序 総ての呼吸をするものにとって有り難いはずの陽の光も、アリオスにとっては息苦しくさせるもののひとつだった。 陰鬱で好ましい部屋に、朝陽が入ることで生気が増す。それが我慢ならない。 光が白いカーテン越しに大いばりに入ってくるのが気にくわなくて、アリオスは目を不機嫌に細めた。また皺が深くなる。 ベッドの横のデジタル時計を見れば、まだ朝の6時30分。苦手なくせにいつも同じ時間に目覚めるというのは、リーマンの哀しい性なのか。折角、貯まっていた有給休暇と振り替え休暇を取って、長期の休みに入ったというのに、出端からそれでは先が思いやられる。 ベッドサイドのテーブルに無造作に置いていた煙草を手に取り、それを銜える。朝の恒例の行事だ。学生時代と比べてヘビースモーカーではなくなったが、月日が流れた今となっても、この癖は直らない。 アリオスは気怠く紫煙を宙に吐き捨てる。こうすることで、頭が徐々にいつものペースを取り戻していくのだ。 視線を落とすと、陰鬱だった部屋が浄化された晴れやかさに変わった今となっては、全く似つかわしくない住人がひとり、ベッドに横たわっている。 マットで滑らかな白い肌に、まるで化学繊維を彷彿とさせるプラチナブロンドの髪。純白のシーツから覗く手足は、長くてすっきりしている。 名前や素性は一切知らない。だが、その媚態はもう掌握しきっている。 学生の頃見たリバイバル映画で、名前すら知らない男女がベッドを共にし、朝になってようやく名乗り合うものがあった。途中まで映画と同じかも知れないが、朝を迎えた瞬間から変わる。アリオスは名前を名乗るつもりなどない。そしておそらくこの女もそうだろう。 朝陽によって夜が持つ魔法は解けたのだ。女の髪の根元からは地の髪であろうブルネットが顔を出し、白い肌は日の光に透けて小さなシミを浮き立たせている。 女に対しての性欲も興味も、最早アリオスの中では失せていた。ここで別れたらおしまいだ。折角の長期休暇だ。興味のない女は、傍にいらない。 このホテルから出たら、ぶらりと公園にでも行って、気持ち良い惰眠を貪ることにしようか。心地よい睡眠に、女が必要だったためしなどないのだから。 脳裏が、外の天気と同じようにクリアーに晴れ上がった頃、更なる目覚めを促すように、携帯電話が小刻みにバイブレーションする。 着信中 レイチェル。 表示を見るなり、アリオスは頭が痛くなった。レイチェルと言えば、社長付秘書で、困難な仕事ばかりを押しつける、文字通り「厄介な女」だ。 こっちは休暇中だ。いくらでも拒否することが出来る。アリオスは携帯電話に出ないまま、次の煙草の手を伸ばした。 朝の一服を満喫している間も、しつこくもレイチェルは何度も電話をかけてくる。ここまでくれば、ご立派だとしか、言いようがなかった。 「ったく、しつこい女だぜ」 アリオスは軽く舌打ちをすると、アリオスは鼻を摘んで電話に出た。 「この電話は現在電波の届かないところにあるか…」 「ふざけないでよっ! バカアリオスっ!」 朝一番からレイチェルの高い罵声を聞くと、耳鳴りがしエネルギーを吸い取られた気分になる。これで今日一日のエネルギーは大半使い果たしてしまったような疲労感が漂う。 「…俺は長期休暇中だ…。切るぜ」 「待ってよ! 社長が大変なことになってんの!」 レイチェルの慌てぶりは、通常ニルアドミナリを気取る彼女には到底考えられないほどで、アリオスは怪訝に思った。 「あのオッサンが死んでも問題起こしてるのかよ?」 「ち・が・うっ! あんたが長期休暇取った日に就任した新しい社長!」 アリオスは眉間に皺を寄せながら、 レイチェルの話をに聴き入った。 前社長には恩義があるが、新しい社長には全く感じない。知らないからしょうがないのだが。 「ある意味、前社長が遺した火だねなのよ! 社長はワタシの親友でもあるし、頼めるのはあんただけなのよ! 