アリオスとアンジェリークが熱さをばらまいて行ってしまった後、エンジュは後片付けをしながら、幸福の残り香を嗅ぐ。 「レオナードさん、アリオスさんとアンジェ、良い感じですよね」 「ああ。俺達が何かしなくても、くっつくんじゃねえの?」 レオナードは意味深に笑いながらカツサンドを作っていた。 「そうですよね。ふたりの恋が燃え上がっているかもしれないですね」 エンジュがカウンターに凭れかかりながら、うっとりと呟く。ニコニコと笑うと、本当に楽しくなった。 ふと肩を叩かれて、エンジュが振り向くと、満足そうに笑うフランシスがいる。 「ご馳走様。美味しかったですよ」 「はい! 有り難うございます!」 常連であるフランシスの穏やかな笑顔を見ていると、サービス業の素晴らしさを感じる。やはり笑顔が何よりものたからものだと想うのだ。 「うちのオーナーの料理の腕とお茶をいれる腕が最高だからですよ!」 これが自慢とばかりに、エンジュは得意げに言う。レオナードのカフェシェフとしての素晴らしさが、エンジュがここにいるきっかけとなったのだから。 「料理も最高ですが、サービスが最高だから、とても美味しく感じるのです。料理が出てくるタイミングもとても良いですが、それに笑顔がないと…。私はレディの笑顔を愉しみに、ここに通っているのですから…」 「有り難うございます!」 笑顔が愉しみだと言われるのは、正直言って嬉しい。サービスしがいがあるからだ。 「そうそう。芸術の秋ですからね。宜しかったら行ってみてください」 フランシスはノーブルな服の胸ポケットから、封筒を取り出し、エンジュの手に強引に持たせる。勿論、持たされた後、エンジュの手を握り締めてきた。 「これは?」 「クラシックのコンサートです。交響楽団が演奏する素晴らしいコンサートです。オペラやミュージカルと融合しているので、きっとレディも気に入ると思いますよ?」 ミュージカルやオペラが融合されているものなら興味がある。 エンジュはどちらかと言えば、クラシックよりも、ノリの良い音楽が好きなのだが、ミュージカルナンバーなら、悪くはないと想う。 「有り難うございます!」 「はい。いつもの御礼です。楽しみましょう」 「はい!」 エンジュは、フランシスに穏やかな気を貰い、楽しくリラックス出来る。きっとこのチケットも癒しのあるコンサートなのだろう。 「ではまた、レディ」 「有り難うございました!」 エンジュがフランシスを丁寧に見送った後、封筒に入っているチケットを確認する。近日に行われるクラシックコンサートと印字され、その価格に驚いた。15000Gだなんて! しかもチケットの隅には、指揮者のクラヴィスの個人的なご機嫌により、開演が大幅に遅れる場合があります。 エンジュは高いお金を払って見に来る客に失礼だとは思いながら、思わず笑ってしまった。 「おい、エンジュ!」 いつもより強めに声をかけられ振り返ると、レオナードがそれは恐ろしい表情で睨んでくる。 「エンジュちゃあん、働けや」 レオナードの視線はかなり厳しかったが、エンジュは恐いなんて言っておられない。 お客様とのコミュニケーションの度にこれだとは、はっきり言って困ってしまう。 「はあい、働きます。テキパキ!」 「おまえ、俺に喧嘩を売ってるのかよ?」 レオナードの表情が明らかに引き攣り、頬の筋肉などはひくひくしている。 そんなことは関係ないとばかりに、エンジュは接客に入った。 オーダーを入れにカウンターに近づくと、レオナードの顔が恐くなる。エンジュも釣られて恐くなる。 「カツサンド、ミックスジュースプラスで!」 「あいよ!」 レオナードはオーダーを受けて新しいカツを上げている間、エンジュを捕まえる。 「何ですか!?」 「あのチャラチャラした優男に何を貰った?」 「クラシックコンサートのチケットですよ」 「フン、仕事中にナンパされてるんじゃねェ!」 レオナードは不機嫌最高潮の表情で、エンジュを睨み付けてきたかと想うと、頬を抓ってくる。 「暴力反対!!」 エンジュはぴりびりと傷む頬を押さえながら、レオナードをしっかりと睨み付けた。 「だからオーナーは嫌いなの!」 「さっきは好きだって言ったじゃねえかよ」 「そんなものは撤回!」 エンジュは、レオナードにとっておきの”あかんべー”をすると、肩を怒らせてカウンターから離れた。 全くなんて失礼な男なのだろうか。 そんな男が好きな自分が、少切ない。 誰よりも好きなのだからしょうがないが、もっとまともな男に恋をすれば良かったと、エンジュはつくづく思った。 からからとドアが開く涼しい音がして、エンジュは元気良く挨拶をした。 「いらっしゃいまし!」 「レオナードいる?」 エンジュにいきなりきいてきたのは、艶のあるハニーブロンドの美女。真っ赤なルージュが特長的な、少しばかり危険な香りが漂う女だった。 いかにもレオナードが好きそうなセクシィダイナマイトなボディライン。 エンジュは思わず自分と比べて溜め息をついた。 「何、見てるのよ。ダサいウスラトンカチ。レオナードを呼んでと言っているの!」 女は静かにもエンジュを牽制するように言うものだから、きっぱりとした態度で望んだ。 「かしこまりましたっ!」 トレーを持ってずんずんとカウンターに向かいレオナードを呼びに行く。眉間にシワを寄せることしか、恋するエンジュには出来ない。 