「今日は仲秋の名月…。こんなメンツじゃ、酒を飲んでも美味くない…。まぁ、呑まれないだけマシか…」 ちらりと知盛に視線を向けられ、将臣は盃になみなみと注がれた濁り酒を煽った。 昔、祖母に作ってもらった甘酒のように、酒糟が浮いた濁り酒。最初は慣れなくて、飲むのに苦労したというのに、今やすっかりこちらの味に馴染んでしまった。習慣とは恐ろしいものだと、将臣は思う。 「良い飲みっぷりだな、兄上様は…」 「うるせぇ。んなこと、カケラにも思ってねぇくせに」 将臣は、月から視線を外さないまま、知盛に悪態をつく。どんな表情をしているか、月以外に見たくもないので解らないが、きっと憎たらしいのに決まっている。 「俺は惣領としてのお前を気に入っているんだぜ? 躊躇わずに、人を斬れるところなんざ、俺好みだ」 フッと笑う知盛には、冷たい男の色気がある。だからこそ、女は近づきがたいのだろう。 将臣はまた酒を喰らう。 酔いはいっこうに回らない。 酒では酔えなくても、月に酔うことが出来た。 月の光は、将臣が失ったかもしれない、無邪気な少女を思い出すことが出来るから。 その昔、聖徳太子が建立したと言われる、八坂の塔。それを浮かび上がらせる月の光は、言葉に出来ないほどに美しかった。 手を伸ばしても届かない月------まるで望美のようだ。その通りに、本日は、最高の満月と来ている。 六波羅から見る月は、この上なく雅がある。 男ふたりして、根間の胸元をはだけさせて、胡座をかいて見る月。 婦人が見ると、頬を染めるだろう。 望美はどうなのだろうか。そんな他愛がないことを考え、苦笑した。 何でも望美に結びつけてしまう自分が、嫌だ。 「将臣…、お前は満月がかなり好きみたいだな…。完璧だからか…。それとも、女を思い出すからか…」 また意味深な微笑みをこちらに向けてきた。 将臣はそれを追い払うように無視をして、また月を眺める。 「まあ、いい…。側女は必要か?」 「…いらねぇ。んな気分じゃねぇよ」 「そうか…」 濁り酒で、月見を愉しむ。 知盛は、どちらかと言えば、月見よりも将臣の反応を愉しんでいるかのようだ。 「経正と敦盛が楽を奏でだしたか。月見には良いもんだ…」 「ああ…」 かすかに聞こえる、仲睦まじい兄弟の合奏。 心を癒されながら、望美のことを思った。 あの月見の夜を、望美は大切に思ってくれているだろうか。 そんなに昔ではないのに、昔になってしまったことを、将臣は思い出していた----- 有川家は旧家で知られ、民家なのにも関わらず、珍しく重要文化財に指定されていた。 蔵や茶室があり、特権階級しか許されなかった式台が、玄関に残されている。 立派な庭も、祖母スミレから、何故か譲に引き継がれて、麗しいままで残されていた。 「将臣くんっ! お月見しようよっ!」 ひょいと現れた幼なじみは、月見に似合うクリーム色の生地に、墨でススキとウサギ、それに月が描かれた着物を着ていた。 長い髪はアップにして、綺麗なうなじを見せている。 何時からこんなに綺麗になったのだろうかと、将臣は思わずにはいられない。望美の美しさに、惑わされていた。 「ダンゴを持ってきたかよ」 望美に夢中なことを知られたくなくて、将臣はわざと軽口を叩く。するとこの幼なじみは、思い通りの反応を返してきた。 「もぅっ! 将臣くんはいっつも食い気ばっかり! 失礼ね! ちゃあんと持ってきてるわよ! ウサギ屋の月見ダンゴ!」 「おっ! ウサギ屋のダンゴかよ!」 将臣が躰を乗り出すと、望美は柔らかに笑った。 「しょうがないなあ。おダンゴ食べて、お抹茶飲もう!」 「抹茶ァ? 酒はねぇのかよ」 将臣が顔をしかめると、望美に後頭部を叩かれてしまう。 「未成年でしょっ!」 「っイテ。暴力女っ!」 「私たちは抹茶とおダンゴで充分なのっ! ほらっ!」 望美の膨れっ面と、色気のある表情がアンバランスなのが良い。将臣は心のなかが温かくなるのを感じながら、自然と笑えた。 「だけどホントに良い眺め…」 「ああ」 望美は月を見ていたが、将臣はうなじをじっと見る。後れ毛がなんとも艶やかだ。 胸の奥が締め付けられるぐらいに、切ない。 「なぁ、望美、お前、誰の前でもそのうなじ、見せんなよ」 将臣は触れたいのに触れられないもどかしさを感じながら、うなじの手前で手を止めた。 苦しい。 「どうして? 日焼けしてるから?」 望美は本意ではないかのようにうなじを隠そうとする。将臣はつかさずその手首を掴んだ。 望美の眼差しが揺れ、肌がびくりとする。 「…将臣くん…?」 「そんなんじゃねぇよ。お前のうなじは綺麗だ」 望美は頬を紅に染めて俯く。それがどれほど色気があるかを、本人は知らないだろう。 「そんなに恥ずかしがんなよ」 「…ごめん…」 将臣は吸い寄せられるように望美のうなじに唇を近づける。 