肩に寄り掛かる優しい重みを心地良く想いながら、将臣は胸の奥が言い表せない痛みに苛まれているのを感じていた。 不安定で、ずっと護らなければと誓った少女。 幼い頃に弟と共に、祖母の前で護ると約束をした。 その誓いを、義理故に破ろうとしたときも、ここにいる少女は笑って許してくれたのだ。 いつも甘えるような可愛い眼差しで着いてきた幼なじみ。 同じ歳なのに妹みたいに頼りがなくて、保護欲にかられた。 今、その想いは形を変えて”恋心”となって表れている。それが愛に育つのに、もう時間はかからないだろう。 愛おしくてたまらないからこそ、まだその先を進めない。 だから同じ毛布に包まって眠るのは、甘い拷問のように思えた。 「ったく…、俺の気持ちなんか知らずに無防備なんだからな。お前は」 将臣は閉じられた瞼にそっと唇を送る。震えるようにまつげが揺れて、将臣は幸せな気分でその様子を見た。 「…ま、将臣くん…」 名前を呼ばれてハッとする。望美が俄かに苦しそうな表情を浮かべた。 「…おい、大丈夫か?」 「…う…」 頬に手を宛てると、信じられないぐらいに冷たく、顔色は白くなっていた。 「望美、望美」 何度か名前を呼ぶと、重い瞼がゆっくりと開く。不安げに揺れた瞳は、直ぐに安堵の涙で揺れた。 「…ま、まさおみくん…」 「大丈夫か? 苦しそうにしてたから声をかけたが…」 将臣が声をかけると、望美は小さな子供のように鼻をすすった。 「良かったよ…! 将臣くんが傍にいてくれて…!」 望美は将臣の躰にしっかりと縋り付くと、その胸に顔を埋める。 「…怖い夢でも見たか?」 「…ん。黒い渇きに占領される夢を見たんだ…。飲み込まれそうになって…、将臣くんに手を伸ばしても…、あの時みたいに届かなくて…」 「望美…」 将臣は望美の不安定な心まで抱え込むように抱きしめる。ゆっくりと包みこむと、安堵したように深呼吸をした。 「大丈夫だ、大丈夫だから」 「うん…」 背中を撫でてやると、望美は安心したようにまた目を閉じる。 将臣はその様子をじっと見守っていた。 朝食後、将臣は望美をクリスマスの散歩に連れ出した。 躊躇いがちに、だがしっかりと小さな手を握り締めて。 ふたりの頬を突き刺す澄んだ空気が気持ち良い 「将臣くん、あの、夕べは有り難う」 望美ははにかみながらも、柔らかな優しさで感謝の言葉を呟いた。 「夜通しゲームは楽しかったぜ?」 「今度こそ、若武者をゲットして一番になるんだから!」 「ムリ、ムリ。俺にゲームで勝とうなんていうのは、百年早いぜ」 「むぅ。そんなことないもんっ!」 ムキになって綺麗な顔にシワを寄せているのを見ると、昨夜の不安げな表情はどこかに行ってしまっているかのようだ。 「あ、後ね! 昨日は慰めてくれて有り難う! それと、ちゃんと柔らかいおふとんの上で、風邪を引かないようにしてくれて有り難う!」 早口で一生懸命に言う望美の声が、風に揺れて心許なくなる。 将臣はそれをしっかりと受け取ると、望美の鼻を軽く摘んだ。 「重くて手が痺れるかと思ったぜ?」 わざと意地悪に言えば、望美は口をアヒルのように尖らせて怒る。 何時もの望美だ。 あの泣きそうな望美ではない。 それを確認すると、正直、ホッとした。 「それに、ひとつの毛布で包まっているところを見られたら、他の八葉たちには憾まれるだろうし、譲に至っては俺を殺しかねねぇだろ? だから自衛策」 ウィンクをして笑うと、望美も安心したように笑った。 「そんなにモテないよー。将臣くんじゃあるまいし」 「気付いてねぇのはお前だけだぜ。ったく」 苦笑しながら、少しだけ力を込めて、手を引っ張っていく。絶妙な強さが心地が良いのか、望美はにこにこと笑って着いてきた。 極楽寺の駅を越えて、たどり着いたのは海岸。 幼い頃から馴染み深い場所だ。 ふたりで潮風に吹かれて、透明な海を見つめた。 「今日みたいに空気が澄んでいたら、弁天橋から見える富士山はすごく綺麗だろうね」 「そうだな。散歩を延長して、江ノ島まで行くか? 今ならコッキング園は綺麗に飾りつけられているぜ」 「そうだね。ロマンチックかも!」 「ロマンスの足りない男にしては、上出来だろ?」 