「オーナー、お友達です」 「友達!?」 「あれ」 エンジュは視線で誰が来ているかをレオナードに示す。するとレオナードは厳しい顔付きになった。 「しつこいな…」 レオナードは舌打ちをすると、本当に険しい顔でカウンターを出る。 「ユーイ、カツ揚げておけっ!」 「おう!」 女の前に出るレオナードは、今までに増して威圧感がある。かなり怒っているのは明白だ。 エンジュは脇に下がったが、それでも興味があるのを止めることは出来ない。控目にだが、耳をダンボにしていた。 「レオナード、あなたまた他の女に手を出したのね!? それならともかく、私の大嫌いなあの女だなんて!」 女はかなり怒り心頭のご様子で、勝ち気な瞳でレオナードを睨み付けている。 端から見てもかなり恐かった。 「おまえとはきちんと清算したはずだぜ? 何を今更言いやがるんだあァ?」 静かに聞いていたレオナードも、当然のように反論する。本当に面倒といった顔で、女を牽制している。 「これ以上はお話にならねェ。どこまでいっても平行線だからな。営業妨害になる。返れ」 ピシリとレオナードが言い切ると、女は更に逆上する。 綺麗にマニュキュアが塗られた手が、真っ直ぐレオナードに向けて振り上げられる。 レオナードは微動だにせず、動じている風ではなかったが、様子を見ていたエンジュが動じた。 オーナーが傷付けられてしまう。 憎らしいが愛しい相手のピンチならば、漢らしいエンジュにとっては助けずにはいられない状況になる。 「オーナー、危ないっ!」 「おいっ、エンジュ!?」 エンジュはいてもたってもいられずに、レオナードの前に飛び出す。 一度勢い良く振り上げられた手は、下ろされるしかない。 女の飾った手は、エンジュの頬を思い切り叩いた。 物凄い音がして、女自身も驚いている。何よりも、エンジュの頬は一瞬とは言え激痛が走り、真っ赤に腫れ上がる。 「おい、大丈夫か!?」 「…大丈夫です…」 まだ頬はじんじんとするが、所詮は女性の力なので、それほどひどい状態にはならない。 痛いが。 「お前、見ず知らずの相手に怪我をさせたら、傷害罪で警察ざただぜ!?」 直ぐにレオナードはエンジュを背中に隠し、護るように立ちはだかってくれる。 広く逞しい背中は、エンジュの憧れ。縋り付いて頼りにしたかった。 頬を打たれた痛さも、レオナードに護られることへの喜びが打ち消してくれる。取るに足らないことのように思える。 女は結局思い詰めた顔をしながら、悔しそうに出ていってしまった。 「おい、エンジュ」 レオナードに声をかけられて顔を上げると、大きな手が腫れ上がった頬を捕らえる。温かくて本当に気持ちが良い。レオナードの 温もりが心の芯まで染み通り、エンジュの心が華やいだ温もりに包まれた。 こんな甘い囁くような幸せも素敵だ。 「痛かっただろう?」 「大丈夫です! 日頃鍛えていますから!」 ぴりぴり傷むのに、エンジュは笑みを零す。ごく自然に零れた笑みだった。 「お前らしいなァ、全く!」 厳しく深刻だったレオナードの表情が一気に晴れ上がり、豪快な笑いとウィンクが出る。 エンジュもほっと安心して笑った。 「よし、今日は漢なエンジュに、特別の賄いをプレゼントしてやるぜェ。カウンターに座れや」 「はいっ!」 特別の賄い。 自分だけがレオナードに贔屓されているようで、とても嬉しい。 エンジュはワクワクしたがら、カウンター席に腰掛けた。 「楽しみにしてくれや。このレオナード様のとっときだからなァ」 エンジュはこんなに幸せな気分でレオナードに対するのは、客として来た時以来だ。 レオナードは、冷蔵庫からとっておきのハムと卵、キャベツの千切りを取り出す。 気に入った客に出す、卵とハムのホットサンドを作ってくれるのだ。とろとろに溶けそうな半熟目玉焼きが入っている、とても美味しいと評判のものだ。 味を想像しただけでよだれが出てくる。 手際良くホットサンドを作っている間、レオナードはこれまた高級ココアの缶を取り出して練り始める。 リーズナブルなこの店には珍しく、一杯が1000G以上する逸品だ。ちなみに寿司屋のように時価である。 レオナードがこうして真剣に料理をしてくれているのを、カウンターから見つめるのは、何て幸せなことなのだろうか。 また惚れ直したね。 エンジュはつくづく思った。 「ほら、お待ちどうさま。スペシャルだ」 「わーい!」 思わず拍手すら出る、”天使庭園”特製のホットサンドセット。湯気がほわほわと立っているのを見るだけで、エンジュは飛べるぐらいに幸せだ。 「いただきます!」 「しっかり食えや!」 一口、ホットサンドを口に入れるだけで、卵キャベツ高級ハムが絶妙なハーモニィを醸し出す。 「美味しい!!!」 エンジュは絶賛せずにはいられない。こんなに美味しいサンドイッチも、食事も、食べたことはない。 ココアも飲んでみる。独特の苦みと甘さが素敵だ。 「やーん、最高!!」 ココアの練り方やミルクとの配合も、弟子になって知りたいぐらいだ。 今日は痛いパンチを受けた。 だがその向こうには、ガーベラの花のような可愛らしく素敵な幸せが待っていた。 |
| コメント アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。 レオエンメインです、今回は。 |