可愛い天使たちが心を込めてチョコレートを贈ってくれたから、返すものも気合いを入れなければならない。特に、レオナードは、 直接三人に指導したのだから、野郎どもにはもっとスパルタに、びしりといかなければならない。 特にホワイトデーは、”三倍返し”などと巷では囁かれているから…。 「おまえら、俺様特製のとろけるクッキーを教えてやるから、しっかりと協力しろや」 レオナードは、自分がパティシエであることをいいことに、威張り散らしていた。 「へい、へい」 アリオスは相変わらずやる気のない返事をし、エルンストは神妙にしている。 「俺は大量に作らなくちゃならねえからな。エンジュやレイチェル用のラッピングとは別に、アンジェ用のやつを持ってきた。美味いのをこの袋ごと詰められるように頼むぜ?」 アリオスはいくつクッキーが入るか、全く検討がつかないほどの量が入る袋を、自慢げに見せている。 「なんか、大食いの狸を餌付けする飼育係みてえだな」 レオナードは、アリオスの溺愛ぶりに苦笑しながら、袋をまじまじと見る。こんなにクッキーを入れたら、市販じゃかなりの量になるだろう。 「今日はおまえら相手なので、簡単なやつを教えてやる。味は普通のプレーン、チョコレート、ストロベリーな。ガキんちょはみんな好きなフレイヴァーだぜ。後は、余った素材で、自家製アイスクリームを作って、それを店で食わせてやるのもいいだろう?」 「というか、食材は余りますか?」 エルンストは眼鏡に手をかけながら、視線をアリオスが持ってきた大きなラッピング袋にいく。そこには”アンジェ用”と、アリオスの字でカリグラフィーよろしく可愛く書かれている。 「…確かに。子だぬきの餌袋はかなりデカイからなァ」 レオナードはそれを見ながら同意する。 「上げ底すりゃあ構わねえだろ?」 アリオスはしっかり量を多く見せる為に、荷物用クッションを用意してきていた。 「だな。こいつのちんたまみてェに」 レオナードとアリオスの視線が一世にエルンストに向けられたので、眼鏡がずり落ちてしまう勢いで、レイチェルの恋人は真っ赤になった。 「あなた方はどうしてそんなに品がないのですか!?」 「品位がないのは俺様じゃあなくて、アリオスだろ?」 レオナードは面白可笑しそうにニヤリと笑いながら、アリオスを見た。しかし、アリオスにはかなりキツ目に睨まれたので、肩を竦める。 「美人さんがそんなにクールに睨んだら恐くて子だぬきが泣くぜェ? あ、いつも子だぬきの前では壊れてるから、んな顔にはならねェか!」 レオナードが更にからかってくるものだから、アリオスの顔は益々不機嫌になる。それをオロオロとエルンストが見るという、いつもの図式が出来上がっていた。 「さてと、始めるかァ。天使様たちも待ち構えているみてェだしな。確実に綺麗に仕上げる為に、確実、得意不得意分野があると思うからなァ。エルンスト、おまえはこのレシピに添った材料を、この計りで量ってくれ」 確かにこういった緻密な作業は、ここにいる誰よりもエルンストに向いているようだ。 「…解りました」 適任だとまんざらでも無さそうに頷くと、エルンストの眼差しがマッドサイエンティストよろしく妖しく光る。 「これ、使ってくれや」 レオナードが差し出したのは古びたはかりで、明らかに最近使われていないのが解る。 「いつもはこういったはかりを使われないのですか?」 「あたぼう。面倒臭くねェ? んなのイチイチ量っていたら気が狂っちまうぜ」 「じゃあ、いつもはどうやってお菓子を作られているのですか? 評判のパティシエでもあるのに」 エルンストはレオナードに対して不思議を解明するかのような目付きで、堅く訊いてくる。 「あァン? んなもん決まっているじゃねェか。天才パティシエのレオナード様だぜェ? 目分量だ。テキトーなの。要は美味かったらいいわけだからなァ」 こういった、パティシエがやってはいけないだろういいかげんさを持つからこそ、枠を越えた素晴らしい菓子が出来るのだろうと、アリオスは思う。 「じゃあ、あなたがその”天才的な目分量”を使って、予め準備をすれば宜しいのではないですか?」 エルンストは全く鉄の塊のように淡々と話している。レイチェルは、この男のどこが好きで、付き合っているのだろうかと、レオナードは真剣に考えてみた。 「天才がやっていいことを、そのまま素人に応用出来ねェだろうが。だからおまえらには基礎中の基礎から、きちんとやって貰うんだぞ」 「解りました。私がきちんと正確に量り、あなたが作るクッキー以上に美味しいものになるようにしてみせましょう!」 「ああ。御託はいいから、チャッチャとやれや」 レオナードは大量の製菓用小麦粉や砂糖、バターをどんとエルンストの前に置くと、知らん顔をして、次の仕事を始める。 「アリオス! おまえは生地に練り込むチョコレート作りだ!」 「ああ」 普段クールで何かとレオナードは指図される側にあるせいか、アリオスを顎でこき使えるのは、相当ご機嫌なことであるらしい。