特命係長エンペラーアリオス


「M&Aね…。そっちがそのつもりなら、こっちもその手で動くだけだ」
 アリオスは報告書を読み棄てると、先ずは電話を手に取った。このような危ない橋を常に渡るのだから、セキュリティは万全にしてある。
「はい。スモルニィ証券です」
「アリオスだ。支社長を出せ」
 アリオスの声に、オペレーターは直ぐに冷静に対応する。いつものマネーゲームなのだろうと、思っているようだ。直接支社長に繋がるオペレーションナンバーを覚えていて、良かったと思う。こういった時には、人脈は大事だ。
 危ない橋を渡る時にも、アリオスは確実に人脈を作り続けている。仕事の為に抱いた女も、後腐れなく今では良い人脈になってくれている。
「ジュリアスだ」
 固い真面目腐った声が聞こえてきた。全く証券会社のやり手支社長の地位は、この男にぴったりとはまる。将来の社長候補であり、恐らくはは最年少で社長になると目される男との人脈は、アリオスにとっては宝と言っても過言ではあるまい。
「スモルニィ商事の株についてだが、”スカイドア”が狙っている」
「らしいな。うちにも資金提供してほしいとの申し出があったが断った。私は、そなたを敵には回したくないからな」
 ジュリアスは含み笑いをしながら、落ち着いた声で言う。何処までも冷静に対応出来る男だ。
「おまえのところでは、結局、会社にとっては損失になるかもしれないと考えたのだろ?」
「その通りだ。転換社債を売却しても、そんなに利益は得られないだろう。それに、リスキーだ」
 ジュリアスはまるで幼子を見るように”スカイドア”を見ているようだ。余裕の吐息すら受話器から漏れる。
「では、肝心の本題だが…」
 空気が変わる。引き締まった感覚が、重要な曲面を示すのを、お互いに解っている。
「時間外取引などで大量の株が取得されねえように、株を先にこちらが買い取り、株価を上げて相手には買えないようにしてえ。資金は、俺の口座から運用してくれ」
「解った」
「後、”スカイドア”に関する、良くない取引実態などがあれば教えてくれ」
「了解」
 用件はこれだけだ。
「では、頼んだぜ」
 静かに受話器を置くと、アリオスは考えこむように、顎に両手を添える。
 今回は相手の無理難題を駆逐するだけ。簡単な話だ。金さえ動かして、 「目には目を」方式でやればいい。
力を抜いて出来る仕事のはずなのに、 アリオスは妙に力が入ってしまうのを感じた。
 脳裏に、あの天使のような無邪気な顔が浮かぶ。その瞳を曇らせたくはない。そのためにも、アリオスはこの依頼を何とか成功に導かなければならない。

 翌日、ジュリアスから株の取得は順調に推移していることを聞き、一先ずはほっとする。
 アリオスは、アンジェリークに推移を報告する為に、社長室を訪ねた。
レイチェルに通されて部屋の奥に行くと、アンジェリークは電話で話しているようだった。
「相手は”スカイドア”のヌルヌル社長!」
 レイチェルに耳打ちされて、アリオスはアンジェリークの様子をじっと伺う。
 その表情からは、困惑と嫌悪感しか伺い知れなかった。
「…ですからお仕事が忙しいので…、大変申し訳ないですが…ええ、失礼致します」
 アンジェリークはようやく電話を切ることが出来てホッとしたのか、受話器を溜め息をつきながら置いた。
「アリオスさんっ!」
 顔を上げるなりアリオスに直ぐに気付いてくれ、アンジェリークは柔らかな表情に戻った。
「”スカイドア”の社長だろ?」
「はい…。とってもしつこくて」
「顔に性格が出ちまっているな」
 アリオスが顔を歪めながら言うと、アンジェリークはほのかに笑う。安堵が漂うようだ。
「あんたにひとつ話があってきた。事後承諾で申し訳ねえが、相手の行動を阻止する第一弾だ」
「解りました。詳しいお話をお聞かせ下さい」
 アンジェリークから春風の薫りがするようなほのかな笑顔は消え、代わりに厳しいものが浮かんでくる。
「どうぞ座って下さい、アリオス。あなたのお話を伺います」
 アンジェリークはソファにアリオスを呼び寄せたので、すこにどっかりと座る。
「相手を筆頭株主にさせないようにする為に、子会社にさせないように、”アルヴィース”名義で株を購入している」
