〜天使の庭園〜

アンジェリークの幸せな一日


「悪い、明日も仕事だ。残念ながら、一緒に過ごせねえ」
 携帯電話から聞こえるアリオスのクールな声に、アンジェリークは努めて明るい声を出す。
「大丈夫。ファミリーバースデーにするから」
 声が震えるのを電波のせいにして、アンジェリークは何でもないことのように言った。
 だが、深く思い知らされる。アリオスが年上で、学生の自分とは、存在するテリトリーが大きく違ってしまっていることを。
「済まねえ」
「うん。じゃあお仕事頑張ってね。バイバイ」
 携帯電話を切った後、洩れるのは溜め息だけだった。しかも失望が沢山貯まった溜め息。
 アンジェリークはベットにぐったりと寝転がると、横にかけているカレンダーにある自分の誕生日を黒丸で塗り潰した。デートマークとばかりに、ハートで囲んでいたが、もうそれもない。
「アリオスのバカ…! 仕事としんじゅうしちゃえ!」
 思い切り悪態をつくと、机に飾ってあるふたりで撮った写真を、アンジェリークは隠してしまった。
「アリオスがこんなんなら、浮気するぞ!」
 勢いで言ってみたものの、アンジェリークにはそんな不実な気持ちはかけらもない。言ってみただけなのに、胃の裏側がちくちくと痛かった。
「…無理よね、私にはそんなもの…」
 大きな溜め息をまたついて、アンジェリークはベットでごろごろとする。すっかり、気分は自堕落だった。

「誕生日さあ、何もなくなっちゃったから、レイチェル、エンジュ、暇だったらカフェでお茶ぐらい一緒にしてくれる?」
 友人ふたりに提案すると、驚いたように顔を見合わせた。
「ひょっとして、アナタ専属のバカ建築家は、この期に及んで忙しいって?」
「まあ、そういったところ」
 人一倍アリオスには厳しいレイチェルが、眉を潜めて怒っている。オトコマエなエンジュに至っては、応戦しそうなぐらいに怒ってくれていた。
「うん。お仕事だって! ふたりには悪いけれど、ほんの少し、付き合ってくれると嬉しい」
「アリオスさんってば、乙女心が解ってないわよね。レオナードもそうかもしれないけれど…」
 エンジュは自分の恋人に想いを馳せ、溜め息をつく。エンジュの恋人レオナードも俺様で、アリオスとの共通点は沢山見つけることが出来る。それ故にアンジェリークは切なかった。
「じゃあさ! ワタシたちが最高に素敵なバースデーにしてあげるわ! アリオスのことなんか、忘れてしまうぐらいにね! あんな不実なやつは、こっちから願下げぐらいの勢いで、祝ってあげるわ!」
 レイチェルはアンジェリーク以上にぷりぷりしており、アリオスは乙女の敵だと言わんばかりだ。確かにそんなところはあるかもしれない。乙女はイベント関係が大好きで、ロマンティックを求めるものだ。
「有り難う! ふたりには感謝だよ!」
 良い友達を持ったものだと、アンジェリークは思わずにはいられない。
 きっと来月にあるアリオスのバースデーにも、同じことが起こってしまうだろう。
 ひとりのお祝い。クリスマスもきっとそうだ。
 そうネガティブに考えてしまうと、どんどん落ち込みモードに入ってしまい、アンジェリークは溜め息をいくつもはいた。特にクリスマスなんていうものは、友人達にも予定があるだろうから、甘えることなんて出来ないからだ。
「アンジェ! 元気出して! このレイチェル様とエンジュ様がちゃんとさ、お祝いをしてあげるから、シンパイしないように!」
「うん! 有り難う!」
 アンジェリークは友人の心遣いに晴れやかな笑みを浮かべた。

