レオナードが作ってくれる料理どれもこれも素晴らしかった。 ササミのカルパッチョは絶品で、アンジェリークはささみを生で食べることを初めて知った。 「生で鶏肉を食べるのを初めて知りました!」 「生のササミはすげえ良いものを使っているからな。あいつは食材を選ぶのだけは旨い。ササミとかも新鮮だったら刺身にしても食えるんだ」 「へぇ、うちでもやって見ようかな?」 「ああ。やっても構わねえとは想うんだが、ちゃんとした肉屋で刺身にしていいかをきちんときいてからやれよ」 アンジェリークはふんふんと何度も頷き、興味深そうにしている。 レオナードが大皿で盛ったはずの、カルパッチョサラダは殆どアンジェリークによって食されていた。 「さぁ、これからどんと来いって、胃袋も言っていまーす!」 「すげえな」 アリオスは感心するように言ったが、決してアンジェリークを大食いという目で見る雰囲気は一切なかった。 「メインは塩釜ステーキだ。これが柔らかくて絶品なんだ」 「楽しみ!」 アンジェリークは余裕のあるアリオスの横顔をふと見て、ドキリとした。 精悍で綺麗な横顔は、大人ね雰囲気を醸し出している。 キスを突然奪われてから、じっと見たりしたことはなかったけれども、よくよく見ればよく整っている。男性にしては少し華奢な顎のラインも、とても綺麗な顔には似合っている。 「どうした?」 アリオスが静かに声をかけてきた。 染みる艶やかなテノールに、アンジェリークは益々ときめきを感じずにはいられない。 「綺麗な顔をしているなって…」 何も考えず、アンジェリークはストレートに言ってしまった。 一瞬、アリオスは驚くようにきょとんとしたが、次の瞬間には楽しそうな顔を見せた。 「おまえ、さては俺に惚れたな?」 図星、真を突かれた。様々な表現があるが、この時のアンジェリークの表情ときたら、耳まで真っ赤にして慌てる。 これ以上に語ることはないだろうと想わずにはおれないほどだ。 「…ち、違いますもん。ほ、本当にそう思っただけだから…」 アンジェリークはうろたえながら、必死に否定をする。それが他人から見ればとても愛らしい表情であることを、勿論気付かない。 「ホントかよ?」 「ホントです」 アリオスがニヤニヤとからかうような光を眦に浮かべながら、肘をテーブルに着いてじっと見ている。 アンジェリークは少しだけ憎らしくてぷいと顔を背けたが、アリオスはずっと笑っているだけだった。 ふたりには絶対愛がある。 しかもそれは誰にも邪魔が出来ないような深い愛が。 アンジェリークはアリオスを見つめながら、本当に可愛いらしい表情を浮かべている。 アリオスがそれを引き出したのだ。 それに比べて隣の男は。 アリオスの注文通りに料理を作るレオナードを、エンジュはちらりと見る。 ご機嫌だ。 だがデリカシーのかけらもない上に、女ぐせは極めて悪い。アリオスも悪いかもしれないが、スマートさが違っていた。自分を子供扱いしても飽きたらず、からかってまで来る男。全く恋愛対象にすら入れてもらえない。 エンジュは溜め息を吐いた。 何と違うことだろうか。 レオナードにせめてアリオスの数パーセントでいいから周りを見る目があれば。 エンジュはまた溜め息が出た。 同じ俺様専制君主的なところがあるというのに。 隣の芝生はよく見えるというが、全くその通りだった。 「エンジュちゃん、眉間にシワ」 レオナードが眉間をついと触れる。突然起こってしまった行為に、エンジュは驚いてしまい固まった。 レオナードに触れられるなど初めてのことで、意識しすぎてしまい顔が真っ赤になる。鼓動もひどく速い。 「うおっ? 固まっちまったか!?」 いったい誰のせいでこうなったと想うのか。胸に手を宛ててちゃんとしっかり考えろと、エンジュは思った。 「シワは生まれつきなんです! ほっといて下さいっ!」 妙にいらついてしまい、エンジュはレオナードを振り払った。 全く女心を理解しない男だ。溜め息が出まくってしまう。 「エンジュちゃん、恐いぜ」 「恐いのは生れつきです!」 「エンジュちゃん、解った! あれか!」 全くデリカシーがない。こんなことを口にするのは、世界を探し回っても、レオナードだけのような気がする。 「アンジェがお腹を空かせています。料理は急いで下さいね!」 「そんなわけ…」 そこまで言いかけて、レオナードの手が止まる。すっかりアンジェリークは完食している。恐ろしき腹減り娘だ。 「チッ、ピッチを上げるか!」 レオナードが猛然と料理を作っていると、入り口が華やかに開いた。 