戻ってきて!」 あの、クールで人使いの荒い偉そうなレイチェルが、ここまで懇願するのは、はっきり言って珍しい。天変地異でも起こらない限りは、ないのではないかと思う。 「俺は長期休暇中だ。ちゃんと正規ルートで届けを出したんだからな」 「そんなこと言わないで! ある意味、うちの会社の存亡危機なんだから!」 レイチェルの焦りぶりを聞く限り、、全く困りきっているようだ。いつもは小生意気なレイチェルのこういう姿を見るのも、悪くない。一肌脱ぐのも、借りを作れて良いかもしれない。 それに。どうせ、知らない女とセックスしたり、昼寝ばかりをする休暇中の日常を考えれば、幾分か刺激的になるかもしれない。 「解った。とりあえず話だけは聞きに行く。だが重役出勤になるぜ。10時にそっちに行く」 「ありがと 恩に着るよ!」 レイチェルのホッとした声を聴きながら、電話を切ると、アリオスは直ぐに身支度をした。動くと決断した以上は、だらけてはいられない。それに、会社に行くには、それなりのカモフラージュが必要だ。 アリオスは身支度を終えると、サイドテーブルにあるメモに、”チェックアウトを頼んだ”と走り書き、部屋を出た。先払いはこんな時に面倒にならなくていい。 ホテルから出ると、朝陽がちくちくして痛い。アリオスは苦笑いをすると、サングラスを掛け、雑踏に紛れた。 アリオスはフラットに帰ると、夜の匂いを消す為に、先ずはシャワーを浴びる。一会社員としての自分を作るのはそれからだ。 戦闘前に、武装しなければならない。 流行に左右されない紺色の無難なスーツ、清潔そうな白いカッターシャツ、ネクタイはイングリッシュネイビーのプレーンタイプ。これが戦闘服。そして、度を入れていない眼鏡をかければ、準備完了。 アリオスは時計を横目で見、ラッシュアワーに被らなかったことにホッとしながら、フラットを出た。 会社に出向くと、先ずは自分のオフィスに顔を出す。 端にあるうだつの上がらない係長席。そこがアリオスの世を忍ばせる場所。周りの同僚、部下、女性社員からは特に、「うだつの上がらないアリオスが、どうして係長なのか」と陰口を叩かれていることも知っている。 だがそうしなければ、自分の立場を隠せないのも事実であった。 席に座っても、誰もアリオスがそこにいるとは気付かない。全くの昼行灯状態だ。 「あ! 係長! いらっしゃったんですか? 私気付かなくて…。長期休暇中とお聞きしていたので」 わざとらしく横にいる女性部下が聞いて来たので、アリオスはいつものようにわざと暗く答えた。 「少しやり残したことがあったから」 「そうですか。じっくりなさって下さいね」 女子社員から社交辞令を受け取った後、アリオスはレイチェルの待つ社長室に向かう。本当の仕事は今から始まる。 特命係長として、がっつりと戦闘開始だ 1 アリオスは、首から下げているIDカードで、何度かセキュリティを越えた後、本丸とも言える社長室の前にやってくる。 アリオスのIDには通常の係長クラスでは考えられないほどの、高度なセキュリティがかけられていた。社長以外は通れない場所ですら、行くことが出来るのだ。 特に緊張することもなく、アリオスは社長室のインターカムを押した。 「お客様部企画PR室付係長アリオスです」 名乗るなり、社長室最後の砦を守るドラゴンいや、レイチェルがドアを開けてくれた。 「待ってたよーアリオス!」 レイチェルは明るく爽やかに出迎えてくれるなり、アリオスを見て、いつものように吹き出す。 「何だかあんたはその眼鏡が似合っているのかいないのかビミョーね。すごい真面目なサド男か、さもすりゃムッツリスケベに見えちゃうねー」 「俺は変態かよ?」 「近いんじゃない? 愛なくてもえっち出来るところは!」 歯に衣着せぬ言いようは全くレイチェルらしい。アリオスは苦笑しながら、気後れすることなく堂々と社長室に入っていく。 