「……望美……、来てくれ……」 知盛専用の着メロが鳴り、携帯電話に出るなり、いきなりけだるく言われてしまった。 「どうしたのよ?」 「……風邪とやらを…引いた…」 「風邪って!?」 「…良いから…来いよ…」 こちらが何かを言う前に、知盛はけだるく命令をすると、電話を切ってしまった。 松の内に風邪を引くなんて、全く馬鹿げていると思いながら、望美は知盛のアパートを訪ねる。 いつもなら、数度のノックで、「…煩い…」とけだるげに笑うのに、今日に限っては出て来ない。 酷い風邪を引いているのかもしれない。 望美は、心配になりながら、合い鍵を使ってドアを開けた。 2LDKの小さなアパートはひんやりしていて、人の気配すら感じない。 望美は慎重に部屋に入ると、知盛のベッドルームに向かった。 想像通りに、知盛はベッドの上で苦しげに眠っている。 パジャマの胸元を開けさせて、倦怠的な眼差しをこちらに向けてきている。 熱のせいでじんわりと汗をかいている姿は、どこか艶めいている。 退廃的な美しさに、望美は自分が襲い掛かってしまうのではないかと、思わずにはいられなかった。 髪が乱れる様ですらも、息を呑むぐらいに美しい。このまま抱き着いてしまいたくなってしまった。 このまま自分のものにして、ギュッと腕の中で閉じ込められたらいいのに。 望美は知盛をじっと見つめずにはいられなかった。 ガラスケースの中に、知盛を入れてしまいたい。 その綺麗な唇を奪ってしまいたい。 いつもは与えられるだけだからこそ、与えてみたいと思う。 寝込みを襲うなんて、何だかドキドキしてしまう。それぐらいに甘くてドキドキする、禁断の果実のように思えた。 まるで白雪姫の王子様にでもなった気分だ。唇が近づく瞬間、知盛の瞳が開かれた。 「……望美……、来たのか…」 緩やかに、知盛の瞳が開かれていく。その優雅な仕草に、望美はうっとりとした気分になった。 こちらを見つめる知盛の視線は、どこかイタズラを見抜いて面白がっている節があり、望美はドキリとした。 「…熱は…あるの?」 「…少しな…」 知盛は苦しいと言うよりは、熱を内に抱えるのを楽しんでいるかのように見える。 その表情が色っぽ過ぎて、望美のほうが逆に熱が出てしまいそうになった。 「…熱…、計らないのか…」 「あ、あの…」 こちらの吐息がひどく熱くなる。息を宙に吐くと白い。 「…これじゃ…どちらが病人か…解らないな…」 熱で潤んだ瞳をしながら、髪をかきあげる仕草に、望美は何でも許してしまいそうになった。 「そ、そんなことないよ?」 「じゃあ…看病…してくれるんだろ?」 「うん…」 望美は素直に頷くと、知盛の額に恐る恐る手を宛てる。いつもは冷たい知盛の額が驚くぐらいに熱かった。 「…熱いよ」 「…熱があるから…風邪とやらを…引いているんだ…」 それは当然だと納得しながら、望美は看病に気合いを入れる。コンビニで買ってきた色々なグッズを取り出す 頃には、看病する気満々だった。熱を下げるために冷たいシートを額に貼ってやる。 「……何だ、これは…」 「熱を下げるためのやつだよ。それを貼って、後は栄養ドリンクと風邪薬も買ってきてあるから、飲んでよ。その前に温かいものを作るから、しっかり温まって食べてよ」 「…温まる…か。…そんなこと…簡単だろ?」 知盛は艶を滲ませた意地悪な笑みを浮かべると、望美を腕のなかに閉じ込める。 「な、何をするのよっ!」 「…お前のせいで…俺はずっと…裸だったんだ…。……だから…こんなことになったんだ…。責任を…取って貰おうか……」 「知盛が風邪を引いたんなら、私はもっと酷いことになってるよっ!」 望美は知盛の腕のなかで散々暴れながら、悪態をついた。 「ちゃんと温かいものをしっかり食べなて汗を出さないとダメだよっ! いい!」 望美はまるで母親のように知盛を叱り付け、腕の中からなんとか逃れた。 「今日ぐらいは大人しくしていてよね! ったく!」 「汗を…かくには…むつみ合うのが…一番だとは…思わないか……?」 知盛は熱を帯びた色気のある眼差しで、望美を誘うように見つめてくる。 こちらまで熱が伝わってくるようで、望美は息を呑んだ。 だがここで屈してはならない。 「鍋焼きうどん作るからね!」 「…ああ」 知盛が珍しく心許ない眼差しをするものだから、望美は心配で思わず振り返った。 「ちゃんと大人しくしていてね」 望美はキッチンに立つと、温めるだけで簡単に美味しい冷凍鍋焼きうどんを調理した。 こうして知盛の為にキッチンに立つというのは、甘い幸福を感じる。 ただ温めるだけで、料理とは言えないものではあるが、それでも充分に新妻気分を味わうことが出来た。 「知盛、鍋焼きうどんが出来たよ!」 「…ああ…」 知盛は躰を起こすと、退廃的に髪をかきあげる。その仕草に、望美はドキリとする。 このまま額縁に入れて飾りたくなるほどの妖艶さに、鼓動はノンストップで跳ね上がる。 「どうぞ」 ベッドサイドのテーブルに、鍋焼きうどんを置くと、知盛は望美に箸を差し出した。 「な、何よ」 「……俺は病人…だからな…。食べさせて…くれる…んだろ?」 甘えているくせに、あくまで下手に出ないのは知盛らしい。 結局はこうして捩伏せてしまうのだから。 「解ったわよ。食べたら薬を飲んで、大人しく寝るんだよ」 「はい、はい」 望美はまるで子供にするように、うどんを冷ましては与えてやる。 それを知盛は、高飛車な態度のままで色する。 食べているときの唇の動きや、喉が動くのを見ているだけで、セクシャルな雰囲気を醸し出している。 キスしたい。 そんな衝動が、望美をつき動かしていった。 知盛が食事を終えた後、望美は栄養ドリンクと風邪薬を準備した。 栄養ドリンクは、素直に飲んでくれたものの、タブレットの風邪薬だけは、受け付けてくれない。 「飲まなきゃ治らないよ?」 「お前が…飲ませて…くれたら…飲む」 知盛は意地悪な笑みを浮かべ、望美を挑戦的に見ている。 「はい」 望美が指先でタブレットをつまみ、知盛の唇に押し当てても、ただ首を横に振るだけ。 「……そうじゃない……。口移しじゃないと…俺は薬を飲めない…」 知盛の策略に見事に引っ掛かってしまいそうな自分が悔しくて、望美は唇を噛んだ。 「風邪、移るもん」 「移ったら…、今度は俺が…看病してやる…」 今日のように我が儘が許されるのだろうか。 望美は仕方がなく風邪薬を唇にくわえると、知盛の唇に近づける。 唇にタブレットが触れた瞬間、強く引き寄せられた。 「…あっ!」 知盛は風邪薬を飲み込むと、今度は知盛の唇を深く奪ってくる。 息が出来ないくらいの激しいキスをされて、ぐったりとした。 「……う、移ったらどうするのよっ!」 望美が茹でたこのようになりながら、知盛に反論すると、悪びれた様子なく笑ってくる。 「移った時は……それだ。俺が…しっかりと…汗をかかせて…看病してやるよ……」 「もうっ! しらないっ!」 望美がぷりぷり怒っても、知盛はただ笑っているだけ。 その後、望美も風邪を引き、知盛に汗をかかされる看病をおもいきりされたのは、言うまでもない。 |