〜天使の庭園〜

恋のチョコレートケーキ


 もうすぐ、恋の一大イベント”バレンタイン”。世間が春に向かって、ときめき色に染め上がるシーズンだ。
 当然アンジェリークも時めいている。例年は、ショコラティエのチョコレートを楽しみにして買うのだが、今年は自分で作ってみたい。
 それはアリオスの存在が大きい。
 早速、”とっとき”のドリンクショコラを出している天使の庭園のオーナーレオナードに、作り方をきいてみることにした。
「レオナードさん、チョコレートの作り方を教えてっ!」
「いやだ」
 毎度お馴染みカツサンド用のトンカツを揚げながら、レオナードはさらりと言った。
「おねまいします〜!!」
 アンジェリークは”豆狸”の愛らしさを活かして、手足をじたばたさせながら頼む。だがレオナードはしらんぷりだ。
「ダメ。どうせアリオスにでもやるんだろうが」
 図星。アンジェリークの顔は真っ赤に染まり、少し罰が悪いかのように俯いた。
「だって、せっかくのバレンタインなのに、アリオスにはとっときのを作りたいじゃない!」
 アンジェリークは、しつこいと思われても構わず、レオナードに食い下がった。
「おまえは、菓子屋の陰謀にはまっていろよ?」
「けちーけちーけちー!」
「だァ! ったく何がケチだっ!」
 アンジェリークもレオナードも、自分のペースで主張を曲げてはいない。
「だったら歌うわよ! ♪レオナードはケチケチ〜、アンジェにチョコレートの作り方を教えろ〜」
「おいエンジュ! この栗豆狸をどうにかしろっ! コイツのことだ、作り方を教えてやっても、つまみ食いで殆どが胃の中に治まるのは、解りきっているんだからなァ!」
 レオナードは困ったようにすること仕切りで、とうとういらつきも頂点に達したのか、アンジェリークの首根っこを掴んだ。
「あっちょんぷりけーっ!」
 アンジェリークらしい言葉が口から洩れ、エンジュはくすくすと笑う。
「レオナードさん、私もチョコレートを習いたいんですけれど…、いい?」
 エンジュが、必殺レオナード殺しの上目使いを使ったせいで、アンジェリークは見事に床に落下する。
「きゃふんっ!」
 今時「きゃふん」なんて言うやつはいるだろうか。それよりも、アンジェリークが床に突撃をする前に、アリオスが上手くキャッチをした。
「ったく! 栗まんじゅうを落とすなよ! 栗あんが飛び出してくるかもしれねえんだからな」
「アリオスっ! レオナードさんがいじめるっ!」
 アンジェリークがうりゅうりゅとした涙目で訴えると、見ただけで殺されそうな視線をアリオスはレオナードに投げ掛ける。これぞ恋は盲目。
「だァ! 解った! 解りましたっ! しょうがねえから、レオナード様のとっときチョコレート講座を開いてやる」
 その苦肉の宣言を聞くなり、アンジェリークもエンジュも、待っていましたとばかりに大きな歓声を上げた。
「嬉しいわね、アンジェリーク!」
 エンジュもアンジェリークも、今にも踊り始めようかといった勢いだ。
「これはもう、やるしかねえだろう、ショコラティエのレオナードさんよ?」
 アリオスにまで言われて、レオナードは精一杯の抵抗のように、フンと顔を背けてしまった。

