望美は、チョコレート売り場をぐるぐると何周も回りながら、知盛へのプレゼントを考えあぐねていた。 掴み何処のない雲と蜘蛛を併せ持った、危険な男。 望美は、好みがイマイチ掴めないのを感じながら、チョコレート売り場を諦め、酒売場に向かう。 「チョコレートだとか食べるようには見えないのよね…。全身アルコールで出来ているから…」 焼酎とそれに合うビターチョコレートがセットになって売っているのがあり、望美は食い入るように見た。 ビターと抹茶の二種類がつまみのように入っている。 「これしかないよねぇ…」 値段を見ると、少しだけ高いが、初めてのバレンタインなので、これぐらいは構わないと、望美は自分に言い聞かせた。 「…いいよね…」 望美はドキドキしながらレジに行き、バレンタイン用の包装をしてもらった。 「…こんなところに…子ネズミか…」 独特の声に驚き振り返ると、予想通りの人物が立っている。完全に酒が目当てのようで、日本酒の瓶を抱えていた。 「知盛はお酒を買いに来たの?」 「…ああ。こっちに来て…一番気に入ったのは……、濁らない酒だからな…」 知盛はレジに酒を出している間、望美はその横にぴったりと並んだ。 「お酒以外に気に入ったものはないの?」 「………クッ、さあな…」 ちらりと望美を見た後、知盛はクールに酒を受け取る。 また上手くはぐらかされる。いつもはぐらかされて、望美は困惑してしまう。 知盛が酒を買った後、ふたりはぶらぶらとチョコレート売場に向かった。 「…随分…、甘ったるい匂いがするんだな…」 「チョコレートが沢山あるからだよ。バレンタインが近いから」 「ばれんたいん…?」 聞き慣れない言葉に、知盛は眉間にシワを寄せている。考え込んでいる姿は、どこか可愛くも見えた。 「バレンタインはね、女の子が男の子に、チョコレートのプレゼントと一緒に、愛を告白出来る日なんだよ」 「…愛の告白…ね」 知盛はちらりと望美を見た後、大量のチョコレートを抱えているOLの姿に、視線に向ける。 「……随分と…、沢山の男に…、チョコレートを贈るのだな…。真剣な…愛を…よくそんなに…持ち合わせることが…出来るはずだ……」 知盛は半ば小ばかにするように、知盛はせせら笑っている。 「…義理チョコとか色々あるんだよ。義理は日頃お世話になっているひとたちに贈って、本命は本当に大好きな ひとに贈るんだよ。値段と気持ちで使い分けるんだよ」 「……益々解らないな…。義理なんて…必要はない…だろう…」 「まあ確かにそうなんだけれどね。働く若い女の子には色々とあるみたいだから。私も、お父さんや、有川のおじさん、将臣くんと譲くんには毎年渡しているよ」 知盛は眉を器用に上げると、少し不機嫌な表情を浮かべる。 「……ばれんたいん…とやらは…俺にはあわない……」 確かにそうだと思う。 「…この甘ったるい匂いはどうにか…ならないか…」 「美味しそうな香りだと思うけれど?」 「…俺は嫌だ…」 望美は目を伏せて心の中で溜め息をつくと、先ほど買い求めたプレゼントを見た。 知盛と一緒に売場を歩いていると、女の子たちの視線を、痛いぐらいに感じる。確かにかなりステキだ。ただし、鑑賞用に限ると、彼女たちは言うかもしれない。 「…ばれんたいんとやらは…女祭なのだな…」 「そうだね。それっぽいかな。だけど、男のひとにもお返しをする習わしがあるんだよ。一月後のホワイトデイ」 「…ほわいとでい…。一月も返事を待つなんて…、随分と…気が長い話…なのだな…」 知盛は呆れたように言い、女の子たちを冷ややかな眼差しで見つめていた。 「女の子はその日までドキドキするんだよ」 「…俺なら…、そんなものは直ぐに返事をする…。いくら考えても…同じだろ…」 知盛らしい冷たい返事に、望美は唇を噛まずにはいられなかった。 知盛とチョコレート売場を抜け、デパートを出る。二月は一番寒い時期のせいか、望美は思わず躰を震わせた。 「……寒いのか? 温めて…やろうか…?」 「知盛に温められたら、躰が冷えきっちゃうもん」 ふて腐れたように言えば、知盛は喉を鳴らして笑う。 「…クッ、相変わらず…減らず口を叩くな…」 「減らず口を叩かせるのは、知盛だもん!」 知盛は笑いながら、望美の手を冷たい手で握り締めてくる。余りに冷たくて、望美は思わず声を上げた。 「冷たいじゃない」 「お前を温めるんじゃなくて…、………俺がお前に温めて貰うんだよ…」 知盛は、どうしたとしても振り切ることが出来ない程に手の力を込めていた。 