「社長自らアナタに挨拶がしたいって! お願い事も直接したいって」 「だろうな。それが筋ってもんだぜ。何たって俺は長期休暇中で、それを呼び出しんだからな」 「もう! だからこんなにワタシからも頼んでいるでしょ! あんたしつこい!」 アリオスの不平にも、レイチェルはぴしりと怒り、耳を全く貸さない。全くこんなにいつも逆切れされるのでは、疲れが溜まってしょうがない。 「社長ー、エロ係長が来たよ!」 「エロは余計だ」 アリオスが度無し眼鏡をゆっくり外しながら近付くと、華奢なボディラインのシルエットが見えた。綺麗にこじんまりとまとまっている。悪くない躰だ。 アリオスはシルエットをクールに値踏みしながら、観察をしていた。何故だか不思議に目が離せない。今まで大物と面会したことなど何度かあるが、アリオスが目を離せないと感じたのは、初めてのことだった。 アリオスを惹きつけて止まない独特のオーラがある。そのオーラに触れてみたい。そう思わせる何かが、相手から感じられた。 女なら厄介なことになる そんなフレーズが脳裏によぎった。 「有り難うレイチェル」 言葉がシルエットから発せられる。高い柔らかな声は、まるで天使の歌声のようにも聞こえた。声すら、アリオスの耳に強烈な印象を与える。 ピュアな白を纏った人物だと、アリオスは思わずにはいられなかった。 華奢な躰に、品の良さが滲む眩しいほどの白いオーラが、まるで天使の羽根のように包み込まれる。暖色で明るい未来が背中に広がっているような気がした。 アリオスが目が離せない状態のまま、相手はスローモーションの技法を使うかのように振り返った。 アリオスは目を見張ると同時に、疑う。シルエットの主は、まだ年若い少女だった。 栗色の髪が窓から差し込む光りで輝き、天使の輪を作り出している。大きな青緑の瞳は、抜けるような空の青さと、海の深い色を思い起こさせた。湛えられる影は明るさと天真爛漫さ、そして僅かの憂いを感じる。 「このアルフォンシアカンパニーの新しい社長に就任した、アンジェリーク・コレットです。本日は、休暇の中、起こし頂いて有り難うございます。アリオス係長」 社長であるにも関わらず、年上の自分に考慮してか、言葉遣いはかなり丁寧だ。分別を弁えた性格であることは、それだけで理解出来る。 独特のゆるやかな声のトーンも、アリオスにはとても心地が良いものだった。 「アリオスです」 「お名刺は結構です。レイチェルから色々と聞いていますから」 含み笑いをした若き社長の瞳は茶目っ気が輝き、年相応の雰囲気を出している。社長としての堅苦しいオーラが抜け落ちた姿に、アリオスは何だかほっとしたような気がした。 「どうぞ、応接セットに。おかけになって下さいね」 「ああ、有り難う」 アリオスは、アンジェリークから視線を外せないまま、通されたソファにぎこちなく座る。いつも座っているソファが、何だか固いもののように思え、落ち着かなかった。 「ミネラルウォーターがお好きみたいなので、用意しました。お飲みになって下さいね」 「ああ」 アンジェリークがふわりとしたシフォンのスカートを揺らして座ると、レイチェルはミニスカートの皺をわざとらしく伸ばして咳ばらいしながら座った。 「煙草、吸われますか?」 「ああ」 「では、一服しながら聞いてください」 アンジェリークは、高価なクリスタルで出来た灰皿をアリオスに差し出し、興味深げにこちらを見ている。 「では、失礼する」 やけにサービスが良いと思いながら、アリオスはポケットから煙草を取り出す。それをすらりと伸びた指先で掴むと、唇に押し込んだ。 「で、用件は?」 「えっ?」 「だから用件。こうやってかなりサービスが良いと、勘繰ってしまうぜ。まあ、大概はすげえことを言われたりするもんだ」 アリオスが抑揚なく言った台詞に、アンジェリークとレイチェルは顔を合わせる。 