〜天使の庭園〜

自転車と自動車に乗って


 悪魔のケーキと天使のケーキ。
 食いしん坊アンジェリークには、余り関係ない。
 美味しければ、何でも!
 アンジェリークは皿にいっぱいにケーキを置いて、一生懸命頬張る。
「アリオス、美味しいねえ。有り難う」
「ああ」
 アンジェリークが幸せそうに食べているのを見るだけで、アリオスも幸せ。
 全く、アンジェリークには不思議な効果がある。
「これ食べたら着替えてくるね! カツサンドはお腹いっぱい治めたいからね!」
「はい、はい。お姫様」
 先ずはお祝いのケーキをたらふく食べた後、アンジェリークはこっそりと着替えにいった。
 入れ代わりに、フランシスが戻ってくる。
 その姿を見つけるなり、エンジュは申し訳ない想いで、フランシスに駆け寄った。後ろにきっかりとレオナードが着いている。
「フランシスさん、大丈夫ですか!?」
「ああ…、レディ、大丈夫ですよ? あなたの笑顔が見られるだけで充分」
 にっこりといつものように微笑みをくれるフランシスに、ホッと胸を撫で下ろして、エンジュはケーキと紅茶を渡した。
「点灯式のお祝いに、アリオスさんとレオナードさんが作ったんです」
「天使のケーキと悪魔のケーキですね。これは相応しいような気がしますよ。男性方が悪魔、レディたちが天使といったところでしょうか…」
「うるせえ」
 レオナードは眉間に思い切りシワを寄せると、嫌なら食うなぐらいの視線を送っている。
「ケーキを食べて、ゆっくりなさって下さいね」
「はい、有り難き幸せです、レディ」
 手を取られてキスをされる。
 ジェントルマンのレディへの儀礼。
 だが、後ろに門番のように着いているレオナードは、すっかりジェラシーの塊とかしていた。
「エンジュ! こっち来い!」
 キスをされた手を、レオナードは強引に掴んで、引きずっていく。
「またね、フランシスさんっ!」
「ご無事で! レディ!!」
 フランシスの見送りにも、エンジュは引き攣った顔を浮かべることしか出来なかった。
 先ほど、アリオスとアンジェリークが逢い引きをしていた場所に連れていかれ、エンジュは切ない表情を浮かべた。
「レオナードさん、どうされたんですか!? 折角フランシスさんとお話をしていたのに…」
「あんなヤツと話さなくてもいい」
 レオナードの声は、不機嫌窮まりないところまで、低く深くなっている。
「大切な常連の方です」
「あいつが常連でなくても、うちの店は流行っている」
 レオナードは淡々と呟き、エンジュの手の甲を撫でた。
 胸のときめきが熱になって全身に走り、エンジュは桃色の息をはく。
「俺が消毒してやる」
「レオナード…さん」
 レオナードは突然エンジュに対してひざまづくと、手の甲に痕がつくほどにキスをする。
「あ、レオナードさんっ!」
 こんなことは初めてで、エンジュは立っていられないぐらいの衝動を感じた。
「いいか、エンジュ。少なくても俺の前では、あいつに触れさせるな。不可抗力かもしれねェが、許してやれるほど、俺の器は大きくねえんだよ」
 レオナードはどこか照れ臭さと焦りが入り混じった声で、エンジュに牽制をしてくる。
 いつもと違って情熱的なレオナードに、エンジュはときめきを覚えた。
 レオナードは立ち上がると、エンジュの躰を抱きしめる。アンジェリークのように華奢ではないけれど、がっしりとしたレオナードに抱きしめられると、それらしくなるから不思議だ。
「いいか。ちゃんと守るんだぜェ」
「はい」
「よし、良いお返事」
 レオナードは笑うと、頬にキスをくれた。
 もっとロマンティックなキスを貰えたら良かったのに。
 エンジュは少しばかりがっかりしたが、それでも幸せだった。

 賑やかな会場にレオナードとふたりして戻ると、仲間たちがレオナードが事前に作った料理を、並べてくれていた。
「おまえも俺様のことが言えねえな」
 アリオスは、先ほどの仕返しとばかりに、レオナードに絡んできた。
 レオナードは明らかにムッとした顔をアリオスに向けたが、全く何も言えない立場だ。
「ワーイ! お料理いっぱい幸せ!」
 沢山の皿を抱えたアンジェリークが、今や遅しと待ち構えている。
「俺様にちょっかいを出す暇があったら、大食い娘の世話をきちんとしてやれっての」
「言われなくてもやるぜ」
 アリオスは直ぐにアンジェリークの側に行き、小まめに面倒を見る。
「カツサンドの早食い競争とか大食い競争とかもやってみたいわよね、アリオス! で、景品はカツサンドなのよ」
「おまえに勝てるやつはいねえと思うけれどな…」
 アリオスは苦笑いをしながら、キッパリと言い切った。
 既にアンジェリークの皿の上には大量の料理が乗っている。
 これらを全部、存分に食べるかと思うと、ある意味、それを見るだけでも価値があると思った。
 天使の庭園特製のカツサンドをメインにした料理。
 それをアンジェリークはがつがつと食べていく。
 酒を愉しみながら、アリオスは幸せそうに、アンジェリークの大食いぶりを眺めている。
「アリオス、お酒ばっかり飲んでいたら、躰を壊すよ。アンジェのごはんいっぱいあるから、食べてね」
「ああ。サンキュ。だが、おまえの食いっぷりが一番の酒の肴になるからな。それで充分だ」
「美味しいのに…。それにアンジェは、アリオスの躰を心配しているのよ。だから…」
 アンジェリークはアリオスの酒量に閉口しながら、いかにも心配そうな顔をする。それがまた愛らしい。
「心配すんな。悪酔いしているわけじゃねえから、大丈夫だぜ。レオナードじゃああるめえしな」
 本当に良い酒だと思う。
 その証拠に、いつもよりも酒量が少ないぐらいなのだ。
「だったら良いけれど、余り飲み過ぎも良くないからね」
「ああ、解っている」
 アリオスは、拗ねるように心配をするアンジェリークの栗色の髪を、くしゃりと撫で付ける。
 その顔が本当に可愛くて、何時までも飽きないような気がした。

