ホットチョコレートの入れ方には秘訣があります。 ゆっくりしっかりと練り上げて、焼いたマシュマロを小粋に浮かべて。 そうそう、愛情もたっぷり入れなければなりません。 今日は珍しく、アリオスはカウンター席のスツールに腰掛けていた。 「あいつはな、ホットチョコレートが好きみてえなんだよ。レオナード、とっときのホットチョコレートを、今度入れてやってくれねえか?」 「いかにも大食い娘が好きそうなものだなァ。それを口説くツールにするの?」 レオナードはからかうようなウィンクをしながら、普段はクールなアリオスをじっと見つめている。 「あいつが好きなもんは、飲ませてやりてえんだよ」 アリオスはいかにも照れ臭そうに言うと、灰皿に煙草の灰を落とした。 「美味いチョコレートね。素材とかにこだわれば、うちなら美味いもんを作れそうだけれどな」 「外のツリーの点灯式があんだろ、あれの時に飲ましてやれたら、あいつも喜ぶと思ってな。で、点灯式はいつやるんだよ」 「決めてねえ、んなもん」 レオナードはきっぱりと言いきった。余りに堂々といいかげんさを披露するものだから、アリオスは思わず笑ってしまっていた。 「おまえらしいや」 「お褒めに預かって光栄ですわ」 レオナードはニシシと歯を見せて笑いながら、カウンターに肘をかける。 「なあ、大食い娘はボケてるから、落とすのは大変だろ?」 「ほっとけ」 「クールで女なんてうじゃうじゃあっちから寄ってくるおまえが、こんなにストレートに口説いても、気付かねェなんてな。ありゃあ、国宝級だぜ!?」 「まあな」 レオナードの言葉は全く的を得ていて、その通りだと苦笑せざるをえなかった。 「コーヒーを専門にしてるうちでは出したことのねェしろもんだが、点灯式に限って出しちまうかなァ。大サービスでよ」 「あいつも喜ぶ」 アリオスは一息置くと、ちらりとレオナードを見た。 「おさげの元気娘にも出してやれば? きっと喜ぶんじゃねえの? ああいうの好きそうだしな」 今まで散々からかわれてきたのがしゃくに障ったのか、アリオスはレオナードにストレートなカウンターアタックをかましてくる。 これにはレオナードも参ってしまった。 「女は、こういったイベントの貴重な限定ものは、大好きだからな」 アリオスは女の生態など知り尽くしている風に言う。確かに一理あるだろう。 「そうだなァ、常連だけに告知をするかァ、点灯式を。そこでちょっとした飲み物とか、食い物とか出してよ」 「いいんじゃねえの?」 アリオスはグラスに入っているストレートのブランディを一気に煽った。 「その日はバーは休んで、楽しい会にすればいいさ。ただし、いらねえ派手目の女は連れて来るんじゃねえぞ!? アンジェリークは もとより、おまえの大事なおさげが心配するからな」 「けっ! 何を言っているんだか!」 レオナードは、空になったアリオスのグラスを下げて、違うグラスに今度はスプリッツァーを注いで出す。 「レオナードの下心丸出しの点灯式だな」 「それはおまえだろうが!」 ブツブツと言いながら、レオナードは自分の想いを必死になって認めたくないようだった。 はたから見れば、誰にだってレオナードが誰が好きかがばれているというのに。 「たまにはよく働くおさげにも楽しい想いをさせてやれよ。いじらしくなるぐれえだからな」 レオナードは答えない。だが、薄暗い証明の中で、頬をほんのり赤らめたのが答えのようだった。 「おい、俺もひとつ閃いたぜェ? 大食い娘に気付かせる方法?」 「何だ?」 アリオスの表情が、興味深そうに輝く。躰すらもカウンターから乗り出してしまう。 いつもクールなアリオスがどれぐらいアンジェリークを欲しているかが解り、レオナードは僅かに口角を上げた。 「知りたいかよ?」 「別に」 煙草を片手に、アリオスはわざとクールに呟いているようだ。 「知りてえんだろ? その顔を見れば解るわなァ」 レオナードは今度は自分が上手に出ているせいか、余裕綽々の顔をする。 憎たらしいとアリオスは思った。 「簡単だぜえ。大食い娘だけに特別、おまえがチョコレートを練って飲ませてやるんだよ。なんか特別な感じがしねえか?」 「確かにな」 男がそこまでするのは、アリオスにとっては些か抵抗はある。だが、レオナードの言った通りにすれば、流石のアンジェリークも、自分が大切な存在であることに気付くだろう。 「しかたねえな。ちょっとやってみるかな。