「お前、何しているんだ?」 自宅マンションに帰るなり、小さくなって部屋の隅に、隠れるようにして棲息しているアンジェリークに、アリオスは溜め息をついた。 アンジェリークは頭の上からバスタオルを被り、滑稽な幽霊のように見える。 「だって、台風が来るじゃないっ! こんな恐いことってないもん! 台風だからアリオスはきっと早く帰ってくるって解ってたから、こうやって護って貰う為に来たんじゃないっ!」 ぷくうと音が出るように頬を膨らませ、アンジェリークはアリオスを恨めしそうに見上げた。 「腹は?」 「空いた! だけど、アリオスに逢うことばっかり考えていたから、何か買って来ようって想いはなかった」 「ったく…、しょうがねぇ女だぜ」 アリオスは悪態をつきながら、キッチンに向かう。アンジェリークもその後をちょこまかと着いていく。 「何を作ってくれるの?」 「オイルサーディンのオリーブオイル漬けのカンヅメがふたつ、トマトソース、トマト、青しそ、レタス、キューリ、ブロッコリー、アスパラガス、ささみ…。まあ、こんだけあったら、なんか晩餐作れるだろ?」 アンジェリークの大きな瞳は、夕食への期待に、キランと星のように輝いた。 「オシャレなお料理を作ってね?」 「食うだけなのに文句は無しだ。お前はただでさえエンゲル係数の高い胃をしているんだからな。テキトーでいいだろ?」 アリオスはネクタイを緩めながら、冷蔵庫をきちんとチェックした後に、手を洗いに行く。カフェ系の腰から巻くエプロンをつけた後、料理を始めた。 アンジェリークはその後を、ちょこまかと着いていくだけ。その姿は、まるで母親の後を着いて回る小さな男の子みたいだ。 アリオスがパスタケースから細いパスタを取り出す。 「ねぇ、パスタ?」 「煩せぇな。オイルサーディンを使った、カッペリーニだ。トマトベースのサラダ風!」 「わっ! オサレー」 「後は、ササミとタマネギ、ブロッコリーを使ったスープ、卵を使ったアッサリサラダ!」 アリオスは怒るような口調をしても、結局はアンジェリークには弱い。こうして甘やかせてしまう。 「アリオス、カフェ飯みたいー」 「後は残ったオイルサーディンを使って、タマネギスライスを上に乗せて、カンヅメのまま火にかけて、ショウユを垂らして煮る。仕上はマヨネーズとシンプルに」 「やあーん、美味しそう!」 アンジェリークはすっかり料理の虜になったような顔をしている。うっとりする顔はやはり可愛いものだ。 「楽しみ、楽しみ!」 「なぁアンジェリーク」 「何?」 キョトンとした顔をアリオスに向けてくる。少女のようなあどけない表情を持ちながらも、アンジェリークには確かに男を惑わせる色香もある。 「オイルサーディンは肌に良いらしいぜ?」 「ホントに?」 「ああ」 肌に良いと聞くだけで、美容に敏感なアンジェリークは、喜んでしまっている。 「美味いから、一杯肌に吸収するんだぜ。後で俺が楽しませて貰う」 アリオスは意味ありげな視線をアンジェリークに向けると、ほっそりとした綺麗な腕を撫でた。 「あっ…」 「食欲があるのは良いことだぜ? 後で、たっぷり絡み合えるからな」 途端に、アンジェリークの頭のてっぺんから、湯気が激しく出た。憤慨火山なのは明らかだ。 「もう! アリオスのえっちっ!」 アンジェリークはリビングに入ると、また先ほどと同じように頭からバスタオルをすっぽりと被って、拗ねてしまった。 「ったく、しょうがねぇお姫様だ」 アリオスは瞳に優しい笑みを浮かべると、手早く美味しい料理を作り始めた。 「おら、出来たぜ。今日は豪快に大皿に盛ったらからな。小皿に取り分けて食うぞ」 「はあい」 アリオスはリビングのソファー前にある小さなテーブルに、本日の晩餐を乗せる。 目の当たりにしたアンジェリークは、本当に心から嬉しそうだった。 「いただきまーす!」 「どうぞ」 用意した飲み物は、アリオスはビール、アンジェリークは麦茶。同じ麦を使っているからと言えば、アンジェリークからは「おやぢ以下のギャグだよ、それ」と、チクリと言われてしまった。 「その一回り近く上のおやぢな男を好きなのは、誰だよ?」 「うー」 アンジェリークは反論出来ないらしく、がるると音を立てて唸っている。アリオスはそれが楽しかった。 「なんかね、こうやってカンヅメとかを一緒につついていたら、サバイバルに遭難して気分になるね。ロマンティックだよね」 「何がロマンティックかよ。こんなところにかす付けて」 アリオスは苦笑いしながら、アンジェリークの唇のはしについた食べかすを取ってやった。 「…有り難う」 こうして恥ずかしそうにするアンジェリークの顔を見たいから。 完全に魂を奪われている。アリオスは、一回り近く離れた恋人に夢中になることが、なんて楽しいことなのだろうかと思った。 今までにない幸せがある。 「あーごちそうさま! 凄く美味しかったよ、アリオス。アリオスとなら、カンヅメ食べながら遭難してもいいなあ」 暢気に言うアンジェリークがかわいい。そのまま肩を抱き寄せると、腕のなかに閉じ込めた。 「幸せ〜!」 台風が来るなんかどうでもいいかのように、アンジェリークはにんまりと幸せそうに微笑む。絵に描いたような笑顔だ。 「台風なんか、ホントはどうでも良かったんだろ?」 「ばれた? アリオスと一緒に今夜は長くいられるかなあって、思ってきたのよ。ただの理由つけかも」 「ったく…」 振り回して、振り回されて。ふたりはちょうど良いバランスの上に、立っているかもしれない。 「今夜は嵐で荒れるからな? 声をいつもより大きく出しても構わないぜ?」 意味深に笑いながら呟くと、アンジェリークは唇を尖らせた。 「もぅ、アリオスのえっち…!」 アンジェリークは俯いたが、その躰はアリオスにぴったりとくっついていた。 「どうした?」 「ちょっとアリオスの胸を貸して」 「いいぜ」 アリオスの胸に、アンジェリークは深く顔を埋めると、ぴったりとくっつく。 程なく、寝息が聞こえてきた。 「ったく! 本能の赴くままだな、お前は」 アリオスは呆れかえるように言いながらも、アンジェリークの髪を緩やかに撫でてやる。 そうするだけで幸せが溢れ出す。 後少しだけ、こうしていよう。 今はこの優しい幸せに酔いしれていたいから。 もう少ししたらアンジェリークを起こして、行けばいい。 甘い世界へと。 |
| コメント オイルサーディン食べたいなあと、思って書いたお話です。 |