さーいれんなあいっ、ほおりーないっ。わわわわー。 脳天気な歌が、『天使の庭園』に響き渡る。歌っているのは、ツリーの前に陣取るアンジェリーク。アリオスはその横にいて、同じように腰を屈めて見つめていた。 今、アンジェリークがしているのは、店内のクリスマスツリーのオーナメントをひとつずつ眺めている。その顔をアリオスが眺めていた。 レオナードはわざとらしく顔をしかめながら、カツサンド用のトンカツを揚げている。 「なァ、アリオスさんよ、うちにはスラバしいクリスマスBGMがかかっているんだよ。わわわわーはねェぜ。その豆タヌキのジュークボックスを何とかしてくれやァ」 豆タヌキのジュークボックス。これには横で洗いものをしていたエンジュも思わず吹き出してしまっていた。 「いいじゃねえか。ご機嫌さんで歌っているんだからよ」 アリオスは、アンジェリークのクリスマスキャロルを止めるどころか、じっくりと聞く体制を整えてしまっている。 クールなアリオスには考えられなかった変化に、レオナードは眉を皮肉げに上げた。 「恋は、クールな狼を、あかずきんちゃんの前では、デレデレに変えちまうんだなァ」 「ほっとけ」 アリオスはレオナードを鋭くブリザードのように睨みつけると、飽きもせずにアンジェリークの横顔を見つめていた。 「アリオスさん、このモールで出来たサンタさん、すごおく可愛い!」 アンジェリークははしゃいだ声を上げながら、いかにも楽しげにしている。 「ああ、可愛い、可愛い」 感情なくほぼ棒読みで、アリオスはアンジェリークに答える。心なんか、全く入っていないのは、誰が聞いても明らかだ。 「アリオス、ちゃんと可愛いって思っている?」 「んなモールで出来たもんより、劇的に可愛いもんがあるだろうが」 「何? そんな可愛いオーナメントはどこ?」 アンジェリークはわさわさと人工的なモミの木を揺らして、オーナメントを一生懸命探す。そんなものは見逃す訳にはいかないとばかりに。 「すげえ大きいから、解ると思うぜ?」 「えー! あっ! 解った! このケーキのオーナメントだ! これねえ、とっても美味しそうなバニラの香りがするの!」 アンジェリークは早速ケーキ型のオーナメントを匂って、幸せそうな顔をしていた。 確かに可愛い。 「豆タヌキのオーナメントとして、おまえがツリーを彩ったらどうだ?」 「へ?」 アンジェリークはきょとんとして、何を言われているのか、全く解ってはいない様子だった。 「おら、カツサンドふたつ、ミックスジュース、ブレンド上がり!」 レオナードがカウンターに無造作に置いてくれた後、アンジェリークはツリーから離れて、そそくさとスツールに腰掛けた。 「おまえは色気よりも、食い気だよな…」 「可愛いロマンティックには、また浸れるからいいんだもん。食べ頃は待ってはくれません」 「ったく…」 アリオスは苦笑すると、アンジェリークの横に腰をかけた。 「食ったらふたりでとっとと行けよ」 レオナードはまたカツを揚げながら、平然と宣った。 「何で?」 「うちは格調高いカフェですから、同伴喫茶紛いは禁止だ」 レオナードはトレードマークであるニシシと歯を見せる笑みを浮かべる。 「雰囲気が格調高くても、オーナーがこれじゃ、格調もがた落ち」 「客層が悪いからなァ、うちは」 レオナードも負けずにアリオスに応戦したが、どこか微笑ましい雰囲気が醸し出されていた。 エンジュもアンジェリークも楽しげにふたりを見て、談笑している。 「きゃあ!」 ふと、レオナードの横にいたエンジュが、奇妙な悲鳴を上げて、お尻をもぞもぞとさせている。 真っ赤になりながらレオナードを睨み付けたので、エンジュが何をされたか、誰の目にも明白だった。 「とっとと食ったら、豆タヌキ連れてとっとと行く。事務所のクリスマスツリーを適当に飾って貰う為にな」 「襲うなよ?」 「どっちが。おまえもエンジュのお尻を、手の平ですくうように撫でるなよ?」 アリオスがしらっと何でもないことのように言ったが、アンジェリークもエンジュも真っ赤だった。 「アリオスのスケベ…」 「スケベは俺じゃなくて、目の前にいるクマだろうか。俺はおまえにはまだ何もしていねえだろ。今のところは…」 「うう…」 アンジェリークはうめき声に近い声を上げて、アリオスを睨んだ。 「んな顔はするな。おら、俺の分のカツサンドもやるから、とっとと食え」 「うん!」 先ほどまでアリオスを睨んでいたくせに、アンジェリークは全く現金。にこちゃんマークが出るスマイルが出た。 レオナードはまたエンジュにちょっかいを出そうとする。だが、アンジェリークが目を合わせてきた。 「レオナードさん、セクハラ!」 「ったく、オーナー! さっきは不意打ちを食らったけど、今度はそうはいかないですから。頑固職人が作った金だらいで、一発!」 スコーンと良い音を立てながら、エンジュはレオナードの頭を思い切り叩いた。 