〜天使の庭園〜

恋待草


 アリオスの事務所。初めて訪れるアリオスの城。
 アンジェリークは落ち着かない気分で、コンクリートが剥き出しになっている事務所周りを見つめる。
 お洒落な白いソファに腰掛けながらも、妙な緊張に焦っていた。
「クッ、蛇に睨まれたカエルみてえな顔してるな。落ち着きのねえ柴犬だな。おまえは」
「でもっ! き、緊張しちゃうんだもん。アリオスのプライベートスペースに入るのは初めてで、でもちゃんと建築家しているから安心したりなんかしたりして」
 アンジェリークは跳ねる心臓を何とか抑えようとしながら、早口が訳が解らないことをまくし立ててしまう。自分でも何が言いたいのか、全く持って意味が解らなかった。
「ここは俺のプライベートスペースと言うよりは、パブリックスペースに近いような気もするが、おまえは俺のプライベートスペースに行ってみたくねえか?」
 アリオスがソファの横に密着するかのように腰掛けて来たので、アンジェリークはドギマギする。その上、肩に手を回されてしまえば、 甘い緊張で躰を更に小さくさせた。
「プライベート?」
「俺のマンション」
 返事をする前に、アリオスに唇を奪われる。
 以前と違って刺激の強いキスに、アンジェリーク僅かに震えた。
 恐いわけではない。ときめいたりもしている。
 だが、怒涛の嵐のようにやってくる呼吸の総てを奪われる感覚に、少し馴れていなかっただけだ。
 アリオスのキスは深い。以前にも増してくらくらするほどだ。
 舌が口腔内に浸入し、アンジェリークから総ての感覚を奪っていく。
 カツサンドよりも何よりもおいしいと感じるキスは、アンジェリークを夢中にさせた。
 口の周りを唾液だらけにしながら、ようやく呼吸が許される。それでも暫くの間は、アリオスに支えて貰わなければならないほど、くらくらしていた。
「こんな顔は絶対に禁止だぜ」
 アリオスに顔のラインを撫でられて、アンジェリークはうっとりとする。もっと素敵な感覚に溺れたくて、アリオスを潤んだ眼差しで見つめた。
「その瞳がダメなんだよ」
「え!? あっ…!」
 準備など出来るはずもないまま、アリオスに押し倒されてしまう。アンジェリークは突然過ぎる展開に、戸惑いを隠すことが出来なかった。
「あ、アリオス!?」
 動こうにも動けないし、かと言って襲われているといった感覚も一切ない。
 ただただ大人の気分になったようでドキドキした。
 大好きな男性に押し倒されるというのは、こんなにもときめくものであるのかと、アンジェリークは初めて知った。
「あ、あの…」
 アリオスに視線で躰をくぎづけにされて、アンジェリークは動くことなんて出来ない。
 脳裏には「どうしよう」という感覚しかない。
「アンジェリーク、おまえにとって世界で一番甘くて美味いもんは何だよ?」
 アリオスが突然きいてくるものだから、アンジェリークは思い浮かぶことを必死になってかき集める。
「レオナードさんが作った…クレープシュゼット…、チョコアイス乗せ…」
「俺はおまえだ」
 アンジェリークは目を大きく見開いてアリオスを見上げる。
 またときめきゲージが音を立てて大きくなっていった。
「私は食べ物じゃないわ?」
「嘘つけ、すげえ甘くて美味いのにな」
 アリオスは艶の滲んだ笑みを浮かべた後、アンジェリークの唇を舌先で舐める。頬も舐められて、食べ物になった気分になる。甘い甘い食べ物に。
「美味いなおまえは。俺以外の男には、たとえ希望的観測であっても与えるんじゃねえぞ」
「希望的観測?」
「こういうことが出来るってことだ」
 アリオスはまたキスをしてくる。今度は深くて濃厚なものではなく、触れるようなキスの雨だ。
「だって、アリオス以外の男性にこんなことをされるのは、私だって嫌だもの…」
 喘ぎながら囁くと、アリオスはぎゅっと抱きしめてきてくれる。気持ちが良いアリオスの抱擁に、このまま溺れてみたくなった。
「アリオス…、好き…」
「ようやく、素直になってきたよな天使様はよ」
 アリオスの手の動きが余りにもさりげなく、スムースだったので、アンジェリークは直前まで何をされているのかが、全く解らなかった。
 アリオスの手の動きが活発になっていく。アンジェリークの躰からは、緩やかに力が抜かれようとしていた。
 アンジェリークの視界に、不意に素晴らしいものが映し出される。アンジェリークにとっては素晴らしいものだが、アリオスにとってはどうなのか。
 余りに素敵なものを発見したので、アンジェリークは思わず声を上げた。
「アリオス! カフェオランジュのガレットじゃない!」
