Sleep My Dear


 どんなに、たとえどんなに遠くに離れていても、今はもう苦しくない。
 あなたが必ず私の元に帰って来てくれることは、解っているから。
 だからいつだって明るく「いってらっしゃい」を言うことが出来る。
 遠く離れていても、あなたを愛している気持ちはずっとあなたの傍にいるのだから…。
 それにいつでもあなたと繋がっていられるものもあるのだから…。
 だけどそれでも寂しいと思うのは、きっと贅沢なのかな?

「最近、宇宙もようやく軌道に乗って来たよね。守護聖は全員揃ったし、”エトワール”のエンジュも、アリオスも頑張ってくれているし」
 まだまだ難題は尽きないが、それでも今はかなり楽な状況になってきた。そのせいか、補佐官にも女王にも笑顔が出てきている。その理由は、レイチェルにはエルンストがいて、アンジェリークにはアリオスがいるからなのだが。
 てんてこ舞いだった執務もようやくけりが着いて、アンジェリークとレイチェルはようやく解放された。
「今夜は昼行灯は帰ってくるの?」
「ううん。明日の夜遅くなるって…」
 一瞬切なくなり寂しい表情をしたアンジェリークは、既にひとりの女の顔であった。
「あ、でもこれがあるから」
 アンジェリークはそっと忍ばせていたツールをレイチェルに見せる。それはアリオスも持っている携帯端末だった。これでちゃんとコミュニケーションを取れている。
「これはワタシへの職務報告と連絡ツールっていうより、恋人たちの甘い端末になっちゃってるね。アイツ、ワタシへのメールはまめじゃないけれど、きっとアンジェにはまめなんだろうね」
 レイチェルがくすくすと笑いながら見てくるので、アンジェリークは真っ赤になってしまう。
「色々とこの宇宙に行って楽しかったこととか、面白そうなことをメールしてくれるの…。私もその場所に行った気分になるぐらい楽しいのよ」
「そうなんだ。アイツなりにアナタにちゃんと報告と楽しさを送ってくれているんだね」
「うん!」
 アンジェリークの表情も華やぎ、とても幸せな気分になった。
「アンジェ、じゃあお疲れ様。今日はエルの所で勉強会をするから帰らないから」
「うん、じゃあ、楽しんで来てね!」
 アンジェリークは親友を見送った後、ひとり私室に戻る。どこか寂しい気分になるのは、いつも恋人が傍にいないから。
 明日帰ってくる。そんなことは解っているのに、ひとりでこっそり寂しい気分だ。
「不安はないけど…寂しいな…」
 ひとりになった部屋で、アンジェリークはぽつりと頷いた。
 食事と入浴を済ませて、ゆったりと自分の時間を持つ。ここに親友がいれば楽しくもくすぐったい時間になり、逆に恋人がいれば至福の時間になる。だが、今は誰もいない…。
 久しくこんなことがなかったせいか、アンジェリークはベッドの上で何故か膝を抱える。
「…逢いたいな…、アリオス…」
 切なく名前を呟いて、アンジェリークはモバイルを弾いた。
「アリオス…」
 派手な着信を示すメールが届き、アンジェリークは慌ててそれをチェックする。
 外にいる時は、必ず眠る前にメールをくれる。いつも聖地の時間に合わせてくれるアリオスが大好きだ。
 アンジェリークへの私信は本当に楽しいものばかりだ。だからいつも楽しみにしている。

 アンジェへ。
 今夜のベッドは些か広いだろう? 明日はたっぷり俺が抱き枕になってやるから、楽しみにしてろよ。
 どうせおまえのことだから、今夜はひでえ寝相のままで寝るんだろうな。
 今日は俺がいねえから、腹を出してもちゃんと布団を掛けてやれねえから、腹を壊さないように気をつけろよ。
 今日行った街で、温かな結婚式を見た。本当に幸せそうな夫婦で、俺は安心した。幸せが街を満たしていることを感じたからな。
 遠くから見せて貰ったが、おまえが一緒にいたらきっとブーケトスとかに参加してえとかぎゃいぎゃい言うのが目に見える感じだったぜ。
 結婚式を見届けた後は、レオタードじゃねえやレオナードに頼まれた酒とか、ティムカに頼まれたとっておきのココアとかを買った。
 ったく俺はあいつらの行商じゃねえって言うの。
 じゃあ、明日には帰って来るからな。明後日は休みだからな覚悟していろよ。
 じゃあまた明日な。
 アリオス。

 届いたメールがアリオスらしくて、アンジェリークはくすくすと笑いながら、それだけで幸せな気分になれる。
 アンジェリークにとってはアリオスのメールが何よりもの活力源だ。
 読んで堪能した後、アンジェリークもアリオスの為にメールをする。

 アリオスへ。
 使命ご苦労様です。
 今日も執務はてんてこ舞いだったけれど、何とか処理は終わりました。
 アリオスのメールがあるから、明日の悲鳴を上げそうな執務の数も熟すことが出来そうです。
 結婚式か…。
 私も見たかったな。
 それは花嫁さんも美しかったでしょうから…。
 アリオスも気をつけて帰って来てね。明日、会うのを楽しみにしているね。
 アンジェリーク。

