〜天使の庭園〜

恋の雪まつり


 毎年、一月から二月にかけては、最も寒く、白い雪もちらつく、まさに外はモノトーンの季節になる。
 今日も朝からちらちらと可愛い音を立てながら、雪が降り始めていた。
 空を見上げれば、お布団の中に入っている綿よりもどっしりとした重いグレイの雲が鎮座している。だが、どこかでしらしらと純正の光が泳いでいる。
 こんな日には、特別の期待をしてしまいたくなるものだ。
 期待通り、アンジェリークたちが学校を出る頃には、歩けば足型がくっきりと付くぐらいの雪が積もっていた。
 まだちらちらは続いている。
 こんな日には家のおこたでみかんと行きたいところだが、少女達の目的は決まっていた。
 エンジュとふたり、歓声を上げながら、”天使の庭園”に向かう。
「もう少し積もると、スキーが出来るかなあ」
「まだまだじゃない? アンジェは滑ることが出来るの?」
「じぇんじぇん」
 アンジェリークはからっとした笑顔を浮かべながら、あっけらかんと言う。それが悪びれない小鬼みたいで憎めなかった。
「エンジュは滑れるの?」
「田舎育ちだから当然!」
 エンジュが胸を張り自慢げに言うと、アンジェリークは羨ましそうに見つめてくる。その瞳は無邪気で、まるで小さな子供がおもちゃが欲しくて見ているようだ。
「でも! 私の方が、泥遊び歴は長いから、雪玉を作るのは上手いかもよ!?」
 何かを企んでいる悪戯好きの少年のような茶目っ気たっぷりの表情で、アンジェリークはエンジュの背中に雪を投げ付けてきた。ノーコンだがしっかり命中。
「きゃあっ! もうっ! アンジェったら! 私も負けないわよ! 要領はいいんだからね!」
 エンジュも大きな雪玉を作って、アンジェリークに負けるまいと、応戦をした。
 ふたりで、可愛いらしい高い声を上げて、大いに叫びながら走り回る。
 ”天使の庭園”に向かうまでの間、道路がふたりの絶好の遊び場になった。
 遊びながらも走っているので、いつものペースで先には進んでいる。
 天使の庭園の門を潜り、大きな声を上げながら駆け抜ける。
 白く染まった小さな庭に入ると、ふたりはどちらともなく雪面に倒れこんだ。
「楽しかった!」
 雪のふかふかとしたお布団の上に大の字になって寝転がると言うのは、本当に気持ちが良くて、言葉では表すことが出来ない。しかもバージンスノウの上なのだから、余計に嬉しい。
 ふたりは手を繋ぐように倒れ込んで、お互いの顔を見合わせると、愉快そうに大いに笑った。
「おい、何をやってるんだ!?」
「おまえらァ、アホなガキかよっ!」
 タイミングが良いのか悪いのか。アリオスとレオナードが同時に現れたものだから、余計におかしくてふたりはくすくすと笑った。
「おら、早く起き上がれよ! ったく、ふたりして幼稚園のガキじゃねえんだからな! エンジュ! 豆狸の挑発には乗るなァ! おまえはこれから労働が待っているんだからなァ」
 レオナードはブツブツと不機嫌そうにお小言を言いながらも、エンジュを親切にもちゃんと手を差し延べて起こしてくれる。こんなぶっきらぼうな優しさも、エンジュのツボにはまるのだ。
「有り難う、レオナードさん」
「とっとと、着替えて来いや」
「はあい」
 エンジュが立ち上がって店の建物に向かっても、アンジェリークはまだ立ち上がってはいなかった。
「ばふ〜! このお布団はアンジェだけのものっ!」
「アホかおまえ」
 アリオスとは照れくささと楽しさの昼間の眼差しで、見つめあってみる。ふたりの視線は熱湯よりも熱くて、周りの雪を溶かしてしまいそうだ。
「折角の雪を、ここでは溶かさないでね!」
「はあい」
 アンジェリークが歌うように返事をすると、レオナードが「けっ!」と、愛情たっぷりに呟いたことが、エンジュの唇に笑みを浮かび上がらせた。
 ふたりがいなくなって、アリオスとふたり。何だか恥ずかしくて、アンジェリークは頬を染める。寒さも相俟って、いつもよりも赤くなっているような気がした。
「ねえ、アリオスは起こしてくれないの?」
「小麦粉に紛れた栗饅頭を見られるなんて、かなり珍しいことだからな。面白くて見てるの」
「だったら、アリオスも横に寝転がったら?楽しいぞお!」
「俺はおまえみてえにガキんちょじゃねえの!でも、まあやってみるか」
 アリオスは眩しそうに目を細めて笑った後、アンジェリークの横にどさりと音を立てて寝転がる。
「ねえ、気持ちが良いでしょ?」
「冷たいだけだ。おまえを見ているほうが、よほど楽しい」
 アリオスはアンジェリークに向き直り、本当に愉しそうに笑った。恥ずかしくて、何だか照れ臭い。
 不意に、アンジェリークは少しばかりのイタズラ心が沸き起こり、アリオスにギリギリ近付いたところで、横に向いた。
 秘密のイタズラ。ちょっと恥ずかしい。それがアリオスにばれないように、アンジェリークはわざと勢いを付ける。
「ちょっとあんまり見ないでよお! ちめたいから、早く起こしてよっ!」
 周りのしゃりしゃりとした雪を犬かきのようにして手で掴むと、アンジェリークはそれをアリオスに投げ付けた。
「ったく、しょうがねえな」
 アリオスは怒る様子もなく、むしろ面白がっている雰囲気すらある。アンジェリークが定番のように頬を膨らませて、膨れ面をすると、手を差し延べて一気に躰を起こしてくれた。
「おまえ、冷てえ」
 アリオスは苦笑いしながら、アンジェリークの頭やコートに付いた雪を、丹念に落としてくれる。その優しさと強さの中間どころが、アンジェリークには心地が良かった。
「冷えてるなマジで。レオナードに温かいもんを作って貰おうぜ」
「うん!」
 一瞬、かけ布団のようにふんわりと抱きしめてくれたアリオスは、本当に温かくて、アンジェリークはうっとりとその温もりに浸った。
「さて、中に入るか」
「うん!」
 ふたりは冷えた手を手袋ごしで絡め合いながら、ゆっくりと店の中に入って行く。
 ふと、アンジェリークは振り返る。ふたりが先ほどまでいた場所はくっきりと躰の型が付いていた。
 顔は横向きになっており、唇のところがわざと触れ合っている。
 アンジェリークの恋心がたっぷりと詰まったイタズラ。
 アリオスもふと、振り返った。
 その眼差しにそこはかとなく温かなものが浮かび上がる。
「後でたっぷりとホンモノのキスをしてやるよ」
「あ、あれはひとつの芸術として…」
 アンジェリークがはにかみながら一生懸命に呟くと、アリオスは返事の代わりに甘いキスをくれた。

