〜天使の庭園〜

レオナードの幸せな一日


 あのひとにはナイショにしたいの。だって、年に一度の素敵なバースデー。今までで最高なバースデーだと、あの憎たらしい口に言わせてみたいから。

「料理と口の悪さで勝てるだなんて思ってはいないわよ。だから、ここは素敵な意味で負けを認めさせたいのよ」
 エンジュはストローの袋をくちゃくちゃにしながら、強い決意を友人達に語った。
 聴いてくれているのは、のんびりやのアンジェリークと、テキパキ派のレイチェル。
「あっと言わせるなら、手料理とかはどうかな?」
 アンジェリークは相変わらずのんびりと言う。アリオスと言う恋人がいるせいか、最近はぐっと色気が増してきた。
「だから、料理の腕は負けちゃうって…」
 レイチェルが口を挟んだが、アンジェリークは聞き入れない。
「心が篭った一生懸命なお料理なら、勝ち負けなんて関係はないと思うよ。エンジュのハートをしっかり見せれば、レオナードさんも降参するよ」
「なるほど…。あの男なら、良いかもね。くたんって落ちるよ、きっとね!」
 レイチェルのしっかりとした意見に、エンジュもまたその気にさせられる。やはり、レオナードには手料理攻撃が良いようだ。
「どんな料理がいいかなあ。やっぱり、お袋の味かなあ」
 エンジュはレオナードの好きなものを考えてみるが、何でもガツガツと美味しそうに食べるので、どうもちゃんと思い浮かばない。
 ちゃんと食べ物については話したことがないので、本当に頭を痛める。実際に、レオナードときちんとした形で付き合ってはいないので、仕方がないのだが。
「ラムシチューとか、肉の串焼きとかはどう?」
 アンジェリークは良い案が思い付いたとばかりにー瞳をきらきらと輝かせていた。
「レオナードに、アリオスの好物を押し付けないの!」
「はあい」
 レイチェルにツッコミを入れられて、途端にアンジェリークはしゅんとする。確かに、二人の好みは似ていそうだか、ラムは処理が難しい肉だし、レオナードに、他の男が好きな食べ物を食べさせたくないといった、気持ちもある。
「うん。参考にするよ。だけれど、もっと素朴で温かくて美味しそうなもので、簡単なものを考えてみるよ」
 エンジュは頬杖をつきながら、一生懸命考えを巡らせた。
「シンプルなのだったら、ポトフと、魚を使ったバターソテーにあっさりとしたソースを添えて、後はサラダと、極めつけはとっときのコーヒー!」
「いいかも! バースデーディナーにはぴったりかもね!」
 レイチェルもこれには頷く。エンジュも我ながら満足していた。
 レオナードの好きなものを、少なくとも一つは入れることが出来たのだから。
 コーヒーは、珠玉のものをいれようと思う。
「後はプレゼントだなあ…」
 まだまだ頭の痛いことはあるのだ。レオナードのバースデープレゼントなんて、何も思い浮かばない。
「レオナードさん、プレゼントは何が喜ぶかなあ…」
「エンジュにリボンかけるっていうのは!? きっと凄く喜ぶと思うよ。エンジュがバースデープレゼント!」
 夢見るユメコであるアンジェリークは、うっとりと陶酔しながら提案していた。
 少しだけ大胆なプレゼント提案に、エンジュも何だか恥ずかしくなってしまった。
「何言ってるのよ! んなもんは、首輪を食いちぎった強暴な熊に、喜んで極上の餌を与えるようなものよっ!」
 レイチェルは、アンジェリークの栗色の頭を叩きながら、容赦のないツッコミを入れている。ふたりは全く、漫才コンビを組めば上手く行くと、いつもエンジュは思う次第だ。
 だが、首輪で、エンジュは引っ掛かってしまった。
 首輪。
 レオナードは首輪ならぬ、ハードなチェーン類が確かに好きだったはずだ。ゴールドな輝きに、くらくらしてくれるかもしれない。チェーンとかだと、シンプルだし、それでいてハードさを出している。
「決めた! プレゼントはゴージャスなハードゴールドチェーンにするわっ!」
 エンジュの一言に、アンジェリークとレイチェルは、”ぴったり”と思わずには、いられなかった。
「マジで首輪じゃん。エンジュがレオナードを飼い馴らすって意味じゃぴったりじゃない」
 レイチェルのニシシと笑う意味深な表情に、エンジュは頬を赤らめてしまった。
「で、エンジュはお揃いの位置に、リボンをひっかけるんだ!」
「しつこいよ、アンジェ。あんたとアリオスのバカップルと一緒にしないの」
「そのほうが、レオナードさんは喜ぶと思うけれどねえ」
 本当に、レイチェルとアンジェリークの会話を聴いているとこちらまで楽しくなってしまう。ふたりは本当に良いコンビだ。
「会場は”天使の庭園”が良いけれど、やっぱり、それだとレオナードさんにばれちゃうかなあ」
 エンジュは色々と思い巡らせながら、目を白黒させた。
「アリオスに頼んでどこかに連れ出してもらうとか」
 アンジェリークは人差し指を唇に宛てがいながら、妙案とばかりに呟いた。
「ふたり揃ったら、ロクデモない所に行くんじゃないの? でも、まあ、それしか方法はないよね」
 レイチェルも、アンジェリークの案には頷くばかりだ。
「そうだよね。鍵は私が持っているし、アリオスさんには、アンジェから言っておいて貰っていいかなあ」
「うん、言っておくよ。準備は手伝うし、素敵なパーティーにしなくちゃねえ」
 アンジェリークの言う通りに、本当の意味でレオナードを喜ばせることが出来るパーティーになるといい。エンジュは、レオナードの小意気な笑顔を思い出しながら、にんまりとパーティーを想像しながら笑った。

