〜恋のたまご/天使のたまご〜

レオナードとエンジュの場合


   1

 世間が秋色に染まりだしたと気付いたのは、レオナードの節高い大きな手が、エンジュの手を包み込むように繋いでくれるようになったから。夏の間は、指と指とを絡めた恋人繋ぎだったが、暑さが和らぐのと同時に、密着度も増す。
 夏につきあいを始めたふたりは、初めての深い季節に突入する。夏の乱痴気めいた勢いのある恋から、しっとりと甘いチョコレートのような恋に、ステップアップしたいところだ。
 心地よい風に吹かれ、もっと恋人らしいことがしたくなって、エンジュはほんの少しレオナードに甘えてみみた。
「なァ、これからうちに来ねえか?」
「レオナードの部屋は嫌。だって、えっちするしかないもの」
 エンジュは口を尖らせて、へそを曲げながら不満を口にする。いつもいつもそればかりでは、辟易する。ロマンティックな乙女としては、もっと甘いシチュエーションに憧れたりするものだ。
「…そいつはァ残念だな。お前の好きなホラー映画の新作DVD,折角手に入ったのにな。しかも、発売前のヤツだぜェ? この間、お前が見逃したって言ってたあれだ。その上、差し入れして貰ったカフェ・オランジュのガレットもあるのによォ」
 レオナードはちらりとこちらを見て、不適な笑みを浮かべる。全くなんて男だと、エンジュは想った。ちゃんとエンジュが何が好きで何処がツボかを押さえ込んで、このように罠をかけてくるのだ。侮れない男だ。
 ここまで魅力的なものを突きつけられたら、嫌がることなんて出来やしない。
 だが素直に言うのも何だか癪に障り、エンジュはわざと拗ねるように言った。
「…行く…」
「おっしゃあっ! ついでにメシも食って行けよ。タラ豆腐とネギたまごのだし巻き大根おろし添えとか、作ってやるからさ」
「絶対よ?」
「任せておけって!」
 全く、レオナードにはいつも食べ物で誤魔化されているような気がする。本職で食べられない頃、レオナードは小さな居酒屋でバイトをし、そこで様々な料理と、焼酎の味を覚えた。エンジュなどとうてい太刀打ちが出来ないくらいに、料理が上手かった。
 ふたりで手をしっかりと握り合って、まるで幼稚園のお友達同士のように、ぶんぶん腕ごと振り上げながら、レオナードのアパートに向かう。
 レオナードのアパートは1DKトイレバスセパレートの、ひとり暮らしには割と快適な空間だ。4畳のダイニングキッチンと8畳の洋室。エンジュも気に入っている。
 部屋に入ると、早速、DVD鑑賞準備。部屋を暗くし、ガレットと紅茶を用意する。レオナードは紅茶にも煩くて、ちゃんと茶葉から淹れてくれる。その辺りも、エンジュの乙女心を刺激する。ただし、見るDVDは、乙女とはかけ離れたホラーものだけれど。
 ふたりはぴったりと躰を寄せ合って、プラズマTVに見入る。レオナードの部屋はオーディオ設備は最新のものがあり、エンジュはここでのDVD鑑賞が何よりも好きだ。
 柔らかなビーズ素材のクッションを抱きしめながら、ガレットを食べて、ホラー映画を鑑賞。
 スプラッタで残虐シーンが山ほどあるが、映画と割り切っているので平気だった。きっと友人のアンジェリークがこの映画を見たら、笑いながらも卒倒するだろう。
 血が飛び散るシーンも、エンジュはガレットを食べながら平気で見た。
 映画のエンドロールが流れ始めると、レオナードがクッションごと抱きしめてくる。我がもののように唇を奪われ、エンジュは喉の奥から甘い呻り声を上げた。
 舌が強引に口腔内に侵入し、的を射たキスをしてくる。初めてのキスからそうだった。レオナードのキスは女の何処が感じるのかを、十二分に判っているキスだ。何人もの女が通り過ぎたことが判るキス。
 キスの度にエンジュは嫉妬していた。自分は比べる相手などいない。文字通りレオナードが初めての男だった。
 レオナードとの出逢いは夏。間接的な形ではあるが、兄を通じて知りあったのだ。
 エンジュの兄であるアリオスは、アクションスター俳優として知られると共に、最近は意欲的に殺陣指導などをするアクション監督も行っている。脚本も書けば、演技もし、殺陣もつけることが出来る、映画界にはなくてはならないマルチな天才。その兄が、好んで使っているスタントマンが、レオナードだった。
 基本的には、エンジュは兄であるアリオスの現場に顔を出すことは先ず無い。映画界にいる兄は、自分が暮らす日常とはかけ離れた世界にいることをきちんと理解しているから。
