〜天使の庭園〜

美味しいコーヒーの魔法


 温かな飲み物は、時にひとを幸せにしてくれる。
 特に冬に飲む極上のコーヒーは、どんなに気分が沈んでいようとも、前向きにしてくれる。
 不思議な魔法があるというのが、『天使の庭園』オーナーレオナードの主張。

「わ〜ん! 寒いよォ!」
 派手な涙声で、重い扉を開けたのはアンジェリーク。
 すっかり、カフェバー『天使の庭園』の常連になってしまった大食い娘。
 ことのほか、寒さは弱いらしい。
 寒いと言うだけで、もう涙を大きい瞳に滲ませている。
「よ、真っ赤な鼻してどうしたんだよ?」
 スツールに腰掛けて、アンジェリークを迎えるのは、アリオス。
 この近くに設計事務所を開いており、息抜きがてらにここにやってくる。
 最近の目当ては、この栗色の髪をした大食い娘。
 彼女と会う為に、いつもこうして定時に来ている。仕事がかなり忙しい彼にとっては、この時間ですら貴重だろうが、そこは元来のクールで手際よい仕事ぶりで、何とかクリアーしているようだった。
「…だって、寒かったんだもん…」
 アンジェリークはアリオスに甘えるように言うと、しょんぼりと下を向く。それがどこか犬っころのようだ。
「おら、手を出してみろよ」
「手?」
「ああ」
 おずおずと恥ずかしがりながら、アンジェリークは手を出した。
 それをアリオスの手が包み込み、ポケットの中に突っ込んでしまう。
「あったかあい…」
「だろう?」
 涙顔のアンジェリークはみるみるうちに、愛らしい明るい笑顔に変わっていく。まるでスコールの後の晴れ間のように。
 隣り通しのスツールに仲良く座って、ふたりはぬくぬくとしている。
 実際、ふたりが恋人同志であるかというのは、レオナードには些かまだ解らない。
 デートをしているのかと言えば、そうでもなさそうだし、かといって全くしていないわけでもない。
 不思議すぎるふたりだ。
 おそらく、この『天使の庭園』で逢うのが、ふたりにとっては、今のデートの総てかもしれない。
 程良くほっこりして、アリオスがアンジェリークを送っていくだけの関係のようだ----今は。
 暖房が効いている店が、余計に熱くなりそうだ。 
「熱いなあ」
「え? 暑くないですよ、オーナー」
 元気者のアルバイト店員であるエンジュが、空調の温度と自分の体感温度でしっかりと確認する。
「バカ、見てみ・ あれ」
 レオナードが顎でアンジェリークたちを指すと、エンジュはふたりを見て、頷いた。
「なるほど」
「あのふたりってよお、不思議だよなァ。付き合っているように見えたり、付き合っていねえように見える。ホントのとこ、付き合っているのかァ?」
 レオナードは興味があったので、エンジュにストレートに訊いてみる。中途半端にラブラブなふたりがもどかしい。もっと積極的になればいいのにとすら思ってしまう。
「う〜ん。それが、アンジェにも良く判らないって」
 エンジュも不思議ですよねえと、首を傾げて笑った。
「おい、レオナード」
 アンジェリークの手をポケットに入れて温めたまま、アリオスが声を掛けてきた。
 あんなにクールな男で、ありとあらゆる女を冷たくあしらってきたというのに、この変貌ぶりはどうしたことかと思う。
 横にいる、栗色大食い娘に今やすっかり骨抜きだ。
 こんなこと、今の今まで全くなかったことだ。
「こいつに温かいもんを淹れてくれ。後、俺もコーヒーお代わり」
「こっちに来てやれ屋。俺様は煙草休憩」
「ちっ」
 アリオスは舌打ちをした後、仕方がないとばかりに、のろのろとカウンターの中に入る。
「アンジェ、おまえはカフェオレで良かったよな?」
「うん! コーヒー牛乳ぐらいに甘いやつ〜」
「お子様だな」
「お子様でいいですよ〜だ」
 アンジェリークがぷっとむくれた後、舌を出す。
 それをおもしろがっているアリオスは、完全に骨抜きだ。
 レオナードはカウンターから少し離れたところに立って煙草を吸いながら、微笑ましそうに笑みを漏らす。
 アリオスは、勝手知ったる冷蔵庫からミルクを取り出すと、たっぷりと鍋の中に入れて温めた。
 それをアンジェリークがほわほわとした幸せ顔で見つめている。
 アリオスは元来器用なせいか、手早くアンジェリークの為にカフェオレ----本当はコーヒー牛乳のようなシロモノ----を淹れ、自分にはお代わりのコーヒーを淹れた。
「どうぞ」
「有り難う!」
 アンジェリークは煌めく笑顔と一緒に、カフェオレもどきに口づける。
 その幸せそうな顔ったらない。
 その顔を見ているアリオスも幸せそうに笑っている。
 気難しいヤツには信じられないぐらいの極上の笑顔だ。
 恋人たちの温もりは、周りの風景をより素敵に、輝かしいものにしてくれた-----