 エンジュは家に帰り、早速、今、使えるお小遣を調べた。レオナードの食事も準備をしなければならないので、おのずとからアクセサリーに使える金額は限られてきてしまう。その金額では、最低限のゴールドチェーンしか買えない。だが、それが高校生であるエンジュが出来る精一杯のことだった。
 食材を買いに行くのは、アンジェリークとレイチェルが協力してくれたが、ゴールドチェーンだけは、ひとりで選びたかった。
 やはり、レオナードのものは、自分だけで選んでみたかった。
 事前にじっくりとしたリサーチをして、ゴールドチェーンは、リーズナブルだが中々ハードなブランドに決めた。
 ビッグドラゴンと言う名の、少々妖しい名前であったが、割引カードをアンジェリークを通じてアリオスから貰ったので、予算以上のものを帰るといったこともあった。
 色々と見た揚げ句に、エンジュが一目でレオナードにピッタリだと思えるものを見つける。
 ハードか雰囲気がするが、ずっしりと重みがありそうなものだ。
「これは、流石に高いよね…」
 だが、諦めきられないぐらいに、レオナードにはぴったりなもののように思えた。
「毎度! こいつはかなりの掘りだしもんやで!」
 親しげに妖しい男性スタッフが、エンジュに声を掛けて来た。本当に妖しさ窮まりない。
「…あ、でも予算が…」
 諦め口調で言うと、男は少しだけ考えこむかのように黙り込んだ。
「だったら勉強します。お客さん、ほんまにこれを気に入ってくれているみたいやしね」
「このカードを友人伝いで貰ったんですけれど…」
 アリオスから貰った割引カードを怖ず怖ずと差し出す。このカードがどれくらい割引いてくれるのか、エンジュには未知の数字だった。
「これは、アリオスの紹介やな? しゃあないなあ、今の予算はどれぐらいなんや?」
「えっと…」
 エンジュは、自分で出せるだけの金額を、素直に男に伝えた。
「よっしゃ! それで何とかしたろ! 大事なことに使うようやしな」
「有り難うございますっ!」
 意外にあっさりと、スタッフがまけてくれたものだから、エンジュは嬉しくてしょうがなかった。
 きちんとラッピングまでしてくれ、いたれりつくせりだった。
「有り難うございましたっ! 素敵なものを素敵なことに使えそうです! 本当に有り難うございました!」
 エンジュがしっかりと礼を言うと、何やらお店のスタッフは嬉しそうにしてくれた。
「ええんやで。あんさんの笑顔こそが、俺の心の栄養や。ほんま有り難うな」
「いいえ! こちらこそ!」
 ここまで素敵なお店はなかなかないだろう。名前で判断した自分の浅はかさを反省しながら、アンジェリークは大切なプレゼントをしっかりと抱えて帰路に着いた