 だが、レオナードと知り合った日は、久しぶりに実家に帰ってきたアリオスが忘れ物をし、友人アンジェリークと共に届けに行った。そこで、だらしなくしていたのがレオナードだった。
 近付かないでおこうと想っていたが、あちらから近付いてきたのだ。
「お前、名前は何だ?」と。素直に名前を名乗ると、「俺はずっと”エンジュ”って名前の女と付き合いたかったんだぜェ」と言い、いきなりキスをしてきたのだ。それはもう、ハリケーンフランシスよりも早い速さで。
 女子校育ちのエンジュはいきなりのキスに卒倒しそうになった。その上、不遜な男は「俺の女になれ」と強引に迫ってきたのだ。
 思い切り張り手をしてその場を切り抜けたが、レオナードがしつこさと冷たさの中間の微妙なところで数度迫ってきた上に、その料理の腕とキスの美味さで、完全に手懐けられてしまった。
 現場に誘われるうちに、真剣にスタントに取り込むレオナードを見るに連れて、完全に落ちたのだ。
 今では、自分の方がよりレオナードを愛しているという、自負はある。だが、本人には話してはいない。なぜなら、「愛している」と言葉でくれたことはないから。レオナードがいつか言葉でくれたら、きちんと誠実な言葉で返そうと、エンジュは常々想っていた。
 ちなみに。エンジュと一緒にアリオスの元を訪ねた友人アンジェリークは、兄に一目惚れをされて、今やアリオスの恋人である。
 いつものように深いキスが始まると、もう野獣のようになったレオナードを止めることは出来ない。
 エンジュは抱え込まれるように抱きしめられ、そのままベッドに連れて行かれる。プラズマディスプレイには人工的な青が映し出され、DVDが終了したことを示している。そんなことはどうでもいい、こちらは始まろうとしているのだ。
 ベッドに寝かされた後も、レオナードは頭を抱え込んできて舌を深く滑り込ませてくる。顎の上だとか、歯列の下といった、エンジュが敏感な場所をレオナードは的確に愛撫をしてきた。奪うように唇を吸われ、舌も吸い上げられてしまうと、完全にイニシアティヴを奪われる。こうなると完全に負けてしまう。
 快楽に膚の内側を徐々にヒートアップさせながら、エンジュはレオナードの逞しい肩に抱き付いた。
 完全に情熱に火をつけられた。後はもう、ふたりで野獣のように絡み合って、盛り上がってくるだけ。
 レオナードの無骨な手が服を脱がしていく。空気に触れる部分が多くなればなるほど、膚は熱くなり、吐息は桃色を帯びた。
 レオナードに抱かれるのは好きだ。膚を合わせれば、自分が深く愛されていると錯覚を起こすことが出来るから。実際には、どうなのだろうかと、心の隅で不安になっているなどと、目の前の男は露にも思わないだろう。
「…あ…」
 レオナードの生暖かい舌が単調に首筋を捕らえる。撫でるように舐められるたびに、意識が熱によってほどけたりからまったりした。
「あああっ!」
 剥き出しになった乳房を、レオナードの大きな手が乱暴に鷲掴みにする。痛いが気持ちが良い。そのまま感触を楽しむかのように揉まれて、乳首が痛いほど尖ってくるのを感じた。
 レオナードの手が一旦離れると、純白のTシャツを乱暴に脱ぎ捨てる。剥き出しになったレオナードの胸はしっかりと筋肉が盛り上がっていて、鍛えているのが判る。いつもながら、その美しさにうっとりするほどだ。
 触れてみるとぞくぞくする。子宮の奥が熱くなり、この胸に包まれることを躰全体が望んでいることを知った。
 セックスとは不思議なものだと思う。レオナードに抱かれた当初は、苦痛でしょうがなかったのに、馴れるとは恐ろしいもので、今はちゃんと”イク”ことが出来る。。じっくりと探り合っていけば、馴れると快楽が得られる。そんなことをレオナードから、知らずのうちに教わっていた。つまり、相手に愛がないとしても、惰性で快楽を得られるのだ。
 それを知った瞬間、エンジュはわびしかった。
 こんなにレオナードが好きなのに。好きだからこそ、もっとレオナードを欲しいと思うのに。恋も性も貪欲だ。
「…あ…」
 レオナードの胸に手を伸ばして考え事をしていたら、思考を取るように、無骨な指が乳房を愛撫してくる。痛気持ちがよい快感が広がり、胸が私のものではないかのように張りつめていく。尖った乳首が、触れられない切なさに震えた。
「…ああん…」