おまえもやってやれよ? あのおさげにな」 アリオスは、レオナードお得意のウィンクを真似て、ニシシと笑った。仕返しだ。 「労ってやれよ」 「解っている!」 アリオスのボディブローが見事に堪えたのか、レオナードは顔をしかめる。 「あいつも、喜んでくれるだろうしな…」 しみじみと言うと、レオナードは頷く。 「じゃあオッサンふたりで、チョコレートを入れる練習をしようぜェ」 「オッサンは余分だ」 「何でェ、17の女子高生からしたら、俺達は立派なオッサンだぜェ! まァ、おまえは俺よりもいっこも年上だから、よりオッサンだけれどなァ!」 「ったく、たったひとつぐれえで何を言いやがる」 アリオスは不機嫌そうに言い、いつも通りのクールな眼差しで、レオナードを睨みつけた。 「まあ、そんなに起こるなや。バー時間にふたりで練習をすればいいわ」 「ああ」 アリオスはちらりと時計を見る。自宅マンションから近場とはいえ、結構良い時間になってしまった。 「俺、帰るわ」 「ひょー! アリオスさんはいつからシンデレラになったァ!」 時間は12時の少し前。真にシンデレラタイムだ。 「俺もおまえも、好きな女の前では、シンデレラみてえなもんだろ?」 アリオスはスツールから立ち上がると、カウンターに代金を置く。 「またな」 「飲酒運転に気をつけろよ!」 「チャリだから平気だ」 アリオスは涼しい顔で堂々と言う。 このスタイリッシュとも言える男の交通手段が自転車だとは。レオナードはアンバランスさに頭を抱えた。 「俺様自慢のクラシックカーで送ってやろうか?」 「いい。おまえの運転は、悪くなるぐれえに荒っぽいからな。乗りたくねえよ」 アリオスはレオナードに一瞥を投げると、店を後にした。 いつもの時間に、アンジェリークがお腹を空かせてやってきた。 横にはアリオスがいる。 「そこでアリオスに逢ったから一緒に来たの!」 アンジェリークは屈託なく言ったが、そこにいる誰もが『わざと』だと解っていた。 ふたりはごく自然に、いつもの席に着く。 注文はいつものように、カツサンドとカフェオレだ。アリオスはカフオレが、コーヒーに代わった。 「おう、腹減り娘、庭のモミの木に明かりを付ける、ツリーの点灯式を今年は、常連を呼んでやるんだが、おまえらも来いよ」 レオナードは注文を取った後に、夢見る夢子なアンジェリークに、とてもロマンティックな提案を行った。 「凄くステキです〜! アリオスも来るよね?」 「ああ」 アリオスはわざと素っ気ない返事をした。 「えっと…、あと、美味しいものはいっぱい出ますか!!」 アンジェリークは切羽詰まったような声で、一生懸命言う。そこには、とっておきの料理への期待感が満ち溢れていた。 「ああ。それはもう、とっときだぜェ!」 レオナードはアリオスに合図をするかのように、ウィンクを小意気に投げ掛ける。 「わあい! 凄く嬉しいなあ!」 アンジェリークはにんまりと瞳に笑みを浮かべて、輝かせている。 「オーナー、それって従業員も参加はオッケーですか?」 「エンジュちゃあん、ウェルカムだぜェ」 「ホントに!?」 「いっぱい働いて貰うからなァ」 途端に、エンジュの顔が恵比須顔から、がっかりとした顔になる。 「とっときのをおまえにはやるよ」 レオナードが勿体振った口調で言うと、エンジュはコクリと艶やかに頷いた。 「楽しみにしておきます」 「点灯式の日は、俺様がおまえをお車で送ってやるよ」 「有り難うございます!」 アリオスはちらりと意味深にレオナードを見る。 「エンジュ、酔い止めを忘れずに飲んでおくんだぜ?」 「酔い止め?」 「やかましいわい! アリオスっ!」 レオナードはすっかり不機嫌顔になってしまい、エンジュはオロオロするばかりだった。 「テメエは大食い娘をチャリで送ったらいいんだ!」 「言われなくてもそうするぜ? 初冬のチャリデートはロマンティックだからな」 アリオスは余裕で笑いながら、アンジェリークの手を握った。 「楽しみよ、アリオス」 アリオスはフフンと鼻で笑い、レオナードに挑戦的な視線を向ける。 「エンジュ、俺様が最高の夜を演出してやるから、楽しみになァ!」 大人げなくもふたりの間に火花が散る。 ふたりがそれぞれの想い人に素晴らしいひとときを提供出来るかは、ジーザスクライストも知らないこと。 男たちの少年らしい恋の花は、開くことを待ち構えている。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。 |