「え!? じゃあうちはアルヴィースの子会社になるのですか!?」
アンジェリークの顔色は途端に悪くなるが、アリオスはそれに動じることはなかった。
「スモルニィがアルヴィースの子会社にはならない。子会社になる一歩手前の株を保有し、”スカイドア”の脅威を取り払う。それが一番の方法だ。財産的失墜をはかる。そして、アルヴィースによって”スカイドア”の株を大量買い取り、子会社にして、影響を排除する」
 アンジェリークは固唾を飲みながら、アリオスの提案をじっと聞き続ける。
「うちを助ける為に、そんなことをアルヴィースはしてくれるのでしょうか。私には護らなければならないものがあります。”スカイドア”と同じではダメなのです」
 アンジェリークはきっぱりと言い切り、社長としての威厳を見せている。アリオスは凛々しいアンジェリークは、とても美しいとすら思った。「それは大丈夫だ。アルヴィースの社長にも、しっかりと約束をさせている。誓って勝手なことはさせねえ。だから事前に話をしたまでだ」
 アリオスはいつになくアンジェリークに熱心に語る自分に、正直言って驚いていた。こんなに熱くなることはなかったのに、目の前にアンジェリークがいると、つい助け船を出してしまう。
「アリオスさん…」
「さんはいらねえ」
「じゃあ、アリオス。話をしてくれて有り難う。自分でどうも出来ないのに、あなたに勝手なことを言ってごめんなさい」
 アンジェリークが実直に謝ってくるので、アリオスはその素直な心根ごと抱きしめたくなる。
 一生懸命肩肘を張りながら頑張ろうとするアンジェリークをー精一杯サポートしたくなる。
 アリオスが護りたくなるような素直さを、アンジェリークは持ち合わせていた。
 こんな緊張感溢れた顔だけではなく、アンジェリークのもっと自然で 愛らしい表情を見ていたいと、アリオスは心から思っていた。
 アリオスは、高層にある窓から差し込む光に目を細めながら、ソファから立ち上がる。ふと見上げてくれたアンジェリークの眼差しに素顔が覗き可愛かった。
 自然と手を差し延べていた。
「おい、肩から力を抜きにいかねえか」
 真っ直ぐに伸びたアリオスの指先を、驚いた表情でアンジェリークが見てくる。
 だがすぐに青緑の眼差しは和らぎ、明るい陽射しを映し込んでいた。
「連れて行って下さい。お願いします!」
 アンジェリークの手がアリオスの手を取る。初めて触れた手は、小さくて柔らかく僅かな戸惑いを纏っていた。
 アリオスは手を取ってくれたのだから、離さないと決めていた。相手のはにかんだ驚きなど全く気にすることはなく、手を握り締めると、そのままアンジェリークをドアまで引っ張っていく。
「アリオス! ちょ、ちょっとどこに行くのよ!? アンジェを勝手に連れ回さないでよ!」
 レイチェルを驚いて強く止めるのも、アリオスは全く気にしない。そのまますんなりと歩いて行くだけ。
「レイチェルが…」
 アンジェリークは、親友であり信頼がおける秘書があわてふためいているのを心配してか、眉を潜めてくる。
 だが、アリオスはその手を離すことはなかった。
「気にするな。たまにはおまえにも息抜きが必要だ。いつでもこんな鳥籠にいたら息が詰まっちまうからな」
 アンジェリークは確かにそうだと思ったのか、安心したかのように少し緊張のたがを緩めた。
「アリオス! アンジェ!!」
 レイチェルが怒るのにも関わらず、アリオスは平然とエレベーターに乗って行く。
「ごめん、直ぐに戻るから…」
 アンジェリークは小さな声でレイチェルに謝罪をすると、済まなそうにした。
 エレベーターのドアが閉じると、アンジェリークはアリオスを困ったように見上げてきた。
「…あの、誰かが乗ってきたりしたら…手を繋ぐ状況はまずいのではないかと…」
「まずくはねえよ。誰も乗っては来ねえし、会社では俺はとても地味な存在だからな。眼鏡をかけてすげえ地味に仕事をしているからな。もちろん、髪はこんな感じでぼさぼさにしてな」
 アリオスが髪をくしゃくしゃにすると、アンジェリークはくすくすと笑う。
 緊張が少しずつ取れて来ていることを示している。
