奇蹟の聖夜


 知盛は気まぐれな猫みたい。自分が決めた人間にしか、懐かない。
 人込みがキライで、なかなかお出かけにもいけない。電車に乗るのも大嫌いで、極力歩くことしかしない。いつも早足で先に行くものだから、その後を、私はえっちらおっちら歩いている。
 だけど私も引っ張り回して、引っ張り回されて。
 それが私達の関係。

「…こっちは…、慌ただしくて…疲れるな…」
 知盛はすたすたと先を歩きながら、人の波をかい潜る。余程、知盛の歩くスピードのほうが速いと望美は思ってしまう。
 クリスマスの繁華街。
 綺麗な港町のイルミネーションを見せたくて、望美は知盛を横浜に連れてきた。この人込みが気に入らないらしく、知盛はけだるそうにしている。
「…人が多いから…疲れるな……。なんで…今日は…そんなに男と女ばかりなんだ…」
 うんざりといった風に、知盛はこの世界で覚えた煙草をふかしていた。それがひどく似合うのは、その退廃的な雰囲気からだろうか。
「クリスマスだからだよ」
「…クリス…マス?」
 知盛は聞き慣れない言葉に、ひどく眉根を寄せる。その険しい顔に、望美は思わず微笑んでしまう。
「キリスト様っていう神様のお誕生日なの。どちらかといえば、ロマンティックに西洋のお祭りをきらきら愉しむ感じかな。まあ、カップルたちが一緒にいる口実みたいな感じだけれどね。イルミネーションも綺麗で宝石みたいだから、知盛にも見て貰いたかったんだ」
「……父上が聞けば仰天するかもな……。神の誕生日を……派手に騒ぐ…口実にしているんだからな…」
「まあ、そうだよね」
 知盛は道行くカップルたちに視線を向けながら、小馬鹿にしたような表情を浮かべている。
「……気に入らなかった?」
 望美が不安げに見上げると、知盛はフッとクールな笑みを浮かべる。
「……お前が……、愉しませてくれたら……それで俺は良い……」
 知盛は風が吹き荒れる場所に立つと、また煙草を口にくわえた。
 この時空で知盛が気に入ったもののひとつだ。
 動き易いという理由で、知盛はジーンズとタートルネックのセーターも気に入っているようだ。
 底知れない知盛の表情を見ていると、望美は胸の奥が壊れそうなぐらいに痛くなる。
 命の終焉を何度も見させられた男。傍にいたくて、もうあんな結末は二度と見たくなくて、ここまで連れてきた。
 望美はそれで幸せだったが、果たして知盛は幸せだったのだろうかと、いつも考える。
 不意に冷たい風がふたりの間に吹き抜けていき、望美は背筋を震わせた。
 知盛はさりげなく、自分のコートに望美を引き入れた。
 気まぐれな甘い行為に、望美はドキリとさせられる。
「…痺れて…動けなくしてやろうか…?」
 知盛は喉を鳴らしながら面白そうにしている。こういううからかいは彼の真骨頂で、望美はいつも振り回されていた。
「そんな術、私には通用しないよ」
 きっぱりと望美は言い切り、強がって見せる。
「……お前を痺れさせて…動けなく…するのは…訳無い…。とっておきの…術を…使えば……な…?」
 意地悪でどこか意味深い眼差しを望美に向けながら、知盛は躰のラインをなぞるってくる。
 その仕草はとても艶があり、望美の肌をわななかせた。
「もう……震えて……束縛されているな……」
 知盛が甘く笑うと、望美は悔しくて唇を噛む。こんな束縛は、反則だ。
「しかし……こんな冬の寒いなかで、夜景を見るなんて……物好きもいるものだ…」
 知盛は、カップルを見ては見下すような笑みを浮かべた。自分たちも同じだとは、思ってはいないようだ。そこが、唯我独尊の知盛らしい。
「…楽しくないの?」
「お前がいれば……それだけで楽しい…」
 顔から火が出るような言葉をさらりと言われて、望美は心臓が破裂するのではないかと思うぐらいにドキドキする。
「私だって知盛がいるだけで楽しいよ。こうして一緒にクリスマスを迎えられて、お正月も迎えられるんだと思うと嬉しいよ」
 望美は吐く息を白くしながら、弾むようなリズムで明るく話す。すると知盛が応えるように、より強く抱きしめてくれた。
「……寒いみたいだな……。温めてやる……」
「有り難う。知盛は寒くないの?」
「…俺からすれば…、こちらのほうが…かなり温かい……。外も内も…。だが…一番温かいのは……、お前の胎内だ……」
 イキナリ何を言うのかと、望美は心臓が跳ね上がるのを感じる。知盛にいやらしい言葉を囁かれると、興奮の余りにドギマギしてしまう。
「バ、バカ! えっちなことばかり言って!」
「本当のことを…言っただけだ……。お前に…沢山、熱をやるから……後で熱を取り戻さないと…割に合わないからな……」
 ふとももを柔らかく撫でられて、望美は寒さとは違う震えを感じる。知盛は望美が震えるのを感じたのか、耳たぶを噛みながら甘く囁いて来た。
「……クッ…。まだ寒いのか…? もっと温めてやらないと…ダメだな…」
 また知盛は足を撫でてくる。その焦らすような感覚が心地がよくて、望美は艶めいた息を漏らした。
「……これは、早く帰って…しっかり温めてやらないとな…」
 クリスマスの夜景よりも、知盛にとっては熱い夜のほうがお好みのようだ。それは望美にも同じ事。知盛がいなければ、本当の意味での”ロマンティック”はあり得ないのだから。
「知盛、プレゼントがあるんだ?」
「プレゼント…」
 知盛は険しい顔をして、言葉の意味を探している。その表情は、望美の好きな者の一つ。困ったような顔をする知盛は、珍しいからだ。
「贈り物のことだよ。クリスマスはプレゼントを贈りあって、日頃の感謝をするんだよ。だから、用意したんだ」
 望美はバッグから小さな包みを出すと、知盛に差し出した。
「……女から贈り物を貰うのは……奇妙な気分だ…」
「時計なんだ。知盛がこれからここで刻んでいく時間が素敵なものになるように」
「…有り難う……」
 知盛は望美からのプレゼントをしっかり受けとると、それを大切に握りしめる。瞳の奥が優しく輝いて得れしかった。
「…お前にも…プレゼントやらを…正月にでも、贈ろう…」
「いいよ。そんなことは。だって私は、知盛が傍にいるだけで、すごく嬉しいんだよ」
「望美……」
 ぎゅっと抱きしめられると、それだけでも素敵なプレゼントになる。クリスマスの奇蹟の贈り物。
「メリークリスマス、知盛。大好きだよ」
 望美が祝福の言葉を呟くと、知盛はまた不思議そうな顔をする。
「メリークリスマス……か。何だか不思議な…呪文みたいだな…」
「言葉にしたら嬉しい気分になれるよ」
「…じゃあ…メリー…クリスマス…」
 知盛は呪文を唱えるように棒読みで言うと、望美の唇を奪う。
 どこでも構わずにキスをするのは、知盛の甘い癖だ。
 最高のメリークリスマス。
 望美は知盛の温もりに酔いながら、神様に感謝した。
 白龍、神様…。
 どうも有り難う…。



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