桜時空



   *

 昨日のローカルな気象情報では、そろそろ京都の桜も散り際だと言っていた。ふたりが出逢った春が巡ってくる。頼久にとっては、あかねと同じ時の流れに身を置いてから、初めての春になる。
 気象ニュースを見た後の夕食時、頼久が墨染に行きたいと言い出した。あかねは二つ返事で快く受け入れ、今ふたりで電車に揺られている。
 5時4分に出る三条駅からの普通電車に揺られて、ゆっくりと墨染を目指す。日曜でしかも早朝ということのせいか、車内は人も疎らだ。
「こんな朝早くに申し訳ありませんでした、あかね殿」
「墨染桜は人気があるから、丁度良いかもしれないし。それに朝のお散歩って得した気分になるもの」
 あかねは屈託のない笑顔を頼久に向けると、甘えるようにその逞しい肩に頭を凭せ掛けた。
 恥ずかしそうに、頬をうっすらと赤くする頼久が可愛い。堅物で照れ屋な恋人が、あかねは誰よりも愛しい。
「始発電車っていいね。ひとがいないから、頼久さんにこうやって甘えることが出来るもの」
 ふふっと幸せそうな顔をあかねがすると、「しょうがありませんね」と頼久も柔らかな笑みを浮かべてくれた。微笑みだけで、肌寒い車内が常春になる。あかねは、頼久の威力は全く素晴らしいと思ってしまう。
「眠くありませんか? 今日の花見があるというのに、あかね殿がお可愛らし過ぎて、私が離さなかったものですから…」
 頼久は申し訳なさそうな声で言ったが、ちっとも後悔しているようには思えなかった。
 昨夜の睦事を思い出すだけで真っ赤になるあかねに、頼久はフフッと大人の笑みを浮かべる。セクシャルな話になると、とたんに頼久が優位に立つ。悔しいけれど、少しだけ嬉しかった。
 頼久の鍛えられた指がすっと伸びてくる。剣を握っているせいか少し節くれ立っているが、それが逆にあかねの心を乱す。頼久の指の動きは、知ってか知らずかいつも大胆でセクシーだ。
 真っ赤になって俯いていると、頼久は綺麗な顔に心持ち意地悪な表情を浮かべてきた。いつもは生真面目すぎるぐらいなのに、最近ではこういったシーンでは暫し主導権を握られてしまう。
「昨日の事を思い出しましたか?」
「そ、そんなんじゃ…」
 あたふたしていると、頼久は可笑しそうに笑いを浮かべた。
「桜を見終わったら、温かいお風呂にでも入ってゆっくりしましょう」
「きっと私は、お風呂に入る間もなく先に寝ちゃうわよ」
「お眠りになったら起こすまでですよ」
「もう…」
 あかねはが真っ赤になった顔を頼久の肩に隠すと、優しく髪を撫でてくれる。こんなひとときが、今は幸せの煌めきのように思えた。
 たったふたりしかいない車内で、ふたり仲良く揺られる。静かで生まれたての光が入ってくる、心おきないコンパートメント。何一つ、心配事がない日曜日の朝。
 僅か15分の旅は、そこはかとなく雅があって、ロマンティックだと感じた。