「今日は天気が良いしな。外に出ると、すげえ気持ちが良いと思うぜ」
「久し振り! こうやって、外の温かさを感じることが出来るのは!」
「だろうな。日の光は人間をやる気にさせてくれるから良いもんだぜ」
「そうね。何だかそんな気がしてきた」
 アンジェリークの表情には、もう気後れをした遠慮がちなものはなかった。しっかりと前を見た表情が現れている。
 エレベーターが到着を告げると、アリオスからも楽しい雰囲気が醸し出される。
「行こうぜ」
「うんっ!」
 アンジェリークがしっかりと返事をすると、アリオスは外に導く。
横にいるアンジェリークは、今までで一番輝いてみえた。

 公園の入口で手軽なランチボックスを買い、ふたりはのんびりと散歩をする。
 眩しくてアリオスがサングラスをかけると、アンジェリークは憧れにも似た眼差しをこちらに送って来た。
「サングラス似合うね」
「おまえもかけてみろよ。違った世界が見えるかもしれねえぜ」
「かける!」
 アリオスがサングラスを差し出すと、アンジェリークはそれを喜んでかけて見せた。
 何だか子悪魔のようで可愛い。
「アリオス、なんだか薄いブラウンの世界ね」
「しょうがねえだろ。陽射しをシャットダウンしてんだからよ」
 アリオスは少し不機嫌そうにわざと言いながらも、その瞳は笑っている。
「返すわ。私は多少眩しくても、何もないで見る世界のが素敵だと思うわ」
 アンジェリークはにっこりと笑うと、全く板に付かなかったサングラスを返してきた。
 アリオスは受け取ると直ぐにそれをかける。
 サングラスの有無による視界の違い。それはアンジェリークと自分の視点の違いのようにも思えてきた。

 暫く散歩を楽しんだ後、定番にも芝生の上でランチボックスを広げる。
ここまでのほんの僅かな時間で、アンジェリークはすっかりリラックスし、従来持つ素直な顔を出していた。
ふたりは違うランチボックスを頼んだ。アリオスは栄養バランスボックス、アンジェリークは何故かボリューム満点のおやぢの贅沢ランチボックスを頼む。
「おまえ…、顔に似合わず、随分ボリュームのあるもんを食うんだな」
アリオスが半ば感心するように言うと、アンジェリークは頬を紅に染め上げ、笑う。
「ごはんをいっぱい食べるのが、大好きなんです! 素朴で美味しいものが大好きなんです」
 アンジェリークが少しばかり恥ずかしそうに言うのが、アリオスには眩しく感じる。
 しかも食べ方も好ましい。
 いかにも狙った感じでわざとおしとやかに食べるのではなく、アンジェリークはぱくぱくと見ているこちらが気持ちが良いぐらいに食べる。
 アリオスはこれぐらい勢いがあるほうが好きなのだ。
「アンジェリーク、おまえの食いっぷりは悪くないぜ? おら、もっと食え」
 アリオスは餌付けをするように、アンジェリークに食事を与えて食べさせる。するとアンジェリークの顔も良いものになり、益々嬉しそうになる。
「社長って結構体力がいるお仕事だから、こうやって一生懸命食べているんです」
 アンジェリークはアリオスのおかずも非常に美味しそうに食べてくれた。それがまた、素敵なことだと思わずにはいられなかった。
「ごちそうさま!」
 ぺろりとランチを食べ終えたアンジェリークは、とても良い顔をしている。
「食べた後にこんなに気持ちが良いのは、凄いことですよね! 季節も凄く良いし…」
「時間も昼寝にピッタリだ…」
 アリオスは青空を眺めた後、ごろんと芝生の上で横になり、アンジェリークの膝を枕にした。
「……!!」
 アンジェリークは驚いたようではあったが、その後は満更でもないのか、真っ赤になりながらも嫌がる様子はない。
しかもアンジェリークの膝は、どんな枕も敵わない極上なものだ。
「昼代を貰うぜ?」
「…もう…」
 拗ねても、その声には艶やかな色が含まれている。アリオスはふっと笑うと、気持ち良く目を閉じる。
こんなに気持ち良く目を閉じ、眠りに誘われるのは久し振りのことなのかもしれない。
 アリオスは、アンジェリークの膝の上で、久方ぶりの安眠に誘われた。
風は花の薫りがする。揺れた髪を、アンジェリークがそっとすいてくれていた。

   3

