小さな鞄


 ここに来た時は、小さなトランク一つだった。
 そして、沢山増えた荷物を箱に詰め、送って貰えるように手配をしている。
 また、小さなトランクひとつでここを離れていく-----レオナードから貰った、”流星のクリップ”と”翼のコロン”だけは最後まで傍に置いておきたくて、トランクに忍ばせた。
 ベッドの上では寝ぼけ眼の神器がうだうだしている。
 苦しい時も楽しい時も、ずっと手を取り合って頑張ってきた。この神器とももうすぐお別れだ。エンジュは、ベッドに腰を下ろしてタンタンの手を取る。
「タンタン、今日は聖地で過ごす最後の休日よ? 一緒にさ、食べ歩きに行こうよ?」
 ”食べ歩き”という言葉に反応し、可愛いぬいぐるみ姿の神器が飛び起きる。その様がとても愛らしくあった。エンジュは思わず笑みを綻ばせる。
「うお〜! 食べ歩きかァ! カフェ・オランジュは外さないじゃろうな?」
「もちろんよ!!」
 タンタンとふたりで手を取り合って踊っていると、部屋入り口のインターフォンが鳴った。
「どなたかな?」
「早く出てやれ。イラチなヤツじゃからな」
 タンタンはごろりと横になると、エンジュに背を向ける。
「うん」
 エンジュは少し華やいだ気分で扉の外を穴から覗いてみると、そこにはレオナードがいた。足元を見れば何度もステップをして、苛々しているのが解る。
 くすりと、エンジュは笑うと、ドアを開けた。
「おはようございます! レオナード様!」
「おい、エンジュ、俺様が折角の日の曜日のスケジュールを空けてやったんだァ、セレスティアに行かねェか?」
 いつもと同じ憎らしくて輝くぐらいに楽しげな微笑み。この微笑みを見るだけで、とても幸せな気分になってしまう。
 この笑顔が見られるのも後僅か。
 違う宇宙に生を受けたものが出逢っただけでも奇跡なのに、しかも相手は守護聖様だ。
 余りにも違いすぎる世界に別れてしまうのだ。
 エンジュはそれが哀しくて、ふと俯いた。
「おい、エンジュ!?」
 レオナードの鋭く怪訝とした声に、エンジュははっとした顔を上げる。滲んだ涙を見られたくなくて、エンジュは必死になって引っ込めた。
「あ、レオナード様っ、タンタンと一緒に食べ歩きに行こうって、さっき話していた所なんです。最後の日の曜日だから、カフェ・オランジュに行ってケーキを食べたり…」
 そこまで言ったところで、レオナードの表情が厳しくなる。その目線がエンジュのトランクにいった。
「-----もう帰る準備をしているのか」
「あと1週間もないですから、少しずつ準備を進めているんです」
「ふゥん」
 レオナードはずかずかとトランクの前まで歩いてくると、その中を開けて中のものを全部出してしまう。
「レ、レオナード様っ!」
「んな準備は、全部終わってからしやがれ」
 レオナードがざくざくとトランクの中から荷物を出すので、エンジュは焦って慌てて近付く。
「エンジュ!」
「は、はいっ!」
 レオナードの太くて良く通る声に。思わず気をつけしてしまう。
 レオナードが鞄から最後に取り出したのは、大切に梱包をした”流星のクリップ”と”翼のコロン”だった。
「大事にしてくれてるみてェだな…」
「レオナード様に頂いたものですもの。大切、大切です」
 エンジュは頬を薔薇色に染めながら、レオナードからプレゼントを受け取る。それをぎゅっと抱きしめた。
「----片づけは後にしろや。まだ…、この聖地から旅立つって決まった理由じゃあねェからな」
 ぶっきらぼうに言うと、レオナードはトランクを隅に直してしまう。こんなものはまだ必要ないとばかりに。
「そうですね。まだ、早いですね…」
 受け取ったプレゼントを、綺麗に片づけたチェストの中に直して、エンジュは微笑みながらレオナードを見た。
 じっとその様子を見ていたレオナードの瞳は、いつにも増して鋭いような気がした。そして、どこか愁いがある。何かを考えて思い詰めているようにも見受けられたが、エンジュは何も言えなかった。
 物憂い気分で心がキリキリ痛む。
「まァ、今日は何もかも忘れて愉しもうや」
 ぐいっと手を握られ、その強さに胸の奥がときめく。エンジュは熱くて息を詰めた。
「タンタンも一緒に…タンタン?」
 ベッドの上で横になるタンタンを見ると、手を上げてバイバイと振る。
「わしは疲れたから、後は、若いもんだけに好きにな」
 そう年寄り口調で言うと、鼾をかき始め、腹を出して眠っている。この老練な神器なりの配慮なのだろう。
「ありがと…タンタン」
 小さな声で礼を言うと、エンジュは明るい笑顔で光りの守護聖を見上げた。
「じいさんなりに気を遣ってくれたんだろうよ。だから、愉しまねェとな」
「はいっ!」
 しっかりと手を握り合って外に向かって歩いていく。
「…あのトランク、俺様は認めねェからな…」
「あ…」
 小さく呟いたレオナードの言葉を胸にしまい込みながら、エンジュは最後の煌めく瞬間に飛び込んでいく。
 説得をし、守護聖になるまでもなってからもをずっと見つめ続けてきた、最愛の男性(ひと)との大切な時間を、過ごす為に-----
コメント

レオエンSIDE初書き。
愉しんで下さると嬉しいです。




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