 メールをした後、ゆっくりと息をつく。メールを読み返信する間は凄く楽しいのに、送信してしまうと妙に寂しくなってしまう。
 すると、直ぐにアリオスがメールをくれた。

 アンジェへ。
 端末が傍にあるだろ? 俺はおまえのにへら顔がそこから見えて笑えるぜ。
 まあ、おまえのへんな顔見て笑いたいときがあったら、端末を見てみるぜ。じゃあな。
 俺の顔だと思って、端末を殴ったりするなよ。繋がってるから、痛いからな。
 アリオス。

 アンジェリークはアリオスらしいひねた表現に微笑みすら浮かべる。
 ひとりじゃない。
 アリオスと今、小さな端末が繋いでくれている。
 それが凄く幸せに感じていた。
 メールを返す。

 アリオスへ。
 変な顔と一緒にメールを返します。
 ゆっくり眠れそう。だってアリオスと一緒だものね。
 おやすみ。
 私そんなに寝相は悪くないよ〜!
 アンジェ。

 アンジェリークは携帯端末を優しく撫でると、枕元に置く。
「おやすみなさい、アリオス…」
 アンジェリークは優しい気分で囁くと、ゆっくりと目を閉じる。アリオスが横にいるとのと同じぐらい、ぐっすりと眠れそうな気がした。

 翌日の執務もまた目が回るほどの忙しさだった。執務中はアンジェリークはアリオスのことを考える暇すらない。
 だが、昼食時はやはり考えてしまう。早く帰って来て欲しい。一秒でも早く逢いたい。
 そんなことばかり考えるから気もそぞろになる。
「アンジェ、聞いてる?」
「あ、ごめん…」
 貴重な休憩時間であるランチタイムで、親友と色々意見交換をする。公私ともどもにだ。
 だがアンジェリークはアリオスのことを気にし過ぎて、ぼんやりとし、聞き違えていた。
「…どうせ、アリオスのことを考えてたんでしょ」
「…うん」
「やっぱりね。今夜はちゃんと帰ってくるよ、アイツ」
 レイチェルが苦笑しながら呟くので、アンジェリークも苦笑しながら頷いた。
「午後からの執務をしっかりやれば、アリオスは帰って来るんだからね」
「うん…」
 アリオスが帰ってくる。アンジェリークはそれだけで嬉しくて明るくはにかんだように微笑む。
「だからさ、頑張ろうねって言いたかっただけ」
「うん!」
 親友の気持ちと心遣いが嬉しくて、アンジェリークはしっかりと期待に応えなければと思った。

 午後は鬼のような忙しさだった。決定しなければならない事項があまりにも多く、息つく暇すらない。
 私室に戻った時には本当にくたくたでアンジェリークは力無く部屋のドアを開けた。
「よお、仕事、ご苦労さん」
「アリオス!!!」
 部屋に入るなりアリオスを見つけ、アンジェリークは一目散に抱き着く。
「おかえりなさい!」
「ただいま、アンジェ」
 抱き留めてもらい、アンジェリークはアリオスの胸に顔を埋めた。
「長かったわ、この二日間」
「俺もな…。使命はやっつけてきたからな」
「有り難う…」
 アンジェリークはアリオスにしっかりと抱き着いたまま離さない。今夜はこの温もりの中で眠りに落ちたい。
「アンジェ、おみやげがある」
「楽しみ!」
 アリオスから使命のおみやげは珍しい。アンジェリークにとっては、アリオスが無事に帰ることが何よりものお土産だからだ。
 アリオスはそっと名残惜し気にアンジェリークから離れると、荷物の山に向かう。
 ほとんどが何らかしらの包み紙に包まれたものになっている。
「凄いわね、これは全部お土産?」
「いや、頼まれものだ。ったく俺は行商人じゃねえのに、守護聖どもは色々頼みやがって」
 ぶつぶつと文句を言うアリオスが、アンジェリークにはどこか可愛く、らしく思えた。
「私へのお土産は?」
「これだ」
 渡してくれたのは、小さく可愛いブーケだ。
「有り難う! 凄く嬉しいわ!」
 香りをかぐと春の匂いがした。
「メールに書いた、あの結婚式のやつだ。俺がたまたま掴んだんだよ」
「有り難う…」
 結婚式で使われた物なだけに、アンジェリークの幸せはひとしおだ。
「凄く嬉しい…」
  ブーケを持っているだけで、アンジェリークは凄く嬉しい。
「いつか、アリオスと一緒にこのブーケみたいなブーケを造って、持ちたい…」
 ブーケを持ったまま、不意に抱きしめられた。
「…いつかな…」
 アリオスの低く艶やかな呟きに、アンジェリークは頷く。
「…アンジェ、いつでも一緒にいられるようにな」
 指をとられて、アンジェリークはドキリとする。僅かに冷たい金属が指に嵌まる。指輪だ。石はアクアマリンが入っている可愛い指輪だ。
「これをはめていれば、何時でも俺と一緒だから、泣かなくていいだろ? 必ず帰ってくる証だな」
嵌めた指輪をアリオスがそっとなぞり、アンジェリークは涙が溢れるのを感じた。
「…ずっと、していろよ」
「うん…。アリオス…。これで何時でも傍にいられるもん…」
 泣いているとアリオスがそっと甘いキスをくれる。
 いつでも傍にいてくれる------
 きっとこの指輪があれば、寂しさも少なくなり、ずっと信じていられる。
 アンジェリークはそんな気持ちでいっぱいだった------

コメント

「エトワール」創作です。
離れていても一緒なふたりです。





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