 いつもながら自分の声だとは思えないぐらいの甘い声が漏れる。快楽のバロメータのようだ。
「…エンジュ、ここを弄って欲しいんだろ?」
 綺麗な指先でつんつんと色味の変わった乳首を突かれて、エンジュは身悶えた。そんなものが欲しいんじゃない。もっと直接的な愛撫が欲しいというのに、レオナードは相変わらず意地悪だ。
「言ってみろよ? その可愛い唇で」
「…知ってるくせに。意地悪…っ!そんなこと言うんだったら、えっちさせてあげないっ!」
 恥ずかしい事なんて言いたくはないとばかりにぷりぷり怒ると、レオナードは不機嫌な顔をした。
「俺は別にしなくても構わねえが、おまえがたまらねェだろう? こんなに尖らせてしまってるんだからなァ」
 レオナードは鼻で笑って言葉では絶対に自分の負けを認めないが、その唇はエンジュの尖った乳首を吸い上げていた。
「ああ…!」
 待望の快楽が子宮の奥を更に刺激する。熱くなり、下腹部が焦れるように痛む。躰がもっとレオナードを欲している証拠だった。
 舌先で乳首を転がされたり、甘く咬まれたり…。繰り返される愛撫に、エンジュの身も心もとろけそうになっていた。
「エンジュ…可愛い表情をするな、おまえ…。普段ももっと可愛い表情を、俺に見せろよ?」
「…嫌…っ! だって、私は…レオナードとするえっちが…あ、好きなだけだもん…」
 確かにレオナードとするセックスは 楽しいと思うし、気持ちがよい。だがそれ以上に、真摯な眼差しで自分のやりたいことを追いかけるレオナードが好きなのだ。レオナードのセックステクニックは、確かに凄まじいものだとは思うが、それ以上に、心がレオナードを欲している。
 でもそんなことは言えない。言うことでレオナードとの関係を気まずくはしたくない。おかしな話かも知れないが、エンジュはレオナードと離れたくなかった。
 だからレオナードに愛の言葉を囁かれれば、素直に馴れるような気がしたのだ。
「…好きモノだなァ、お前は…。もうこんなになってるぜェ…」
 レオナードは低い声で笑うと、下肢に手を伸ばし、熱くなった秘所を指で弄ってきた。
「ああ…」
 随分と潤っているのが自分でも判る。くちゅくちゅといやらしい音を立てているのを意識してしまい、恥ずかしかった。
「おまえはここが敏感だからな? いじめがいがあるぜ?」
「あああっ!」
 レオナードに真っ赤に燃えさかる肉芽を指で抓られて、躰が大きく跳ね上がった。レオナードを受け入れるだけは充分に潤っていが、更に彼は愛撫を続ける。
あ、あああっ!」
 抓った硬い肉芽を、今度は舌で柔らかく転がしてきた。
「あああっ!」
 全く女の躰を知り尽くしている。敏感すぎる場所をねっとりと舌で舐め回し、蜜を更に溢れさせる。
「エンジュのやらしいところが、俺様を欲しいって、悲鳴を上げてるぜ?」
「いや、あああっ!」
 レオナードの唇が肉芽を強く吸い上げた時、びくびくと躰が震えて、頭の芯まで震えてくる。盲動しようもないぐらいに感じて、首を仰け反らせてしまった。
 心臓が疲れてぐったりと躰がなる。
「もうイッちまったのか、相変わらず敏感だなァ。可愛いぜェ」
「…やだ…」
 レオナードは満足そうに笑うと逞しい胸で抱きしめてくれる。女の躰を知り尽くしているレオナードは嫌い。だが、レオナードの腕に抱かれるのは好きだ。不思議な安堵感を芽生えさせてくれるから。
 脚を大きく開かされる。その間にレオナードはがっしりとした腰を入れると、熱い雄剣を入り口に宛ってくる。硬い昂ぶりは、エンジュの吐息を乱れさせた。
「…ああっ!!」
 レオナードがゆっくりと突いてきた。エンジュはレオナードにしっかりと抱き付きながら、その背中に爪を立てた。
 ぴったりと重なる膚の熱さと流れる汗のリアルさに、エンジュはくらくらしそうになる。
 レオナードの息が間近に躍る。より近くにより奥へとレオナードが浸透していった。
「…ああっ!! レオナード!!」
「…クッ…! まだまだだぜェ、エンジュ…ちゃん」
 胎内に入りきったレオナードの熱が暴力的に暴れ、律動が激しくなる。同時に、コントロールが出来ないのか、彼の表情も歪む。
「…あ、ああっ!」
 最奥のふっくらとしたところを重点的に突かれ、頭がじんじんと傷むぐらいに感じた。
「…あ、ああああっ!」
 総てをレオナードの熱に支配されて、もう瞼を開けてはいられない。腰が淫らに揺れた後は、レオナードが深く浸透していくことが判った。

