吉羅&香穂子
心から愛するひとに誠実な愛を表わすには、一体、どうすれば良いのだろうか。 百万本の花を花束にでもすれば、その愛の深さを表現することが出来るのだろうか。 それとも花なんかでは、愛なんて表現することは出来ないのだろうか。 百万回の“愛している”を言えば、心から大切に思っていることが伝わるのだろうか。 百万回の“有り難う”を言えば、感謝していることが伝わるというのだろうか。 だが消えてしまうものに、自分の気持ちを託しても、本当は同じことなのかもしれない。 そんなことをぐるぐると堂々巡りのように考えてしまうのだ。 だが。 窓の外に広がる、百万本の花が全部自分だけにプレゼントをされたならば、こんなにもロマンティックで愛を感じられることはないかもしれない。 ずっと憧れていることだ。 ロマンティックには、やはり愛情が欠かせない。 ロマンティックなシーンはいつでも愛するひとと体験がしたい。 愛するひとが見せてくれるロマンティックは、それこそ百万本の薔薇の花束以上に価値のあるものだと思うから。 吉羅と一緒に暮らし始めたのは、お互いに忙しくて逢う時間の調整が上手くいかなくなってきたから。 一緒に暮らすようになってから、夜はいつでも一緒にいられるのが嬉しい。 甘えられるのが嬉しくて、つい笑顔になってしまう。 愛していると、態度で示してくれているが、言葉がない。 たまには愛しているという言葉が欲しいと思ってしまう。 それは贅沢なのだろうかと思ってしまう。 結婚を前提とした、将来のある同棲。 それは嬉しいが、愛の言葉がもっとあれば良いのに。 香穂子が目覚めて直ぐ横を見ると、吉羅がまだ眠っていた。 愛するひとが寝顔を見せてくれるということは、それだけ信用してくれているということだ。 一緒に眠るようになった初めは、吉羅は寝顔を見せてはくれなかった。 だが、今はこうして無防備な顔を見せてくれるのが嬉しかった。 きっと香穂子が無防備過ぎる姿を見せているからだろう。 香穂子は一足先にベッドから抜け出して、朝食を作る。 今日は吉羅の為に料理をしてあげたかった。 料理といっても茶粥を作るだけだ。 和歌山から茶粥用のお茶を取り寄せてまで、香穂子は茶粥を作っている。 これもひとえに愛するひとに“美味しい”と言われたいからだ。 茶粥を作りながら、サイドディッシュに、常備菜のヒジキの煮物や、鎌倉で買って来た漬物、そして温かな豆腐などを添える。 吉羅は病気で姉を亡くしたこともあるからか、健康管理には非常に厳しいのだ。 香穂子の仕事もフリーランスなところがあるため、きちんとした健康管理が必要だ。 お互いにそれが良い方向にいっているのだ。 香穂子が支度を終えた頃に、吉羅がダイニングにやってきた。 「…今日は随分と朝から張り切っているね」 「久しぶりに暁彦さんとお出かけをしますから、嬉しくて」 香穂子がほんのりと頬を赤らめながら明るく言うと、吉羅はフッと笑った。 「だったら君を楽しませなければならないね。重大だ」 吉羅は少しおどけるように言う。 こうしてラフな一面を見るまで、随分と時間が掛かった。 誰にも見せない一面を見せてくれた時は、本当に嬉しかったのを覚えている。 吉羅がここまで本質を見せるのは、自分だけだということを、香穂子はよく理解をしているつもりだ。 「私は暁彦さんと一緒だったら何処にいても何をしていても楽しめますよ」 本当のことだから香穂子はあっけらかんと言う。 本当に吉羅と一緒にいられたらそれだけで良いから、香穂子は出かけたいと言うわがままは言わない。というよりは、そんなものは出ないというのが本当の所だった。 食事を終えた後、後片付けや洗濯、掃除といった、日常生活で最低限必要なことをやる。 勿論、吉羅も積極的に手伝ってくれた。 これは本当に有り難かった。 お互いに同じように働いているからと、吉羅はいつも協力してくれているのだ。 お昼前になり、ふたりはいよいよ出かける。 車で向かったのは横浜方面だ。 日曜日にこうしてふたりきりでドライブをするのも悪くはないと香穂子は思う。 むしろご機嫌にすらなる。 常々、日曜日のお昼前というのは、ドライブに最適な時間帯の一つなのではないかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 隣に吉羅がいて、大好きな心地好いドライブをする。それだけで香穂子は最高に幸せだった。 車は一旦、吉羅が行きつけの花屋に止まり、そこでピンクとスカイブルーが麗しい、まるで天国の花園に咲き乱れるような薔薇で作られた花束を受け取る。 恐らくは吉羅の姉に捧げるものなのだろう。 いつもはカサブランカだが、今日は趣向を変えたのかもしれない。 「綺麗な薔薇の花ですね。こんな花束を貰えたら、踊ってしまいそうになりますよ。きっとお姉さんも喜ばれると思いますよ」 「そうか。それは良かった」 吉羅は何処かホッとしたように微笑むと、甘いまなざしで青空を見た。 「香穂子、ランチの前に寄りたい場所があるのだが、構わないかね?」 「はい、勿論ですよ。是非」 「有り難う」 吉羅は車を山手方向に走らせる。 学院の周辺は雰囲気の良い洋館が沢山並んでいて、まるで外国の高級住宅街のようだ。 ノスタルジックな横浜を滲ませているアンティークな雰囲気の館を見ると、ますますロマンティックな気分になった。 小さな頃はこんな館に、王子様と一緒に住みたいものだと思っていたけれども、それは今思えば子供らしい夢だ。 だが、満更でもないかもしれないと思いだしたのは、吉羅と出会ってからだ。 吉羅の車が静かに洋館前に停まる。 そのまま洋館の駐車スペースに車を入れた。 綺麗に整備がされた洋館は、香穂子が幼い頃に素敵だと思っていたところだった。 「ここは?」 「私の育ったところだよ。君に見せたくてね。今は誰も住んではいないが、いつでも住めるようになっているよ」 「へえ…」 「君には是非とも庭を見せたいと思う。こちらへ」 吉羅は香穂子の手をしっかりと握り締めて、庭へと出る。 庭は美しく整備がされていて、横浜の花でもある薔薇が特に美しく咲き誇っている。 先ほど、吉羅が花屋で受け取っていた薔薇と同じものが咲いている。 本当に美し過ぎて、香穂子はしばし見惚れてしまう。 庭の先には古くから横浜を見守る三塔、そしてその向こうには横浜の今を見守るみなとみらい地区が見える。 まるで横浜を見守っているような光景だ。 香穂子が感動をしながら景色に見入っていると、吉羅が先ほどの花束を香穂子に差し出した。 「君にこの景色をプレゼントしたい。君と一緒にずっとここで暮らしたいと思っている…。…結婚しないか…?」 吉羅は誠実でロマンティックにプロポーズをしてくれる。 香穂子は今にも泣きそうになりながら、深々と頷いた。 「有り難う…」 吉羅は何処かホッとしたような表情をしながら、香穂子を抱き締めた。 「この薔薇は君によく似ていると思ってね…。本当は…百万本の薔薇の花を君にプレゼントしたかったけれど…、それは流石に難しいからね。気持ちだけ受け取って欲しい」 「はい」 香穂子は百万本の薔薇の花よりも素晴らしいものを受け取ったと思う。 「有り難う。愛しているよ、これからも…」 「私もこれからも暁彦さんを愛しています」 ふたりは唇を重ねる。 百万回のキスよりも素晴らしいキスを。 |