知盛&望美
心から愛するひとに誠実な愛を表わすには、一体、どうすれば良いのだろうか。 百万本の花を花束にでもすれば、その愛の深さを表現することが出来るのだろうか。 それとも花なんかでは、愛なんて表現することは出来ないのだろうか。 百万回の“愛している”を言えば、心から大切に思っていることが伝わるのだろうか。 百万回の“有り難う”を言えば、感謝していることが伝わるというのだろうか。 だが消えてしまうものに、自分の気持ちを託しても、本当は同じことなのかもしれない。 そんなことをぐるぐると堂々巡りのように考えてしまうのだ。 だが。 窓の外に広がる、百万本の花が全部自分だけにプレゼントをされたならば、こんなにもロマンティックで愛を感じられることはないかもしれない。 ずっと憧れていることだ。 ロマンティックには、やはり愛情が欠かせない。 ロマンティックなシーンはいつでも愛するひとと体験がしたい。 愛するひとが見せてくれるロマンティックは、それこそ百万本の薔薇の花束以上に価値のあるものだと思うから。 愛しているだとか、そんなことは全くと言って良いぐらいに言わない。 それが望美の大好きなひと。 いつも気持ちをはぐらかされてばかりいる。 一度で良いから、甘い時間を過ごしたい。 きっとそれは、百万回“愛している”と囁かれるよりも効果があるだろうから。 今日も知盛の所に出かける。 龍神の力というのはびっくりするぐらいに凄くて、知盛をきちんとエリートに仕上げた。 エリートと言っても、型のはまった会社勤めが出来るわけはなく、ベンチャーな仕事だった。 知盛に向いていたようで、今のところ会社は評判になっている。 忙しくてなかなか逢えないから、休みごとに望美は知盛の住むマンションに通っている。 そうでもしなければ一緒にいられないのではないかと、望美は思っていた。 デートもこちらから提案をして、きちんと予定を立ててから行っているのだ。 そこまでしないと、知盛とお洒落な場所でデートは実現しないのだ。 自分が楽しみたいならば、きちんと計画を立てた上で知盛を誘わなければ、後で楽しめなくなる恐れがあるのだ。 とはいえ、望美は知盛と一緒にいられたら、それだけで構わないところもあるのだが。 望美は、渡されているカードキーで鍵を開けて、知盛の家に入る。 「知盛、いる?」 「あー」 少し眠そうな声が聞こえて来るのはいつも通りだ。 リビングに入ると、やはりごろごろとしていた。 知盛は望美の姿を見つめた後、いつもよりもかなりスムーズに起き上がった。 いつものようにたらたらとしていなくて、逆に望美はびっくりしてしまった。 眠そうにはしているけれど、きちんと起きてはいる。 これには望美は驚いてしまった。 「今日は随分と目覚めが良いんだね」 「ああ。…行きたいところが…あるからな…」 「知盛に行きたいところがあるなんて、珍しいよね」 望美がびっくりしたように言うと、知盛はクールに望美を見つめただけだった。 「行くぞ」 「私も?」 「ああ」 知盛は、望美が一緒に行くのは、もう決まっていたとばかりの口調で言うと、さっさといってしまう。 「待ってよ、知盛」 望美は突然の展開に驚きながら、知盛の後を着いていった。 駐車場まで下りて、そこで知盛の愛車に乗り込む。 車は、知盛がこの世界で一番気に入っている乗り物だ。 今や、ゆうゆうとの乗ったいるのだ。 「何処に行くの?」 知盛は答えない。 いつものようにクールな表情をしている。 望美はほんのり俯いた。 「何処に行くなんて、知盛に訊いても答えてはくれないよね」 望美は苦笑いを浮かべながら呟く。 すると知盛は僅かに笑みを向けてきた。 「…ああ。所謂、幸せな秘密の場所だ」 「幸せな秘密?」 「来てみると…解る…?」 「ああ」 知盛はそれだけを言うと、それ以上は何も言わなかった。 どんな場所に連れていってくれるのか、とりあえずはおとなしくておこうと思い出す。 望美はそっと頷いた。 どれぐらい走っていたかは解らない。 ようやく、のどかな自然を感じられるようになってきた。 「…もうすぐだ…」 「はい」 ゆっくりと知盛の車が駐車場に入ってゆく。 この場所が何処ですら分からなかった。 「…着いたぞ…」 「う、うん」 望美は戸惑いを隠せないまま、車から降り立った。 知盛はいつもとは違って、さり気なく気を遣ってくれる。 これには驚いてしまった。 いつもは甘い態度なんてひとかけらもないのだが、今日に限ってはそれがある。 車から降り立った後、知盛は望美の手を握り締めてくれる。 こんなことは今までなかったことだから、驚かずにはいられなかった。 「ねえ、ここは何処なの?」 「…寺だ…」 「お寺!?」 これには流石に驚いてしまう。 お寺に知盛は似合わないような気がするから。 「どうしてお寺なの?」 望美が不思議そうに訊いても、知盛はただ手を引いてくれるだけだ。 「知盛」 望美はこれから何が起こるのか想像出来なくて、ただ着いて行くしかなかった。 「望美、こっちだ…」 知盛は古びた方丈の中に入ってゆく。 本当に重要文化財レベルの古さではないかと、望美は思わずにはいられなかった。 古びた建物特有の艶があり、とても静かだ。 ここにいるだけで、心が澄み渡ってくるのではないかと望美は思った。 暫くして、住職らしき男がやってきた。 「知盛さん、お待ちしておりました。こちらにお越し下さい」 「はい」 住職に導かれて、知盛とふたりで着いて行く。 「どうぞ」 「…有り難う…」 知盛は静かに言うと、中に入ってゆく。 「ごゆっくりどうぞ」 本堂にふたりきりになり、気持ちが引き締まる。 厳かな気持ちになり、望美は静かに知盛を見つめる。 知盛はちらりと望美を見つめた後、真直ぐ見つめる。 知盛の視線の先を辿れば、そこには美しい観音像が鎮座していた。 清らかで母性に溢れて、大きな愛が滲んでいる。 見つめているだけで、心が浄化されるような気分になった。 「…望美…。お前にとてもよく似ている…」 知盛は見つめながら、静かに咄々と呟いた。 「…知盛…」 見つめているだけで、泣きそうになるぐらいに清らかな観音像に似ていると言われて、望美は嬉しかった。 「…この像を見つけた時に…俺は…お前に見せたいと思った…」 噛み締めるように言われて、望美は胸がいっぱいになる。 切ないぐらい嬉しい言葉だ。 愛されている。 そう思わずにはいられなかった。 「…望美…お前は俺にとっては…心の拠り所であることを…忘れるな…。俺がここにいるのは…お前がここにいるからに過ぎない…。だから…これからも…ずっと俺のそばにいろ…。俺は仏を信じることはしないが…、お前のことならば…信じられる…。それだけだ…」 「…知盛…」 どんな沢山の愛の言葉を並べ立てられるよりも、望美の心にズシリと語りかける。 望美は泣きそうになりながら、知盛の手を握った。 「…ずっとそばにいるよ…。知盛が嫌だって逃げたしても追いかけて行くからね!」 「…ああ…」 知盛は苦笑いを浮かべながらも、望美に頷いてくれる。 ふたりはどちらからともなく唇を重ねる。 お互いに離れないように。 百万回のキスよりもずっとずっと価値のあるただ一度のキスを、ふたりは交わした。
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