 セックスの後、レオナードは必ず煙草を吸う。それが一番嫌だ。女というものは、後戯をより大切にする生き物なのに、レオナードはそれを判ってはいない。いつも自分本位だ。
「寝たばこ反対。火事になるよ」
「いいの」
「私、レオナードと一緒に死にたくないもん」
 レオナードが少しぶすっとしたが、エンジュは構わなかった。いつものことだから。
「なァ、今度のスタントさ、大がかりなんだぜ」
「大がかり?」
「30メートルダイヴ! ビルから飛び降りるんだぜ」
 レオナードは自慢をするように行ったが、エンジュは顔色を変えた。そんな恐ろしいことを楽しげに言えるなんて。エンジュはおろおろとしながら顔を顰めた。
「危ないじゃない!」
「これで俺はメシ食ってるんだ」
「…でも…」
 エンジュはまた拗ねてしまいレオナードに背中を向ける。すると、ふっと笑って背後から抱きしめてきた。
「いつもの延長戦。エンジュは何も心配しなくていいぜェ。この俺様が失敗するわけねえじゃん」
「…うん」
 そんなことは判っている。普通に考えれば。だが、ほんの些細な確率でも事故の可能性は無いわけではない。レオナードを好きになってから、好きになった故に、小さなマイナス要因が、エンジュの仲で大きくなっていく。
「おまえの兄貴も同じだろう?」
「うん…」
 レオナードは優しくキスをしてくれたが、それでもエンジュの気持ちは晴れなかった。

