不意に携帯電話が鳴り響き、望美は慌てて出た。 「はい!」 「…俺だ…」 受話器ごしに聞こえるのはお馴染みの声。知盛だ。相変わらずけだるそうに話している。 「どうしたのよ?」 つい先ほどまで逢っていたのに、こんなに早い電話とは、いったいどういう風の吹き回しだろうか。普段の知盛ならば、絶対に有り得ない行動だ。 「……寒い……」 「寒いって、風邪でも引いているの!?」 心配する余りに、望美が焦って声をかけても、知盛はいつものペースだ。ゆっくりとしたリズムを刻んでいる。 「…眠い……今すぐ温めに来い……」 自分の欲求だけを並べ立てるなんて、まるで赤ちゃんがそこにいるみたいだ。望美は知盛ペースに巻き込まれるのを感じながら、焦ってしまう。 「ちょ、ちょっと! 私はあなたの火燵じゃないんだから!」 「……湯たんぽだろ……。温めに…来い……」 「あ、あのね! 私はか弱い女の子なんだから! こんな夜遅くに出掛けたら危ないでしょ!」 まるで子供に煩く言う母親みたいに、望美はくどくどと言ったが、それが通じないようだ。 「…お前は…俺を倒せたから…大丈夫だ…早く来い……。襲いかかる…男を退治するなど……わけない……だろ……」 「もうっ! バカっ!」 望美が叱責したにも関わらず、電話の向こうにいる男は浅く笑っている。その姿を想像しただけで、腹が立った。 「……じゃあ来いよ……。待ってる……」 今にもこてんと眠りこけてしまうような声で、勝手なことを言い捨てると、知盛は電話を切ってしまった。 その態度に望美は唖然とする。 「ったく! 何を考えているのよっ!」 望美がぷりぷり怒ってみても、どこ吹く風の知盛には全く通じてはいなかった。 「ったく我が儘おやじなんだからっ!」 望美は電話を切ると、先程まで着ていた、白のダウンコートを羽織り、手袋をする。 悪態を吐いてしまうが、やはりこの世界でたったひとりぼっちの知盛には、人一倍心配してしまうのだ。 すっかり身支度を整えると、望美は自転車に乗って知盛のアパートまで向かった。 「いつまでたっても平家のお坊ちゃま気分が抜けないワガママ男なんだからっ!」 肌に刺すような風をもろともせずに、望美は知盛のところに向かう。こんなに勢いびゅんびゅんの勝ち気オーラ満載では、誰も襲いかかろうとはしなかった。 直ぐに知盛のアパートにつき、儀礼的なノックをする。 だが当然出てくることもない。 望美は合い鍵をバッグから取り出すと、それでドアを開けた。 「…知盛入るよ」 探るように恐る恐る中に入った後、そっと鍵をかけておいた。 小さなベッドルームは明かりがともっており、そこには知盛がテレビを付けっぱなしにして、ベッドで眠りこけている姿を目にした。 「知盛」 何だか気持ち良さそうにぐっすりと眠りこんでいるのが解った。 「ったく、ただ寝ぼけているだけじゃない。風邪でも引いたかと思ったじゃない…」 望美は苦笑しながら、けだるそうに眠る知盛の寝顔を眺める。 静かに眠る姿は、呆れ返るぐらいに無防備で、少年のようだ。 この姿を独り占めしていると思うだけで、嬉しさが込み上げてきた。 戦場での血に飢えた危険な眼差しが信じられない。 いつも温もりに植えていた知盛は、危険な眼差しをしていた。 だからこそ望美はその迷子のような瞳を、真っ直ぐに輝かせてみたかった。 「…ホントに。寝顔だけは神々しい天使みたいなのになあ」 いくら見ても飽きない寝顔に、望美の顔も綻んでくる。 見ているだけで幸福を感じた。 じっと見つめていて、隙があったのだろうか。不意に手を引っ張られた。 「きゃっ!」 甘い声を出したが最後、知盛に蒲団の中に引っ張り込まれてしまう。 「何をするのよっ!」 「…お前は…俺の…火燵だろ…。温めろよ…」 眠そうに知盛は呟くと、まるで抱き枕を抱きしめるみたいに望美を抱きしめた。 胸あたりをむにゅむにゅとまさぐられるものだから、甘い吐息が絶え間無く出る。 「……柔らかい…枕だな…」 「ちょっとふざけないでよっ!」 胸に子供みたいに顔を埋めてくる知盛を、望美はぽかぽかと叩く。だがそんなことで動じるはずもなく、余計に 望美を抱きしめてきた。 「……温かいな……」 「もうっ!」 望美がいくら怒っても、止める知盛ではない。更に強く、強く抱きしめてきた。 「こらっ! 私は湯たんぽじゃないんだよ!」 「…俺も…お前の……湯たんぽとやらに…なってやるよ…。お互いに…温まればいい話だ……。今日は寒いからな…」 知盛は望美の脚に自分の脚を絡めて、温もりを奪い取るようにする。 強く強く絡まりあう熱。脚までそれに捕らえられている。 これだけ束縛をされてしまったら、もう逃げられない。知盛の希望に添うことしか出来ないではないか。 怒っていると、知盛からかすかで安らかな寝息ぎ聞こえる。 それが余りに安寧な雰囲気なので、望美は怒る気力をなくしてしまった。 なんて巧なんだろうと思う。望美の心なんてお見通しみたいだ。 「ったく…いつも私を怒れなくしちゃうんだから…」 くすりと笑うと、望美は頭ごと知盛をしっかりと抱きしめた。 今まで感じることがなかった、海のようにたゆたゆとした愛を感じる。 知盛を全身全霊で包み込んであげたい。 この心いっぱいに愛してあげたい。 零れ落ちるぐらいにさらさらな知盛の髪を指で梳きながら、望美は瞳を閉じた。 真っ赤に燃え盛る情熱も、穏やかな白い安寧も、総て知盛がくれる。 様々な感情が望美のなかにあることを、知盛は教えてくれる。 望美もまた知盛の温もりを子守歌にしながら、眠りに誘われる。 幸せな夜をまた重ねるのだ。 |