アンジェリークはアリオスの事務所に連れていかれ、ぶすっとしたがらソファに腰をかけた。 「誘拐犯」 「おまえが悪い」 アンジェリークがいくら悪態をついても、アリオスは更に攻撃的な視線を向けて来た。 「アリオスさんがそんなに怒っている理由が、訳解りません」 アリオスの視線が恐ろしくて、アンジェリークは目線を合わせないようにする。よそよそしいと思われても、仕方がなかった。 「俺こそその言葉をおまえにそのままぶつけさせてもらいてえな。おまえがそんなによそよそしい理由が、俺には訳解らねえ」 アリオスの指先が、アンジェリークのソフトな顎にあたり、顔を上げさせられる。胸の奥が何かで掴まれるように痛かった。 「堅苦しい言い方もダメだぜ」 アリオスが顔を近づけてきたので、キスされると思い、アンジェリークは咄嗟に顔を避ける。 アリオスの舌打ちの音が聞こえた。 「…どうしてそんな態度を取る?」 アリオスは綺麗に整った眉を潜めて、アンジェリークをじっと見つめてくる。 針の筵に座っている気分になり、アンジェリークはいたたまれなくなった。 「…私に思わせぶりな態度を取らないで下さい…期待しちゃうから」 アンジェリークは切羽詰まっ切ない声で呟く。 これで期待をしてしまったら、益々惨めになってしまう。 「期待のどこがいけねえことなんだよ」 「…私が傷つくだけだもん…」 アンジェリークは斜めに俯くと、じっとしていた。これ以上どうしていいかが解らない。 「俺がいつおまえを傷つけたよ」 アリオスの声が厳しくなるのは当然だ。だが、アンジェリークは卑屈な言葉を吐かずにはいられなかった。 恋とはまことに不思議だ。気分が上がったり下がったりする。 「----傷ついたと言うより、未遂というか…」 「はっきり言え!」 業を煮やしたアリオスが、低い声できつく言ってきた。ヴェルヴェットのような声に冷酷さが増すと、心の奥に氷の刃が突き刺さったような気分になる。 アンジェリークは躰が芯まで冷えるのを感じた。 「----アリオスさんは、綺麗な女の人がいるでしょ?」 「はあ?」 アリオスは訳が判らないとばかりに顔を顰めた。眉がひそめられ、不機嫌顔が更に酷くなる。綺麗な顔をしているだけあり、それはもう迫力満点だ。 「おまえ何のこと言ってるんだよ!?」 アリオスは完全に怒る一歩手前で、頬あたりがひくひくと痙攣を起こしている。 「…だって、アリオスさんもレオナードさんと綺麗な女の人と一緒に、デパートにいたじゃない…」 アンジェリークがようやくぶつぶつ言いながら告白すると、アリオスの頬の痙攣が止まった。 「-----おい。アンジェリーク」 アリオスはアンジェリークの目線まで腰を下ろして、じっと不思議な眼差しで見つめてくる。 「おまえは、恋人と店員の区別もつかねえのかよ」 「-----凄く仲良くしてて…」 「店員は親密なもんだろ? ものを買ってくれる客に対しては…」 「そうだけど…」 本当に店員なのか。 アンジェリークの重たい嫉妬が頭を擡げて、切なくて苦しくなる。 「…だって、エンジュも私も…凄くショックだったのよ?」 「----宿り木の下でキスをしたおまえ意外に、この俺が目にはいるわけ無いじゃねえか」 「でもショックだったもん…」 アンジェリークは素直に自分の切ない気持ちを声に乗せた。僅かに震える。 「-----ったく、早とちりな女たちだ」 アリオスは苦笑すると、アンジェリークの横にどっかりと腰を据えた。 「----俺はおまえに対していいかげんな気持ちなわけはねえ」 「----でもからかってる…」 「からかうのと、気持ちは違うだろうが」 アリオスは真摯な眼差しでじっとこちらを見てくるので、アンジェリークは心臓がすくみ上がってドキドキしてくる。 アリオスは真面目くさった顔になると、ひょいとアンジェリークの躰を持ち上げ、自分の膝の上に乗せてしまった。 