〜天使の庭園〜

嫉妬のプレゼント


「エンジュ、サンタさんにお願いをした?」
 アンジェリークが突拍子もないことを、のんびりと言った。
「サンタさんにねえ…。アンジェは何をお願いしようとしているのよ」
「そうねえ。アリオスと美味しいものを食べられるように…とか、いっぱい美味しいケーキを食べたいとか…」
「食べものばっかじゃないの」
 エンジュはくすくすと笑いながら、アンジェリークを見る。照れ笑いをする食いしん坊の友人は、とても幸せそうだ。
「アリオスさんとは上手くいっているんだ」
「上手く…いっているとか…うーん、良く解らないな…」
 明るいアンジェリークが、いつもと違い、少し沈みがちの表情になる。曖昧に笑った。
「…ちゃんと…、正式にお付き合いを申し込まれたとか…、そんなことはないから…」
 アンジェリークの大きな瞳には、不安の色が濃く映りこむ。いつもでは考えられないほどだ。
「アンジェとアリオスさんを見ていると、凄くラブラブで最高の恋人達に見えるけれど…」
「それはエンジュとレオナードさんも同じじゃない。すごおく仲良しさんみたい」
 アンジェリークの指摘に、エンジュは純情にも真っ赤になってしまった。
「わ、私は、そ、そんなんじゃ、な、ないよ?」
「またまた〜」
 アンジェリークから見れば、自分たちもそう見えているなんて、エンジュには予想だに出来ないことだった。
 レオナードのことをこちらで一方的に慕っているのは、ばれているかもしれないと思ったものだが、まさか恋人達のように見えていたとは。
「ふたりがね、一緒にカウンターに入ってお仕事をしていると、何だか幸せのオーラが漂っているよ。いつも羨ましいって思っていたもの」
 アンジェリークの告白に、エンジュは胸の奥がチクリと痛んだ。だが、淋しそうな笑顔を浮かべているアンジェリークを見ると、同じ想いをシェアしているように思えた。
「…難しいね」
 アンジェリークは笑いながらしみじみと言い、エンジュも頷く。
「私は従業員以上恋人未満。アンジェは…」
「私は…、おもちゃ以上恋人未満だわ」
 くすっと笑うアンジェリークに、エンジュもつられて笑った。
「アンジェはイヴ、アリオスさんと過ごすんでしょ?」
「設計事務所のクリスマス兼忘年会に呼ばれているだけ。だからケーキも食べさせてくれるんだって! エンジュは?」
「私はバイト。レオナードさんの横でパンを焼いて切っているわ」
「ついでにヤキモチもね!」
 アンジェリークがウィンクをしながら楽しく笑うものだから、アンジェリークは真っ赤になって下を向いた。
「もう、アンジェはばかなんだから。でも確かに…、そうかもしれない…」
 綺麗な女性と親しいレオナードに、嫉妬の炎をたぎらせてしまうだろう。
「私たちのクリスマスはロマンティックからは程遠いかもね」
 エンジュは諦めた空っとした笑みを浮かべ、溜め息をつく。
「結局、私たちでロマンティックなクリスマスを過ごすことが出来るのは、レイチェルぐらいなものよね」
 アンジェリークはどんな素敵なクリスマスを過ごすのだろうかと、すっかりうっとりとしていた。
「クリスマスの楽しみは、レオナードさんのケーキぐらいかな…。でも、アリオスの傍にいられるのは、嬉しいけれど…」
 アンジェリークはアリオスの名前を言葉にするだけて、柔らかな表情になった。
「アンジェはさ、本当は気付いていないだけじゃないの? アリオスさんとアンジェリークは、ちゃあんと付き合っているように見えるよ」
「ううん、それは違うかも。だって明確な言葉をアリオスはくれないもの。ドラマとかみたいにさ、「つきあってくれ!」って一言、全くないんだもん」
「…アンジェ、あなたはアリオスさんにちゃあんと言った?」
 エンジュは訝しげにアンジェリークを見つめながら、迫っていく。
「ちゃんとって?」
 アンジェリークは小首を傾げた。
「あなたからちゃあんと、「好き」って言えたかってこと」
 アンジェリークは途端にはっとして青くなったかと思うと、真っ赤になって首をぶんぶんと振った。
「…まだ。だって恥ずかしいし…」
「ちゃんと言ったら、アリオスさんも愛の言葉を囁いてくれるかもしれないわよ?」
「うん…」
 アンジェリークはぎこちなく笑い、俯いた。
「…エンジュもね、レオナードさんに言えば、きちんと解ってもらえるよ。レオナードさんはエンジュのことが大好きだから…」
 アンジェリークはにこりと、必殺技の満面の笑みを浮かべて、エンジュを励ますように言う。それが可愛くて、エンジュは力無く頷いた。
「このクリスマスはね、大好きなひとに愛の篭った言葉を、クリスマスプレゼントとして贈ろうよ。ちゃんと買った物に添えるような形でね。イベントにかこつけているかもしれないけれど、それはそれで告白もしやすいし、素敵だと思うわ」
「そうね」
 ふたりはそうと決まれば頑張ろうとばかりに、元気に笑い、拳を付き合わせるように握手をした。