 店の中に入ると、クラシカルなガスストーブが一生懸命部屋を温かくしている。
 躰を凍らせていた冷たいものが、一気に溶け出していく。電子レンジで冷凍マグロを解凍するみたいに。
 ほわほわと温かくて、とても気持ちが良かった。
「温かいね」
「そうだな。ついでに温かいものを飲ませてもらおうぜ?」
「温かい食べ物もね!」
 流石は食いしん坊の面目躍如といったところで、アンジェリークは寒さに加えて、空腹も勿論忘れてはいなかった。
「じゃあアツアツのえびとホタテのグラタンはどうだァ?」
「じゃあそれとココアで!」
 レオナードお手製のグラタンならばさぞかし美味しいことだろう。アンジェリークは考えるだけで、よだれが出てくるのを感じた。
「俺はホットコーヒーとカツサンドでいい」
「オッケ!」
 ふたりはいつもの席に仲良く腰を下ろし、ゆったりとする。
 天使の庭園は、店の中に入るだけで、極上の温かさを感じる。
 アンジェリークは幸せ過ぎてにんまりと微笑んでいた。
 曇った硝子窓の結露を指で拭って、アンジェリークは外の様子を見る。
 ふたりが先ほど付けた型を消し去るほどの雪が、外にはぽっぽと降り始めていた。
「アリオス、また白い雪だよ」
「ああ。かなり積もりそうだな」
 アンジェリークは、まるで小さな子供のように窓にびったりとしがみついて、外を見ている。それを見守るアリオスの眼差しがとても優しかった。
「こいつはァ酷くなっているなァ。エンジュ、今日は早めに店じまいしねえとダメだなァ」
 レオナードはクラシカルなテレビを付け、天気予報を確認する。やはりこれから酷くなりそうだ。
「おまえらも早目に帰れよ」
「ああ」
 暫くして、レオナードが注文の品を運んで来てくれ、アンジェリークは歓声を上げた。ちらりとカウンター席を見ると、エンジュもグラタンを食べている。
 一口含むと、温かさが暖炉のようにアンジェリークの躰の中にやってきて、温めてくれる。五臓六腑に染みわたるとはまさしくこのことだろう。とても幸せな気分だ。アンジェリークは日なたの猫のような無防備な笑みを浮かべながら、グラタンを頬張る。
「美味しいよお!」
「そうか」
 アリオスの眼差しは春の陽射しのように優しい。他の時にはブリザードのようなので、そのギャップが嬉しい。
 はふはふと白い息を弾ませながら、アンジェリークはグラタンを腹に収めた。一緒に出してくれたココアには、焼きマシュマロが浮かんでいて楽しい。
 幸せな、幸せな、まるでそこだけが菜の花だらけの春の楽園のようになった。