 レオナードの誕生日当日は、アリオスが無理矢理連れ出してくれたので、準備がしやすかった。といっても、時間は限られているので、アンジェリークやレイチェルも手伝ってくれる。やはり友人は良いものだと、思わずにはいられなかった。
 中々器用なエンジュであるので料理が済むと、何と友人達がいきなりエンジュを拘束したのだ。
「料理が出来たら、今度はアナタがおめかしする番だよ!」
 レイチェルは幸せそうに笑うと、エンジュにメイクを施してくれる。そしてアンジェリークはヘアスタイルを整えてくれた。
 いつものおさげを、今日は雑誌に出ているモデルのようなアレンジをしてくれ、今日はふんわりとしたウェーブにリボンまで配ったヘアスタイルにしてくれた。
「さてと! とっときのワンピースを着たらおしまいっ! 私達のお仕事はここまでね」
 アンジェリークとレイチェルが顔を見合わせながら微笑んでくれている。
 鏡を見ると、まるで別人のようで、本当に雑誌から抜け出たのではないかと、手前みそながら思ってしまった。
「これでレオナードさんがやってきたらパーフェクト!」
 それから間もなくして、アリオスがレオナードを引っ張るようにして連れてきた。
「な、何をしやがるんだてめえ!」
 アリオスに散々悪態をついていたレオナードが、エンジュを見るなり、ぴたりと止まった。ほうけたような顔で、エンジュを見てくる。
「レオナード、おまえにとっての最高の誕生日プレゼントを渡してやるぜ?」
 アリオスはウィンクをすると、レオナードをエンジュに引き渡し、自分は代わりにアンジェリークを貰った。
「じゃあな。後はふたりで上手くやれよ」
 アリオスはもちろんのこと、レイチェルもアンジェリークも笑っている。手を上げた後、スマートに立ち去る三人を、エンジュは泣き笑いな気分で見送った。
 本当に三人にはスペシャルサンクスを送りたい。そんな心境だ。
「レオナードさん、お誕生日おめでとう!」
「あ、サンキュな」
 まだまだ戸惑いを隠すことが出来ないレオナードに、エンジュはあのゴールドチェーンを贈る。
「開けていいか?」
「どうぞ!」
 エンジュが堂々と言えば、レオナードは半ば緊張の面差しで、リボンを解く。
「まさか、爆弾とかじゃァネェだろうなァ、エンジュちゃあん」
「んなわけないでしょっ!」
 売り言葉に買い言葉。これぞまさにふたりの関係を示している。
 レオナードがふと目を見開いたのが解った。
 エンジュはドキドキが止まらなくなってくる。
「あ、あの、気に入らなかったですか!?」
 レオナードは首を一度だけ振ると、突然、エンジュに思い切り抱き着いて来た。
「ダメ…?」
「んなわけねェだろ?」
「気に入った?」
「あたりまえじゃねェかよ」
 レオナードは、キラキラと星のように煌めいて光るゴールドチェーンを、エンジュに差し出す。
「付けてくれ」
 レオナードがそう言って膝を屈めてくれた。エンジュはそれを丁寧に、レオナードの首に掛けてやる。まるでオリンピックの金メダルを獲得した時のようだ。
 エンジュは、はめてやる指が僅かに震えるのを感じ取っていた。ようやくレオナードの首に掛かったものは、スペシャルなこの世でたった一つの宝石のように思える。
「ホントにサンキュな。大事にする。だが、俺にとっての最高のプレゼントは、おまえなんだぜ?」
 レオナードには珍しい歯が浮くような台詞。その直後にしっかりと抱きしめられ、キスを貰う。
 こんなに素敵な気分になるなんて、どっちがバースデーなのか解らなくなる。
「幸せを有り難うな」
 そんな言葉を囁かれたら、もっともっと幸せにしてあげたくなる。
 温かな料理がすぐそこに待っている。
 レオナードをもっともっと幸せにしてあげよう。これからもずっと。 
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今回は特別編。
バースディ〜





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