男たちの株によるゲームの終演は、呆気なく訪れた。
奇襲ではなく、アリオス側は堂々と公開買い付けで株を取得した。議決権ベースで目標に達すると、”スカイドア”の大株主のひとつとなるべく会社の株を買い進めた。
連日新聞を賑わせ、”スカイドア”を買収困難な状況に追い込んでいった。
”逆M&A”として話題になり、今やスモルニィ商事を買収するとは、堂々と言えない立場に追い込まれていってしまった。
アリオスは、大胆にに動くことは自粛しながら、確実にスモルニィ商事を助ける方向で動いていた。
その間も、アンジェリークに逢っては、気軽な弁当でランチをし、ひざ枕をしてもらう。
アリオスにとっては、闘いの息抜きになっていた。

「最近、”スカイドア”の攻勢が弱くなってきました。私に言い寄る電話も無くなりましたし…。だから、今日の財界パーティーが恐いのです。彼は出席しますから」
財界パーティーの当日、アンジェリークは神妙な顔で呟いた。
浮かない顔をしているといってもいい。
「ですが乗り越えなければならないことです。いつまでも逃げていては駄目ですから」
アンジェリークはきっぱりと言い、自分で迷いや不安を払拭しているようだった。こうして、自分で闘う女は、心から美しいとアリオスは思う。
「パーティーは婚約何時からだ?」
「7時からです」
「じゃあ俺がおまえの秘書としてついていってやるよ」
アリオスは直ぐにアンジェリークに助け船を出す。自分でやろうとするアンジェリークの姿は、かなり好感が持てるが、なにより、アリオスにとっては、その愛らしい姿が他の男のいやらしい視線で、汚されるのが嫌だった。
「タキシードぐらい俺だって持っているからな。心配すんな」
 本当は、財界のパーティーなど苦手なのだが、アンジェリークの為なら、致し方がない。一肌でも二肌でも脱ぎたいものだ。
「直ぐに着替えて車で迎えに来てやるよ」
「いいの?、
「ああ。構わねえ」
 アリオスがきっぱりと言い切ると、アンジェリークは嬉しそうに頬を蒸気させる。化粧をしている誰よりも、美しいひとに感じた。
「何処に迎えに行けばいい?」
「会社に来て下さったらそれでいいです…」
「オッケ」
 アリオスはアンジェリークを一瞬抱き寄せると、甘さが滲んだ声で呟く。
「またな?」
 アンジェリークの躰が熱くなったので、アリオスはその反応を楽しんでいた。
 純情な反応。
 誰よりも初々しい頬に、そっとキスをする。まるで柔らかな絹のように滑らかだった。

 アリオスは直ぐにタキシードを着込み、プライベートで使用しているシルバーメタリックのスポーツカーで、会社に乗り付けた。
 会社から定時退社するOLたちは、アリオスを見てときめく表情を向けている。目の表情が余り見えないサングラスをかけているアリオスが、まさかあのうだつの上がらない係長だとは、誰も思わない。
 表面しか見ていない証拠だと思う。そんな女はこちらから願下げだ。
 アリオスが会社に入り廊下を歩くなり、女たちはうっとりと見つめてくる。嬉しいのは嬉しいが、やはり心が大切なのではないかと思う。
社長室まで来ると、流石に誰も追い掛けては来なかった。
「アンジェリーク、待たせたな」
アリオスは社長室に入るなり、眩しいライトの中にいるような錯覚を覚えた。
 アンジェリークがドレスアップして立っている。
 濃厚なミルク色の肌に薄いピンクのイブニングドレスが纏われている。
美しい以外の言葉は必要ないほどだ。
品があり、しかも素直な愛らしさが出た、極上の天使へと仕上がっていた。
 まるで光のベールに包まれた天使のように思える。アリオスは、しばし見惚れた。
「アンジェリーク、行こうぜ」
「はい」
 アリオスが手を差し延べると、アンジェリークは面映ゆいようにそっと手を取り、恋人同士のように腕を絡ませた。

 アリオスのスポーツカーでの会場への乗り付けは、まるでハリウッドみたいな派手さを出している。
注目を集めながらも、アリオスはアンジェリークから離れないようにしていた。華やかなアンジェリークとは裏腹に、”スカイドア”社長は、傷心のせいかすっかり飲みんだくれていた。