 アンジェリークの夢中な声に、アリオスは一瞬ほうけた顔をする。次の瞬間、苦笑いをしたかと思ったら、大声で笑い出した。
「カフェオランジュのガレットが好きなのかよ?」
「大好きよ」
「だったら食えよ」
 アリオスは先程の艶めいた秘めやかな表情とは一転して、本当に楽しそうに笑っている。
 アリオスがどうして笑っているのかアンジェリークは解らないまま、目をパチクリした。
「食えよ」
 アリオスがアンジェリークの躰から離れてくれ、ガレットの箱を取りにいってくれる。
 躰をソファから起こそうとして、アンジェリークはようやく自分が置かれている状態に気付いた。
 制服が開け、下着が見え隠れしている。
 自分が色気よりも食い気を優先したことを、初めて気付いた。
 途端に真っ赤になり、アリオスがどうして苦笑したこともようやく解るような気がした。
 だが、この世で最高に美味しいものだと思って疑わない、カフェオランジュのガレットの魅力には、アンジェリークも降参だった。
「ほら、食えよ」
「有り難う!」
 アンジェリークは食べ物を見るなり、自分の制服が淫らに乱れていることも忘れて、受け取った。
ばくつくとやはり美味しくて、恵比須顔が溢れる。
「アリオス、美味しい!」
「そいつは良かったな」
 アリオスの顔を見ると胸の奥がドキリとする。銀色の髪をかきあげ煙草を口にする姿は、大人のセクシィな男そのものだった。
 艶やかで素敵過ぎて、もごもごと口を動かす間も、視線を奪われてしまう。
「俺がガレットごときに負けるなんてな」
「え?」
「味見だ」
 アリオスは顔を近付けると、アンジェリークの唇を舐める。
 親密さと淫らさの中間の感覚に、アンジェリークは頬を染めて俯いた。
「甘いな」
「美味しい?」
「ああ、最高に美味いが…、もっと美味いもんを俺は識っているぜ?」
 アリオスの艶と憎らしさが混在した甘やかな笑みに、胸はゴム鞠のように跳ねた。
「あ、どんな美味しいもの? ア、アリオスが美味しいっていうものなら、食べてみたい…」
「食べてみたい? それは出来ねえな」
 アリオスは、二枚目がしっかりと握られているガレットを、アンジェリークの手から取り上げると、抱きしめて来た。
「共食いになるから、おまえは食えねえよ」
「あ…」
 アリオスはアンジェリークの顔にキスをした後、制服が開けたままの胸元まで、吸い寄せられていく。
「アリオス…」
「ついでに今日のおしおきもして置かなければならねえからな」
 アリオスの唇が胸元を捕らえてくる。下着とギリギリのラインで、思い切り吸い上げられた。
「やっ…!」
 肌が震えて、声が必要以上に艶を帯びる。
 耳たぶから爪先まで熱くなり、アンジェリークは呼吸を乱した。
「おしおき終わりだ」
 肌から唇を離したアリオスと視線が絡む。
 深みのある底知れないアリオスの眼差しは、躰の奥深くに熱を産んだ。
「早く服を直せ。そんなぼんやりとした可愛い顔してると、食っちまうぞ」
 むにむにとアリオスに頬を抓られて、アンジェリークは唇を尖らせる。からかわれた分、熱がどこかに霧散したような気がした。
 指先が震えて、上手く力が入らない。アンジェリークはもたつきながら、制服の乱れを整えた。
「おまえを食うのはもっと美味いもんを食わせて太らせてからだな」
 アリオスはニヤリと意味深な笑みを浮かべると、アンジェリークに手を差し延べてくれる。
「マジで、俺以外の男の前で、さっきみてえな格好をしたり、表情をしたりするなよ」
「アリオスの前だといいの?」
「俺は特別」
 アリオスはさらりと言ってのけると、アンジェリークの唇にまたキスを仕掛けてくる。甘い誘惑に、アンジェリークは溶けてしまいそうになる。
「行くぜ、飯を奢ってやるからな。とびきりに美味いものをな」
「カフェオランジュのガレットよりも?」
「そうだ。それもやるから持っていけ」
「有り難う!」
 アンジェリークはしっかりとガレットが入った箱を持ち、アリオスに手を引かれて事務所を後にする。
「ねえ、アリオス」
「何だよ?」
「アリオスのキスは、カフェオランジュのガレットよりも美味しいよ?」
 アンジェリークは頬を染めながら笑うと、アリオスの頬にガレットより甘いキスをした。
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アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。





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