 バースデーの前日、デパートからアンジェリーク宛に荷物が届いた。差出人はアリオスだ。
 届いた荷物を受け取り、サインをする間も、アンジェリークは飛び上がってしまうぐらいで、配達員の背中に投げキッスを送るほどだった。
 音程が外れた鼻唄を歌いながら自室に戻る時は、最高な気分だ。
 あれからアリオスとは話していないが、こういうさりげのない心遣いが胸を熱くした。
 好き。
 どうしようもないぐらいに好き。
 アンジェリークは改めて、アリオスが大好きであることをしっかりと確認した。
 デパートからの荷物は結構大きくて幾つもあった。一緒に過ごせないことへの罪滅ぼしであることは、直ぐに解ったが、それだけだとどこか切ない気分になった。
 包みを開けると、アンジェリークが以前から欲しがっていた、ワンピースが一番大きな箱には入っていた。プレーンでシンプルなワンピースだが、かえってそれが上品さを引き立てている。
 薄いピンクの上質な生地を使ったミニスカート丈で、愛らしいフードも付いている。ウェスト部分には可愛いリボンが付いていて、アンジェリークはすぐに気に入ってしまった。
 小さな箱を開けると、そこには薔薇のコサージュの付いたピンクのバッグが、もうひとつの箱を開けると、シンプルなピンクのハイヒールが入っていた。
 ハイヒール。
 アンジェリークにとってはどこか大人の象徴のようにも思える。しかも、脚が美しく見えると言われる、7センチのハイヒールだ。
 震える手で、ヒール部分を撫でてみた。
 7センチの高さが、自分たちの視野や視点の違いを、埋めてくれるだろうか。アリオスと釣り合う女にしてくれるだろうか。
 アンジェリークはそうなればいいなと強く想い、うっとりとハイヒールを見つめた。
 レイチェルとエンジュが祝ってくれるプチバースデイパーティーに、このセットで出かけよう。
 友人達が手づくりで作ってくれたカードを読みながら、素敵なセットを身につけた自分を想像する。
 素晴らしいと思った。
 完璧には一色足りないが、それでも幸せだ。
 明日のパーティーは、午後4時から、エンジュの彼が経営するカフェで。
 高校生なので可能な時間だ。明日は幸い、授業も早く終わる。
 明日は徹底的に愉しもうと心に決めた。
 アリオスにもきちんとお礼のメールを打ち、明日の過ごし方を書いておこう。きっと安心してくれるはずだ。
 ハイヒールを履いた大人の女性のように、アンジェリークは振る舞わなければならないと強く想った。
 恋人は大人なのだから、充分な理解を示して上げなければならない。これでようやくふたりは同じ土俵に立てるような気がした。

 アリオスへ。
 とても素敵なバースデイプレゼントを有り難う。明日のバースデイパーティーには、全身に身につけて行きたいと想っています。
 明日は、レオナードさんのカフェで、レイチェルとエンジュに祝って貰います。午後4時からだなんて、私たちらしいでしょう。明日は思い切り愉しんでくるね。
 だから、アリオスも安心してお仕事をしてね。明日は思い切りお洒落をするぞ!
 アンジェリークより。

 メールを打ち終え、アンジェリークはにんまりと笑うと、アリオスに愛を込めたメールを送信した。


 誕生日は朝から、気分が引き締まる想いだ。ひとつ年齢を重ねて、またアリオスに近付いた気分になる。
 早く追い付いて、アリオスと同じ目線で物事を見られるようになりたかった。あの7センチハイヒールのように。
 学校に行くと、クラスメイトにも祝ってもらえて、嬉しかった。
 メインイベントである近しい友人との小さなパーティーの食前酒としても素晴らしい。
 アンジェリークはわくわくを心の中にいっぱい溜め込んで、授業を終えた。
 家に飛んで帰り、特別の日なのでお風呂で肌を磨く。その後はいつものデートよりも念入りにお洒落をした。薄く化粧もして、アリオスに後悔させたい。こんな大切な日に、仕事ばかりしていたことを。可愛い恋人を放っておいたことを。
 鏡で何度も確認した後、時計を見ればぎりぎり。アンジェリークは鞄を持って、走ってカフェに向かった。

