〜天使の庭園〜

「スキとキス」〜アリオス×コレット〜


 秋も深まると、夕方には寒さを感じる。制服が薄手のせいか、アンジェリークが躰を少し震わせた。
「寒いのか!?」
「少し」
「しょうがねえ」
 アリオスは全くそんなことは思っていない風に言うと、アンジェリークを抱き上げ塀から下ろす。
 アリオスに抱き上げられて、アンジェリークの全身が脈打った。先ほどもとてもドキドキしたが、今度はその倍以上もドキドキする。ときめいて眩暈がしそうだ。
「あっためてやるよ」
「あ…」
 アリオスが抱き下ろした状態から離れたかと想うと、背中から抱きしめられた。レザーのコートの中に躰を入れられた恰好になる。まるでカンガルーの親子だ。
「温かいだろ?」
「うん。湯たんぽ付きの寝袋みたい」
「俺は燃える男だからな」
 ポカポカと温かくてちょうど良いはずだというのに、何故だか汗が滲む。これも総て上がり過ぎた体温のせいだと、アンジェリークは思った。
「暑いか?」
「大丈夫…」
 暑くはない。熱いのだ。
 アリオスへの想いが熱でスパークして、たまらなく熱い。甘い緊張が躰を駆け巡り、思わず身震いした。
「まだ、寒いのかよ?」
「大丈夫」
 寒くはない。心も躰も。どこかしこも。
「このまま、少し歩くか」
「え? あ! それはちょっと…」
 アンジェリークがしどろもどろに抵抗するが、明確な拒否をしないせいで、アリオスとは蓑虫状態のまま。それどころか、歩くように促された。
「ほら、歩け」
「アリオス…。みんな、見てる」
 アンジェリークは俯きながら歩く。視線を意識し、しどろもどろに歩いた。
「んなことは関係ねえよ。寒いから、俺達は暖を取っている。それだけだろ。何を恥ずかしがるんだよ」
 アリオスは悪びれもせず、恥ずかしがりもせず、平然としている。
「…熱くなってきちゃった…」
「どれ」
 アリオスの手が額を掠める。ひんやりとしてとても気持ちが良かった。思わず目を閉じて涼を取る。
「気持ちが良いか?」
「うん。とっても!」
 熱い吐息を絡めてアンジェリークはきっぱりと言った。アリオスの手は本当に気持ちが良い。
「湯たんぽは終わりだな。もっと違ったところで、温めて貰うか」
 アリオスもさすがに人だかりが出来始めたのには参ったのだろう。すんなりと離れてくれた。
 だが寂しい。喪失の溜め息がアンジェリークの唇から漏れた。
 全くころころと山の天気のように良く変わる乙女心だ。あんなに恥ずかしかったくせに、もうアリオスには離れて欲しくないだなんて。
熱で潤んだ眼差しを向けると、アリオスがほのかに笑った。
「何だ、離れたくはなかったのかよ?」
 解っているのにわざと聞くのは相当のイジワルだと、アンジェリークは拗ねながら思った。
 全く侮れない男だ。
「…そんなこと、思ってなんかいませんっ!」
 素直に言えなくて、ぷいと顔を背けると、アリオスは愉快そうに笑った。
 躰が離れてしまっても、ふたりの一部はちゃんとくっついている。手をきちんと繋ぎ合っているのだ。
「さっきまでは良い湯たんぽがあったから温かかったが…、今はねえからさみい」
 アリオスは技と震える真似をする。アンジェリークは恥ずかしくてどう反応をしていいのか、解らなかった。
「あっ!」
 アンジェリークはふと見つめていた観覧車が、見事にライトアップされる瞬間を、目の当たりにする。
 夕闇迫る世界に繰り広げられたそれは、闇に浮かぶ美しいショーに見えた。
 ロマンティックで綺麗な風景だ。点灯の瞬間を見ることが出来たのは、ちょっとした感動ものだった。
「アリオス! すごく綺麗!」
「だな。おまえは俺より観覧車かよ?」
「え!?」
「何でもない」
 アリオスが握り締めてくれる力が、とても強くなる。アンジェリークはそれに応えるように、アリオスの手を握り返した。
「乗るか? あれに」
「うん!!」
 即答だった。
 あのきらびやかで美しいイルミネーションの一部になってみたい。アンジェリークの返事には屈託など有り得なかった。
「行きたい! アリオス、速く行こうよ! 私達もきらきらの一部になろうよ!」
「ったく、しょうがねえガキだな」
「ガキでいいですよーだ!」
 先程までアリオスがリードしてくれていたが、今度はアンジェリークがリードする恰好になる。繋いだ手をしっかりと引っ張って、アンジェリークはアリオスを観覧車まで連れていった。
 この街に住んで長いのに、こうやって観覧車に乗るのは生まれて初めてだった。
 子供の頃から乗りたかった憧れの観覧車。