「特別な報酬はお支払い致しますから」 アンジェリークは決意を秘めたきっぱりとした口調で、アリオスに宣言する。もう、少女の天衣無縫なオーラは姿を隠してしまったようだ。 「話してくれてから見極めるのが俺のやり方だ。解決が簡単なものだと判断したら、俺は休暇に戻らせて貰う」 「解ってる」 レイチェルは事前に同意をすると、アンジェリークに早速話すように促した。小さく頷いた社長の瞳は、どこか不安げな陰りがあり、同時に凜とした決断の力が漂っている。 「我社がIT関連会社によるM&Aの危機にさらされています。新興会社の”スカイドア”によるものです」 「”スカイドア”…。あの脂ぎった礼儀知らずのお坊ちゃまが仕切っている会社だな。確か、ヤツは財閥出身だったな」 アリオスは眉間にシワを寄せながら、重い気分になる。相手のことはよく知っている。金の力でものを言わせるやり方と礼節がないのが、気に入らなかった。 「その買収劇の原因が…、私なんです…」 本当に困り切っているかのように、アンジェリークは眉根を寄せ、小さな声で囁く。 「何か会社経営でミスッたとは、あんたを見ても、レイチェルを見ても思えねえけれど」 アリオスはアンジェリークを探るように、じっと見つめながら、煙草に手を伸ばした。 「それで? 具体的には?」 「…財界パーティーで逢って、気に入ったから付き合えと言われたんです。でも、私、生理的に受け付けなくて…、お断りしたんです」 「だってね、アリオス。キモチワルイのよ、そいつ。まあ、そいつがロマンス小説みたいに、カッコ良ければ話は別だったかもしれないけれど、ヌルヌルした気持ち悪さを持っているわけよ」 レイチェルはもう思い出したくもないかのように、悪寒で背中を震わせながら、首を振る。 「あんたみたいに、ヘンタイスケベでも、まだオトコマエなら許せるんだけるどね」 レイチェルがアンジェリークをチラリと見るなり真っ赤になるものだから、アリオスも微笑ましく、つられるようにして笑った。 「…レイチェル、失礼だってば…」 恥ずかしがると純粋な少女の一面が出てくる。純粋な明るさは、アリオスにとってかなり新鮮で、目が離せない輝きだった。 「そいつが、俺みたいな容姿で性格だったら、どうしてた?」 アンジェリークの心の奥を覗き込むかのように、アリオスは容赦なく甘い眼差しを向ける。それがいつもよりもかなり糖度が高くなっているのはご愛嬌だ。 「…ま、あの…その…」 即答が出来ないアンジェリークに、アリオスはからかいとにやけの中間のような笑みを浮かべていた。 「解った。要はそいつの買収を阻止すればいいのか?」 「そうです」 先ほどまで少女の煌めきを持っていたアンジェリークも、流石に引き締まった社長としての顔になる。愁いを帯びた真摯な眼差しも、アリオスは美しいと思った。 「やり方は俺に任せてくれ。報告はことが動くごとに行う」 「お願いします!」 アンジェリークは深々と頭を下げ、アリオスに心から礼を言ってくれた。素直に感謝を貰うのも、悪いことではないかもしれないと、アリオスはぼんやりと思った。 「社内スウィーパーとして、様々な困難を解決されていることを聞いております。いつも難しいことばかりを押し付けて申し訳ありません。今回は会社の屋台骨に関わることなので、報酬はきちんと弾みます」 「報酬ね…」 アリオスは灰皿に煙草を揉み消すと、すっと目を細めてアンジェリークを見る。アリオスの視線にドキリとしたのか、アンジェリークは小さく震えている。それが至極艶のある女に見せてる。だが、それは決して恐怖によるものではないことぐらいは、アリオスにも直ぐに解ることだった。 アリオスは眩しげに、アンジェリークの奥深いところまで見るような目付きで、見る、 雰囲気とは似つかないセクシィな躰のラインや、顔立ちの愛らしさを、アリオスはとっくりと見た後、アンジェリークに指を指す。 