。 ふとそんな甘酸っぱい思い出を思い出していた。 「どうしたの?」 「何でもねぇよ。行くか。花火大会とやらに」 「うんっ! 行こうっ」 望美の手をしっかりと繋ぐと、将臣は花火大会に向かった。 ふたりで観覧席に座って、のんびりとする。 「ここだと良い眺めなんだよね」 「そうだな」 「あ、始まったよっ!」 花火を見ながらはしゃぐ望美は本当に可愛いと思った。 将臣はいつもよりも笑顔になってしまう。 花火よりも望美が綺麗だから、ついそちらに夢中になってしまった。 「望美」 「何?」 望美が振り返った一瞬の隙を突いて、将臣は唇を奪った。 「も、もうっバカッ」 望美は花火の朱よりも真っ赤になり、艶めいた可愛らしさがある。 「花火よりお前だな」 少しもロマンティックでないのは解ってはいるがつい囁いてしまう。 だが望美にはロマンティックだったのか、愛らしく甘えてくれた。 将臣はそれが嬉しくて、甘くて幸せな気分を味わっていた。 花火もたまには良いものだ。 |