 気心の知れた仲間と、馴染みのカフェでパーティーを開くのは、なんて素敵なことなのだろうか。
 スキップをしながらカフェ前まで行くと、レイチェルとエンジュが待ち構えていた。
「アンジェ!!」
「エンジュ! レイチェル!」
 お互いに手を振りあって、会った途端に手を繋ぎあい、ジャンプをする。
「今日はね! とってもスペシャル何だよ!」
 エンジュの声に導かれてカフェに入ると、貸し切り状態になっている。パーティーの席にはきちんとテーブルコーディネートがしてあり、カラフルに様々な可愛い色目の薔薇が飾られていた。
「アンジェ! ほら座って、座って」
 驚きや嬉しさを表現する暇もないほどに、席に座らせられ、その横をふたりのかけがえのない友人が彩ってくれる。
「おめでとさん!」
 タイミング良くレオナードが運んで来てくれたのは、美味しそうなケーキ。上にはアンジェリークを模した天使のマジパンが飾られ、チョコレートで出来たプレートには”お誕生日おめでとうアンジェリーク”と書かれている。
 涙で文字がぐにゃぐにゃに見える。
 どうしていつも、友達は最高のサプライズを用意してくるのだろうか。
「アンジェ、これはまだ序の口よ」
 エンジュは髪を撫でながら言うと、ケーキに挿された蝋燭に火を付けてくれる。揺らめく炎はかけがえのない瞬間を映し出してくれていた。
 美しいピアノの音色が奏でるのは”HAPPY BIRTHDAY”。しかも粋にスティービー・ワンダーのやつ。
 ピアノの音色に心まで躍らされて、アンジェリークは蝋燭の炎を吹き消した。
「有り難う! ふたりとも! レオナードさんもどうも有り難う!」
 アンジェリークは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら笑い、きちんと礼を言った。
「まだ、まだ!」
 レイチェルはウィンクをすると、エンジュと同時にプレゼントを出してくる。
「HAPPY BIRTHDAY!」
「有り難う!!」
 二人から貰ったプレゼントを思い切り抱きしめた後、早速「開けていい?」とねだった。
「どうぞ!」
「有り難う!」
 心をときめかせて包みを開けてみると、レイチェルからは可愛い羽根の形をしたネックレス、エンジュからはピンク色した天然石が可愛いブレスレットだ。
「有り難う! 凄く嬉しい」
 早速どちらもしてみる。可愛くて素敵過ぎて顔を綻ばせてしまう。
 その上。
「ほら、腹減り娘!」
 レオナードからはなんと可愛い花束だ。小さな花に美しく彩られたブーケがプレゼントされた。
「有り難う! レオナードさん」
 今日はなんて素晴らしい日だろうか。だが、あと一色足りない。
 アリオスだ。
「今日は何て素敵な日なのかな…」
 花に埋もれながら、アンジェリークは切なく頷く。
「アンジェ、ピアノを注目してみて」
 エンジュに言われて、アンジェリークは初めてピアノの存在を意識した。
「ピアノ? ずっとCDを流しているかと…」
 ここまで言ってはっとする。
 ピアノには誰かが座り、音を奏でている。よく見なくても、そのシルエットが誰であるか、アンジェリークには直ぐに解った。
 気付いた瞬間、ピアノに近付いていた。
 嘘つき。
 本当に嘘つきヤローがそこにいる。
「アリオスの嘘つきっ!」
 ピアノを奏でていたのは、やはりアリオスだ。アンジェリークは人目を憚らずに、その背中ごと抱き着いた。
「こんな、素敵過ぎるプレゼントはないよ…」
「俺は自分の女だけには徹底的にサービスするんだよ」
 アリオスの悪びれない笑みに、アンジェリークは泣き笑いを浮かべるしかなかった。
「有り難う…。アリオス」
「ああ」
 アリオスに手を握られた後、アンジェリークは幸せを噛み締めるかのように握り返す。
 ふと友人たちを見た。
 レイチェルもエンジュもこちらに向かって手を振っている。
 その顔を見れば、ふたりがこの計画に一枚噛んでいたのは明らかだった。
「アンジェ、今日は特別な日だからな。踊るか」
「え!?」
 普段はダンスなんてすることのないアリオスが立ち上がり、アンジェリークの手を取る。
「ロマンティックにな」
 アリオスがレオナードに合図を送ると、素敵な音楽が流れ始めた。それに合わせてダンスをすると、レオナードとエンジュも続く。
「アリオス、有り難う。今日はとても素敵な誕生日になったよ…」
 手を取りながら妙ちきりんに踊るダンスを決して忘れない。
アンジェリークにとっては、想い出に残る瞬間となった。
 いつもより高いヒールでアリオスを見つめれば、対等の女になったように思える。
 少し背伸びをして躍ってみせると、足下がもたついた。
「きゃあっ!」
 ヒールが高すぎたせいで、アンジェリークは転けそうになり、アリオスに腰を支え、受け止めて貰う。
「おっと」
「あ、有り難う」
 そのまま腰に手を置かれて、密着したチークダンスを踊ることになった。
「背伸び、しすぎたかな…」
「似合ってるぜ。背伸びしていてもしていなくても」
 アリオスが甘く微笑んでくれたので、アンジェリークはそのまま精悍な胸に顔を埋める。
「どんなおまえでも俺は好きだぜ?」
「いやにサービスするんだ」
「今日は特別だ」
 どんな視点だって、アリオスを好きなのは変わらない。
 大人だろうが、子供だろうが。
 それが解って、アンジェリークは改めて幸せを噛みしめていた。
 レイチェルはと言えば、二組のカップルを見て楽しそうに笑っている。
「エルが仕事じゃなかったら踊っているのになあ」
 少し悔しさが混じった言葉を話して、笑う。
 今日は親友の誕生日だ。自分は裏方だとばかりに優しい笑みを浮かべてくれた。

 素敵な視点を手に入れた誕生日は、アンジェリークにとってはかけがえのないものとなった。
コメント

今回は特別編。
バースディ〜





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