桜の下には…


 桜の花が余りにも綺麗だったから、言ってみたかった。
 桜の木の下には死体が埋まっているんだよ、と。
 自然に出せる薄紅色は、不思議な魔力を持っている。
 日の光を総て吸い上げるような勢いで、きらきらと宝石のように輝く桜を見て、あなたはくすりと静かに笑った。
「…確かに…な…」
 喉の奥から出される声に、私は時間軸が狂ってしまったのかと思うぐらいの、永遠さと切なさを感じた。
 最も、私たちがこうしてここにいること自体も、時間軸を狂わせているが。
「桜の花は、よくもののふに例えられるんだよ。控めな色を宿しながらも美しく豪華に咲いて、潔く散るから…」
「確かに…な…。一門や…源氏を見れば…、似ているかも…しれないな…」
 知盛は唇を歪めると、桜ごしに青空を見上げた。
「…見事なものだな…」
「そうだね。鎌倉は、賑やかな中心地から少し離れているせいか、綺麗な四季を堪能できるんだよ。春と秋は花も綺麗だし、夏は海があるし、冬は江ノ島に行けば見事な富士山。すごく贅沢な場所だって思うよ」
「…そうだな…。冬からこちらに住んで…、それは思うな…。だが…春の京は見事だ…。…夏は熱くて狂いそうだが…、秋には…紅葉…、冬は…比叡が雪を被って…美しい…」
 知盛は遠くを見るように空に視線を投げ掛け、どこか懐かしさを眦に滲ませている。
 桜とその姿が、コラージュしたように美しく重なり、私は泣きたくなった。
 桜の刹那さを想うのと同じぐらいに、切なかった。
「…懐かしい?」
 ”帰りたい”だなんて、どうしたってきけやしない。私は言葉尻を震わせながら、精一杯、こう言うしかなかった。
「…そうだな…」
まるで目まぐるしく何かを考えているかのように、知盛は一瞬間空けると、私を見た。
 こちらの心を完全にわしづかみしてしまうほどに、艶やかな視線だ。
 桜を”なんか”だと表現してしまうぐらいに、知盛は綺麗だった。
 薄い笑みを浮かべるのが、憎らしいほどに素敵だ。
 私は駆け出しそうな鼓動を、胸に手を宛てて抑えようとしながら、知盛を見た。喉がからからになるぐらいに、知盛は色香があり素敵だ。
 舌で唇をなぞると、知盛は喉を鳴らした。
「…だが…もう…還りたくは…ないな…。あちらに…行っても…和議をなした以上…俺を愉しませることなで…ないだろうから…な…」
 ホッと力を抜いて、私が頬を紅に染め上げると、知盛は尖端までが芸術品だと思うぐらいの、精微に整った指を、私に伸ばしてきた。
「…こんなに…愉しませてくれる…女がいる…んだからな…」
 ドキドキし過ぎて、私は知盛をまともに見ることが出来ない。息を乱しながら視線を外すと、ますます付け上がって、私をからかうような面白がるような笑みを向けてくる。
 私はあなたの玩具じゃないんだよ。
「…おにぎり作ってきたよ。食べよう!」
 私が焦るように言うと、知盛は静かに微笑んだだけだった。

