*ずっと言いたかったこと*


 本人は無自覚。
 これほど罪なことはない。
 綺麗な髪に、愛らしさと凜とした美しさを兼ね備えた顔立ち。そして完璧なスタイル。
 後少し身長があれば、確実にトップモデルになれるだろうし、このままでも本人が望んでレッスンを積めば、 女優だって夢ではないだろう。
 なのに本人は“普通”だと思っている。
 こちらは変な虫が付かないようにと必死になって阻止をしているというのに、その無邪気さがとても苦しかった。
 今日も持ち前の睨みをきかせて男を望美から追い払う。
 このような苦労を一生するのかと思うと、どこか切なくなった。
 勿論、他の男には手を出させないために、自分が望美の最初で最後の男になるつもりでいる。
 だからこそ、そろそろそのチャンスを伺ってるところなのだ。

「おい将臣、1年生がお前に面会」
 将臣は溜め息を吐くと立ち上がる。
 望美のボディガードとしては、本当のところずっと側にいたいと思う。
 このような隙を狙って、望美に声を掛けてくる男を張り倒したい気分になった。
 将臣は教室から出ると、はにかんだ上目遣いをする女の子と遭遇した。
「…あ、あの、有川さん、これっ、受け取って下さいますか?」
 かなり緊張しているらしく声が震えている。それが愛らしくもあり、同時に何処かうざったくもある。
 ラブレターなんて受け取る気はない。望美以外の女から受け取るなんて、将臣には考えられないことだ。
「ごめん、受け取れねぇ。マジですまねぇな」
 いつもこの瞬間、こころが激しく痛む。
 受けとれば、余計な期待をさせてしまって、更に傷付けることは解っているから。そのようなことは、どうしても出来なかった。
 女の子は瞳に溢れる涙を一生懸命堪えると、頭を下げて走っていく。
 この瞬間がいつも苦い。
「また、顔もろくに見ずに振っちまったのかよ」
 事の顛末を見ていた友人が、もったいないとばかりに溜め息を吐いた。
 しょうがないではないか。
 他に好きで好きで堪らない相手がいるのだから。
「今の女の子も結構可愛いかったよなー」
「うるせぇ」
 将臣はイライラしながら席に戻ると、望美と目があった。
「やっぱりモテモテだねー、将臣くんは」
「断った。不実な態度で傷付けるよりはマシだ」
 将臣は望美を軽く睨むと、ドカリと椅子に腰をかけた。
「相手のこれからのことを考えてふるなんて、将臣くんらしいね。男気があるっていうか…、まあ将臣くんらしいよ!」
 さり気なく笑顔で嬉しいことを当たり前のように言う望美に、将臣はドキドキする。
 このような無邪気な態度もまた魅力的だと思った。
「将臣くんはモテるけれどカノジョ作らないよね?」
「お前はどうなんだよ?」
「私? 私なんか全然モテないよ。だって誰かに言い寄られたりしないもんっ」
 望美はあっけらかんと言うと、いつものように笑っている。
 全く無自覚にも程があると将臣は思った。
 こちらとしては排除に躍起になっているというのに、望美は全くそれに気付いていない。
 望美に声を掛けなくても惚れている男子は大勢いるが、勇気がないだけなのだ。
 それに声を掛けてくる男は、こちらで捻りつぶしている。
 だから今まで、望美本人への告白にたどり着いた人間はいないのだ。
 だが今後どうなるかは解らない、
 益々監視を強化しなければならないだろう。
 望美は誰にも渡したくはなかったから。
「ったく、あっけらかんとそんなことを言うなよ。お前は無自覚過ぎ。そんなんだから、好きな男も出来ねぇんだよ」
 将臣が母親のようにお小言を言いながら望美を見ると、一瞬、まなざしが絡んだ。
 その瞳にはいつもとは違う切ない愁いがあった。
 一瞬、将臣は苦しいぐらいにドキリとする。こんなに大人びた望美を見た事はなかったから。
 心臓が甘く痛んでどうしようもなくなる。こんなに痛いのは初めてかもしれなかった。
「…いるよ…、好きなひとぐらい…」
 いつものような元気さはなく、望美は透明感のある切なさを秘めていた。まるでプリズムに移る海のような切ない青だ。
「…好きなひとって…」
 頭がガンガンと鳴り響くぐらいに痛くなる。
 望美の好きな男とは誰なのだろうか。
 望美にそんなにも苦しい顔をさせる誰かはいったい誰なのだろうか。
 苦しくて痛くておかしくなりそうだった。
 ショック過ぎて、顔色がなくなってしまう。
 息すらもきちんと出来なくなってしまうような衝撃だった。
「…好きなひとって言っても、全然私の想いのことなんて気付いてくれなくて、いつも小馬鹿にするんだ。なかなか言い出せないし、好きっていうだけで…、関係がこじれてしまうかもしれないなんて、考えてしまうひと」
 望美は溜め息混じりに苦笑いしながら呟く。
 ずっと、自分よりも精神的には子供だと思っていた。
 なのに望美はこんなに大人びた一面も持っていたのだ。
 そう考えるだけで、苦しくて堪らなくなる。
 なんて痛い感情なのかと思った。
 将臣がじっと見ていると、望美はいつもの明るい表情に戻った。
「私の話はこれでお終いだよー。さあて、ね、授業、授業!」
 望美は誤魔化すように笑うと、授業の準備を始める。
 望美が好きな男は誰なのだろうか?
 ああいうことを言うからには身近な相手に違いない。
 譲?
 譲は望美を小馬鹿になんかしない。
 だったら誰なのだというのだろうか。
 将臣は自分が知る限りの望美の友人や周りの男を思い出すが、誰ひとりとして該当する男はいない。
 益々解らない。
 望美の交遊関係はきちんとフォローしているし、将臣が知らない人間とは望美は付き合いがないはずだ。
 だからこそ焦りを感じてしまう。
 いったいどのような男が相手だというのだろうか。
 将臣は悶々としてしまい、授業に身が入らなかった。
 本人に訊けば良い。
 だが、「好き」だと言ってしまえばこの関係が壊れるかもしれない。
 そこまで考えたところで、将臣は一つの事実に行き当たった。
 ひょっとして自分かもしれない。
 余りに当てはまる。
 今度は逆に早く訊きたくてドキドキし過ぎて、どうしようもなくなってしまった。

 ホームルームが終わり、将臣は望美の腕をいきなり強く取る。
「帰るぞ」
「あ、う、うん」
 望美はうろたえながら頷くと、将臣に着いていった。
 七里が浜に着くまで、ふたりは無言だった。
 その時間はとても甘いドキドキが走り抜ける。ようやく七里が浜に着くと、将臣は望美に向き合った。
 正直言って震えるが、ここはどうしても言わなければならない。
「…なあ、望美…、お前が好きなヤツって…、俺なのか…?」
 一瞬、望美が固まってしまったような気がした。
 ただ耳朶を赤らめている。
 こちらはこんなにも勇気を振り絞って言ったのに、望美から反応がない。
 見当違いに胸が痛くなるのを感じていると、望美は小さく唇を開いた。
「…そうだよ…」
 小さく呟いた言葉に、将臣が今度は固まる。
 嬉しくてどうリアクションして良いかが、解らなかった。
「…マジで…?」
「…うん。将臣くん、モテモテだから…気が気でなかったんだよ…」
「望美…、すげぇ好きだぜ」
「私もすげぇ好きだよ」
 将臣は幸せで胸がいっぱいになるのを感じながら、ゆっくりと望美に顔を近付ける。
 唇を重ねる。
 その瞬間に、世界が明るく幸せに澄み渡るような気がした。





Top