温もりが欲しいと思うと、まず、将臣の顔を思い浮かべる。 その大きな手に包まれるだけで、心の安定やときめき。走り出してしまいたくなるような興奮を感じることが出来るから。 将臣ばかり目で追っていると、ふと幼なじみのイジワルで温かな視線が向けられる。 「望美、俺をそんなに見ても何も出ないぜ」 からかって楽しげに話しながら、キラキラした眼差しを向けてくる。 「何でもないもんっ!」 ただ見たいだけだったなんて、望美は恥ずかしさの余りに言えなくて、そっと目を臥せた。 まだまだ幼なじみを脱却出来ないふたりではあるけれど、確実に歩みを進めている。 この優しくてぎこちない歩みを、誰もが見守ってくれていた。 「帰るか」 「そうだね」 以前は毎日一緒に帰ることはなかった。たまにタイミングが合い、だらだらと帰るぐらいだったが、今はこうして毎日親密に帰っている。 こんなことは小学生以来だ。 朝の通学は便宜上、というよりは望美が目覚まし時計代わりなので一緒に登校してはいたが、帰るときは任意といった感じだった。 年が明けてから、ふたりはごく自然に時間を共有するようになっている。 ふたりのなかで、あの時空での出来事が、大きな愛情の糧になっていることは確かだ。 受験シーズンに入り、カップルが多くなっている。誰かと一緒に手を携えて、難局を乗り越えようとしているのだろう。 望美たちもまた、ごく自然に勉強を一緒にしている。 元々仲は良かったが、より親密さを漂わせているふたりの邪魔をする者はいなかった。 好意を寄せているものは多くいたが、ふたりの間には決して入り込むことが出来ないと、諦めるものが大半を締めている。 勿論、譲とて例外ではなかった。 「今日は図書館で勉強しようよ」 「で、帰りは甘味だろ?」 「どうして解ったの?」 「お前の短絡思考は解るっての」 ぱふりと頭の上に大きな手を乗せられて、望美はわざと将臣を上目使いで見た。 「だって甘味は頭の栄養だよ」 「んなもんは栄養になるか。魚を食え、魚をな!」 「毎日、お魚ぐらいは食べているよ」 「だったら魚は頭には効かないか」 「もうっ! どういう意味よっ!」 望美が拳を振り上げると、将臣は上手く交わして大笑いをする。 どこから見ても屈託のない笑みのように見えるのに、切ないのはなぜ。 「…望美、なあ、お前さ、大学出た後で、これをやりたいってことはないか?」 将臣は空を見上げながら、ふわりと視点を迷子のように漂わせる。 「…そうだね…。私は、何をしたいかって聞かれたら、本当のところは困ってしまうんだけれどね、将臣くんの傍にいたいってことだこは思っているよ。ダメかな、そんなんじゃ…。寄り掛かるとか依存するとかじゃなくて、何だろう…、お互いに高まりあえる関係なら凄くステキだなあって思うんだ」 望美は自分なりに言葉を選びながら、想いを伝える。 将臣はただ黙って聞いているだけだ。傾聴しているようにも見える。 「…そうだな。俺も、もうお前の手を離さないってのは決めているから、それだけは自分のなかで強くある。それこそお前が言うみたいに、お互いに支え合っていられるのが、すげぇ理想だし、お前に見くびられねぇように良い男にならなくっちゃいけねぇけれどな」 将臣の言葉に望美はドキリとする。将臣が良い男になるのであれば、自分もそれに釣り合うような女にならなければならない。 望美は心が引き締まる思いがした。 「私も、将臣くんが絶対に離れたくないって想うほどに、良い女にならなくっちゃね!」 将臣はフッと柔らかな笑みを浮かべる。 「何、まだまだだって思ってる?」 「いいや、良い女だって思っただけだ。今でも充分な」 照れていても、真っ直ぐな瞳で囁かれると、望美は胸が激しく踊り狂うほどにときめいてしまう。 「…ま、将臣くんだって良い男だよ…」 「有り難うな」 髪をくしゃくしゃにされて撫でられると、小さな女の子に戻ったような気分になり、ひどく心許ない。 「ったく、こういう照れたところが可愛いんだけれどな」 「もうっ!」 顔を背けると、将臣はあっけらかんと笑う。 「そうだな。俺達は俺達のやり方で、道を模索していけばいいんだよな」 「そう思うよ。私たちは私たちなりの出来ることをしていけばいいって思う。きっと素敵なことが起こると思うから」 本当にそう思う。 「お前が言うと、マジでそうなると思うから不思議だよな」 「そうかな」 「そうだ」 将臣は抱き寄せてくると、望美の躰を強い力で腕の中に閉じ込める。 ドキドキし過ぎて、望美は喉がからからに渇いた。 「…勉強しにいくか。で、気分転換に付き合ってやるよ」 「有り難う」 「どういたしまして」 鎌倉駅近くにある図書館はとても涼しくて快適だ。ふたりはそこまでぶらぶらと江ノ電で揺られていく。 手をしっかり携えて、ふたりはただそうしているだけで楽しい。 これから勉強をしに行くというのに、まるで遊園地にでも行く気分だ。それはきっと隣に将臣がいるからだ。思わずニンマリと笑ってしまった。 「お前、なんか良いことあったのかよ」 「なーんにもないよ」 「すげぇ嬉しそうだと思ってな」 「誰かさんと一緒にいるからかもね」 歌でも歌うようなリズムで、望美が言えば、髪をくしゃくしゃにされる。 「だったら俺も楽しく勉強するか」 「勉強教えてね」 「ったく…」 「将臣くんと同じ学校に行くために頑張るから」 傍にいたいから。 もうこのひとと離れたくないから。 望美にとっては今はそれが総てだ。 たとえどんなことが起こっても、将臣の傍を離れない。それが今、望美が一番望んでいることだ。 「…じゃあ試しに、数学を扱いてやるよビシビシとな」 「お、お手柔らかに…」 「さあな」 将臣はクールに笑いながら、望美の腕を取る。もうすぐ鎌倉駅だ。 周りの乗客に見せ付けるように、ふたりはしっかりと手を繋ぐ。 ばたばたと改札をくぐり抜けて、図書館へと向かった。 「望美」 「何?」 「有り難な」 礼を言われるようなことは何もしてはいない。だから少し照れてしまう。 「何にもしてないよ」 「お前がちゃんと教えてくれたじゃねぇか」 将臣は望美の瞳を覗きこむように見つめてくる。ドキドキして、心臓が大きく跳ね上がった。 「あ、あのっ! 何っ!?」 「ドキドキしてんだろ?」 「だ、誰がよ…」 望美が僅かに俯くと、追い掛けるように将臣が顔を近づけてきた。 唇がふわりと触れた。 将臣がゆっくりと離れていく。 耳まで真っ赤にして固まっていると、イジワルに笑われた。 「俺がやりたいことを気付かせてくれたじゃねぇか?」 将臣のストレートな言葉が、望美には嬉しかった。 柔らかな微笑みが自然に零れ落ちる。 「お前とこれから一緒にいるためにも、しっかりしごかないとな」 「はあい」 望美はわざと拗ねるように呟くと、将臣の手を握り締める。 もうその瞳に愁いなどない。 ふたりはしっかりと手を繋いで、子供のように振りながら歩き始めた。 |
| コメント 十六夜ED後のふたりの日常です。 |