こんなに爽やかな夏を過ごしたことはないと、朝夕は思うのに、やはり正午の太陽の下では、肌に暑さが絡み付く。 だが、嫌な暑さじゃない。 アスファルトがとろとろになるような、脳みそまで沸騰しそうな暑さではない。 やはり、現代は温暖化が進んでいるのだと、実感せずにはいられない。 望美は滴る汗を袖で拭いながら、先を急ぐ。 山道ばかりで正直キツイ。脳貧血を起こしたみたいに、視界が歪む。だが、唇を噛み締めて歩き続けた。 躰の限界が近づいた頃、将臣の大きく硬い手が、望美の小ぶりな手を包んできた。 「疲れたか?」 甘やかさないのは将臣の信条だが、こうしてぎりぎりのところでいつも助けてくれる。幼なじみのぶっきらぼうな優しさに、望美は惹かれていた。 「大丈夫だよ。もう少し頑張れる」 強がりを言っても、この幼なじみはきっと気付いている。足の豆が潰れて、痛いことを。 「神子、この先に沢がある。そこで休もう」 熊野に造詣が深い敦盛が、不器用な優しさを見せてくれる。それが嬉しかった。 「有り難う」 「沢だな。そこで足を冷やせ」 将臣は望美の足をちらりと見ると、更に力強く引っ張ってくれた。 敦盛の言った通りに、小さな沢を見つけた。そこで一向はようやく足を休めることが出来た。 朝からかなり長い時間を休憩なく歩き続けていたので、有り難い休憩場所だ。 「望美、お前はこっちた。着いて来い!」 「あ、待ってよ! 将臣君!」 痛い足でぱたぱたと着いていくと、座るのにはちょうど良い岩場があった。 「そこに座ってスニーカーを脱げよ」 将臣はキッパリと言い、望美を手当てする気、満々だ。 望美は恥ずかしくて、少し後退りをした。いくら幼なじみでも素足を見せるなんて、羞恥心が込み上げるだけだ。 だが将臣は容赦なく望美の手を掴んだ。 「恥ずかしさは後だ。手当をするほうが大事だろうが」 将臣に正論を言われてしまい、望美はしぶしぶながらスニーカーを脱いだ。 「水虫じゃねぇだろうな?」 将臣が茶化すように言うものだから、望美はげんこつを作って殴るふりをした。 「もうっ! 将臣君のバカっ!」 望美がムキになって怒ると、将臣は昔と同じように明るく笑った。 「ジョークだジョーク! んなに怒るなっ」 将臣はふざけるように笑いながら、望美のすんなりした足首を手に取る。 ふざけていた雰囲気が一転して、望美は躰を強張らせた。 甘い痺れが躰を走り抜ける。切なくも苦しい旋律に、望美は息を浅くした。 「やっぱり豆が潰れてるな、おまえ。水で冷やして、傷口を洗い流したほうがいい」 「う、うん。有り難う…」 望美は将臣をまともに見ることが出来なくて、ただ俯いたまま。面と向かって視線を合わせるのが、恥ずかしくてしょうがなかった。 将臣は望美の足を、冷たい沢につけてくれる。冷たくて気持ち良いはずなのに、将臣の触れている 場所は、熱くてしょうがない。そこだけ、違った熱が帯びていた。 「ん……」 我慢をしていたが、思わず漏れてしまった甘い吐息に、将臣は眉を寄せた。 「何考えているんだよ」 将臣は、ふたりの間に流れた官能的な雰囲気をぶち壊してしまうかのように、わざとふざけるように言っているようだった。 「な、なんにも」 ごまかすように言ったが、望美の羞恥心がこれで治まるはずはない。それどころか、恥ずかしさと肌の 熱さが余計に増してきて、望美は全身を震わせた。 将臣がちらりと望美を見た後、足を綺麗に洗ってくれる。 余りに丁寧に洗ってくれるものだから、躰の震えが増してくる。 我慢したくても、堪えきられないぐらいに、将臣の指先は巧みに動いた。 「ん…っ!」 