〜天使の庭園〜

恋の丸かぶり


 洗い立てのシーツのように透明感のある空に、恥ずかしそうに薄い太陽が張り付いている。
 春が少しずつ近いのは、純度満点な空と、そして脳天気な歌声を聞けば、窺い知る事が出来た。
「のぉりを巻き巻き、のぉりを巻き巻き、巻いて巻いて噛り付く〜」
 やっぱりあいつは頭のねじが欠落していると、レオナードが思わずにはいられないほど、アンジェリークは壊れたジュークボックスのように歌を歌っている。
 天使の庭園では、厄除けのまるかぶり寿司の準備が始められていた。
 レオナードは具を、アリオスとアンジェリークは寿司飯を、エンジュはのりやら細かいものの準備に当たっている。
「おい、いつからうちは、こんなに季節に敏感になったんだァ!? 去年までは、んなにイベントはしなかったけれどなァ」
 レオナードはちらりと、アリオスとアンジェリークを見つめる。
 アリオスはそれに気付いたのか、レオナードをムスッとした表情で睨んだ。
「仕方がねぇだろ!? アンジェリークはこう言うのが好きだからな。そこがあいつの可愛いところのなんだからな」
「けっ!」
 レオナードはこの男はなんて恥ずかしいんだとばかりに顔をしかめて、鼻で笑う。
「でもシーズンイベントって楽しいですよね、オーナー」
「ま、まァな」
 レオナードが曖昧に言うにも訳があり、エンジュにからきし弱いことを平たく言えば悟られたくないのだ。だがそれは誰もが知っている事実。
「えっとシーチキンを中心にしたサラダ巻き、海老マヨネーズもいいなあ。後は定番の太巻き! うっとりしちゃうな!」
 アンジェリークは食べることしか、相変わらず考えてはいないようで、頭を忙しく動かしている。
「何本巻いても、こりゃァ追い付きそうにねェなァ。アンジェリークの分は、アリオスが負けよ」
「私が巻き巻きして、みんなの分も準備するわ!」
 アンジェリークはどんと胸を叩いて、自信を持つかのように堂々と言った。
「しっかり巻けよ」
「うん!」
 アンジェリークは寿司飯を扇ぐのも勢いよくし、丸かぶり寿司への期待度が大きいことが解る。
「これじゃァ、もっと飯を増やしたほうが良かったかもなァ。直ぐに底をつきそうだ。四人で一升炊いたんだけれどなァ」
「充分だって」
 アリオスはつかさずツッコミを入れることを忘れてはいなかった。
「いっぱい食べるから、覚悟をしてよね」
「そう宣言される前に、豆狸用の対策はした。ちょっと見込み違いだったかもしれねェけどな」
「だってさ、この間、”丸かぶり寿司大食い選手権”に出たいってアリオスに言ったら、反対されたんだもん。だってあんなに沢山丸かぶり寿司が食べられる機会は中々ないのよ? それなのにアリオスったら、あんなに冷たく”ダメだ”の一言! だからこれは、リベンジなんだよ!」
 アンジェリークは力いっぱいに宣言すると、更に腕まくりをした。
「おいアリオス、それぐらいは許してやれや。じゃねェと、この豆狸はうちの米を食い尽くしちまうぞ!」
「あいつはあんな品のねえ大会には出さない。折角の可愛いさも台なしだ」
 アリオスは惚気といった砂糖たっぷりのとろりとした雰囲気を感じさせず、むしろキッパリ言い放った。
「はいはい」
 レオナードは請け合わないとばかりに、顔をぱたぱたと手で煽っている。
「どうせ、丸かぶり寿司は、西の海苔会社の陰謀だし、バレンタインチョコレートも同じく西のチョコレート会社の陰謀。ったくイベント、お祭り好きが多いと困ったことになるもんだ」
 アリオスはクールに言いながら寿司飯を切り、アンジェリークの為に美味しくなるように努力をしてやった。
「良い感じになったぜ! 寿司飯!」
「ああ、具材舞台もバッチリだ!」
 準備万端に整ったものを、みんなで机の上に並べたてて、早速寿司を作っていく。
 海苔を敷き、そのうえに薄くご飯を敷き詰めていく。
「アンジェリーク、欲張らず綺麗に薄く敷くんだ。具材がはみ出たりして、かえって食いにくくなるぜ。いくつものバリエーションで食えばいいから、具材と飯の大盛りは厳禁」
「ふあい」
 アリオスに注意をされて、アンジェリークは些か残念に思いながら、一生懸命言われた通りにする。しかし、不器用なので中々思った通りにはならない。
「しょうがねえな。貸してみろ。これはこうやってこうっ!」
 アリオスはアンジェリークの丸かぶり寿司を何度も巻いてやり、事細かく手伝ってやった。
 エンジュといえば、元々手先は器用なほうなので、綺麗に幾つも手早く巻く。それがレオナードには、少しつまらない。
 何故なら、手伝ってここは自分をアピールしたいものだから。牡とは元々そんなものだ。
 だったらここは器用さを活かして、エンジュを驚かせることをしてやろう。ただしアンジェリークもやってやらないと責めるだろうから、あくまでついでに作ってやることにした。
 アリオスとアンジェリークは相変わらず、沢山寿司を巻いている。アリオスも凄く器用なので、売り物に出来そうだった。
ある程度の量が出来上がると、レオナードはおすましを作り、鰯を焼いて、豆も準備をする。