 ふたりは喫茶室を出て、本来の目的である、アリオスとレオナードへのクリスマスプレゼントを選びに、売場へと向かった。
 まだ高校生の身分のせいか、ふたりともそんなに高価なものを買うことは出来ない。
 だが、予算が許す範囲内で、ふたりはデパートを駆けずり回った。
「マフラーとかいいかも」
「手袋とかも良くない? 素敵だと思うよ」
 ふたりでああでもない、こうでもないと言いながら、それぞれの相手に似合っている最高のものを見つけだす。
 アンジェリークは黒い革の手袋。エンジュはマフラー。深いエンジ色だ。
 カードもおまけで付けてくれたので、ふたりはここにメッセージを書くことに決めた。
「アンジェ、良い買い物が出来たよね。何だかサンタクロースになった気分で、とても嬉しいんだけれど!」
「私も!」
 ふたりは、これ以上にとっておきなプレゼントはないだろうと思う。心と素敵を兼ね合わせているのだから。
 ぶらぶらと歩いて、宝飾売場まで来ると、ふたりが見知ったふたつの影を見つけた。
 アリオスとレオナード。
 声をかけようとして、ふたりは固まった。
 傍らには綺麗な女性たちが、ふたりを取り囲むようにしていたから。
アンジェリークとエンジュの表情から笑顔が消えた。
「…あ、あの、行こうか…」
 沈黙を破るように口を開いたのはエンジュ。
「う、うん。帰ろう」
 ふたりはお互いに顔を見合わせて暗い溜め息をついた。
 ふたりは後ろ髪を引かれるような思いにかられながら、ゆっくりアリオスたちから離れる。
「…また、お茶する?」
 意気消沈しながら、エンジュは俯きがちに呟いた。
「そうね。マロンパフェをたっぷり食べたい気分! あ、ラーメンもいいかなあ」
 流石の食欲魔神であるアンジェリークは、食べることで気を紛らわせようとしているようだ。エンジュも大食いアンジェリークに、とことんまで付き合いたい気分になった。
「じゃあ両方食べようよ、アンジェ!」
「賛成!」
 ふたりは笑いながらも心からではなく、幾分か引き攣らせて、まずはラーメン屋に向かった。

 お互いに叉焼麺を頼んで啜りながらも、いまひとつ美味しい感じがしない。
「エンジュ、ふたりでイヴ過ごす?」
「うん。それもいいかも。メッセージカードもいらないやね」
「そうね」
 話していても、いつものような明るいテンポはなく、ふたりはどんよりしている。
 全く雲行きが怪しいというのは、このことだ。
 ふたりは「食欲がない」なんて言いながらも、ぺろりとラーメンを平らげてしまった。
 その後は、だらだらとカフェでマロンパフェ大盛りを食べたが、全く気分は上がらない。
「アンジェは共食いまでしたのにねえ」
「共食いじゃないもん!」
 何時もの明るい顔がアンジェリークにはなく、それはエンジュにも言えることだった。
 駅で別れる際にも、きちんと手を振ることが出来ない。
 ふたりは昼間の明るい気分とは裏腹に、かなりどんよりとしていた。

 翌日、エンジュは苦痛を抑えて『天使の庭園』にアルバイトへ、アンジェリークはぶらぶらとカツサンドを食べに向かう。
 お互いに傷を舐め合うのだ。
 アンジェリークがスツールに腰掛けると、タイミングが良いのか悪いのか、アリオスが入ってきて横に座った。
「よう」
「こんにちは」
 アンジェリークは素っ気なく返事をした後、黙り込む。
 カツサンドが出来上がったら、直ぐに食べてしまおうと誓って。
「クリスマスは来るんだろ? うちのパーティー」
「クリスマスはファミリークリスマスに決めたので来ません」
 アンジェリークがぴしゃりと言い放つと、アリオスは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「約束をしていただろ?」
「アリオスさんは、私より過ごしたい相手がいるでしょうから、私はエンジュや家族と過ごします!」
 アリオスの雰囲気が険悪になるとともに、アンジェリークは腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと何をするんですか!?」
 アンジェリークがいくら戸惑って声を裏返してみても、アリオスは憮然としたまま。
 それどころか、スツールから引き吊り下ろされてしまった。
「きゃあっ!」
「いいから来い」
 アリオスに連れられ、アンジェリークは子供のように叫びながら店から出た。
「行っちまったなァ」
「そうですね」
「豆タヌキはお仕置きをされるなァ」
 レオナードは面白がって言っているが、エンジュはちっともおもしろくない。ただむすっとするだけだ。
「エンジュちゃあん、どうした?」
「何もありません」
 レオナードの横を擦り抜けようとして、アンジェリーク同様腕を掴まれる。
「ちょっ、レオナードさんっ!」
「おまえらふたり揃ってお仕置きが必要みてえだなァ。顔を貸せや」
 レオナードはエンジュを強引にバックヤードへと連れていった。
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。
天使の庭園のクリスマスシリーズ第2弾です。
次回に続く





top