 アンジェリークは立食スタイルが大いに気に入ったようで、しっかりとご飯を食べている。
「アンジェリーク、飲み物?」
「ワインを」
「取って来てやるから、ゆっくり食え」
「解ったわ」
 アリオスはなるべく直ぐにアンジェリークの側に来るように気遣いながら、アルコールカウンターへと向かった。
 アンジェリークには口当たりの良い紅いワインを、自らにはミネラルウォーター。何時もならアルコールを嗜むのだが、今日ばかりは車を運転して来ているので仕方がない。
 しかも財界の知り合いにばったり逢ってしまい、挨拶をしつつ配うのに苦労してしまった。
ようやく抜け出した時には、アンジェリークが既に”スカイドア”社長に絡まれていた。
 困ったような顔をしていたが、だが誰かに頼るふうもなく、しっかりとしていた。
「どんな妙案でアルヴィースを巻き込んだんだよ? え? 俺の会社を一気に陥れたのはな。その躰を使ったのか!? あそこの総帥は若くて、男前だと評判だからなあ」
 完全に酔っているようで、全く始末に負えない男だ。アンジェリークはただ過剰反応することもなく、静かに男の話を聞いている。
 ふとアンジェリークの躰に汚い手を伸ばそうとしていたので、アリオスは威圧感を漂わせながら近付いて行く。
「おや、今日はアルヴィースの社長さんとご一緒ですか? やっぱり躰を使ったんだな?」
 アンジェリークは背後のアリオスを見て、一瞬驚いたようだが、直ぐに厳しい顔に取って代わる。
 ベロンベロンに酔い潰れた”スカイドア”社長は、アンジェリークの胸倉に手を入れようとする。
 卑劣な行為にも、アンジェリークは冷静だった。
「有り難う、アリオス」
 すっと社長から離れ、アリオスの手から深紅のワインを受け取る。スマートに受け取る姿は、ハンサムウーマンだった。
「酔いは冷められたほうが良いのではないですか? こんな感じで!」
 アンジェリークはグラスの中にあるワインを、”スカイドア”社長の白いシャツに浴びせ掛ける。
 アンジェリークの凛とした行動に、 アリオスは驚いたと同時ににやりと笑う。ここまでやるのは。アリオスはあっぱれだと思った。
 ただ茫然としている”スカイドア”社長を尻目に、アンジェリークはアリオスの腕に自分のそれを絡めさせてすたすたと歩き出す。
 暫くして落ち着いたのか、アリオスを子供のような眼差しで見つめて来た。
「…アリオス、アルヴィースの社長さんなの…?」
「名前だけな。しょうがねえ、家がそうだったんだからな。だが一般的な地位は、”スモルニィ商事”の係長だ。俺はこの会社の仕事がかなり気に入っているぜ」
「有り難う…」
 アンジェリークは礼を言ってくれたが、そこには一抹の寂しさを拭い去ることが出来ないでいる。
「今回はうちの為に動いてくれて有り難う。…いずれは行ってしまうんでしょ? 会社を辞めてしまうのでしょ?」
 アンジェリークはまるで幼子が、親が出掛ける時に渋るような声で、純粋な甘えを出す。それがとても可愛いかった。
「んなことねえ。俺はあくまでスモルニィの社員だ。アルビースは別の次元にあるものだ」
 アンジェリークは、”スカイドア”社長には見せなかった愛らしい一面を、アリオスにだけは見せてくれている。それは抱きしめたいぐらいに愛しい。
「”スカイドア”は間もなく失速するだろう。だから、もう心配はねえ」
 アンジェリークを抱きしめたい衝動を何とか抑えながら、アリオスはごまかすように言う。
 だが、アンジェリークの姿を見るだけで、あらゆる支配欲が踊り出た。
「なあ、ボーナスの報酬、くれるんだろ?」
「…夜のデート?」
 甘えた子供のようにアンジェリークが言うと、アリオスはそっと細い腰を引き寄せた。
「ああ。夜の大人同士のデートだ」
 アリオスが耳元で艶を滲ませて囁くと、アンジェリークは頷く。
 ふたりだけの夜のデートを始める為に、手を絡ませあった。

 アリオスはアンジェリークを助手席に乗せながら、とても心地が良い気分に支配されていた。
 向かうのは夜景の美しいホテルの最上階にあるスウィートルーム。
夜景が箱庭のように見える場所だ。
アンジェリークは夜景の美しさなど目に入らず、ただ魅惑的に映るアリオスだけを視界に納めている。