 古式ゆかしいイベント準備はこれで完了。
 アンジェリークたちもようやく巻き終わったらしく、満足溢れる顔になっていた。
「レオナードさん! 出来たよ! みんなで一緒に食べよう!」
「よっしゃあ!」
 洗いものなんて後々。今は、賑やかな食卓で楽しく夕餉を召し上がれ。
 レオナードが澄まし汁と鰯を焼いたのをテーブルに並べると、少女たちから歓声が漏れた。
 そしてもっと声援が上がったのは。
「おら、エンジュちゃん、食えや」
 おもむろに出した皿を見るなり、エンジュの言葉がなくなり、吐息を詰まらせる。見れば解る。そこにあるのはとても素敵なプレゼントだ。
「レオナード! 有り難う!」
 感極まったような泣きそうな顔から、一転、眩しいぐらいの笑顔が満開になる。
 レオナードはそれが眩しくて嬉しくて、目を細めて笑った。
 更に盛られたのはふと巻き。だが、中の具材でエンジュの似顔絵が描かれている。卵で可愛い髪が表現されているこの世界でたったひとつしかない、素晴らしい贈りもの。
「有り難う! 本当に有り難う!!」
 エンジュは何度もレオナードに礼を言った後、大胆不適にも首に手を回して抱き着いた。
「有り難う! とっても素敵!」
「俺様のとっとき」
 目の前でラブシーンが展開されているにも関わらず、アリオスたちはほほえましく見つめた。
「しょうがねェから、豆狸にもちゃあんと作ってやってるぜ!」
「わあいっ!」
 アンジェリークの似顔絵寿司は愛情の差なのか、些か小ぶりで、煮た干瓢で茶色い髪が形作られている。
「アリオス、羨ましいでしょう? 可愛いアンジェを作って貰ったよ!」
「良かったな?」
「うん!」
 アリオスに栗色の髪を優しく撫で付けてもらい、アンジェリークは子猫のように目を細めた。
「さァて、今年の恵方は西南西だそうだぜ。みんなあっち向いて、黙って願い事をしながら食うんだぜェ!」
「はあい!」
 アンジェリークは威勢よく返事をすると、早速太めの巻き寿司を手に取り、恵方に向いて食し始める。
 黙って一生懸命食べるアンジェリークに、アリオスは蜂蜜のような笑みすら浮かべる。それぐらいアリオスはとろけるような表情をしていた。
 ぶふぶふと鼻を鳴らしながら、アンジェリークが食べているのを見つめているので、アリオスの寿司はちっとも減らない。
 アンジェリークが食べ終わると、満足そうに息を上げた。
「美味しかったあ!」
 口の周りにご飯粒を付けているので、アリオスは苦笑しながらそれを取り、ぽいっと食べた。
 アンジェリークが恥ずかしそうにするものだから、可愛く思い、柔らかな生地の手触りにも似た笑顔を浮かべた。
 その後、アリオスは一気に食べて、アンジェリークに追い付く。
「アリオスも付いているよ、お弁当」
「あ!」
 アンジェリークもアリオスの唇の端に付いている米粒を取ると、同じようにして食べた。
 それを羨ましそうに、レオナードが見つめている。まるで新しい子供が手に入れた玩具を羨ましがるような視線だった。
「レオナードさんもアンジェリークのことは言えないですよ。ほら」
 突然のことで、レオナードは驚いた。エンジュにこんな甘くて素敵な行為をしてもらえるなんて、思いもよらないことだ。
「有り難うよ…」
 やって貰ったのは嬉しいのに、照れ臭くて、拗ねるような声でしか礼は言えなかった。
「おい豆狸! 豆も年の数だけ食わないとな!」
「レオナードさん! 豆まきもしたあい!」
「ああ? 誰が鬼をやんだよ!」
 全員の視線がレオナードに集中する。決定だ。
「ああ、もうっ! 解った! やりゃあいいんだろっ! やりゃあよ!」
 レオナードが豆に付いているお面を付けると、一斉に大きな拍手が沸いておこる。
「てめェら、覚えていろよっ!?」
 三人ともどこ吹く風とばかりに、ニヤニヤとしている。アリオスは特におかしそうだ。
「さて、鬼は外をしようっ!」
 そこからはもう大騒ぎだった。
 アリオスは日頃の恨みなのかしっかりと豆を投げつけ、アンジェリークもエンジュもけらけらと大笑いをしながらレオナードに豆をぶつける。
「うおうっ!」
 レオナードは半ばやけになって、鬼を完璧に演じて見せた。怖がらそうとしているくせに、ちっとも恐くなかった。
「♪鬼わぁー外でー福わぁうちー! らんらんらん!」
 またアンジェリークが訳の解らない歌を歌い出して、本当に大騒ぎとなった。
 旧い暦では明日から新しい歳。
 どうかすばらしくなりますように。

 結局、アンジェリークは巻きずしを20本も食べたという-----
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。
天使の庭園の冬。
徐々に春は近付いているようです。

丸かぶりすし。
元々は大阪の海苔屋の協同組合の陰謀なので、ほんの2〜3年前までこの風習は他の地域にはあつたわらんかった。
ヴァレンタインデーのチョコも神戸のチョコレート屋の陰謀(笑)
商売上手な関西人。





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