 午後8時過ぎ、本日の業務は終了し、レオナードは肩をくきくきとする。
「あ〜、疲れた」
「そうですねえ。今日はカツサンドのオーダーが多くて」
  エンジュも疲れたとばかりに、思い切り伸びをしていた。
「ちょっと一服するかァ」
「そうですね」
 エンジュがカウンターの中に入ろうとしてので、レオナードは止めた。
「今日は良い。俺様がやってやる」
「いいんですか?」
「あァ、男に二言なんてねェよ。おら、とっととスツールに座った、座った」
 レオナードはエンジュをスツールに追い立てると、水からカウンターに入り、とっておきのコーヒーを淹れる。
 こうしたかったのは、今日、アリオスの幸せな顔を見たから。アンジェリークの恋する少女の眼差しを見たから。
 ふたりの幸せな姿を見ていると、自分もその瞬間を味わいたくなる。エンジュにアンジェリークのようなときめく瞳になって欲しくなる。
 カウンター越しに見えるエンジュのルビーな瞳は、文句なく美しく輝いていた。
 愛らしいと言っても良い。
 正直の所、今日見たアンジェリークの瞳よりも、レオナードには魅力的に見えた。
 それは恋する欲目であることを、ちゃんと知っているけれども。
 きっとアリオスなら、アンジェリークのほうが輝いて綺麗だと言うだろう。
 恋は、女の子を綺麗にする。
 一対の羽根が付いた天使に見せてくれる。
「エンジュ、おまえはストレートか? それともカフェオレか?」
「今日はカフェオレの気分です。あ、ただし、アンジェみたいにコーヒー牛乳まではミルクはいらないです」
「オーライ」
 レオナードは流石に馴れた手つきでカフェオレを入れ、エンジュに差し出した。
「おら、カフェオレ」
「有り難うございます!」
 エンジュが幸せそうに受け取ってくれたのが、何よりも嬉しい。
 レオナードは、自分専用のマグカップにコーヒーをなみなみと注いで淹れると、エンジュの隣のスツールに腰掛けた。
 こうして、ふたりだけで温かな者を飲むと、身も心もほっこりとしてくる。
 そして、何も足らないものがない最高の空間のように感じた。
 これぞ幸せ。花丸を上げてもいいぐらいだ。
「幸せ〜」
 エンジュがくすりと笑うのがとても可愛くて、レオナードは自分の腕の中に強引に招き入れる。
 スツールががたんと揺れた。
「あ…」
「こうやってたらすげェ幸せ」
「そうね…」
 エンジュは照れながら笑うと、カフェオレを飲む。
「美味しい! 幸せ〜」
「じゃあ、このままもう少し幸せを続行しようぜ」
「うん」
 エンジュはポツリと頷いて、レオナードの躰に凭れた。
 レオナードはたっぷりと息を吸い込むと、とっておきの甘い声を吐き出す。
「おい、今度はおまえがコーヒーを淹れてくれねェ?」 
 たっらひとことの為に-----
  
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。
クリスマスの前哨戦の甘いお話。





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