「ロマンティックなのに、何だかドキドキする…」
「もっとドキドキさせてやるよ…」
 アリオスに躰を捕らえられると、アンジェリークはもう動くことが出来ない。
 唇が近付いた後、自然に瞳を閉じていた。
 キスなんて、枕相手にしかしたことがない。本物の唇は程よい硬さでしっとしとしていた。
 どうして良いか解らずに、アンジェリークはただアリオスに任せるだけ。
唇を重ねた後は、程よい強さで吸い上げられた。
 じんと腰を貫く甘い痺れが、アンジェリークを酔わせる。同時に舌が唇を侵食していた。
 舌が絡まり、お互いの熱が同じ温度で絡んでいく。アンジェリークは、アリオスにしがみついて、総てを差し出していた。
 頭がぐちゃぐちゃになり、おかしくなる一歩手前で、アリオスから唇を離される。
「アリオス…」
「おまえに忘れられねえ夜をやるよ。構わねえか?」
「うん…」
 返事をすると同時に、アンジェリークはアリオスにお姫様抱っこをされる。今は、雲の上を歩いているお伽話のお姫様のような気分になった。
ただ高らかなファンファーレなど鳴らす代わりに、心臓の鼓動が激しく鳴り響いていた。
 お約束にもベッドに寝かされる。ひんやりとしたシーツに、僅かに春の訪れを感じていた。
「今夜のドレス姿も綺麗だったが、これを取ればもっと綺麗だろうな…」
 アリオスは素直な気持ちを言葉で表現する。艶が宿った眼差しで見つめれば、アンジェリークはほんの少し緊張を和らげたようだ。
「…アンジェリーク。力を抜け…」
 柔らかく言いながら、アリオスはアンジェリークの躰のラインをそっとなぞる。するドレスが脱がせ易いように、程よく力を抜いてくれた。
「いい子だ」
 額にキスをした後、アリオスはまるでマジックのように、アンジェリークからドレス脱がせる。布と肌の柔らかさが一体になっているような気がした。
 下着姿にすると、アリオスは自分のタキシードを脱ぐ。アンジェリークが熱っぽく見つめるものだから、それに応えるように頬に掌を置く。
「見たかったら、俺の裸をじっと見ろよ」
 アリオスは口角を上げて意味深く笑うと、アンジェリークの前で衣服を全て脱ぎ捨てた。
アンジェリークがうっとりと筋肉が付いた胸を見ているので、アリオスはその小さな手を掴む。
「触ってみろよ」
「あ…」
 最初、アリオスが触らせた時には戸惑いがちだった手も、徐々に大胆になっていく。
「構わねえ、もっと触っちまえ」
 アリオスはアンジェリークに触れることを推奨しながらも、マシュマロの柔らかさである胸を下から掬い上げるように揉みこんでいった。
胸が程よく揉みほぐされ、アンジェリークは呼吸を乱して行く。
「や…っ!」
 アンジェリークの肌が程よく上下を始めると、アリオスは顔をそこに埋め始める。
 乳首はすっかり尖っており、吸いがいがあった。
「やっ…!」
 舌で乳首を転がすと、アンジェリークのミルク色の肌が敏感に震える。それがまるで波立つ絹のように見えた。指先でそこをなぞると震えて可愛い。薔薇色の吐息を吐くアンジェリーク嫋やかだ。
 こんなに震えているのだから、禁断の園は熱くなっているのではないかと、アリオスは指先を中心に伸ばした。
「はあんっ!」
 恥ずかしそうなアンジェリークの声が響いて、湿った音が部屋に格調高く響く。アリオスは、その音が素晴らしいBGMのように感じた。
 もっと聞きたい  もっと愛したい  禁断の花園に、唇を吸い寄せられるように持って行った。
「ちょ、ちょっと、アリオス!?」
 アンジェリークがいくら恥ずかしそうにしても、止めて欲しいだなんて無粋な願いは聞けない。アリオスは、アンジェリークの脚を独断で大きく広げると、中心の花に唇を寄せた。
「ああ…!」
 細くてすんなりした脚が突っ張る。そんな動作一つを取っても、アリオスはアンジェリークがいとおしい。
 まるで愛をこもったディープキスをするかのように、アンジェリークの熱い部分に舌を入れ、舐めまわしていく。
 真っ赤になったルビーのように濡れて輝く宝石を吸い上げれば、アンジェリークは腰を上げながら、感じている証でもある蜜を大量に流した。