 花見弁当は、譲くんが作るほどに勿論豪華じゃないし、本当のことを言えば、半分は”ママ弁”だ。
 私が作ったのは、せいぜいおにぎりと、しらすの入った卵焼きだけ。後のアスパラのお浸しとか、ゴボウの肉巻きなどのおかずを作ったのは、お母さんだ。
「…これは全部…お前が作ったのか…? まさか…な」
 憎たらしくて首を絞めてしまいたくなるぐらいの意地悪な笑みを浮かべられ、私は眉を上げた。
「むぅ…。食べたくなかったら食べなくていいよっ!」
「…それは…困るかも…な…。望美…、お前はどれを作った…?」
「おにぎりと卵焼き」
「クッ…! やっぱりな」
 まだ笑うかと、キレてしまいたくなるぐらいに、喉を鳴らして愉快そうにすり知盛を、私は張り倒したくなった。
「…じゃあ…、それから頂こう…」
 こちらを怒らせたかと思えば、ときめいて心が溶けてしまいそうになるぐらいのことを、この男は平気でする。
 ならば折れるしかないじゃない。
 私の怒りは急速に萎えていく。
 目の前の男は、私の心に剣を突き刺すように、甘くて息が出来ないぐらいの気分を味あわせてくれる。
 おにぎりと卵焼きを食べてくれるのが嬉しくて、私はじっと知盛を観察してしまう。ドキドキしてときめいて、飲み込むのを待っていた。
「ど、どうかな?」
 指についたごはんつぶを舐めるのが官能的だ。
 私が熱っぽく見ていると、知盛はわざと上目使いで見た。
「…まあまあだな…。まだまだ…鍛錬は必要だが…」
 ホントに憎たらしくて、蹴りを入れてしまいたくなる。
「知盛なんてキライっ!」
 憎まれ口を叩いても、知盛は動じずにただ笑うだけ。
 知盛はごろんと横になると、私の膝を枕にして、桜を眺める。
「…本当に…、人の血を吸っているみたいだな…」
 知盛はすうっと大きく深呼吸をすると、深く目を閉じた。
「…俺が斬り刻まれたら…、桜の下に埋めてくれよ…」
 知盛が余りにも夢うつつに呟くものだから、私は哀しくなる。胸が痛くて切なくて、ついでに女の子の部分が疼いてしまった。
「もうっ! そんなことあるわけないでしょっ!」
 思わず声を荒げて怒っても、知盛は僅かに眉を上げるだけ。
「…さあな…」
 まるで他人事のように素知らぬ声で呟いた。
 桜の下にあるのは誰かの死体。
 何だかロマンティックなミステリーだ。
 だけどその下にけだるい知盛がいることだけは、嫌だ。
 私は、ほんのりと桜の匂いがする風に揺れる知盛の柔らかな髪に、そっと指を滑らせた。

 夜桜も見たいと言われて、知盛とふたり、近くの公園に出かける。
 何の変哲もない桜の木がぽつぽつあるだけの公園だから、ひとも疎らで、とても見やすかった。
「…夜の桜は…、怨霊みたいだな…」
 知盛は愉しそうに言いながら、口角を上げた。
「へ、変なことを言わないでよっ!」
「…本当のことだろう…。妖しい雰囲気の夜桜には…魔物が集まるんだよ…。特に…満月には…」
 知盛は、昼間に見る桜よりも、夜桜がお気に入りのようだった。
「…満月の夜に桜が満開とは…俺たちはラッキー…とやらだったかもな…」
「そうだね。それは思うよ」
 私たちはベンチに腰を下ろし、闇に浮かぶ桜を見上げる。
 知盛はカップ酒を片手に、花見を愉しんでいる。
 幽玄としか表現が出来ない美しさに、私は夢中になって眺めた。
「桜が満開の満月の夜に死にたいって詠んだひとがいたけれど、何となくその気持ちは解るかな」
「…まあな…。俺は…こんな…夜に…、最高の相手と…斬りあいたいものだな…」
「そんなことはここじゃ出来ないよ」
「…クッ…! 解っている…」
 知盛は喉の奥から笑みを零すと、私をそっと抱き寄せた。
「俺たちは…こんな夜に…、桜に血を吸われて死ねたら…いいな…」
 私はかなりドキリとした。
 共に白髪が生えるまで、ここで一緒にいたいから。
「……まだ、ダメだよっ! よぼよぼのおばあちゃんとおじいちゃんになるまで、そんなことは許さないんだから!」
 私がそっぽを向いて怒ると、知盛は宥めるように抱き寄せる。
「…解っている…。まだ…飽きては全く…いないからな…。遠い…先だ…」
「そうだよ」
 私たちは肩を並べて桜を眺める。
 来年もそれから先もずっとずっと、ふたりで一緒にいられますように。
 桜の下で一緒に眠るのは、それからでも遅くはないから…。

お花見です。






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