将臣が笑いながら言うと、望美もつられて笑った。 「ホントに最高のクリスマス! こうして将臣くんと海が見られるなんて幸福だよ」 望美は弾むように言うと、将臣と同じ時間を共有する喜びを味わっているようだった。 不意に望美が連続してくしゃみをする。 「おいっ、大丈夫かよ!? 昨日は変な寝方をしちまったからな、風邪を引いちまったんじゃねぇか?」 「大丈夫だよ、くしゅんっ!」 望美は言っているはしから大きなくしゃみを何度もする。 「…寒いんじゃねぇのか、お前」 「ちょっと…」 鼻を派手に啜る望美を心配で覗きこむと、唇が震えているのが解る。 「しょうがねぇな…」 将臣は望美の背後に回ると、革のジャケットの中に、冷え切った華奢な躰を入れた。 「あ…将臣くん…」 まるでねんねこみたいに望美の躰を包み込む。革のジャケットで望美を包み込めば、くしゃみは治まった。 「暖かいねー」 「だろ? これで寒くねぇだろ?」 「うん。でも恰好じゃあ、コッキング園には行けないね」 「流石にこれじゃあな」 ふたりは笑いあうと、重なりあったままで海岸を歩く。 強く抱きしめると、望美もまた甘えるように躰を預けてきた。 「将臣くん…いつも有り難うね。とっても暖かいよ。安心する」 「そうか…」 コクリと望美は頷くと、ふと立ち止まる。 「…迷宮のこととかね、まだまだ解決しないといけないことは、いっぱいあるけれど、頑張れるのは、将臣くんが傍にいてくれるからだよ。だからね、恐くても頑張れるんだ。だからこれからも、私をずっと見ていて欲しいんだ」 「ああ。見ててやるから。ずっと」 視線を外さずに、望美をずっと見ていてやりたい。どんなことがあってもこの目を逸らさずに。 「見ててくれるから、太刀が震えるんだよ。見ててくれるから、神子として頑張れるんだよ」 望美の言葉に、将臣は切なくなる。折角のクリスマスだと言うのに、弱いくせに強がる望美が、不憫で愛おしくてしょうがない。 「あんまり無理するなよ。もし、大変だったら俺を頼れ。頼ってくれて構わねぇから」 「有り難う…」 望美はただ一度頷くと、将臣に縋り付いた。 「クリスマスはゆっくりと過ごしてみたかっただろう? なのにこんなことになるなんてな…」 「確かに穏やかに過ごしてみたいと思うよ。だけどね、今日は素敵なプレゼントを貰ったから、そんなことは帳消しになるよ」 「何故?」 将臣が問い掛けると、望美は幸福そうに笑う。その横顔が、消えてしまうかと思うぐらいに、綺麗だった。 「私にとっては、将臣くんと穏やかに過ごせるのが、何よりものクリスマスプレゼントなんだ。だから、平気」 「…望美」 このまま強く抱きしめて、総てを奪い去ってしまいたい。望美の肋骨が軋むほどに、将臣は強く抱きしめた。 「このまま…ずっと…時間が止まってしまったら、ずっとこうしていられるのにな」 「そうだね。それだったら、私がクリスマスプレゼントをずっと貰っているみたい。将臣くんはいらないの? 私がプレゼント出来るものなら、言って」 「…そうだな…」 将臣は逡巡するふりをした後、ジャケットの中で、望美をくるりと回転させる。 「な、何!?」 「クリスマスプレゼントを貰うんだよ」 将臣はそのまま屈むと、望美の唇にキスをした。 まだ馴れてはいない望美の為に、触れるだけの優しいキスをする。 唇が離れた瞬間、望美は恥ずかしそうに目を伏せた。 「…こんなにいっぱいクリスマスプレゼントを貰ったら、お返しが出来ないよ…」 「充分貰っているさ」 将臣は低い声で囁いて、より強く抱きしめる。 お互いの温もりを感じながら、どんな敵も倒し、どんなこんなにでも立ち向かえるような気がした。 まだまだ迷宮の謎は解らない。 だがこうしてふたりでいるだけで、闘う力が漲るような気がする。 明日からの闘いもふたりでいればきっと大丈夫だから。 特別なクリスマスにふたりは勇気を貰った。 これはきっとクリスマスの魔法。 |
| コメント ED設定のキリ番リクエストです。 400000hitを踏んで下さった希咲姫様のリクエスト。 「運命の迷宮」の将望です。 クリスマスイベントのおまけといった形です。 |