 バレンタインデー前の土曜日、レオナードに教えを請うべき、女子高生たちが集まった。
 メンバーは、アンジェリーク、エンジュ、レイチェルだ。
 みんな、各々かわいらしいエプロンをして、恰好だけはいっちょまえ。
「じゃあとっときのチョコレートスフレケーキを作るぜえ!」
「わーい!」
 レオナードは、一体幾つの料理の資格を持っているのだろうか。
 調理師、製菓衛生士、栄養士、フードコーディネーター、ソムリエなどなど。エンジュたちが知っているだけでも、ざっとこれぐらいはあった。
 早速、一流パティシエであるレオナードに教えを請いながら、美味しいケーキを作り始める。
 生地を練ったりする時は、流石に食いしん坊のアンジェリークは味見などしなかったが、贈るものの他に、自分のものもしっかりと作っていた。
「アリオスのはね、リキュールたっぷりなんだ。だって甘いものが苦手だからね。私のはたっぷり甘いの」
「ワタシも!」
 アンジェリークに見習ってか、レイチェルもエンジュもしっかりと自分の分も作っている。本当にちゃっかり女子高生たちだ。
「私もリキュールたっぷりのかなあ…」
 ちらりと無精ヒゲ姿で奮闘するレオナードを横目で見ながら、エンジュは思わせぶりに呟く。
 女の子たちは秘密のことを共有するかのように、くすくすと笑った。
 するとレオナードの精悍な頬がぴくりと動く。意識をしているのは誰が見ても明らかだった。
 アンジェリークは下手は下手なりに心を込めて、レイチェルは完璧さは当然おしゃれさも入れて、エンジュは素朴な愛すべきケーキを作っている。
 三者三様のケーキを、いよいよオーブンで焼く。
 生地を練り上げるのには、三人ともかなり頑張ったのでふっくらと仕上がるだろう。
 その間に、コーティング用のチョコレートソースを作る。
「最高級のベルジャンチョコレートを使うからなァ!」
 言ってしまった以上後の祭。
 アンジェリークがどのような反応をするのか、事前に嫌というほど予測が出来たというのに…。
 そう、山ほどつまみ食いを始めたのだ。
「このチョコレートソース、凄く美味しいよっ!」
「どれどれ!」
「私も!」
 三人が代わる代わるつまみ食いをするものだから用意していたチョコレートソースはほぼからからになってしまった。
「アホか! おまえら! また作り直しだろうがァ! ったく! 学習能力がなさすぎる!」
 レオナードはとうとう爆発し、いつもは怒られる立場なのに、今日はガミガミとかなりきつく怒ってしまった。
 だが、アンジェリークたちは平然として、レオナードが言うことに全く耳を貸さない。
「だって美味しいよ、レオナードさんっ!」
 主犯格アンジェリークは、口の周りをチョコレートソースでベタベタにしながら明るく幼子のように言う。天衣無縫、天真爛漫。そんな言葉が良く似合う表情だった。
 だがクールなレイチェルも、エンジュまでもが唇にチョコレートをつけている。
「美味しいですよ、レオナードさん!」
 エンジュが笑いながら、舌で唇を舐めると、レオナードの顔がヒートアップするのが解った。
 大きな手が、エンジュを掴んで離さない。
 アンジェリークがニヤニヤと成り行きを楽しんでいると、アリオスがふらりと風のように現れた。
「何やってんだ? おまえら?」
「あっ! アリオスしゃんだっ!」
 アンジェリークは、主人を待ち構えていた子猫のように、アリオスに向かって走っていく。
 アリオスに抱きつくと、澄ました顔になる。
「アリオスには秘密なの」
 これで秘密の殆どをばらしたことに気付かないアンジェリークは、にんまりといたずらな笑みを浮かべる。
 アリオスは優しくその目を細めた。
「チョコレート、付いてるぜ? 口の周り」
 アリオスは恥ずかしがる様子もなく、チョコレートの付いたアンジェリークの顔をぺろりと舐める。
 これにはアンジェリークも真っ赤になり、ときめく余りに鼓動を激しくさせた。
 流石のレオナードも、これにはたまらなくなってしまう。
 ムラムラが、顔にしっかりと宿った。
「エンジュ、来いやっ!」
「え、あ、あのっ!」
 手首を掴まれると、レオナードはズンズンエンジュを引っ張っていく。
 ギャラリーは、一体何が起こったかが解らないまま、ぽかんとふたりの様子を見ていた。
「ったく、二組して見せ付けるんだから、見せ付けられたコッチは堪らないわよ」
 レイチェルは苦笑しながら、二組を楽しそうに見守った。

 さてレオナードにバックヤードに連れて行かれたエンジュは、何が何だか解らないような顔をしていた。
「チョコレートは俺が取ってやる」
「え…?」
 いきなりレオナードの逞しい影が下りてきたかと思うと、激しいキスが唇に降って来た。
 チョコレートを撮る為のせいか、甘くて苦しい情熱だらけのキス。
 舌を巧みに使ってくるレオナードに、エンジュは溺れそうになっていた。
 ひとりでは躰を支えるなんてことは到底無理で、レオナードのしっかりとした首に支えを求めた。
 唇に付いたチョコレートを取るだけでは飽きたらず、レオナードはどんどんキスを深めてくる。
 甘すぎる行為に、エンジュの身も心もとろとろになるぐらいだった。
 キスが済んだら、酸素不足。
 エンジュが肩で息をしていると、レオナードが勝者のような笑みを浮かべる。
「美味いもんだなァ、チョコレートソースも。後でコーヒーを入れてくれや。とても合うだろうなァ」
 エンジュは何も言葉を紡ぐことが出来ずに、ただ耳まで赤くして頷いた。

「うわあ! 綺麗! 後はコーティングだけだ!」
 焼き上がりのケーキを見るなり、アンジェリークは歓声を上げる。
「じゃァ、チョコレートをコーティングするぜェ。豆狸、もうつまみ食いはするなよ!」
「豆狸じゃないもん! ねえ、アリオス!」
「ああ。こいつは栗まんじゅうだ」
「もう! それじゃあ大差ないじゃないっ!」
 アンジェリークは頬を膨らましながら、アリオスにあかんべえをする。
 天使の庭園特有の、愉しくてアットホームな雰囲気が優しく漂うなかで、ケーキにチョコレートをコーティングした。
「後は、ホワイトチョコレートでペイントをしながらメッセージを書け」
「はあい!」
 アンジェリークはアリオスからこそこそと隠れながら、そっとペイントを始める。
 アリオスへ。大好き、あんじぇ。
 似顔絵もついでに描こうと思い、想像しただけでにんまりと笑う。
「おい、何を考えているんだ?」
「アリオスにだけは秘密っ!」
 それを言ってしまえば、全部言っていることに、アンジェリークはまた気付かない。
「解った。楽しみにしているぜ?」
 耳元で囁かれて、アンジェリークは華やかな乙女らしい表情になる。
 アリオスが見てみないふりをしている間に、心を込めてメッセージを書き込む。
 レイチェルもエルンストにスタイリッシュなアイのメッセージを。
 そしてエンジュもこそこそしながら、レオナードに感謝と愛を込めてチョコレートペンを握りしめる。

 今年のバレンタインデーはきっとみんな幸福になりそうだ。
 これはきっとチョコレートの魔法。
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。
天使の庭園の冬。
徐々に春は近付いているようです。





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