携帯電話が鳴って、アンジェリークは慌てて電話を出た。 「もしもし!」 「ああ。起きてたか?」 「うん、もちろん!」 アンジェリークは少し興奮気味に電話を握りしめて、恋人に答える。 ずっと、ずっと待っていた------- 1週間の出張で遠くに行ってしまった恋人からの電話を、ずっと。 「アリオス、ちゃんと食べてる?」 「ああ。心配するな。ちゃんと生きてるからな」 恋人の口ぶりから、ちゃんと食事を取っていないのは明らかだ。 「ちゃんと食べているかどうか、帰ってきたら、ちゃんとチェックするからね? 見たら直ぐに判るんだから」 「了解」 恋人が電話の前で含み笑いをするのが判る。 それも、アンジェリークが大好きな笑い方だ。 「おまえこそ、ちゃんと宿題やってるのかよ」 「あ〜! 失礼しちゃう! ちゃんとやってるわよ。アリオスがいなくても」 いつものようにアンジェリークは拗ねるようにして言う。 「そうかよ?」 「そうよ」 いつも数学の宿題が出来ないと言っては、恋人に泣きついている。 そのたびに、彼は悪態を吐きながらも、手伝ってくれていた。 でも、今は、遠くにいて、手伝って貰うことが出来ない。 この1週間、彼がいなくても頑張ったことを褒めて欲しいから、今、一生懸命に取り組んでいる。 「こっちこそ、ちゃんと、おまえがやったか、確かめさせてもらうからな」 「望む所よ」 くすくすと笑いながら、アンジェリークはアリオスにきっぱりと答える。 電話の向こうの僅かな吐息で、彼が笑ったことが判った。 「…ねえ、お仕事うまくいってる?」 「ああ。予定通りにはいってる」 「そう…」 ------おまえがいないから、調子が出ない----- そんなことを言って貰いたいと、心のどこかで思ってしまう。 「おまえこそどうなんだよ…」 「…私…」 アリオスの躰に染み入るような低い声を聴きながら、アンジェリークは一瞬言葉を淀ませた。 「…調子いいよ…、だけど…」 ここまで言って、深呼吸する。 「------アリオスがいなくて、力が出ない…」 言ってしまった------- 一瞬、電話の向こうの時間も止まった。 「お互い様かよ…。おれもとっととおまえの顔を見ねえと、力が出ねえよ」 「アリオス…!」 嬉しかった。 恋人も同じ思いでいてくれることが。 低く躰に染みこんでくるアリオスの声が、躰の中に喜びを作り出してくれる。 「…早く逢いたい。逢って顔が見たい…」 「ああ。もうすぐ逢える」 「うん。こんなに声は近いのに、一緒にいるときよりも近いのに、遠く離れちゃってるんだね…」 「そうだな…」 耳元に囁かれる声は確かに近いのに、手を握れない。 キスもしてくれない。 抱きしめてももらえない。 それが何だかもどかしくも感じた。 「ホント、電話って不思議だよな…」 「そうだね…。こんなに声は近いのにね…」 ふたりはお互いの吐息を、熱を、存在を感じたくて、耳を強く受話器に押し当てる。 「アリオスの息が聞こえるよ?」 「おまえの鼻息もな?」 「もう! バカ」 くすくすと笑いながら、アンジェリークはにんまりと微笑む。 電話って素晴らしい。 遠く離れている恋人の吐息を受け取ることが出来るのだから。 声で心を抱きしめてくれる----- そんな気がする。 「明日には帰ってくるから」 「うん、その時はいっぱい抱きしめてよ?」 「了解。おまえを寝かねえからな? 覚悟しろよ?」 アンジェリークは電話の向こうであくびをかみ殺しながら相手をしてくれる恋人に笑いながら、精一杯の甘い言葉を囁いた。 「-----帰ってきたら、思い切り抱きしめてあげる」 暫く話して電話を切った後、アンジェリークは電話の受話器を持って眠りにつく。 この先には恋人がいる------ そう思うと、安心して眠れるのであった。 アリオス、明日は声でだけでなく、私を躰ごと抱きしめてね? |