鼻歌まで出ている。 アリオスは元来とても器用なせいか、レオナードが一度言った事を、すぐにやり遂げてしまう。それが少し気に入らなかったようだ。 エルンストはと言えば、量りと材料と睨めっこをし、まるで化学実験の材料を量っているように見える。製菓道具が、フラスコやビーカー、試験管に見えてしまうのが、全く不思議だ。 ほんの少しの誤差もないように、エルンストはきっちりと神経質に材料を量る。それはほんとうに、マッドサイエンティストのようであった。 「量れました! 私が量ったのですから、1グラムの誤差もありませんよ。レオナード」 エルンストは全く胸を張って自慢しながら、鼻でフフンと笑う。それがまた得意げで笑えた。 「次は小麦粉をきっちりふるってくれ! エルンスト先生がきっちりと量ってくれたからなァ」 「レオナード、アリオス。きちんと私が正確に量りましたから、一粒も小麦粉は零さないようにして頂きたい」 「ふるいにかけるのに、んなもんは無理に決まってるだろ? 少しぐれえ誤差はあっても大丈夫だろ」 アリオスは怠そうに言うと、適当な力でふるいをかける。器用なので、綺麗にふるえている。 三人とも綺麗にふるい、滑らかな状態になる。準備段階では、アリオスたち男チームのほうが、お菓子作りでは一枚上手であると言えた。 「しっかりバターと生地を練り込むぜ」 レオナードの合図のもと、甘くて美味しいクッキーの生地作りに挑む。男性のしっかりした力のせいか、直ぐに滑らかな生地は出来上がり、更にチョコレートなども加えて、バラエティー豊かな、プレーン、ストロベリー、チョコレートの三種類の生地が誕生した。黄色い生地もプレーンから作り出し、茶色い栗色のものも作る。 「これで顔を作るぜェ? 俺達のオトコマエな顔も、残りの材料で作って、余った生地は全部焼いちまうぜェ!」 レオナードの号令の下で、男たちは愛しく思う恋人の顔を、一生懸命造作する。時には愛らしく、かっこよく。 暫くして、アンジェリーク、レイチェル、エンジュの可愛い顔をしたクッキーが完成した。 その後に添え物のような男たちの顔も出来、残りは小さなクッキーにして焼く。マカダミアンナッツやアーモンドが練り込まれているものや、クランベリーなどもある。 「これを焼いて、片付けたら、美味い紅茶を用意してやらねェとな」 業務用オーブンにクッキーを入れている間、綺麗に片付けていく。特にエルンストがひとさら熱心にキッチンを磨いていた。 掃除も紅茶の準備も済んだ頃、綺麗に焼き上がる。 「楽しみだなァ。荒熱取れたら袋に詰めねェと」 レオナードが大胆にオーブンからクッキーから取り出すと、ちょうど良い感じで焼き上がっている。 「綺麗に焼き上がっているな。美味しそうな栗まんじゅうだぜ」 「レイチェルも可愛く出来ていますよ」 「エンジュのがかなり可愛いぜェ」 男たちはそれぞれ自分の作ったクッキーを絶賛しながら、愛しそうに目を細めた。 ようやく荒熱が取れ、袋に詰める。アリオスが用意した、アンジェリーク用の袋には、かなりの量のクッキーが入れられた。 ラッピングが終わる頃、少女たちが大挙して、”天使の庭園”にやって来る。 「本日はお招き頂いて、有り難うございます」 アンジェリークの元気な声に、一気に店の中は華やいでいく。 「おまえら飲み物は何が良い?」 「ワタシ、ストレートティー」 レイチェルがクールにらしいものを言えば、 「私はジンジャーミルクティ」 とはエンジュ。 「私はロイヤルミルクティでとっときに甘いやつー!」 甘いものをかなり消費しても太らない体質のアンジェリークは、いつものように甘いものを好んだ。 「今日のスウィーツは、俺達が作ったクッキーだ。しっかり食えや」 大好きなひとから渡された甘いお返しに、アンジェリークたちは歓声を上げる。受け取って袋を開けると、更にその声は大きくなった。 「有り難う、エル!」 レイチェルが大胆にも頬にキスを贈れば、エンジュも嬉しさを顔に出して礼をする。 「有り難うレオナードさん」 エンジュは大胆な行動を取ることが出来なかった分、レオナードが積極的に抱き着いて来た。 「嬉しいことを言ってくれるじゃないかァ」 そして、アリオスとアンジェリークはと言えば…。 「甘くて美味しいよ。どうも有り難う」 「じゃあもっと甘いものをやるよ」 「え!?」 「これだ」 アリオスは甘く囁くと、アンジェリークの唇を優しく奪う。 クッキーよりも甘いキスをくれる。アンジェリークは幸福で頬を天然のチークで染めると、はにかんだ笑いを向けた。 天使の庭園は今日も明るい花が咲き誇る。ホワイトデーが過ぎれば、春はもうすぐそこです。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話。 天使の庭園のホワイトデー。 一番甘いのは勿論恋人からのキスです。 |