 本当に楽しい点灯式だった。
 これほど充実したものもない。だが、女子高生たちもいるので、午後10時にはお開きとなった。
「エンジュ、今日は俺様が送ってやる」
 些か不遜だが、それでもエンジュは嬉しかった。
「はい。レオナードさんご自慢のクラシックカーですよね!」
「そうだぜェ。おまえを家まで愉しませてやるよ」
 レオナードの後ろについて、エンジュはゆっくりと歩く。
 店の端に停めてある、ヴィンテージもののクラシックカーのキーをレオナードが開けている間、エンジュは車の様子をとっくりと見つめた。
 予想していたが、マフラーが取られて、改造されている。
「レオナードさん、どうしてマフラーが外されているんですか?」
「アァン? そりゃあ、排気ガスの香りが好きだからさァ」
 レオナードはまるで子供のような表情をしながら、自分の愛車を撫でている。
 本当に車が好きなのだと、エンジュは感じた。
「私もガスストーブの匂いは好きですよ。冬の匂いみたいな感じで」
「オッ、エンジュちゃんも同類かァ! 確かにあれも良い匂いだ」
「一酸化炭素中毒になりそうですけれどね」
「だなァ。たまらねェ!」
 レオナードは本当に想像して楽しいといった声を上げている。
「さァ、乗ってくれ!」
「はあいっ!」
 どっかりと乗ると、中も乗りやすく改造されている。
 恐らくレオナードが長身の為に、乗りやすくしているのだろう。
「エンジンをかける瞬間が一番好きだぜェ!」
 マフラーがないせいで、少し近所迷惑だと感じながらも、エンジュは緩やかに揺られた。
「乗り心地良いものですね」
「だろ?」
「今日は凄く嬉しい日です。楽しい点灯式に、こうしてレオナードさんに送って貰えて。今日は最高の日になりそうです」
「そいつは良かった」
 沢山話したいことがあるのに、ふたりきりになると、妙に構えてしまう。いつもの癖だ。
 お尻が何故かむずむずする。
 大好きだから、ふたりきりになると、何て言っていいのかが、解らない。
 星の瞬きのような沈黙と、エンジンの不思議な香りがふたりを包み込む。
「この席はとっときの席だからな。おまえだから特別」
 とっておき。
 その言葉が、エンジュの心が、恋の色に染め上げる。
「それって、…期待して、いいってことですか?」
 エンジュは小さくなりながら、頬を赤らめ、一息で言った。
「期待していいって言ったら?」
 ブレーキの音と共に、エンジュの心が射抜かれる。恋の矢は、深く突き刺さっていた。
「期待して、いいって言ったら?」
「え?」
 いつものふざけたトーンとは、明らかに違っていた。エンジュはときめきが爆発するのを聴いたような気すらする。
 レオナードの唇がエンジュの唇に近付いていく。
 触れ合った瞬間、桃色の幸せが溢れかえっていた。
 唇が触れ合った僅かな時間に、永遠が閉じ込められたような気がする。
「バイト…辞めるなよ?」
 小さく囁かれた声に、エンジュはただ一度だけ頷いた。

 はてさて、カップルのもう一組、アリオスとアンジェリークは、自転車でお帰り。
 アリオスが酒を飲んでいるからという理由だ。
「しっかりとつかまっていろよ!」
「はあい」
 透明で青く冷たい空気の中で、アリオスの自転車の荷台に乗る。アンジェリークは、アリオスの背中にしっかりと躰を密着させて、その温もりを沢山貰う。
「こういった日は、空を見るといいんだよ」
「そうね、かなり星が近い気がするもの」
「だろ?」
 キコキコと自転車でゆっくりと移動するのも、また、悪くない。
「アリオス! オリオン座が見えるよ!」
「今日は空気が澄んでいるからなあ」
 アリオスと同じ空を見られることが、とてもロマンティック。
 アンジェリークはこういった、自転車の二人乗りも悪くはないと感じる。
 恋にとっては何よりもの栄養になる、ロマンスが沢山入っていたから。
 アリオスに抱き着くと、不意に自転車のブレーキがかかった。
「アリオス?」
「星を見た記念」
 アリオスは振り向くと、手早くアンジェリークの唇を奪う。
 目を閉じれば、点灯式の明かりとお月様が思い浮かぶ。
アンジェリークはふっと優しい笑顔を浮かべた。

 きっとクリスマスは、もっと素敵な瞬間になる…。
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。
次はクリスマスです。





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