「これで傷口も大丈夫な筈だぜ。後少し頑張れるはずだ」 「あ、有り難う…」 これ以上、将臣に足を触れられていたら、きっとどうにかなってしまう。望美はさっと足を引こうとした。 直ぐに足首を掴まれる。 「望美、上手く歩けるように…、おまじないをしてやろうか」 「おまじない?」 「これだ」 「あっ…!!」 将臣の唇が、望美の膝に触れてくる。慈しむように足に唇を受けて、望美は頭がとろとろに溶けてしまいそうになった。 「や…っ!」 丁寧にキスをされて、歩けるどころか、本当に歩けなくなるのではないかと、望美は思った。 女の奥深いところが、燃えるように熱くなっている。そこが蜂蜜のようにとろりと溶けていくのが解る。 だが、ここは堪えなければならないシーンだと、望美は必死になって耐え抜く。 「望美…」 「やんっ…!」 将臣は望美の足から唇を離すと、今度は抱きしめてきた。 抱きしめられると、熱くなる躰を冷やすことなんて、中々出来ない。 将臣の男らしい香りに酔いしれてしまい、捕まる以外に何も出来なくなる。 「将臣く…ん」 自分でも解っている。この後、先を急がなければならないことぐらいは。 だが、この刹那の時間が永続的に続けば良いのにと、望美は思わずにはいられなかった。 顎に指先をかけられる。節々がしっかりとした男の指先だ。 将臣になされるがままに、望美は身を任せてしまう。 釣られるままに目を閉じれば、逞しくなった将臣のシルエットが瞼の奥に映った。 唇が重なる。 シルエットが白くぼやけて気にならなくなった。 硬くて冷たい将臣の唇が、望美の情熱を燃え上がらせていく。 冷たいのに熱い。 舌の上にとろけるチョコレートのように、望美は将臣の熱で、甘い液体になった。 将臣は深く唇を吸い上げ、舌を差し入れてくる。 こんなに大人びたキスが出来るなんて、望美は正直言って思わなかった。 好きが愛しているになる。 キスをすることで、もっともっと将臣が好きになる。 ならば、躰を重ねたら? 愛しているなんて言葉では片付けられないぐらいに、きっとなる。 望美は将臣の唾液を躊躇いなく受け入れる。 それが出来るのは、恋ではなく愛があるから。 海の深さでは到底敵わない愛があるから。 望美は自然に、将臣の首に腕を回した。 将臣は、しっかりと抱き留め、望美をより強く近くに置いてくれる。 空気も、地面も、躰も、唇も…。 総てが熱くて、愛おしい瞬間。そっと手のなかに閉じ込めた。 唇が離れると、喪失の哀しみで胸が痛む。きゅんと音が鳴った。 見つめあっていると、遠くから足音が近付いてくる。譲だ。 「兄さん! 先輩!」 声が近くなったので、ふたりは自然と離れた。 譲が程なくふたりの前に現れる。 「兄さん、先輩! みんながそろそろ出発するって!」 「おう。解った」 将臣はごく自然な仕種でスニーカーを履かせてくれると、立ち上がらせてくれる。 「有り難う」 「おう、行くぜ」 「うんっ!」 しっかりと手を引っ張ってくれる腕が、信じられないぐらいに逞しい。望美は嬉しい気持ちを伝える為に、そっと握りかえした。 「先輩! 兄さん! 先を急ぎますよ!」 いつもより硬い声で怒ったように言う譲の声も、今の望美には気にならない。 ただにんまりと笑って、その後を追う。 「ごめんね。足がちょっと痛くって遅いの。なるべく急ぐから!」 言葉で言っても、望美にはその気など何もない。 もう少し堪能したいから、今は足のことなど気にもせずに、望美は将臣の歩みに合わせる。 短くてかまわないから、熱い、暑い、あつい、アツイ瞬間に、今はとろけていたい。 |
| コメント 遥か3の夏。 熊野の夏 |