   2

 いつもやっている仕事の延長上なのは判っている。だけど、心配は日に日に大きくなってきている。
 いつも一緒に帰ってくれるアンジェリークは兄に連れて行かれ、エンジュはぶらぶらとあの宝石店の前まで来ていた。ショウウィンドウには相変わらず”恋のたまご”が飾ってあり、エンジュはそれを切ない気分で見つめた。
 きっとレオナードに強請っても、プレゼントなんかしてはくれない。だが、このアクセサリーはレオナードからプレゼントして貰いたかった。
「夢のまた夢よね…」
 ショウウィンドウの向こうにある銀のたまごは、今日は一段と美しく光っているように思える。
 ふと、自動ドアが開き、背の高い男と美しい女性が出てくる。いつもは気にはしないのだが、ショウウィンドウに映った姿を見るなり、エンジュははっと息を呑む。
 どす黒い感情や怒り、困惑に疑念と言った様々な感情が、細い糸になって一気により合わさって大きな繭玉を形成する。心の中にはもう真っ黒い感情がより合わさったものしかない。
 男はレオナードだった。そして、女の手には宝石店の紙袋が下げられている。
「レオナード…」
 こんな低い声が出るとは思わなかったぐらいの声が出て、エンジュは自分でも驚く。
「あぁ、エンジュ!」
 いつもより素っ頓狂な声でレオナードは声をかけてきたが、決して悪びれている様子は一切無かった。全くこの男らしい。
 その瞬間、蜘蛛の糸が寄り合わさった感情の集合体は、ぷつりと音を立ててエンジュの中で弾け飛んだ。
「浮気者! バカ!!」
 感情の赴くままにレオナードを突き飛ばし、そのままエンジュは走っていく。ひたすら走って逃げる。何処に向かって走っているのか、自分でも皆目わからない。ただひたすら走った。
 エンジュが一番欲しかった宝石店のジュエリーを、レオナードは他の女に贈った。その事実が刃になってエンジュの心も躰も引き裂いてくる。
 あんなに欲しかったのに。あんなに憧れていたのに。
 あの言い伝え通りに、レオナードから”恋のたまご”を貰えれば、言葉よりも雄弁に愛情を感じられると思っていたのに…。
 だがレオナードは全く違う相手にそれを贈った。それだけで充分。別離を突きつけられたのだ。
 いつも曖昧な態度だったのは、きっと女がいたからだ。レオナードは言い訳も何もしなかったのだから、その考えは正しいのだろう。
 息が続かなくなったところで、恐る恐る後ろを振り返った。少しは期待をしていたかもしれない。だが、期待は裏切られるためにある。
 後ろには誰もいない。
 訳の判らない絶望感が襲いかかり、エンジュはその場に座り込んで、大声で啼いた。
 涙がこんなに躰から溢れてくるとは思わなかった。
 涙が、全身でレオナードが好きだと言うことを雄弁に語っていた。
 好き、好き。大好きだから許せない。
 その日は、やけになってお小遣いを叩き、カフェオランジュのケーキを買う。いつもは美味しく感じるケーキも、今日はしょっぱい味だけがして、全然美味しくなかった  