   *

 ゆっくりとした電車を降りて、ふたりで手を繋いで目的地である墨染寺に向かう。
 歩いていると、まだ空気が張り詰めているのが解り、頬に痛くて気持ちがよい。駅から歩いて直ぐの所に目的地があり、散歩を楽しむ間もなく到着してしまった。
「墨染に寺が出来ているんですね」
「そうよ。でも私たちからすれば、かなり古いお寺さん。ここよ、墨染寺。とっても小さいお寺さんよ。ここに墨染桜があるの。10本しかないんだけれどね。だけどとっても見事だから地元では、”桜寺”って呼ばれているの…頼久さん?」
 あかねがふと頼久を見ると、門の奥に見える桜並木を見たまま、時間を止めてしまったかのように動かない。まるで、桜に魂を持って行かれてしまったかのようだ。
 墨染寺の桜は、ソメイヨシノよりも少し遅れて咲く。そのせいか、今は満開に向かって花を開き始めている状態だ。
 ソメイヨシノよりも更に上品な色を湛えている。純白なものや、うっすらと墨の色のもの。それは見事と言っても良い。
 喪を服すために墨色になったと頼久に教えて貰ったが、正にその通りの色を、あかねの世界でも表現している。
 頼久が魂を抜かれたように桜を見つめるのも、無理はないと思った。
 しかたがないと苦笑しながら、あかねは頼久を優しい眼差しで見守った。
 その澄んだ瞳の奥は柔らかで、遙か彼方の時空を見据えているように思える。きっと生まれた時空の事を想っているのだろう。亡くなった兄のことを考えているのに違いない。ずっと、頼久のなかで戒めになっている出来事のことを。
 そう考えると胸の奥がキリリと痛んだ。
 頼久をこの世界に連れてきてよかったのだろうか。いつもあかねの中で自問自答している案件だ。長かった漆黒の美しい髪を切り、この時空に馴染もうと頑張ってくれている。あかねの為に。その愛のために。
 あかねはじっと頼久の横顔を見つめる。
 朝陽が似合うほどの清らかで綺麗だ。いつもあかねのことを「清らか」だと言ってくれるが、本当は、頼久こそ綺麗じゃないかとあかねは常日頃思っている。今この瞬間の頼久は、神々しさを湛えている。
 誰にも侵すことなど出来ない静と聖がそこにはある。まるで頼久を見守っているようだ。
 寺の拝観時間を見ると、『7時から』と書かれていた。まだ5時30分だ。この時間だと、ここからしか見えないだろう。
 どこから見ても関係なんてないだろう。あかねはただ、頼久に寄り添い、その心を包み込むように見守っていた。
 どうか今はお心を遙かかなたの時空へ。そして、どうか私のところに戻ってきてください。と  
 日差しの色と、頼久の精微を尽くした芸術品のような横顔を堪能する。
 きっとあかねが解らない会話を、この地で兄と交わしているのだろう。だったら、今はそっとしてあげた方がいい。
 あかねも薄墨と純白で彩られた桜の花弁を見つめながら、遠い日の頼久と兄のことを思った。
「  あかね殿、申し訳ございません。あまりに見事な桜でしたから、つい見入っておりました」
 頼久の声であかねは桜から魂を引き戻される。
「あ、大丈夫です。でも、頼久さん、ここの拝観時間は7時からみたいです。少し早かったみたいですね」
「7時ですか…。ですが、あの小さな入り口は開いていますよ。少しだけ内緒で中に入ってみませんか?」
「あ、でもダメなんじゃ…」
 あかねが困ったように戸惑っていると、頼久は強引に境内に引っ張っていく。
 境内には誰もいない。ただ奥からは、有り難い読経の音が聞こえるだけ。
 後ろめたい気もしないでもなかったが、見事な桜のトンネルを見るなり、そんな想いは消えた。
「綺麗…。桜がひらひら舞って、ここはここじゃないみたい…。また時空を飛んだような気がする…」
「はい。見事です…。この心に染み入る美しさです…」
 頼久が少し哀しそうな眼差しで桜を見上げる。まるで桜の精のようなその姿に、あかねは胸の奥が締め付けられるぐらいに苦しい。
 頼久をここに連れてきてしまった自分の我が儘が、愛しいひとを苦しめてしまっているような気すらした。
 いつしか遣る瀬無い気持ちが沸き上がり、それが涙となって頬を伝う。
「あかね殿…!?」
 あかねが泣き出すと、頼久は眉を寄せ、嘆かわしいような瞳を向けた。あかねの胸の痛みをまるで自分のものだと思ってくれているように、それほど切なそうだった。
「大丈夫ですか!?」
 鍛えられた温かな旨にあかねをすっぽりと抱き込んでくれる。頼久の胸の鼓動を訊いていると、傍にいてくれることを実感が出来る。だが、この胸の痛みは消えない。
「…何処にも行かないで…」
 甘えるように言うと、頼久の抱擁はより強いものとなる。あかねは喘ぎながら、逞しい肩に縋り付く。
「何処にも行きません。私がいるべき場所は、あかね殿がいる場所なのです。それをご理解なさって下さい」
「うん…うん! 頼久さん…っ!」
「どこにも行きません。あなたがいない世界は、私には意味がないのですから…」
 抱擁を通じて頼久の熱が伝わってくる。涙で濡れた顔を上げると、頼久に激しく口づけられた。
「…んっ!」
 朝の空気に触れていた頼久の唇はひんやりとしている。包み込むように唇をしっとりと吸い上げられた後、舌が絡み込んできた。頼久のそれはとても熱い。お互いの舌が触れあうだけで、背中に切ない甘さが走る。お互いの唾液を交換し合うことで、深く愛し合っていることを、奥深いところで感じ合った。