これにはアンジェリークも驚いたようて、少しばかり椅子を引くように後ずさりをした。 「報酬は、あんたがいい」 「えっ!?」 アンジェリークは驚きと戸惑い、そして恥ずかしさに顔を真っ赤にしているようだったが、嫌悪感は感じられなかった。 「俺と一晩デートすること」 アリオスはピシリと欲求を突き付け、鋭くクールな視線を送る。 「デ、デートって、このスケベっ!」 アンジェリークが返事をするよりも前に、レイチェルが怒りモードで立ち上がる。ざっと、凛々しく騎士のように。 「スケベって、何でもそっちに結ぶな。そんな思考をするおまえこそ、むっつりスケベ」 アリオスが冷たく言い放てば、レイチェルの怒りの火に油を注ぐことになるのは解っている。だが、それは引けない。 「あんたにんなことを言われたくはないわよっ!」 「ちょっと…、ふたりとも…仲良くにこちゃんして?」 アンジェリークがおろおろしながら、アリオスとレイチェルを交互に見てくる。それが可愛くてしょうがない。まるでごはんが十杯いけるぐらいの堪らない可愛いらしさだ。 アリオスは楽し過ぎて、アンジェリークをじっと見つめてしまう。その眼差しには、久しぶりのリラックスとプレジャーを滲ませていた。 「レイチェルもそんなに怒らないで?アリオスさんもそんなに面白がらないで? はいみんなニコちゃん」 ニコちゃん。そのフレーズがアリオスはとても気に入ってしまい、大いに笑ってしまう。頭をのけ反らせ、瞳に涙を滲ませるほどだ。 「もう!! そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」 アンジェリークは頭から湯気を出しながら、瞬間湯沸かし器のように怒っている。それがまた小さなおもちゃみたいに可愛かった。 「まるで、機械じかけの人形みてえだぜ!」 「そんなことっ、言わなくたって、良いじゃないですかっ!」 ぷ りぷり怒るアンジェリークの唇を、アリオスはひとさし指でそっと押さえた。 「敬語はいらねえ。タメ語で構わねえから」 アリオスが真摯にじっと見れば、アンジェリークは観念したかのように頷いた。 「解りました。じゃあ友達感覚で」 年相応の眩しい笑顔で、アンジェリークは素直な返事をくれる。 「で、報酬、考えてくれたか?」 アリオスがいきなり本題を攻めてきたものだから、アンジェリークは一瞬間考え込む。 「…お望み通りに」 レイチェルの顔色を伺いつつ、はにかんで言うものだから、アリオスの心は満たされる。 「ちょっと! アンジェ! こいつはどうしようもない狼なのよっ!! エロで変態で! アナタの純潔が!」 レイチェルがいくら大騒ぎしても、そんな戯れ言は耳に入らない。アンジェリークの困ったような色のある吐息以外は。 「デートだけだし…、ね?」 「そこがアンジェの甘いところなのよ!」 レイチェルを優しく宥めている姿などは、宗教画に出てくる天使よりも純粋で俗っぽくない。 こんなに誰かを純粋に可愛いと思えたのは、一体いつだっただろうか。思い出せないぐらいの昔だろう。 この会社に請われて籍を置くようになってから、企業内スウィーパーとしてどろどろとした部分ばかりを見てきた。女は問題解決の道具として、あるいはひとときの快楽を貪る相手としか感覚はなかった。純粋に女を感じたのは、久しぶりなのかも知れない。 「一応、話はこれだけだよ」 レイチェルは、アリオスにに不満の視線を投げかけながら、社長が決めた事なので仕方がないとでも思っているようだ。 「ああ」 アリオスは自然と口角を上げると、ソファから立ち上がる。 ソファに、ちんまりと愛らしく腰を掛けるアンジェリークと目が合った。 不安と期待のどちらもその眼差しに秘めている。アリオスは眼差しを引き締めると、アンジェリークに低い確信が滲んだ声で言い放った。 「俺があんたの”ホワイト・ナイト”になってやるよ」 |