 食べ終わり、アリオスとアンジェリークは早々に席を立つ。
「じゃあレオナードさん有り難う。エンジュまたね!」
「うん、またねアンジェ!」
 アンジェリークは手をぶんぶんと振りながら、歓声を上げて外に出た。
「雪だるま作れるよ!」
「勘弁しろよ」
「小さいのを作ろう!」
 アンジェリークが小さな子供っ同じ姿勢で作り始めたので、アリオスは苦笑しながら付き合う。
 全くもって可愛い。惚れた弱みだろうか。
 アリオスはアンジェリークと同じように座り込むと、冷たい頬に甘く熱いキスをした。
「おまえすげえ冷てえ」
「だ、だって冬だもん」
 アンジェリークは突然のキスにどぎまぎしながら、訳の解らないことを呟いてみる。アリオスは勿論目を細めて笑っていた。
「だったら唇は?」
「え…」
 アンジェリークが顔を上げると、熱く燃えるアリオスの唇が触れてくる。
 白い景色がばら色に燃え、モノトーンがとてもロマンティックなカラーになった。

「今日は商売にならねえなァ。店じまいだ」
「そうですね。アンジェリークたちぐらいしか、寄っていかなかったですもんね…」
 エンジュはそこまで言って、窓の外の可愛いお客様に驚く。
 可愛すぎて、自分だけで見るのは勿体ない。エンジュじは一生懸命レオナードを手招きした。
「レオナードさん! 窓の外!」
「あ?」
「窓の外にとっても可愛いお客様が…」
 エンジュが指差すと、レオナードもふいと注意を向けてくれる。
「ああ。ホントに可愛い客人だなァ」
 ふたりの眦は柔らかく温まり、視線を交わし合う。
 小さな雪だるまがふたつ窓の飛び出た枠に置いてあり、甘いキスをしていた。
 レオナードとエンジュは笑い合ったあと、唇を近付けていく。
「きっとアンジェよ」
「違いねェ」
 ふたりはまた笑うと、雪をキラキラと幸せ色に輝かせるキスをした。
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。
天使の庭園の冬。
徐々に春は近付いているようです。





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