Winter Secret


「こんなところに山小屋があるぜ。助かったな」
 アリオスの言葉の先に、丸太で組み立てられたログハウスのようなものがあり、アンジェリークは正直ホッとした。
「雪のなかにいる可愛い動物を見たいの」
 アンジェリークのワガママに、魔天使ことアリオスが応えてくれたかたちだ。
 アリオスがここまで連れて来てくれたのが嬉しくて、アンジェリークは雪山ではしゃぎまくった。
 アリオスが早めに下山を促してくれたのだが、雲ひとつない澄み切った青空に、まだまだいけると思い、ワガママを言って、少し滞在を延ばしてしまった。
 それがすっかり敗因となってしまい、視界の定まらない吹雪に閉じ込められた。
ただ不安はない。
 今もこうしてアリオスがしっかりと手を握り、先を導いてくれているから。
 ふたりがしっかりと結ばれた場所だけが、ほのかに温かい。
「吹雪も気まぐれだろ。数時間経ったら、すっかり止んでいるだろうよ。急ぐぞ」
「うん…!」
 アリオスはいつもより慎重に歩みを進めながら、アンジェリークを山小屋まで導いてくれる。
 アリオスに任せていれば、大丈夫だと思えた。
 息をしようにも口の中に雪が入ってくる。このような烈しい吹雪のなかで、アリオスは確実にアンジェリークを山小屋に導いてくれた。
 近いと思っていたのが意外に遠くて、ようやく着いたときには、吐息が弾んでいた。
「鍵が締まっていたら笑うよな」
「ホントに」
 アリオスがそっとドアに手をかけると、お約束にも鍵はかかってはいなかった。
「良かったね!」
「ああ。女王陛下の御利益かな」
「もう!」
 こうしてじゃれていると、一緒に旅をしていた頃を思い出す。大変なことは山ほどあったし、大きな試練でもあったが、今は楽しかった想い出だけが掌に残っている。
 小屋の中に入ると、少し埃臭かった。だがなんてことのない汚れ具合だった。
 これぐらいなら慣れている。
「寒いだろ。んな肉付きの悪い躰をしてたら、寒さは越せねぇよな」
 アリオスは自分が着ていた、トレードマークとも言える、レザーのロングコートをアンジェリークに投げ付ける。
「ダメよ! アリオスが風邪を引くわ!」
 イキナリの行動にアンジェリークは困惑し、眉根を寄せる。アリオスが風邪を引くのは嫌なのだ。
「んな顔をすんな。俺はヤローだからな。多少の寒さは平気何だよ。火をおこして、温かくなるまでお前はそれを着ていろ。鼻水たらされて、びーびー泣かれるほうが迷惑だからな」
「私そんなことしないよ!」
 子供扱いをされるのが嫌で、アンジェリークはついむきになる。アリオスだけには、ちゃんと大人な女として扱って欲しいのに。
「おら、拗ねてねぇで、これをちゃんと着ておけよ」
「う、うん」
 アンジェリークは渋々アリオスのコートを羽織る。流石は長身でガタイも良いせいか、アンジェリークにはぶかぶか過ぎた。まるで小さな子供が、イタズラやごっこで大人の服を着ているみたいだ。
 そして胸が騒ぐ。
 アリオスが薄くつけているムスクのコロンと、男性的な香りがしたから。
 一度ドキドキしてしまうと、体温がどんどん上がってくる。耳まで真っ赤になり、アリオスのコートなんて必要としないぐらいに。
充分な暖になった。
 その間、アリオスは使えそうな薪を捜し、クラシカルな暖炉に焼べてくれる。
 しばらくしてパチパチと、木が弾く音がして、部屋が温まるのを感じた。
「もうすぐ温まる。我慢してくれ」
「…うん」
 アリオスの存在を意識し過ぎてしまい、躰が寒くもないのに震える。こんなに躰はほてって熱いのに不思議だ。
 コートを脱いだアリオスは、えんじのピッタリとしたシャツとレザーのブラックパンツ姿になっている。どちらもボディラインを強調しているものだから、つい見ずにはいられない。
 セクシィ過ぎて、喉の上がからからに渇いてしまうぐらいだ。
「…アリオス、有り難う。あったかいから、コートを返すよ」
 アンジェリークがコートを脱ごうとすると、直ぐに手首を握られ、制されてしまった。