冷風吹きすさぶホームから、電車に乗っても、知盛は手を離さない。すると段々と温まってきて、逆に知盛の手が、望美をしっかりと温めてくれた。 「…今日…うちに来ないか…?」 「いいけど、早く帰してね」 「…クッ…さあな…」 知盛は意地悪に言うと、望美が離れないように、指と指をしっかりと絡め合わせてくる。 強さがとても心地が良かった。 明日は休みなので、少しはゆっくりすることが出来る。 望美は手持ちぶたさに紙袋を揺らしながら、チョコレートは喜んで貰えないかもしれないと、切なさを感じていた。 バレンタイン当日、望美は意を決して知盛のアパートに向かった。 三寒四温の時期のちょうど温かな時期に当たり、窓を開けると湘南の海が春を誘っている。 うたた寝してしまいたくなるような極上の午後だ。 こんな日に、のんびりと知盛の帰りを待つのも悪くはない。 今、知盛は、白龍の力でこちらの世界で戸籍を得て、危ない男は何故か出版社でジャーナリストをしている。 似合っているようないないような、不思議な気分だ。 望美はふたりぶんの温かな夕食を作り、知盛を待つ。家事をしてあげようにも、掃除はすぐに終わってしまい、洗濯だってすぐに済んだ。 「…こざっぱりしている部屋だから、掃除しがいがないんだよね…」 時計を見ると7時を過ぎていて、望美は知盛に部屋にいる旨を伝えるメールをする。 すると直ぐに、冷たく”遅くなる”とつれないメールが返ってきてしまった。 「もう、今日はバレンタインなのに…。知盛には、余り関係ない話なのかもしれないけれど…。乙女心を全く解っていないんだから…」 8時半になり、明日の学校のことを考えると流石にここにいることは出来ず、手紙も書かずにチョコレートだけを置いて、帰ろうとした。 望美がコートを着込むと、知盛が帰って来た。 「…やる…。腹が減った…」 差し出されたのは沢山チョコレートが入った紙袋。望美はそれを受け取ると、我が儘男のためにキッチンに戻るはめになった。 望美もかなりお腹が空いていたので、直ぐに食事の支度をして、知盛と一緒に食べる。 今日は、揚げただけの湯葉揚げ、お吸い物、漬け物、さわらの西京焼きと、望美のレベルでも充分に作ることが出来るメニューだ。焼いたり揚げたらいいだけだからだ。 黙々と食べ終わった後、知盛は煙草を吸いながら、テーブルにある紙袋を目敏くも見た。 「…これは…何だ…」 「チョコレート。この間、説明したバレンタインのだよ。知盛のは本命チョコレートだからね。…そんなにイッパイ貰ってたら、私のはたいしたものだとは想わないだろうけど」 少し卑屈になりながら、望美は知盛に背を向けて、洗いものをする。嫉妬が背中からジリジリ放出しているような気すらした。 かさかさと背後で、パッケージが破られる音がする。望美は少し緊張した。 「……フン……」 知盛はキッチンから、素焼きの猪口を持っていくと、望美がプレゼントをした酒を注ぎ始めた。 「……望美、こっちに来いよ……」 片付けたタイミングで呼ばれ、向かい合わせに座ろうとすると、長椅子側にいる知盛の横に座らされてしまった。 「な、何よっ…!?」 「折角の……”ばれんたいん”とやらだからな……。ゆっくりと…酒に付き合え…」 知盛はリラックスするように笑うと、望美に密着をしてきた。 「飲めないよ」 「飲めくて…いい…。傍にいるだけで…」 さらりと何でもないことのように言うと、知盛は猪口に口づける。お酒を飲む姿は、誰よりもステキに見えた。 知盛はチョコレートをひとつ摘み、それを口の中にほうり込む。 上品な甘くない和菓子以外は、甘いものを全く口にしない知盛が、こうして食べてくれるだけでも嬉しかった。 何だか、チョコレートを食べる知盛に時めいてしまう。 「有り難う…」 「…お前も…食えよ…。チョコレート…」 「うん…」 知盛はチョコレートを一粒摘むと、自ら望美の口の中に入れてくれる。 官能的な仕種で、知盛は指先を使って口腔内を刺激してきた。 「…んっ…」 熱い吐息を上げると、知盛の指は余計にいたずらをする。 躰の奥に火をつけられて、息が出来ないぐらいだった。 指を口腔内から出されて、望美は躰をふにゃふにゃとさせて、知盛にもたれ掛かる。 それを楽しそうに見ながら、知盛は唾液で濡れた指を舐めた。 「…美味いな…」 恥ずかしくて俯いていると、知盛は椅子から立ち上がり、望美を抱き上げる。 「…今夜は…チョコレートより…甘いものが欲しい…からな…」 そのままベッドに連れて行かれ、チョコレートよりも甘い瞬間を望美は経験することになった。 |