チョコレートは、温かい液体であっても、固形であっても、甘くて美味しい。 雪が降る寒い日には、やっぱりホットチョコレート。 アンジェリークはスツールに腰をかけながら、ゆったりとチョコレートを愉しんでいた。 「やっぱりチョコレートは美味しいよねえ!」 口の周りをうっすらっチョコレートでべたべたにしながら、アンジェリークはのんびりと呟く。無邪気で小さな子供のように無邪気だ。 寒い日には、こうやって温かいものを飲みながら、大好きなひとと他愛のない話をするにはぴったり。 しゅんしゅんと音を立てて唸るクラシカルなガスストーブが、何だかそれなりにロマンティック。 「今日は寒いからなァ。しっかり温まっていけや」 「有り難う!」 レオナードがマシュマロを追加してぷっかりと浮かせてくれる。それが何だかとても可愛かった。 「レオナードさん、マシュマロだけ残ったら、とっときのチョコレートをいれて下さいねー」 「おい、エンジュの分も残してやれよ」 「はあい」 アンジェリークが元気良く返事をすると、エンジュもくすりと笑いながら横のスツールに腰かけてきた。 「おら、エンジュちゃん」 「嬉しい」 エンジュも頬を真っ赤にさせたときめきの笑顔で、温かなチョコレートを受け取った。 今日、天使の庭園は定休日。 なのにやっぱりここに来てしまうのは、居心地が良いから。本当にここは『峠の我が家』だ。 今日はこれからみんなで映画を見に行く約束をしている。最初はアンジェリークとエンジュが約束をしていたのだが、それに大の男がふたりして乗っかってきた格好だ。大の男とは、もちろんレオナードとアリオスである。 今はこうしてほっこりとしながら、アリオスを全員で待っているのだ。 「ホットチョコレートって魔法。心も躰も温めちゃうなんて…」 エンジュは感心しながら言い、何時もは余り見られないレオナードのギャルソン姿を見つめていた。ギャルソンと言っても、おしゃれなものとは程遠い雰囲気があり。どちらかと言えば居酒屋のおやじに似ているのだけれど。 「腹へったら、マリネサンドぐれえなら作ってやれるぜ? 生ハムとオニオンスライスを酢に漬けてるのがあるから」 「じゃあそれを映画のお供にするのはどうですか?」 エンジュは閃いたとばかりに、ポンと手を叩く。映画館といえば、ポップコーンとホットドッグが定番だが、こういったお洒落なものもいいかもしれない。 「そうだなァ! そうするか」 レオナードの高らかな結論に、アンジェリークたちは大きな拍手をする。これで楽しみも増える訳だ。 レオナードがサンドウィッチを幾つか作っていくのを、ふたりの少女たちは興味深く眺める。ちょうど子供が、ショーウインドーに張り付いて、大人の仕事ぶりを確認するようにだ。瞳にはキラキラとした光を輝かせて、本当に子供のようだ。 「レオナードさんってやっぱり手際が良いねえ」 「あたぼうだろうが。俺様は、大ベテランのシェフ様だぜェ」 レオナードはヘヘンと自慢するように鼻で笑い、華麗なる手捌きを見せ付けた。 「私もいつかはこういう感じに、美味しいものみんなを幸福に出来たらいいですねえ…」 エンジュは、アンジェリークよりも更に真剣な眼差しで、レオナードの仕草を見ていた。 「アリオス遅いなあ」 ふたりの熱い眼差しを感じていると、早くアリオスが来てくれればいいのにとアンジェリークは思った。 「遅くなっちまったなあ!」 銀の髪にうっすらと雪の化粧をして、アリオスがようやく現れた。直ぐにスツールに腰をかけ、冷めたい躰を温める。 「クライアントとの打ち合わせが長引いてしまってなあ」 「なんか温かいものでも飲むか? 生憎ホットチョコレートか緑茶しかねえが…」 「緑茶でいい」 アリオスがホットチョコレートを飲んでいる姿等全く想像できない。アンジェリークは鼻にシワを寄せてチョコレートを見るアリオスに、屈託なく笑った。 「美味しいよ、ホットチョコレート」 「いらねえ。甘すぎて頭痛くなりそう」 アリオスは煙草を口にくわえ、一服を愉しむ。映画館は前面禁煙なので仕方がない。 「今日はサンドウィッチを持っての映画鑑賞だからなァ! 中で飲み物を買ってな。おら出来た。帰りはここで仕込んでいたとっときのブイヤベースを食わせてやるよ」 「嬉しい!!」 映画の後に待っている温かな食事に思いを馳せながら、アンジェリークはうっとりとなる。 アリオスに色々な店に連れていって貰って、美味しいものを食べさせて貰ってはいるが、やはり天使の庭園に勝る味はないと、最近では思っている。 「さァ、支度も出来た。映画を見に行くかァ!」 レオナードがピクニックに行くような荷物を持ち、みんなで楽しく映画鑑賞に向かう。