「まだ震えているだろ? 無理すんなよ。まだ寒いみてぇじゃねぇか」
 震えているのは別の意味。だけどそれを知られたくなくて、アンジェリークは熱っぽい瞳だけをアリオスに向ける。
「熱はねぇか?」
 アリオスの大きくて綺麗な手が、アンジェリークの額をかすった。こんなことをされるだけで、体温が一気に上がってしまう。
 それに気付いたのか、アリオスは薄く意味深に笑った。
「熱はねぇみてぇだな」
「だ、大丈夫よ。アリオスは心配し過ぎなの」
 アンジェリークは妙に居心地が悪くて、ごまかすように早口で言った。
 アリオスが横にいる。それだけで、鼓動が烈しくなる。意識をしないでおこうと思えば、思う程に、アンジェリークは息が詰まるほどに緊張していた。
「震えてるな。寒いのか?」
 アンジェリークの震えは官能に似た緊張からくるものなのに、アリオスはそれを寒さと勘違いしたようだった。
「そんなことは…」
「震えてるのに、遠慮するな」
「……!」
 アリオスが不意に抱きしめてきた。熱くて狂おしい感覚に、アンジェリークはこのまま心臓が暴走して、死んでしまうのではないかとすら、思った。
 逞しく力強い腕。
 いつでもこの腕に護られていたのかと思うと、涙が出るぐらいに嬉しかった。
 ずっとこの腕に護られたかった。だが、お互いに薄い壁を作ってしまい、乗り越えることが出来なかった。
 こうして抱擁を受けていると、その壁を破ってしまえるのではないかと、思わずにはいられない。
壁を破りたい。
 こうしているだけで、安心するのと同時に、胸のときめきが烈しくなる。
 ずっと心に秘めていた恋心が、今、爆発しそうになる。
 アンジェリークは、アリオスの鍛えられた胸に顔を埋めながら、背中に手を回した。
「アンジェリーク…」
 甘い声で名前を呼ばれると、泣き出したくなる。
 それほど胸の奥に、烈しい愛の焔が燈った。
 ただこうしていられればいい。
 アンジェリークがしがみつくと、アリオスが顎を持ち上げてきた。
「ふたりきりになったことを付け込んだと言われても、しょうがないかもしれないが…、ずっとこうしたかったんだぜ?」
「あ…」
 アンジェリークに反論の暇など与えないとばかりに、アリオスは瞳を覗き込んでくる。
 あの宝石のように美しい眼差しで見つめられてしまったら、動くことも反論することも出来ない。
 唇がしっとりと重なってくる。ふっくらと柔らかい舌は、アンジェリークの口腔内を甘く満たしてくれる。
 初めてのキスは、どんなスウィーツにも負けないぐらいの甘さを持っていた。
 キスが素敵過ぎて、アンジェリークは溺れてしまう。
 アリオスに総てをコントールされる。
 呼吸も、体温もなにもかも。それでも、アンジェリークは幸せだった。
 こんなにも幸せな気分を味わえたのは、本当に久しぶりだった。
 アリオスと自分が、実質は主従関係にあることすら忘れてしまう。
 女王であることも、総て忘れてしまいそうになる。
 唇が離れた後、アンジェリークは熱を帯びた眼差しを、アリオスに向けた。
 言葉よりも瞳が、総てを物語っているように思える。
「アンジェリーク…」
 アリオスはうなじに手を回して、静かに抱き寄せてきた。
「…アンジェリーク、付き合ってくれねぇか? 男と女として」
 こんな言葉を、言って貰えるとは思わなかった。
 ずっと、ずっと待っていたかもしれない。
 ちらりと様子を窺うようにアリオスを見ると、返事をいらいらして待ってくれている。
「…アリオス。こちらこそ、付き合ってください…」
 アンジェリークが真っ赤になりながら返事をすると、アリオスは更に強く抱きしめてくれた。
 冬の山でのハプニング。
 アンジェリークにとっては、幸せなものに違いはなかった。
コメント

この間のイベント「アラモード」で成田山が引いたお代のテーマ創作。
「冬の山小屋」「つきあって下さい」
です。





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