 アンジェリークにも小さな夢があった。素敵な王子様といつか乗る。カボチャの馬車をモチーフにしたコンパートメントは、本当に憧れ。夢を叶える為に、アンジェリークはずっと乗らなかったのだ。
 ずっと見守るように着いて来てくれているアリオスを見る。彼は大人の王子様。常にアンジェリークをリードしたり、リードさせてくれたりする。
 くすぐったくて心地良いもののように、アンジェリークは思った。
 観覧車乗り場に着くと、暖を取る為のカップルたちがちらほらと見受けられる。どの顔にもワクワクが感じられる。
 アンジェリークもアリオスと手を繋いで、順番を待った。カップルばかりで気を遣っているのか、アンジェリークたちが熱過ぎたからか、係員はひとつ飛ばしにして乗せてくれた。
「ひゃあ! 足元から温風! 地下鉄みたい!」
「もう寒いからな」
 アンジェリークはきゃっきゃっと声を立てて、コンパートメントが上がっていく様子を愉しんでいる。視界が上がっていくのを体験するのは、子供の頃から大好きな行為のひとつだ。シースルーエレベーターを乗るたびに、風景を愉しむことが出来る奥に乗ったものだ。
 今日もまた、アンジェリークは小さな子供のようにシートに膝ごと乗り、窓に両手をくっつけて眺めた。
「アリオス、さっきね、あの辺りから観覧車を見たんだよ」
 アンジェリークが興奮気味に遊歩道を指差すと、アリオスも一緒になって眺めてくれる。アンジェリークには甘い砂糖菓子のような瞬間。
「おまえさ、こっちから上にあるコンパートメントとか、こっちから下にあるコンパートメントを眺めたことってあるか?」
 アリオスは上下にある窓を指差し、アンジェリークは首を振った。そんなこと、今まで思い付いたことなんてなかった。
「面白くなさそう。景色も見えないし、なんかのぞき見しているみたいで、私は嫌だな」
「それがお子様思考なんだよ。今日みてえに上下に誰もいねえ時にも、誰かがいても出来る秘密の遊びだ。タイミングが図るのが気恥ずかしいんだけれどな」
 アリオスはまるで少年のような顔をして、アンジェリークに言ってくる。何時ものクールで大人な表情じゃないのが嬉しかった。
 秘密の遊びと言うところも、興味が引かれる。
「もう少し上に上がってからだ」
「うん!」
 外に広がる素敵な景色を見るよりも、上下に見える風景を見るほうが楽しくなる。確かに眼下にはロマンティックな風景。だが、 誰もいないコンパートメントを、アリオスと一緒に眺めるほうがよほど楽しかった。
「もうすぐだ。このてっぺんに差し掛かる瞬間、上も下も見えなくなる。
「あっ! 今よ!」
 はしゃぐような声を上げた瞬間に、アリオスに頬を捕らえられる。ドキドキする暇すらなかった。
「誰も見てねえから」
 低い声が唇から漏れ、アリオスの甘い息が唇にかかる。
 唇が重なった瞬間、自分たちだけの秘密な時間が流れ始めた。
 今、唇を重ねているこの時間は、世界中に自分たちしかいないような気分になる。
 コンパートメントの中には、秘めやいだ空気が流れ、世界と拒絶されている。観覧車が頂点に差し掛かるまでの短い時間のキスは、空を飛びながらキスをする天使のイラストを想い起こさせた。
 唇が離れ、頭がロマンティックにぼんやりとしていると、アリオスが前を指差した。先程まで見えなかった前のコンパートメントがゆっくりと姿を現し始めた。
 ふたりの秘密の時間は終わったのだ。もう少しだけこうしていたいというのは、我が儘なのだろうか。
「アンジェリーク、頂点だ」
 観覧車が真上に差し掛かった時、見事な風景が眼下に繰り広げられた。
 空の高い部分は深い闇色、少しずつ蒼が薄くなり、紫だち、海との境界は茜色。
 自然が作り出す色は、映画やテレビで見るカラーよりも、なんて素晴らしいのか。絵の具ではこんな色を表現出来ない。
 ただ魂を吸い取られるように見ていると、アリオスがそっと抱き寄せて来た。
「対角線上」
 それだけ言って、キスをくれる。
 なんてロマンティック。
 リアルなキスは想像のものよりもロマンティック。
 アンジェリークは触れただけのキスに幸せを見出だし、にんまりと微笑んだ。
 一度上がれば下がるだけ。
 小さな空中旅行はこれでおしまい。アリオスに手を取られて観覧車から降りると、ロマンスも一緒に降りて来た。
コメント

アリコレ、レオエンを絡めながらのお話です。
アリコレメインです、今回は。





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