「良い音…」 アンジェリークは感心するようにしみじみと呟いている。 「中身がからの音!」 エンジュが茶目っ気たっぷりに言ったものだから、アンジェリークは笑った。 「レオナードが由緒正しいタライで殴られる姿を見るのは、何だかな…」 アリオスは苦笑しながら、複雑な表情で、レオナードを同情するように見つめた。 「食ったらうちの事務所に行くぜ?」 「襲わない?」 「ああ。んなことはしねえ」 「だったら、行く!」 アリオスが襲わないことなんて、絶対に有り得ないだろうとギャラリーは思っているのにも関わらず、アンジェリークはそれですっかり納得したようだった。 「ああ、とっとと行け。おまえらがいたら、ここは暑くてしょうがねェからなァ」 「暖房費を節約させてやってんだろ?」 「何を言いやがる」 ふたりの男は会話をたっぷりと楽しみ、臆することなく気に入りの女と楽しいひとときを過ごしていた。 アリオスがコーヒーを飲んでいる間、アンジェリークはカツサンドを綺麗に腹に治めた。 「美味しかった! ごちそうさまでした!」 アンジェリークの言葉を合図に、アリオスはスツールから下りると、さりげなく可愛い少女がそこから下りるのを手伝った。 「じゃあな」 行きかけて、目の前のポスターを見るなり、アリオスの動きが止まる。 「あ、クリスマスケーキを予約しておかねえと」 アリオスの言葉に、アンジェリークのこめかみがぴくりと動いた。小さな躰が、不安げに強張る。 「おまえと食うやつだよ」 「ホントに?」 大きな青緑の瞳は、食い気と色気で輝きに満ちている。アンジェリークはアリオスを輝かしい表情を見ていた。 「天使とサンタの飾りがついた、とっても美味しくて大きなケーキを食べたいから、レオナードさんよろしくね」 「あいよ。とっときのを作ってやるから楽しみになァ?」 「有難う」 アンジェリークはレオナードにしっかりと手を振ってから、アリオスに捕まり、スキップをしながら店を出た。 「アリオスの事務所の飾り付けをするの、とても楽しみよ」 「うちのは適当だからな、おまえが良い風に飾ってくれたらいい」 「うん!」 アンジェリークは元気良く返事をすると、また妙ちきりんな歌を歌い出す。 わわわわー。と、またコーラスをしながら、ご機嫌良く、今度は『ホワイトクリスマス』を歌い出した。 本当に豆タヌキのジュークボックスと言うのは、ぴったりな表現だと、アリオスはつくづく思った。 「サンタさんにお願いをしたか?」 「そんなに子供じゃないですよ!」 アンジェリークはぷっくりと頬を大きく膨らませる。 「サンタはロマンティックなファンタジーの世界にいるんだよ。おまえの好きな」 ふとアンジェリークは、じっとアリオスを覗くように見つめる。 「アリオスって、意外にロマンティストだったんだ!」 にんまりと幸せそうに笑う姿は、輝く天使そのものだった。 もーろびと、こぞおりてえ、わわわわ〜。 どんな歌を歌うのにも、アンジェリークは、わわわわ〜と、コーラスを付けたがる。それが可愛いのか可愛くないのか、アリオスには良く解らない。 「おまえ、どんな歌にもコーラスを付けるよなあ」 「コーラスを付けると、すごおく歌い易いから!」 アンジェリークは握りこぶしを作りながら、鼻息荒く答えた。 「上手いでしょ、私?」 「どうだか?」 「ひどっ!」 アリオスがくつくつと喉を鳴らして笑いながら、大股で歩いて行くと、アンジェリークはちょこまかと着いてくる。 「アリオス! 私はこれでも町内会のど自慢のチャンピオンなんだから!」 「はい、はい」 いくら言っても、アリオスは馬鹿にするように答えるだけだ。 不意にアリオスが歩みを止める。 「見てみろよ、これ」 「何?」 目の前にはクリスマス用の宿り木。 「宿り木だぜ、アンジェ」 「宿り木?」 「この下でキスをすると幸せになれるそうだぜ?」 「マジ?」 「ああ。大マジ」 アリオスは真面目腐った顔をしているが、その眼差しは笑っている。 「来いよ」 「うん」 アンジェリークははにかみがちにアリオスの手を取ると、ゆっくりと木の下に向かった。 「本格的なクリスマスね」 「まあな」 宿り木の下に立つと、ふたりは向き合う。 「キスしろよ?」 「あ、え、その…」 まだまだ自分からキスをするのを、アンジェリークは馴れてはいない。戸惑いが躰を固くする。 「幸せになりたくはねえのかよ」 「ううう…」 幸せになりたくない人間がこの世にいるはずがないのに、アリオスは痛いところをついてくる。 「ちょっとだけよ」 「ああ」 アンジェリークは背伸びをしっかりとして、アリオスに唇を近づけた。 唇が触れた瞬間、激しく重ねられる。 幸せが欲望という名の熱で、唇に伝わって来た。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。 天使の庭園のクリスマスシリーズ第1弾です。 |