 どれほど流れているのかと、今度は指先を、蜜口にそっと挿入してみる。
「…んっ!」
 痛みを僅かに感じたのか、アンジェリークは顔を顰めて、その唇を真っ赤に充血するまで噛んだ。
「痛いか?」
「ちょっとだけ…」
「少しだけ我慢しろ・。直ぐに気持ちよくなる」
「ん…」
 素直に頷きながらも、アリオスに縋る目を向けてくるアンジェリークが可愛くてしょうがない。アリオスは華奢な肩をそっと抱き寄せながら、指でアンジェリークの胎内を弄った。
「ああああ、んっ!」
 最初は違和感と痛みを気にしていたアンジェリークだったが、徐々にそれをなくしてくる。アリオスはさらにアンジェリークの胎内を指で優しく撫でた。
「アリオス…っ!」
 声が痛みの溢れるものから、明らかに快楽の扉を叩くものに代わっていく。アリオスはさらにアンジェリークを指で攻めた。
「やあぁあっ!」
 何度も腰が跳ね上がり、蜜が溢れてくる。アンジェリークが震え上がると同時に、そこから指を抜き取った。
 アリオスはすっと目を細めて魅惑溢れた眼差しでアンジェリークを見つめると、自分の手首まで流れてきた蜜を、愛しそうに舐める。
 その途端、アンジェリークが真っ赤になって顔を背けた。
 まったくいじらしいほどの可愛らしさだ。
「アンジェ…、今からおまえを楽園に連れて行ってや。しっかり俺につかまれ」
「うん…」
 ぎこちない返事がまた心もとない。それがアリオスには魅力的に映った。
 アリオスは、アンジェリークのまだ成熟していない入り口に、そっと自分を宛がう。宛がうだけで爆発しそうになる相手は、全く初めてだった。
「痛いっ…!!」
 先端から優しく胎内に入っていくつもりなのに、アンジェリークは入り口で涙を滲ませて痛がった。
 だが、アリオスとしても止められないぐらいアンジェリークが欲しくて、背中を撫でたり、入り口の宝石を撫でたりして、震えて固くなる身体を宥めながら、先に進む。
 その間もアンジェリークのそこはアリオスに蠢くように絡みつき、快楽を与えてくれる。
 ゆっくりと胎内を進むたびに、アンジェリークの緊張と強張りは取れていく。アリオスはそれを伺いながら、胎内を一気に征服した。
「…アリオス、まだちょっと痛い」
 アンジェリークが泣きべそをかいても、アリオスはその瞳の涙しか、拭ってやることは出来ない。
「大丈夫だ。直ぐによくなる」
「あ、ああっ!」
 アンジェリークのペースに合わせて動き始めると、薔薇色の可愛い唇から官能の吐息が漏れた。アリオスはさらにそれを強いものに引き出すために、アンジェリークの胎内で、動きを加速させていく。
「ああ、あああっ!」
 いつの間にか、アンジェリークの唇からは痛みを感じられる声は聴けなくなり、代わって快楽の声が聴かれる。
 ぎこちなく腰を動かしているというのに、それがアリオスを丁度良いように締め付けて、セックスに夢中にさせる。こんなに夢中になったのは初めてなのかもしれない。
「好きだぜ、アンジェ」
「私もアリオスが…好きっ!」
 快楽の海におぼれながら、アンジェリークは必死に理性を保っているように見える。それはアリオスも同じだった。
 やがて、最奥を丹念に先端で撫でた後、激しく突き上げ始める。
 もう我慢できないほど、アンジェリークが欲しい。その証を熱として胎内に放出したい。アリオスは一気に動きを加速させた。
 吐息も視界も、総てがふたりで重なる。これほどの想いを込めて抱いた女は、アンジェリークが初めてだ。
「あ、アリオスっ!!」
 アンジェリークが絶頂を迎え肌を震わせると、アリオスもまた身体を震わせ高みへと上り詰める。
 総ての愛を込めてアンジェリークを抱きしめながら、支配するように熱い証を放った  

 ゆらゆらと二人で抱き合ってゆれている。
「ずっと、こうしていられればいいな」
 アリオスが満たされた顔でうとうととまどろむアンジェリークに優しく囁いた。
 アンジェリークはあどけない笑みを浮かべると、アリオスに身体を寄せ、小さく頷いた。
 係長の初めての本気の恋は、今ようやくスタートする  




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