 いつもの優しくソフトな頼久ではなく、深いキスの時はいつも獣のようになる。あかねの躰の奥深いところまで流れ込んできて、ぐちゃぐちゃにしてしまうのだ。しなやかなで愛しい、あかねだけの獣だ。
「ん…はあっ…」
 キスの途中で呼吸が苦しくなり、あかねは何度も呻くような声を上げた。それでも許してくれなくて、頼久は大胆に角度を変えて唇を奪ってきた。
 唇の端を噛まれたときには、うっすらと血が滲んだ。だが、痛みはなかった。
「あかね殿…、あかね殿…」
 その存在を確かめるかのように、頼久は何度もあかねの名前を呼ぶ。それを心の栄養に沢山あかねは吸い込んだ。
「大好きよ…頼久さん…ああっ!」
 着ていたカーディガンのボタンを外されたかと思うと、その下にある薄手のニットセーターを上まで引き上げられる。ブラジャーはフロントホックだったので簡単に外れてしまい、頼久に直に乳房に触れられた。
「あっ…! やんっ…ここじゃ…っ!頼久さん…っ! 罰があたっちゃうよっ…!」
 誰が来るか解らないし、しかもここは神聖なお寺の境内だ。睦事などは御法度だろうと、あかねが焦っていても、頼久は手を動かすことを止めない。
「…それなら、私があかね殿にふりかかる災難を総て、かぶりますから、どうかご心配なさらずに」
「…あっ! あああっ!」
 頼久の指先が、勃ちあがった乳首を指先で摘んでくる。抓られたり撫でられたりするだけで、余計に硬くなっていく。色味が恥ずかしいほどのベージュになっていく。
「あかね殿…!」
 乳房に顔を埋め、頼久は命を貪る様に、あかねの乳首に吸い付いた。愛と命が頼久に向かって溢れ出すのを感じる。
 その象徴である場所が、頼久を求めて、熱く熟し始めた。腰が痺れて、下着が濡れているのを感じる。
「あ、ああんっ!」
 頼久の手がスカートの中に入り込み、蜜を垂らしたあかねの襞を弄る。
「…随分と、濡れておいでになる…」
 低い頼久の声が耳元を囁いてくる。恥ずかしいのに、躰を離すことが出来ない。それぐらいに、あかねはとことんまで濡れて、感じていた。
「あ、ああっ!」
 頼久の指先が、あかねのルビー色した突起をねじ込むように触れてきた。頭の芯が痺れるほどに感じて、あかねは頭を仰け反らせる。
 頼久が静かに下着を脱がしてきた。既にたっぷりと蜜を含んでいた下着は、糸を引くようにあかねの脚の間から離れていく。左足首に引っかかった形になり、淫らな状態だった。
「ああ、ああっ!」
 この神聖な桜の下で頼久に抱かれているからだろうか。頭が可笑しくなるぐらいに感じている。いつもよりも激しく、あかねは腰を振った。
「あかね殿…っ!」
 頼久はあかねを木に押しつけると、跪いて濡れた場所を舌で舐め回す。指でも胎内を侵されて、全身が粟立つぐらいに感じた。
「あ、ああっ! ああっ!」
 ここが何処だなんてどうでもいい。今はもう、頼久と愛し合うことに没頭したい。あかねは頼久の髪に指を差し入れてぐちゃぐちゃにしながら、獣のようになっていく。
 舌で肉芽を転がしながら、胎内を太い指でかき回してくる。とことんまで追いつめられて行くのと同時に、もっと太くて大きな頼久自身が欲しいと思ってしまう。
「…お願い、もう…っ!」
 あかねが泣きそうになりながら懇願し、腰を淫らに動かしていく。強請る様子に、頼久の舌の動きが更に活発になった。
「何をお願いされたいのですか? 黙っていては解りませんよ、あかね殿…」
「あなたが…ああっ!」
 欲しいと言う前に、頼久がルビーを強く吸い上げたので、痺れが頭に直撃し、あかねは達してしまった。
 震える躰を抱きしめながら、頼久は耳朶を噛んでくる。
「あかね殿…何が欲しいのですか?」
「あ、あなたが…、あなたが欲しいの…」
 あかねは激しく息を乱しながら、頼久に懇願する。熱に潤んだ瞳で見つめると、頼久が甘く笑った。
「そんな可愛い顔をされたら、止められなくなりますよ」
「止めないで…」
「かしこまりました。あかね殿のお心のままに…」
 頼久はあかねに背中を向けさせると、桜の幹に手を付かせる。その上に淫らにも腰を頼久に向かって突き出させた。
「恥ずかしい…」
「こんなことで恥ずかしがっていたら、あなたの欲しいモノをお渡しできませんよ」
 あかねが子供のように嫌々と首を振ると、頼久は入り口を熱いモノで撫でてきた。
「あっ…!!」
 あかねの心と躰が期待に膨らむ。
 息を詰めると、頼久の熱い雄が、胎内に入り込んで来た。あかねの不安が、頼久の熱によって消し去られる。
 あかねの唇から、満足の吐息が漏れる。はち切れんばかりに鎌首を上げた杭を、あかねの狭い道に押し込んでくる。いつもにまして生命力豊かなそれに、あかねは怯えるぐらいに感じていた。
「好き…、大好きっ…!」
「私も…あなたを愛しています…!!」
 決して離れることがないように、ふたりでしっかりと繋ぎあう。より奥へと浸透してきた頼久を、あかねは全身全霊で受け止めた。
 頭がぼんやりとして、視界が熱気によってぼんやりとなる。
 何度も胎内を抉られ、抜き差しをされる。入り口で引っかかった頼久に、また強く突き上げられてしまえば、あかねはもう本能の赴くままに頼久を締め上げるだけ。
 淫らに腰を動かしていくと、頼久の息が乱れて嬉しかった。
 背中から強く抱きしめられながら、前に回った手で胸を傷むぐらいに揉みしだかれる。
 ここまで追いつめられてしまえば、後は行き着くところまでいくしかない。
「あああ! もうダメ…!!」
「…あかね殿…!!」
 躰が一気に墨染の空に舞い上がる。頼久の命を熱い躰に受け止めて、あかねは幸せの涙を流した  