   3

 あれから何度携帯を覗いても、レオナードからの連絡はさっぱりだ。こちらから連絡する事はないのだが、何度もレオナードの番号を呼び出しては、発信を押せず、結局は出るのは溜息だけだ。
 全くこんな気分になったのは、総てレオナードのせいだ。ビーズクッションをレオナードにたとえて何度も殴りつけても、気分なんて晴れやしない。
 エンジュは溜息ばかりを吐く自分にそろそろ嫌気が差していた。
「エンジュ、あなた宛の荷物よ! 取りに来なさい」
「は〜い!」
 下から母親の声が聞こえ、ぶつぶつと言いながら階段を下りていく。
 リビングの前で母親に会い、エンジュは小さな小箱を渡された。
「はい、どうぞ」
「有り難う」
 受け取って、早速差出人をン見ると、なんとレオナードだった。心臓が変に鼓動を早めていく。
 そのままぎゅっと箱を抱きしめると、エンジュは脱兎のごとく階段を駆け上って自室に戻るる
 どうして今頃になってレオナードはこんな荷物を送ってきたのか。
 ひょっとして下着をアパートに忘れて、それを当てつけに贈ってきたのかもしれない。
 憎たらしいレオナードの顔が脳裏の浮かび、エンジュはまた苛々が増していくのを感じた。
 この男は、一体どこまで追いつめていくのだろうか。
 部屋に入るだけなのに、エンジュの呼吸は既にかなり上がっていた。
 小さな箱を開けるだけで、こんなにもドキドキしてしまう。どうせ大したことはないと思ってはいても、実際は耳を劈くような鼓動が聞こえた。
 箱を開けると、真っ白なメッセージカードが入っていた。震える指で開けてみると、謝罪の言葉やレオナード自身の感情がこもった言葉は一切なく、代わりに日付と時間と地図だけが記されていた。この日のこの時間にこの場所に来いと言うことだろうか。
「行かないからね…!」
 悪態を吐いてカードを投げつけたが、直ぐに気になって拾ってしまう。
 カードを取った後、箱の中を覗くと、緩衝材の中に小さな箱が入っていた。
 ロゴに見覚えがある。よくよく見ると、”恋のたまご”と金色の文字で書かれているではないか。
「…まさか…」
 指を震わせながら箱を手に取ると、息を詰めてそれを開ける。
 そこには”恋のたまご”のペンダントが入っており、箱には”総ての恋する恋人たちへ…”と書かれていた。
 全身が切なく震える。
 あんなに欲しかった”恋のたまご”のペンダントが、今目の前にある。チェーンを指先で摘んで、エンジュは持ち上げてみた。
 たまごをそっと開けてみると、紛れもなくエンジュの誕生石ろ小さなメッセージが刻まれている。
 ”Eternal Trueth”
 また涙が零れる。あの時とは違った、美しい何の感情の混じりけのない涙が。
「…こんなんじゃ騙されないんだから…」
 悪態を吐きながらも、エンジュは自分の首に、憧れのペンダントをしてみた。
 感動と愛が心と躰に沸き上がってくるのを感じる。言葉以上に、噂以上に、恋のたまごは威力があるように思える。
 レオナードへの想いが心の中に溢れかえり、メッセージカードを握りしめる。
「…今度えっちさせろって言っても、させて上げないんだから…」
 言葉とは裏腹に、エンジュの表情は明るいものになる。
 言葉が欲しい。レオナードに面と向かって言って欲しい。愛の言葉を訊かせて欲しい。
 恋のたまごを手に入れ、エンジュは益々その想いが強くなる。
 たまごは実際の重さよりも、感じる重さの方が心にも躰にも重い。愛の重さのような気がした。