「きゃんっ!」 膝乗り秘書しか貧困な想像力では思い浮かばないアンジェリークは、真っ赤になりながら俯く。 「…アリオスのスケベ…」 「はあ?」 アリオスはまた困惑気味にむすっとした顔をすると、アンジェリークをじっと見つめてくる。 「な、何!?」 「おまえ、この体勢で何を思いついた?」 「え、”膝乗り秘書”…」 「アホか!」 正直に答えたというのに、アリオスはきつく叱責してくる。余りに怖くて、アンジェリークは子猫が毛を逆立て小さくなるような、格好をした。 「----普通はよ、サンタクロースに願いを訊いて貰うとか言うだろう。この時期だったら」 「あ…」 そう言えばそうだと、アンジェリークはぽんと手を叩いた。 子供の頃、デパートに行くとサンタクロースがいて、膝の上に乗せて貰っては、そっと願い事を言ったものだ。大概はその後に、とっても甘いキャンディーバーをくれたものだ。 「----じゃあ、アリオスがサンタさん?」 「ああ」 アリオスはようやく柔らかなシルクのような笑みを唇に浮かべると、それを耳元に近付けてきた。 僅かにひんやりとした唇が耳朶に当たって、とてもくすぐったい。 低くて甘い吐息と共に、躰の奥から声が染みこんでくる。 「-----HO、HO、HO、願い事は?」 くすぐったくて、アンジェリークは目をきつく閉じた。 「-----美味しいものをいっぱい食べたい」 「他には?」 「-----あ、素敵な心に残るクリスマスの想い出が欲しい…」 「誰と?」 アリオスは間髪つけることなく、訊いてくる。アンジェリークを支えてくれる手が意味深に越しに留まり、酸素欠乏を起こしている。なのにときめいて、止めて欲しく無いだなんて、何処まで甘いんだろうか。 「----誰と」 そんなの決まっている。知っている癖にと瞳に想いを込めて、アンジェリークはアリオスを見上げた。 「正直に?」 「解ってるくせに」 言葉の響きに甘えと拗ねを滲ませて、アンジェリークが言うと、アリオスはフッとスペシャルな笑みを浮かべた。 「俺は理解力がないたちでな。おまえにちゃんと言ってもらわねえと、上手く理解出来ねえんだよ」 「----アリオス」 これが罠であることは、アンジェリークにも十分に判っている。だが、その罠にわざとはまってみたくなる。ウサギのように----- 深呼吸をすると、アンジェリークは胸にありったけの想いを貯める。 「----アリオスと…。アリオスと一緒に過ごしたい-----」 「良くできました」 アリオスはご褒美を貰った子供のようなとろける笑みを浮かべると、アンジェリークにキスを送ってくれた---- 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 さて。アンジェリークたちが派手にいなくなった後、例のおふたりさんも冷戦状態が続いていた。 「おい、エンジュちゃあん、明日のイブだがな、とっときの」 「明日はファミリークリスマスです!」 レオナードに最後まで言わせずに、エンジュはつんとしててきぱきと忙しく働くふりをする。 「何なんだァ、ったく! 気の長い俺様これじゃあ切れてしまうぜ」 レオナードはたった一度でもエンジュに冷たくされるのは堪らないとばかりに、実力公使に出る。 「おい、エンジュ」 「はい、なんでしょう、オーナー」 慇懃無礼なエンジュの態度に、レオナードは堪らず、こめかみをひくひくとさせた。こんなに冷たくされる覚えは全くない。 レオナードは肩を怒らせてエンジュの細い手首をとると、そのまま強引に掴んだ。 「きゃあ! 何するんですか!」 「俺はお前に冷たくされる覚えはねェんだけれど」 「胸に手を当てて考えれば、よおく、解るんじゃないですか! オーナーもアリオスさんも」 「ったく、わけの解らねェ女たちだぜ!」 