海風に乗せて


 スローな時間が、こんなに幸せだとは、今まで望美考えたこともなかった。
 生まれ育った世界は、「スローライフ」だなんて叫びながらも、今よりも数倍慌ただしく時間が流れていた。
 今はこの時間の流れが、望美にとっては何よりも心地がよいと思える。
 人生の大きな波を幾つか乗り越えて、こうして幸せを掴むことが出来たからだろうか。
 時計なんてものも必要ない、穏やかな流れ。それが望美が選択した幸せだった。
 夕食の準備をあらかた済ませて、海辺に向かう。
 夕方の風は、幾分か潮の香りと湿気を含んで気持ちがよい。
 望美は髪を靡かせながら、目的地に向かった。
 途中、知り合いに会い、瑞々しいフルーツを頂いた。今夜のデザートにはぴったりだろう。
 ゆっくりと散歩がてら歩いていくと、海辺には釣りから帰ってきた男達の集団がいる。そこには勿論、望美が愛して止まない男性の姿もあった。
「将臣君!!」
 大きな声で愛する男性の名前を呼び、望美は大きく手を振る。からかわれるのも、気にしない。将臣に手を振りたいから、素直に手を振っているだけなのだから。
「望美!!」
 麻で出来た袋に沢山の取れたての魚を入れて、将臣がこちらにやってきてくれる。その表情は屈託のないものだ。
 将臣とこの世界ではぐれ、再会した頃にはなかった笑顔を見せてくれる。その屈託のなさは、心おきなくおさななじみとして付き合っていた頃の笑顔を思い出す。
 だが、今の笑顔のほうが、望美は好ましく想う。
 男らしさと深い優しさが滲んだ今の笑顔が、一等好きだ。
 この島に来てから、より逞しく、男らしくなった。
 日に焼けた躰や顔は精悍に見え、筋肉が美しく付いた躰は頼りになる。
 毎日、将臣を見る度に、惚れ直している。惚れ直す度に、恋心はより強くなっている。
 望美は、将臣との距離を縮めるために、ゆっくり抱け走って駆け寄る。
「将臣君、お仕事御苦労様! ・・・きゃあ!」
 望美が駆け寄る際に足下を砂地に取られてバランスを崩すと、直ぐに将臣が抱き留めてくれた。
「ったく! 気をつけろよ」
「ごめんなさい・・・」
 乱暴な言葉とは裏腹に、将臣は引き締まった腕の中でしっかりと抱き留めてくれる。望美はその逞しさと、近付いた汗の臭いが混じる将臣の香りに安心して目を閉じた。
「ったく、無茶しやがるぜ」
「ごめんなさい〜」
「おまえはもうひとりの躰じゃねえんだからな。気をつけろよ」
 将臣の視線が望美の腹部に向けられる。
 この島に来て、将臣と夫婦の契りを交わしてすぐに、望美は懐妊した。
 医療設備も何もないこの時代、妊娠が解ったのは、既に下腹部がふっくらと突き出てからだった。
 ふたりにとっては、正に幸せそのものであるのが、お腹の中の子供なのだ。
「大事な躰なんだから、あんまり無理するなよ」
「将臣君は過保護すぎるのよ〜」
 望美はふくれっ面をしながら抗議をするが、そんなことで取り合ってくれる将臣ではない。
「おまえは過保護すぎるのが丁度良いぐれえだ」
「もう〜!」
 わざと拗ねたふりをすると、将臣はフッと見守るような笑みを向けてくれた。
「行くぞ。腹減ったからな」
「うん」
 ふたりはしっかりと手を握り合って、自分たちの小さな住処に向かう。狭い上に掘っ建て小屋同然だが、それでもふたりには豪邸同然だ。
 絡み合った手はとても温かくて、安心と幸せがほわほわと躰に満ちあふれてくる。
 もう二度と離れないとお互いに誓った絆は、日を追う事に強くなり、子供の存在が更に大きくしてくれていた。
「お魚は大量だったみたいね」
「ああ。干物にしても美味いし、今夜は刺身と、焼いたのものが美味いだろうな。おまえは沢山カルシウムを取ってもらわねえとな。丈夫な子供を産む為にもな」
「うん。たっぷり食べるよ!」
 新鮮な魚は、ふたりにとっては重要なタンパク源。特に妊娠中の望美には、大切なものだ。
 ふと、将臣が望美の持つフルーツの入ったかごをさりげなく持ってくれた。
「余り重いものは持つなよ」
「将臣君ってば、本当に過保護だよ。びっくりするぐらいに」
 望美が苦笑をすると、将臣はわざとムッとした顔をするが、その瞳は笑っている。
「大事なもんは大事だからな」
 こうして何よりも大事にしてくれるのが嬉しい。妊娠してからは、それがかなり強くなった。
「将臣君たら、赤ちゃんが生まれたら凄く、甘いパパになりそう」
 くすくすと望美が笑っていると、将臣は照れくさいのかそれを隠すように、わざとクールな表情をする。
「おまえとのガキだから可愛いって思えることを覚えていろよ」
「はい、はい」
 将臣の表情が、ふと、感慨深げに遠い空を見つめた。
「-----オヤジ達に、孫の顔を見せられねえのが、唯一心残りだな」
「うん・・・」
 ふたりの両親は、まるで兄弟のように付き合っており、仲が良い。いつか、一緒になってくれたらと、ほのかに期待していたことも、ふたりは知っている。
 だからこそ、このお腹の中に息づく、文字通りの愛の結晶を、見せたかった。
「きっと解ってくれるよ・・・。時空と時間を隔てているけれど、きっと何かを感じてくれてるはずだから」
「そうだな…」
 将臣は握りしめる手に力を込めると、望美を真っ直ぐにに見つめてくる。
「-----おまえのご両親に恥ずかしくねえぐれえに、幸せにするからな」
「うん、私も、将臣君のご両親に恥ずかしくないぐらいに、幸せにするわ。将臣君も、赤ちゃんも」
 ふたりは夕陽に照らされて、そっとキスを交わす。
 ふたりを隔てる隙間がお腹の中の子供なのが、何とも不思議だ。
「おまえの両親に、「お嬢さんを下さい」って、定番の台詞を言えなくて残念だ」
「もう、将臣君ったら!」

 お父さん、お母さん-----
 私はこの世界で、将臣君と幸せになります。
 孫の顔を見せに行くことが出来ないけれど、あなたたちが喜んでくれていることを、違う時空でふたりで感じています。
 きっと喜んでくれると、私たちは信じています-----

 唇を重ね合った後、ふたりでゆっくりと歩いていく。
 幸せに向かって。
 両親に、元気ですと心のメールを送りながら-----
コメント

ED後のふたりです。
きっと両親に孫の顔を見せられないのは残念に想うだろうなと、想いまして。
このふたりこそ、一緒になっても障害が少ないような気がします。
姉妹編で、大団円で、将臣と結局は現代でくっついた望美ちゃんの、同じようなお話を書きたいと思っています。



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