   4

 結局、約束の日、約束の時間に、エンジュはレオナードが指定した場所にいた。
 そこは映画のロケ現場らしく、かなりのひとだかりが出来ている。
 視線をきょろきょろと動かしていくと、そこには見馴れた兄の姿がある。
「あれ、アリオスお兄ちゃん。お兄ちゃんの映画のロケか…。最近喋ってなかったものね…」
 するとその奥に、見馴れた憎たらしい顔があることに気付いた。レオナードだ。アリオスと煙草片手になにやら真剣に話しているようだ。
 一瞬、レオナードが振り返り、エンジュを真っ直ぐと真摯な眼差しで捕らえてくる。
 余りにも真剣で素敵な眼差しだったから、エンジュはドキリとせずにはいられなかった。
 初めてレオナードを見た時も、この眼差しだった。仕事が関われば、いつも精悍で魅力的な顔になるのだ。
 その真剣さもエンジュは大好きだった。仕事への姿勢が素敵だったから、レオナードを好きになったのだ。
 感情が心の中に渦巻いてくる。恋心が更に強くなっているのを、エンジュは深く感じた。
 レオナードは視線で上を指す。今からここを飛び降りると暗に示していた。
 手をすっと上げると、レオナードが建物の中に入る。いよいよ現場に入るのだ。
 本番が近い。レオナードも緊張しているだろうが、エンジュはもっと緊張していた。
 どうして自分がこんなに緊張するのだろうか。心臓は数えられないくらいの鼓動を刻み、掌にはうっすらとした汗が滲んでいる。喉はからからで、舌の根すらも乾いてしまうぐらいだ。
 ビルの向こうに人影が見えた。クレーン車などを使ってカメラが上がり、大々的な撮影が開始される。
 ビルの下には、衝撃を吸収する大きな緩衝材が置かれている。いつの間にか、アリオスもディレクターチェアーから立ち上がり、トラメガを手にしていた。
 緊張しすぎて、胸にかけてある恋のたまごがころころと揺れる。エンジュは胸の位置で手を組むと、高い場所にいるレオナードの無事を祈った。
 …神様!
「3、2、1、アクション!!」
 アリオスの声が響き渡り撮影が開始される。レオナードは小気味よく立ち回っているが、その間もエンジュはドキドキしっぱなしだった。
 アクションシーンの後、レオナードがビルの縁に追いつめられ、足を踏み外す。
 お約束だとは判っているのに、エンジュの震動は止まってしまうかと思うほど痛かった。
「…あ!!」
 円を描くようにレオナードが宙を舞う。まるで鳥のようにマウス方は美しく、エンジュは心が飛んでいくのを感じた。
 一瞬、スローモーションのようになり、その美しさに、エンジュは泣きながら感動を覚えていた。
 心が恋心がもっと高い次元に飛び立つような気になる。
 大きな音を立てながら、レオナードが見事に着地した時、エンジュは言い様の無いほどの感動に襲われていた。
「カット!! OK!」
 アリオスの声がかかるのと同時に、レオナードはむくりと起きあがってくる。躰を起こすなりの第一声は、「エンジュ!」だった。
 走ってこちらにかけてくる。目の前にレオナードが立つと、吐息が躰にかかるのを感じた。
 ここでは落ち着いて話せないので、少し人だかりを避けた場所に行き、ふたりはお互いに向き合う。
「見たか?」
「見てたよ」
「格好良かったか?」
 一呼吸置いてから、エンジュは素直にしっかりと頷いた。笑顔が溢れる。
「うん!!」
「お前の為に飛んだ」
「嘘?」
「マジで」
 レオナードの言葉はきっぱりとしていた。あんなに綺麗なダイヴィングを捧げられてしまえば、メロメロになるしかない。
 レオナードの視線はエンジュの胸元に揺れる”恋のたまご”を捕らえていた。
「気に入ってくれたか?」
「まあ、まあ、かな」
 にんまりと幸せの笑みをイタズラっぽくレオナードに向ける。レオナードの表情も幾分か和らいでいた。
「ざけんな」
 ふとレオナードの逞しい手が、エンジュの小さくて柔らかな手を握りしめてくる。少しだけ軋むようにレオナードが震えているのが感じられた。
「…好きだぜ」
「え…?」
 一瞬、レオナードが何を言ったか信じられず、エンジュは驚いたように彼の顔を見た。
「何て…」
「…好きだぜ…って、言ったんだ、このあんぽんたん!」
 照れ隠しのように早口でまくし立てるレオナードに、エンジュはお約束にも頬を思い切り抓った。
「痛いっ!」
「痛いに決まってるだろうが」
 レオナードは呆れたように言うが、その瞳は笑っている。本当にリアルなのだ。決して夢落ちだなんて、ことはないだろう。
「…ったく、おまえは早とちりだし、俺が店員といたのに、女といたのと勘違いはするは、全く…。こんな女好きになるのは、俺ぐれェなもんだよな」
「店員さんだったんだ!」
 そう言えば、宝石店なら良くあることだ。買った商品を持って、玄関先まで見送ってくれるのは…。
「あ…」
「ったく、早とちりな女だぜェ」
 人前にもかかわらず、レオナードがぎゅっと抱きしめてくれる。
「あ…」
セックスだとかキス、抱擁はお互いの信頼を高めて、より深みのあるものにするものだと、今更ながら気が付いた。
 レオナードが言ってくれた言葉も、今は信じられる。こうして抱きしめて貰えるだけで幸せ。
「こんな我が儘な女とつきあえるのも、俺ぐらいなもんだぜェ」
 面と向かって言うものだから、少しムッとする。
「えっちばっかりする野獣みたいな男とつきあえるのも私だけよ!」
「そうだな」
 お互いに見つめ合うと、またしっかりと抱き合う。レオナードの腕の中は、何よりも安心出来る。
「一週間も禁欲してたからな、もう我慢出来ねえ! 今すぐヤラせろ!」
「もう、嫌だ!」
 エンジュが笑いながら抵抗しているのを、レオナードも十分に判ってくれている。
「好きモノのくせに」
「だって、レオナード限定だもの!」
 エンジュが抱きしめると、レオナードもまたとびきりの笑顔をくれた。
 やはり”恋のたまご”の噂は真実。
         THE END
 
コメント

仮復帰ということで。
2004年9月に出した同人の再録です。





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