そこに痕を付けずにはいられない。 「…あっ…っ!」 甘い声が上がると同時に、細い首筋は、綺麗にのけ反る。 それが本当に綺麗で、将臣はぞくりとした。 色のある声をもっと聞きたい。 もっと強く、自分の痕を付けてしまいたい。 将臣は背後から望美を抱きしめる。 ふんわりとシッカロールの香りがした。 「…ま、将臣く…んっ…!」 そのまま自分に顔を向けさせると、望美の唇を奪った。 柔らかくて、蜂蜜の味がする。もっと欲しいと思ってしまう。極上のとろとろとした味だ。 「…んっ…」 唇を離すと、望美は熱を帯びた瞳で、真っ直ぐ見つめてくる。 「…将臣くん…」 名前を呼ばれた瞬間、将臣は下半身に血液が集まるのを感じた。どうしようもないぐらいに、熱いぬかるみに入りたくなる。 「…望美…」 名前を呼んだ瞬間、玄関の格子戸が開く音がする。 「ただいま。将臣、望美ちゃんが来ているの?」 母親の声に、ふたりは慌てて離れた。 まだ蒼い頃のふたり。 その夜、将臣は高ぶり過ぎて、全く眠れなかった。 ふたつの月見に関する思い出を辿り、将臣は口角を上げる。 平家の面子と月見をしたとき、望美との一件を思い出し、その後に下半身が反応してしまい、側女を抱いたことを覚えている。 「…将臣くん…、お月見してたの?」 「望美」 吉野を渡る短い旅を、ふたたび望美たちと始めた。明日には吉野の里に辿りつき、数日後には離れ離れになる。 それを思うと、正直、心はかなり揺れる。 「私も交ぜて。ここには、生憎、ウサギ屋の月見ダンゴもお抹茶もないけれどね」 「そうだな」 だか、望美がいる。何よりも欲しい望美が。 横にちょこんと座る望美は、寝間着姿で、風呂上がりなのか髪を上げている。 「蒸し風呂って気持ち良いけれど、余り熱が引かないから熱いよね」 「温泉以外に浸かる習慣はねぇんだからしょうがねぇ」 「うん」 将臣もまた、寝間着姿で、縁側に胡座をかいて座っている。それが落ち着かないのか、望美はそっと視線を外した。 「どうした?」 「…何だか、ズルいよ」 望美は唇を噛んで、ただ俯く。 「何がだよ」 「だって将臣くん、ひとりで素敵になっちゃってさ」 「しょうがねぇだろ? お前よりも三年も早い時代にほうり込まれたんだからな」 「解ってるよ…」 首を傾げた望美のうなじを見つめながら、将臣は、まだ汚れないことを知る。 どんな男の色にも、染められていない色だ。 あの日と同じように、将臣は吸い寄せられていく。 「望美…あの約束を覚えているか?」 「約束って…」 将臣は頷くと、望美のうなじに思いきり吸い付いた。 「…んんっ…」 あの頃よりも、更におとなびた艶やかな声で、望美は切なくする。 「…あっ…、覚えてるよ…。だから、髪を下ろしたままなんだよ…。ずっと…」 「俺だから髪を上げてくれたのか?」 望美は唇をわななかせながら、そっと頷いた。 独占欲が頭を擡げてくる。 誰にも望美のうなじを見せたくはない。将臣は見せられないように、くっきりと痕が付くように吸い上げた。 望美の息が乱れれば、もはや、月見どころではなくなる。 将臣は望美を自分の胡座に乗せると、今度は抱き寄せながらキスをした。 想い出よりも、今の望美とのKISSのほうが、より濃厚で甘い。最初のKISSが蜂蜜レモネードならば、今回のものはリキュールの入ったショコラのように思える。 月よりも、何よりも、美しいと思えるものを手にして、将臣は夢中になる。 こんなに夢中になる甘いものはない。 何度も味わうようにKISSをする。 望美が欲しくてしょうがなくて、無意識に手を合わせの隙間に入れ込んだ。 「…んんっ!」 望美の躰が今までで一番震え、将臣に縋り付いてくる。 柔らかい。 そして、壊れそうだ…。 いっそこのまま奪えたら。 奪いたい----- 将臣が理性に手をかけたときだった----- 「望美、どこにいるの? 風邪引くわよ」 朔の心配そうな声に、ふたりはハッとし、そのまま離れる。 望美は慌てて着物の袷を直し、恥ずかしがりながら、姿勢を正した。 「あ、望美! 将臣殿も…」 望美と将臣の様子を直ぐに悟った朔は、ばつが悪そうに視線を逸らした。雰囲気を察したのだろう、ほんのり顔が紅い。 「ご、ごめんなさい…。お邪魔、だったわね」 「そんなことないよ、朔。戻るね。うん、将臣くん…おやすみ」 「ああ」 ぎこちなく戻る望美を、将臣は複雑な気分で見送る。 将臣はひとりになり、溜息を吐いた。 本物の月は、燃えさかる熱さをもたらしてくれた。 「-----今夜は完全に眠れねぇな」 将臣は苦笑すると、傍らにある杯を煽る。 月を手に入れるには、まだ、時期が来ていないと、心の中で悟っていた----- |
| コメント 明日は満月なので。 何だかとりとめのない話になってしまいました…。 苦苦苦 |