「きゃああっ!」 腕を掴むだけでは物足りない。レオナードはエンジュを肩に雄々しく担ぐと、そのまますたすたと、バックヤードに行く。 「おい、ちょっと席外すから、ユーイ、しっかりと働いておくんだぜェ!」 「お、おう!」 何が起こっているのか、ユーイにもイマイチ理解が出来なかったらしく、目をぱちくりさせながら、ふたりを見送った。 だが、堪らないのはエンジュもらしく、じたばたと担いでいる間もよく暴れる。 「大人しくしやがれ!」 「人さらい! セクハラ!」 エンジュは思いつく限りの悪態を吐きじたばたとしているが、レオナードは冷静だった。いつもの癇癪であることは、解っていたから。 控え室のソファにエンジュを下ろすと、レオナードはその横に腰を掛けて、ついでに、エンジュを膝に乗っけてしまった。 「ちょっと! 何をするんですか!」 「あ? 俺様はお前のサンタクロースになるだけだぜェ? おら、サンタへ願いは?」 「女好きのサンタに願い事はありません」 エンジュはつんと気高い猫のようにそっぽをむいて、レオナードと顔を合わせようともしない。いつも以上に冷たい炎が燃えさかっている。 「俺は女とは手を切ってる」 「だったら、あのデパートの…」 エンジュが言葉を濁したので、誤解をしていることはレオナードにも直ぐに理解出来た。 だから、エンジュとアンジェリークがふたりしてご機嫌斜めだったのだ。 「-----ふたりのサンタがクリスマスプレゼントを探すために頼んだ、トナカイだ」 「うそばっかし!」 「ああん? どの口でそんなことを言っているんだよ!?」 流石に、レオナードとしては下手に出ているつもりなのに、肝心のエンジュがこうだとついいつもの調子が出てしまう。 「この口ですよ〜だ! エンジュ様の可愛いおちょぼ口!」 全く、ああ言えばこう返してくる。 そんなエンジュが好きだったりするので、余りきつく言えなかったりする。 「だ〜!! だったら、あの店にアンジェリークとふたりで言ってみろ! 俺とアリオスを接客した女がいるはずだ! 折角よ、ふたりでサンタしてびしっと決めたかったのによォ…」 ぶつぶつとレオナードが照れを絡めさせながら正直に言うと、エンジュが顔を向けてきた。 「サンタさんは私に…?」 「おまえ以外にねェだろうが!」 「-----レオナードさん…」 先ほどまで拗ねた冷たい表情だったエンジュから、氷が溶ける。柔らかく、温かな液体に変化した。 「-----有り難う…、ごめんね…」 ぼそっと素直な言葉が、エンジュの唇から囁かれる。 こんなチョコレートよりも甘い言葉を聞かされれば、もう何も言えなくなってしまう。 「じゃあよ、俺の願い事を訊いてくれよ?」 「普通は逆でしょう?」 エンジュはくすくすと笑いながら、レオナードの頬を指先で押してくる。そんなしぐさひとつをとっても、心とろかされてしまう。 「-----俺の願いは…」 レオナードは低い声でいいながら、エンジュの耳朶に唇を近付けていく。冷たいはずのそれは、ほんのりと温かい。紅に染まっているせいかもしれない。 「-----おまえと明日----クリスマスを過ごしたい…」 いつものように荒々しくなく、ときめきと想いを込めてレオナードは呟いた。 エンジュの小さな頷きが視界にはいる。 真っ赤になったエンジュはなんて可愛いのかと思う。 「----サンキュな…」 レオナードはお礼の言葉と共に、エンジュの花びらのような唇に、チョコレートケーキよりも甘いキスをした----- やっぱり、恋人ほど素敵なサンタクロースはいない…。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。 天使の庭園のクリスマスシリーズ第2弾です。 サンタクロースは好きな人が一番! |