気の置けない仲間と少しロマンティックな映画鑑賞は、ご機嫌なこと。 「で、おまえらは何を見るんだよ?」 アリオスはいつもは長いストライドをアンジェリークのそれに合わせながら、ゆっくりと歩いてくれる。 「話題の純愛映画”きみが編んだオペラ”よ」 アンジェリークが言うなり、レオナードとアリオスは顔を見合わせて苦笑いした。 「そうなのかよ」 やはり参ったといった顔をしている。ふたりはこういったラブストーリーよりも、どちらかといえば派手なアクション、あるいは男のドラマが好きなのだ。 「こりゃァ、居眠り決定だな、アリオス」 レオナードがこそっと耳打ちするのを、エンジュが見逃すはずなどない。レオナードの頬を軽く抓った。 「いてえな!」 「上辺だけで判断しないで下さいよ! すごおく良い映画かもしれないんですから!」 「わあった! ちゃんと見るから、抓るのはよせっ!」 レオナードは抓られて真っ赤にはれた頬を痛そうに手で撫でている。 「暴力女っ!」 「目には目を! ですっ!」 「訳が解らねェ」 レオナードが涙目になりながらエンジュを睨みつけたところを見ると、相当痛かったようだ。 「今日はそれぐらい泣ける映画なので楽しみにしておいて下さいね」 「へい、へい」 うっすらと積もる雪には、中々慣れることがない。アンジェリークはもたもたと歩いては、つるりと滑ってしまうこともしばしばだ。 「きゃあん!」 「ったく! おまえは何でもおもちゃみてえな動きをするんだ?」 アリオスは呆れて溜め息をついてはいるが、その瞳は妙に楽しげだ。やはり、アンジェリークを見るだけでも楽しいおもちゃなのか。 「おらしっかりと掴まれ」 「わあい! お父さん!」 「俺はおやぢじゃねえ!」 アンジェリークがぽてぽてと可愛い着ぐるみのように歩くのを、アリオスが見守るように合わせて歩いていく。 ふたりが歩いた所だけが雪がなくなり、春が来たような、そんな温かさがある。 エンジュはどちらかと言うと勢い良く大股で歩く傾向がある。自分では大丈夫だと思っていたが、これが間違いだった。 雪道を甘く見ていた。 「あっ、きゃあっ!」 エンジュはそのまま、おむすびが転がるような勢いで、雪道を滑る。そのまま尻餅をついてしまうかと思ったところで、逞しい腕がエンジュを引き寄せた。 「ったく、素直に俺様の腕に捕まっていればいいのによォ」 レオナードの男らしい香りを感じ、エンジュは目眩がした。甘い目眩。 「あ、有り難う…。レオナードさん」 エンジュは恥ずかしそうに俯くと、そっと視線を落とす。雪明かりのせいなのかは解らないが、レオナードをちゃんと見ることが出来ない。 無言でもぞもぞとレオナードの手を取ると、レオナードが笑っていることが解った。 二組の恋人と言うにはほんの少し恥ずかしいカップルは、緩やかに雪の中を歩く。 外はかなり寒いはずなのに、より温かく感じてしまうのがとても不思議だった。 映画館の中にあるフードコートで、アンジェリークの要望により大量のポップコーンが購入された。 甘いキャラメルコーティングのものと、シンプルな塩味。 飲み物をしっかり頼んでから、シートに座る。アリオス、アンジェリーク、エンジュ、レオナードの順だ。 「楽しみよね!」と口々に言うアンジェリークたちに、アリオスたちは全く乗り気ではなさそうだ。 「こう言うところで食べるご飯食べると、凄く美味しいのよね! がっつり食べるぞ!」 アンジェリークはロマンティック映画を見るにも 関わらず、いつもの食欲は健在だった。 「おまえは何時でも食いもんは美味いんだろうが」 「いいもん!」 アリオスのツッコミにも、アンジェリークはいつものように答えた。 映画が始まるなり、アンジェリークたちは無神経に大量の食事を取り始める。 途中泣けるシーンに入ると、忙しくも口を動かしながら泣いていた。 鼻をするするとすすりながらも、きっちりと食べるところは流石だろうか。 「おら」 アリオスがハンカチを差し出すとアンジェリークは、礼を言って涙を拭いた。ついでに口の周りも拭き、鼻までかんでいる。 レオナードはらしくエンジュに手ぬぐいを渡すと、アンジェリークと同じ状態の使い方をしていた。 淡々と映画は進み、いよいよ感動のクライマックスになる。 良いところだからだと、アリオスに言おうとすると、すっかり眠りこけていた。レオナードはと言えば…。 「左に同じみたい」 ふたりは顔を合わせて微笑むと、男たちにそっと肩を貸してやる。 にんまりと笑った少女たちの瞳は、映画よりもロマンティックに輝いていた。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。 天使の庭園の冬。 徐々に春は近付いているようです。 |