 ふたりして息を整えながら、見つめ合う。
 あかねの髪には墨染の桜が絡みついていた。それを頼久が優しく取り去ってくれる。
「…お兄さんのことを想っていましたか?」
「…はい。どこにいても兄の事は思い出します。あなたのお陰で、もう優しい想い出になりました。だから…どこにも行きませんよ。あなたがいるから、私は今、こうして笑っていられるのですから」
「うん…」
 あかねはホッとしたように笑うと、頼久に抱き付いてキスをした。

   *

 先ほどよりもひとが増えた電車に、二人して乗り込む。朝陽が徐々に躍動感があるものになっていくのが解る。
 あかねは幸せすぎて、頼久に凭れながらうとうとと微睡んでいる。こんなに気持ちが良い微睡みは、いつも頼久と愛し合った後に訪れる。
「眠いですか?」
「うん…少し」
「じゃあ、眠って下さい。駅までは15分ほどしかありませんが、その間にゆっくりと眠って下さい」
 頼久の優しい気遣いに、あかねは甘えるように微笑んで深く瞼を下ろす。なんて気持ちが良いんだろうか。
「その後は、きっと眠る時間はありませんよ…。一緒に朝のお湯に浸かって、その後はあなたをまた包み込みたいですから…」
 あかねは遠くで聞こえる頼久の言葉に胸をときめかせながらも、深い眠りに落ちていく。
 いつか、子供が生まれたときに、親子でこの墨染に訪れよう。そして、三人で、遠い時空にいる頼久の兄が安らかでいられるように祈るのだ。
 それは遠い未来のことではあるまい。
 あかねは電車の中で夢を見ていた。墨染寺に訪れる夢を。
 頼久が子供を肩車をし、あかねと一緒に笑っている。
 咲いている墨染桜は、見事なほどに純白で美しい。
 あかねは頼久に起こされるまでずっと、素晴らしく幸福な夢を見ていた。口角を上げながら  



2005.5.29同人誌「桜時雨」再録



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