「いらっしゃいませ」 歌うようにエンジュか挨拶をすると、青年から穏やかな微笑みが返って来た。常連になりつつあるフランシスだ。 「こんにちは、レディ」 「こんにちは、フランシスさん…」 レオナードが大好きなのは全くもって変わらないところなのだが、フランシスのように優しくノーブルに扱って貰えば、女の子の誰もがときめかずにはいられなくなる。 エンジュもほわほわとお姫様気分を味わっていると、レオナードに後ろからくつく声をかけられた。 「おい、エンジュ! とっとと働け。時間は無駄に出来ねえんだからな」 「はあい」 エンジュはそそくさとフランシスを席に案内し、注文を取る。 「ダージリンとカツサンド野菜入り」 「はい畏まりました!」 フランシスのように落ち着いたひとも、みんな大好きカツサンド。 レオナードの料理の腕がそれだけ高いということを示している。 「カツサン野菜入り、ダージリンです」 「あいよ!」 最高に不機嫌な声が返ってくる。エンジュはそれを無視するように接客に入った。 アリオスとアンジェリークを見つめていると、とても良い雰囲気で嬉しくなってしまう。 ふたりをサラダボウルに入れて、一緒にぐるぐるとしてしまうのが良いのだ。 想像するだけで楽しくて、エンジュはくすりと笑った。 尽かさずレオナードの親父咳ばらいが入る。 「エンジュちゃん、油売ってねえで、ちゃっちゃと仕事しろや」 「はあい」 わざと素直に返事をすると、エンジュはてきぱき働く。 「レディ」 フランシスに声をかけられて、エンジュは振り向いた。 「いつも一生懸命で素敵ですね。素敵です」 「あ、有り難うございます」 ストレートな賞賛に、エンジュは素直に頬を染める。 フランシスの言葉は本当に嬉しく想う。憎たらしいことばかり言うレオナードとは正反対だ。 トレーを持って戻ってくると、レオナードがまた因縁をつけてくる。この男はいったいどういった了見で因縁をつけてくるのか、全くもって不快だ。 「エンジュちゃあん、あの嫌味な優男が大好きなのかあ?」 全くこの男はこれしか言えないのか。エンジュは腹が立ちキリリとキツ目の笑顔を浮かべた。 「フランシスさんは大好きですよ」 「ああン?」 「お客様も周りのみなさんもみんな大好きです。勿論、レオナードさんも」 さりげなく言ったつもりだが、”レオナードさん”と言ったところで頬が赤く染まってしまった。 「そうか」 先程まで不機嫌だったレオナードの表情がご機嫌なものになる。 鼻歌を交じらせながら仕事を始める始末だった。 「腹減り娘! スズキの香草焼きだ! サービスだから食っておけ!」 「わーい!」 レオナードが上機嫌でサービスしてくれたので、アンジェリークは手放しで喜ぶ。しかもレオナードの上機嫌の理由を知っていたので余計だ。 「良かったな」 「うん。だけどアリオスさん、これはエンジュのお陰」 ぱくぱくと魚を食べながら、アンジェリークは鋭く呟いた。 「エンジュの?」 「だってさっき、エンジュはみんな大好きで、勿論レオナードさんも大好きって言ったじゃないですか。ご機嫌なのはそのせい」 アンジェリークは食べ物に夢中になりながらも、耳はしっかりとダンボにして、ふたりの会話を聞いていたのだ。 「すまねえ、聞いてねえ」 「折角良いところだったのに」 アンジェリークは残念だとばかりに呟いたが、アリオスが聞いていないのも当然である。 何せ、ずっとアンジェリークが食べる様子を、幸せそうに見つめていたのだから。当然、その間は、一切他のことは視界にも耳にも入らなかった。 「ふたりはきっと好きあっていると想うのよね〜。きっとそうだわ」 「なるほど。それは俺にも解る」 アリオスも同意の証に何度か頷いてみせた。 「だったら、私たちが、”愛のキューピッド”になってみませんか?」 ニコニコ笑うアンジェリークは勿論本気だ。 アリオスは複雑の想いを抱きながら、当然これを利用しない手はないと想う。 だが心中、”俺達こそキューピッドが必要だ”と思っていたのは秘密だ。 「ああ、解った。乗る」 「有り難う! だからアリオスさん大好き!」 アンジェリークはアリオスな手を握ると、ぶんぶんと何度も振る。 無意識に”大好き”だなんて言ったことを、勿論アンジェリークは気付いてはいなかった。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらの新しいお話です。 ひたすら、甘く、可愛くを目指します。 よろしくです。 料理が可愛くない…(笑) アリコレ、レオエンの会話を書いてて楽しかったです。 |